労働問題105 退職前に全日年休取得を申請されたら拒否できるか?会社経営者が知るべき時季変更権の限界
目次
退職前の全日年休申請は原則として拒否できません。年休は承認不要であり、退職予定者への時季変更権行使は退職後に他の時季へ変更できないため、極めて困難です(昭和49年1月11日基収5554号)。
引継ぎ拒否と年休取得は法的に別問題です。「引継ぎをしていないから年休を拒否できる」という理解は誤りです。現実的には年休取得を前提として引継ぎ確保の方策を検討することが重要です。
■ 年休は承認不要——時季指定で成立する法定権利
会社の承認がなくても保有日数の範囲内で始期・終期を特定して申請すれば年休は成立します。
■ 退職予定者への時季変更権行使は極めて困難
退職後に他の時季へ変更することはできないため、退職日を超えての時季変更は行えません(基収5554号)。
■ 現実的対応:年休買上げの合意・退職日変更合意・引継ぎ書面要請
年休取得を前提として、引継ぎ実施と引き換えに退職日繰り下げを合意する等の現実的方策を検討します。
1. 退職前の全日年休申請は有効か——年休の法的性質
年次有給休暇は、原則として会社の承認を要しません。労働者が保有する日数の範囲内で、具体的な休暇の始期と終期を特定して時季指定をしたときは、適法な時季変更権の行使がない限り、年次有給休暇が成立し、当該労働日における就労義務が消滅します。
したがって、「退職予定者だから」「引継ぎをしていないから」という理由だけで当然に年休取得を拒否できるわけではありません。退職日までの全労働日について年休が申請されている場合でも、保有日数の範囲内であれば原則として有効な時季指定と評価されます。問題は拒否できるかどうかではなく、時季変更権を行使できる場面かどうかにあります。
2. 時季変更権(労基法39条5項)の限界
時季変更権は「時期の変更」であり「拒否権」ではない
年休取得を制限できる可能性があるのは、労基法39条5項の時季変更権を適法に行使できる場合に限られます。同項は、「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる」と定めています。
時季変更権は年休そのものを否定する権限ではなく、取得時期を変更する権限にすぎません。年休を消滅させたり、退職後に先送りしたりすることはできません。また「事業の正常な運営を妨げる場合」といえるためには、単に業務が忙しい・引継ぎが未了というだけでは足りず、代替要員の確保が困難であるなど相応の具体的事情が必要とされます。
退職予定者への時季変更権行使——昭和49年基収5554号
退職が確定している場合、時季変更権の行使は極めて困難です。時季変更権は「他の時季に与えること」を前提とする制度ですが、退職後に年休を与えることはできません。退職日を超えて取得時期を変更することは制度上予定されていません。
昭和49年1月11日基収5554号は、「年次有給休暇の権利が労働基準法に基づくものである限り、解雇予定日を超えての時季変更は行えない」と示しています。退職予定者についても同様の考え方が妥当します。結果として、退職日までの全労働日について年休が申請された場合、よほど信義則に反するような特段の事情がない限り、時季変更権を行使してこれを拒絶することは難しいといえます。
✕ よくある経営者の誤解
「引継ぎをしていないのだから、年休申請を拒否できる」→ 誤りです。
引継ぎ義務の問題と年休取得は法的に別次元の問題です。引継ぎ未了を理由に年休取得を否定することはできません。
「年休申請を承認しなければ年休は成立しない」→ 誤りです。
年休は会社の承認が不要な法定権利です。時季変更権の適法な行使がない限り、時季指定の時点で成立します。
3. 現実的な対応方策
①退職日変更合意という選択肢
引継ぎ実施と引き換えに退職日を繰り下げることを社員と合意する方法があります。退職日が延びれば年休取得日数が減り、引継ぎ期間を確保できる可能性があります。ただし、社員の同意が前提です。
②未消化年休の買上げ合意
退職により消滅する未消化年休について、労働者との合意により金銭補償を行うことは直ちに違法とされるものではありません。引継ぎ実施の対価として未消化年休を買い上げる形で合意する方法も考えられます。ただし、労働者の自由意思に基づく合意であることが前提であり、会社が一方的に買い上げることはできません。
③書面による引継ぎ要請と記録の保全
年休取得を前提とした上で、書面で引継ぎの実施を要請し、その記録を残しておくことが重要です。引継ぎ拒否が信義則違反・就業規則違反に該当する場合に備えて証拠を保全しておくことが、将来の損害賠償請求等に備えた対応となります。
退職前の全日年休申請への対応・退職日変更合意の進め方・引継ぎ確保策について、弁護士へのご相談をお勧めします。→ 経営労働相談はこちら
4. まとめ
辞表を提出した社員が退職日までの全労働日について年休申請した場合、原則として拒否できません。年次有給休暇は会社の承認を要せず、保有日数の範囲内で時季指定すれば成立します(労基法39条)。退職予定者への時季変更権行使は退職後に他の時季へ変更できないため極めて困難であり(昭和49年1月11日基収5554号)、引継ぎ未了を理由に年休を否定することもできません。現実的な対応として、①退職日変更合意(引継ぎと引き換えに退職日を繰り下げ)、②未消化年休の買上げ合意(労働者の自由意思が前提)、③書面による引継ぎ要請と記録保全、の3つを検討することをお勧めします。対応に迷ったら早急に弁護士に相談することが重要です。
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弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
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弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
最終更新日 2026/04/05