労働審判対応の総合解説

 

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労働審判対応の総合解説。
申立書到達から第1回期日、調停、異議申立てまで
会社側が取るべき実務対応を解説します。

労働審判は、個別労働紛争の迅速な解決を目的として21世紀に導入された比較的新しい制度です。訴訟と異なり原則3回以内の期日で結論に至る点、民事調停と異なり異議申立てをすると自動的に訴訟へ移行する点で、会社側にとって「逃げ場のない」手続きという特徴を持ちます。申立書が会社に届いてから第1回期日までは概ね40日以内、答弁書の提出期限はさらにその1週間から10日ほど前ですので、実質的な準備期間は3週間程度に限られます。本ページでは、労働審判制度の基本、初動対応の急所、答弁書作成の実務、在職中申立てへの対処、調停と労働審判の関係、異議申立て後の訴訟移行までを、会社側専門の弁護士が会社経営者向けに体系的に解説いたします。

VIDEO

本ページの基となる解説動画

 

本ページの解説内容は、藤田進太郎弁護士による解説動画「労働審判申立書が届いた場合にすべきこと」「在職中に労働審判を申し立てる社員の対処法」「労働審判について知りたい場合は何を見ればいいのか」の3本を素材として、当事務所が文章化しているものです。本ページの記載と動画の内容に齟齬がある場合や、より詳しい解説をご覧になりたい場合は、動画を直接ご視聴ください。

CHAPTER 01

労働審判という制度の正体

 

労働審判は、労働関係に関する個別労働紛争の迅速かつ柔軟な解決を目的として、平成18年に施行された比較的新しい制度です。訴訟のように1年から2年以上の時間をかけて権利義務を確定する手続きとは別に、原則3回以内の期日で結論に至るよう制度設計されており、会社経営者の多くが一般にイメージする「裁判」とは運用感が大きく異なります。

会社に労働審判の申立書が初めて届いたとき、経営者の多くは「裁判」との違いが分からず戸惑います。裁判であれば、お金を請求したい相手と話し合いがつかないときに裁判所に書類を出し、お互いの言い分を戦わせて、勝てばお金を取れる、請求された側は取られてしまうこともある、という大枠はイメージが湧きます。ところが労働審判は、裁判の枠組みを知っている経営者ほど「これは裁判とは全く別物である」と気づいた瞬間に戸惑うのです。

制度の最大の特徴は、労働関係の専門家が裁判官とともに審理に参加する点にあります。具体的には、労働審判官(裁判官)1名と、労働審判員2名(使用者側の実務経験者と労働者側の実務経験者が各1名)の合計3名で構成される「労働審判委員会」が事件を審理します。労使双方の実務に精通した審判員が加わることで、純粋な法律論だけでなく、事案の実情に応じた柔軟な解決が図られやすい制度設計となっています。

平均審理期間は約80日、すなわち3ヶ月を切る期間で約8割の事件が終局に至ります。訴訟と比較すれば驚異的な速さですが、この迅速性こそが会社側にとっては重い負担となります。準備期間が極端に短く、申立書到達から第1回期日まで概ね40日、答弁書提出期限までは3週間前後しかないためです。

判断の軸は「権利義務を踏まえた解決」です。労働契約法、労働基準法、民法、就業規則その他の法令・ルールに照らして、どちらの主張が法的に正当かを判断した上で、その結論を踏まえて現実的な解決策を提示する、という二段構えの運用がなされます。純粋な話し合いベースの調停ではなく、また訴訟のような厳格な立証だけに依存するものでもない、ハイブリッドな解決手続きと位置づけるのが実態に即しています。

解決率は非常に高く、労働審判手続きの中で概ね7割が調停により合意成立し、残る事件のうちでも労働審判(調停が成立しない場合に裁判所が示す解決案)に対して双方が異議を申し立てなければ、そのまま確定して解決に至ります。異議申立てがあった場合に限って訴訟へ移行する、というのが制度の建て付けです。

会社経営者として最初に押さえるべきは、「労働審判は民事訴訟でも民事調停でもない、独自の迅速解決手続きであり、会社側には準備時間的にも制度構造的にも重い負担がかかる」という制度理解です。この理解がないまま「訴訟と同じようにゆっくり対応すればよい」「話がつかなければ断ればよい」と構えていると、後述する致命的なミスに繋がります。

CHAPTER 02

訴訟・民事調停との決定的な違い

 

労働審判を正しく理解するには、民事訴訟と民事調停のいずれとも異なる独自の特徴を把握する必要があります。経営者が過去に訴訟や調停の経験をお持ちの場合、その経験に引きずられて対応を誤るリスクが極めて高いためです。以下、双方との違いを順に整理します。

民事訴訟との違い:第1回期日で勝負が決まる

民事訴訟であれば、第1回期日で争う旨を表明すれば、その後も時間をかけて双方が主張立証を重ねていくのが通常です。1回目で負けたわけでもなく、何年かけて主張を整理することも可能です。ところが労働審判は、第1回期日でほぼ結論が決まります。ルール上は第2回期日までお互い主張を戦わせることになっていますが、実際のところ、第1回期日の時点で、事前に提出された申立書と答弁書を読み、当日の当事者本人の発言を踏まえて、労働審判委員会はほぼ結論を形成してしまうのです。

結論を形成した上で、調停による解決が図られます。調停がまとまればそれで終了、まとまらなければ労働審判(審判委員会が示す解決案)が出されるのが原則です。訴訟と異なり、第1回期日で審理がほぼ終了してしまうという点は、会社側の準備の重みを決定的に変える構造的な違いです。

民事調停との違い:異議を出しても逃げられない

労働審判は、民事調停と似た「話し合い」の側面を持ちますが、その帰結は全く異なります。民事調停であれば、相手方が調停に応じない、または調停案に同意しないとなれば、それで手続きは終了します。訴訟を提起するかどうかは、訴えを起こしたい側が別途判断することになるわけです。訴訟は相手にとっても会社にとっても負担が大きいので、「裁判が大変だから調停を起こしたのであろう」という見立てで、話がつかなければそのまま終わる、というのが民事調停の実務感覚です。

ところが労働審判は違います。調停がまとまらない場合、労働審判委員会が「これで解決しなさい」という内容の労働審判を出します。これを拒否することはできますが、拒否するには異議申立てが必要です。そして、どちらか一方でも異議を申し立てると、労働審判の効力は失効し、自動的に訴訟に移行します。訴訟を別途提起したのと同じ状態になってしまうのです。

これが民事調停との根本的な違いです。民事調停のように「話がつかなければ終わり」ではなく、労働審判から逃げるには訴訟を引き受けるという代償を支払う必要があるのです。訴訟は1年以上、2年、3年と時間がかかることもある手続きで、弁護士費用も審理の手間も、労働審判の比ではありません。

「逃げ場がない制度」としての構造

以上を総合すると、労働審判は「第1回期日で勝負が決まる上に、その結論から逃げるには訴訟という重い代償が必要になる」という、会社側から見れば極めて逃げ場の少ない制度だということが分かります。

この構造を理解した上で、会社経営者が採るべき基本方針は明確です。すなわち、第1回期日までに最大限の準備を尽くし、答弁書と当日の口頭説明で主張を出し切ることです。準備不足のまま期日に臨めば、労働審判委員会に形成される心証は会社側にとって不利なものとなり、調停段階での解決金額や条件も、それに応じて不利なものとなります。逆に、準備を尽くして有利な心証を形成できれば、調停段階で会社側に有利な条件で合意に至る可能性が高まります。

CHAPTER 03

申立書到達から第1回期日までの3週間

 

労働審判の申立書が会社に届いてから第1回期日までの流れは、裁判所の運用として概ね以下のタイムラインで進行します。労働審判規則では第1回期日は申立てから原則40日以内と定められており、答弁書の提出期限は第1回期日の1週間から10日前までに指定されるのが一般的です。逆算すると、会社が実質的に準備に使える期間は3週間前後となります。

申立書到達〜48時間:初動判断の重要性

労働審判の申立書が会社に届いた瞬間から、実質的なタイムリミットは走り始めます。最初の48時間で行うべきは、以下の判断と対応です。

一つ目は、申立書の内容把握です。申立人は誰か、どのような請求(解雇無効、未払残業代、損害賠償、パワハラ慰謝料など)が立てられているか、請求金額はいくらか、主張されている事実は何か、証拠として何が提出されているか、そして第1回期日はいつ指定されているか、答弁書提出期限はいつかを、この段階で把握します。

二つ目は、弁護士選定です。既に事前の交渉段階から顧問弁護士が関与していた案件であれば、その弁護士に継続して依頼するのが最も効率的です。事情を既に理解しているので、答弁書作成のための事情聴取に時間を要しません。一方、事前の交渉に弁護士が関与していない案件、あるいは労働事件の経験が乏しい顧問弁護士しかいない場合には、労働事件を会社側で取り扱う弁護士を改めて探す必要があります。この弁護士探しが、3週間という短い準備期間をさらに圧迫します。

三つ目は、社内の証拠収集準備の開始です。契約書、就業規則、労働条件通知書、タイムカード、賃金台帳、業務日報、メール履歴、注意指導記録、始末書、人事評価資料、医師の診断書、その他関連資料を、とにかくこの段階で集め始めます。依頼する弁護士が決まっていなくても、資料の収集自体は進められます。後から弁護士に「こういう資料はありますか」と問われるたびに探していては到底間に合いません。

1週間以内:弁護士との初回打合せ

遅くとも申立書到達から1週間以内には、依頼する弁護士との初回打合せを完了させたいところです。初回打合せでは、申立書の主張に対する会社側の反論の骨子、答弁書に記載すべき主要な事実と法的主張、収集すべき追加証拠、関係者へのヒアリング予定などを決めます。

事前交渉に弁護士が関与していなかった場合、この初回打合せの前後で資料の整理と説明に相当な時間を要します。申立書に書かれている主張が「これは違う」「これは出鱈目だ」と経営者として感じるとしても、その反論を弁護士に理解してもらうまでには、書類の提示、経緯の説明、関係者の整理など、地道な作業の積み重ねが必要です。

2週目〜3週目:答弁書の作成・補正

第2週から第3週にかけては、答弁書のドラフト作成、経営者による事実関係の確認、証拠の追加収集、答弁書の補正、提出用の最終版確定という流れで進行します。答弁書は、第1回期日で委員会に事前に読み込んでもらう「会社側の主張の全て」です。当日に口頭で補足する余地はあるものの、主要な事実関係・法的主張・証拠の引用は答弁書にすべて記載しておくのが原則です。

答弁書の分量は、事案にもよりますが、A4用紙で20ページから50ページ程度になることも珍しくありません。証拠書類(書証)も数十点に及ぶことがあります。3週間という期間でこれだけの書面と証拠を整えるには、経営者・弁護士・社内の関係者が同時並行で集中的に作業する必要があります。

期限までに答弁書を出せないとどうなるか

答弁書を期限までに提出できない、あるいは不十分な内容で提出せざるを得ない場合、何が起きるでしょうか。訴訟と異なり、労働審判では期日直前に争う旨だけ伝えて後からゆっくり主張立証を重ねる、ということができません。期限までに提出した答弁書の内容が、会社側の主張のほぼ全てとして評価されることになります。

仮に本来であれば50万円程度の解決金で済んだ事案について、準備不足のために会社側の主張を十分に伝えられず、結果として200万円程度の解決金を支払う調停案を提示される、というケースは少なくありません。断ることは可能ですが、断れば労働審判が出され、それに異議を申し立てれば訴訟へ移行します。訴訟で1年、2年と戦うコストを考えれば、不本意な解決金額で調停に応じざるを得ない局面も出てくるのです。準備不足は、金額にして数倍の差として会社に跳ね返ってくるのが労働審判の怖さです。

CHAPTER 04

答弁書で勝負を決めるという思想

 

労働審判における答弁書は、訴訟における答弁書とは位置づけが大きく異なります。訴訟の答弁書は「第1回期日までに争う旨を示し、以後の主張立証の方向性を示す書面」という側面が強いのに対し、労働審判の答弁書は「会社側の主張・反論の全てを書き切る決定版の書面」と理解すべきです。

書面と口頭の使い分けの原則

答弁書と第1回期日の口頭説明との関係を整理すると、以下のようになります。主要な主張は答弁書に書き切る。当日の口頭説明は、答弁書に書いた内容の要点確認と、補足的な事項の説明に充てる。 これが実務の基本思想です。

書面の主張がしっかりしていれば、当日の口頭説明は楽になります。メインの主張は答弁書に記載されているわけですから、会社側代理人や経営者は、答弁書に書いた内容をその通り説明すればよい。加えて、補足的な事項について質問されたときに的確に答える。これで当日の対応として十分です。

逆に、答弁書に主要な主張が十分に書き切れていない場合、当日の口頭説明で挽回しようとしても困難です。事前に整理されていない事柄を、限られた期日時間の中で労働審判委員会に分かりやすく伝えるのは、会社側代理人にとっても経営者にとっても難度が高い作業です。準備不足の状態で期日に臨むと、言いたいことがうまく伝わらないまま心証が形成されてしまうというのが実情です。

答弁書に盛り込むべき要素

良質な答弁書に盛り込むべき要素は、事案によって異なりますが、一般的には以下のものが含まれます。

請求の趣旨に対する会社側の認否、申立書の「申立ての理由」に対する逐条的な認否・反論、労働契約の成立と内容(雇用形態、賃金、労働時間、業務内容など)、申立人の勤務実態(出退勤記録、業務遂行の状況、問題行動の有無、注意指導の経緯)、解雇事案であれば解雇の経緯・理由・手続き、解雇事由の存在を裏付ける証拠、解雇以外の代替措置の検討経緯、未払残業代事案であれば労働時間の実態・固定残業代の有効性・管理監督者該当性、会社側の法的主張(解雇有効性の根拠、未払残業代請求の否認理由、損害賠償請求の否認理由など)、会社側が提案する解決方針(あれば)、別紙として関連書証の目録と書証そのもの、以上です。

書証の整理と提出

答弁書本文に主張を書き切るだけでなく、それを裏付ける書証の提出が決定的に重要です。労働審判委員会は、申立書と答弁書、そして双方から提出された書証を事前に読み込んだ上で期日に臨みます。当日の口頭のやりとりで新たな証拠が出てきても、委員会が期日中にそれを丁寧に読み込む時間はありません。書証は必ず答弁書と同時に、整理された形で提出するのが原則です。

書証の整理に際しては、それぞれの書証がどの事実を立証するのか、答弁書本文のどの部分と対応しているのかを明確に示す必要があります。単に資料を束ねて提出するだけでは、委員会がそれを理解するのに時間を要し、結果として心証形成に十分に寄与しないことになりかねません。

CHAPTER 05

在職中申立てへの対応と報復措置の禁

 

労働審判の申立ては、退職後になされるものだけではありません。在職中の社員が、在職したまま労働審判を申し立てることも珍しくありません。例えば、パワハラの慰謝料請求、未払残業代請求、降格処分の無効確認、配転命令の無効確認など、在職を前提とした請求類型が典型です。

在職中の社員から労働審判を申し立てられると、職場でも顔を合わせますし、裁判所でも対峙することになります。申立書には、会社について「あそこが悪い、ここがダメだ」という記載が連なっており、経営者としてはどうしても感情的になりがちです。

感情的になることの危険性

経営者が感情的になると、判断能力が大幅に低下することが、経験上知られています。平時はIQ150相当の優れた判断ができる方であっても、強い感情が働くと、その判断力は平均以下にまで落ち込むことがあります。その結果、普段であれば絶対にしないような不用意な行動に踏み切ってしまい、元々は大した問題ではなかったのに感情的な行動が会社を傾けてしまうという事態が、労働事件の現場では繰り返し起きています。

そのような誤作動を防ぐには、一呼吸置いて、社外の冷静な専門家(会社側専門の弁護士)に相談し、客観的な判断軸に立ち戻る以外に方法はありません。社内だけで判断しようとすると、経営者の感情が現場に連鎖し、組織全体が冷静さを失う方向に向かいかねません。

基本中の基本:報復措置は避ける

在職中申立てへの対応における基本中の基本は、「労働審判を申し立てたこと自体を理由として、解雇・配転・降格・減給などの不利益措置を講じてはならない」というものです。労働審判制度は法律で認められた紛争解決手続きであり、これを利用したこと自体を非難することはできません。

仮に、労働審判を申し立てられたことに腹を立てて、それを契機として解雇や配転などを行った場合、これは報復措置と評価され、権利濫用として無効とされる可能性が極めて高いです。報復措置と評価されれば、元の労働審判の請求に加えて、解雇無効確認や配転無効確認、慰謝料請求などが追加される事態を招きます。元々の紛争を拡大させ、会社の負担を増大させる行動を、自ら選んでしまうことになるのです。

他方で、客観的に合理的な措置は逃げずに講じる

「報復措置を避ける」という原則を機械的に適用しすぎると、逆の誤りに陥ります。すなわち、本来であれば講じるべき客観的に合理的な措置までも、萎縮して行えなくなるという事態です。これも避けなければなりません。

例えば、労働審判を申し立てた社員が、他の社員にハラスメントをしているとします。平時であれば当然に注意指導や処分を行うべき事案です。ところが、労働審判中であることを理由に萎縮して放置すると、ハラスメントの被害を受けている他の社員を見殺しにすることになります。社員たちを守るのは会社経営者の責務ですから、これは許されません。

また、仕事のパフォーマンスが著しく低く教育指導が必要な社員について、「労働審判を起こした社員だから、指摘すれば反発される」と恐れて教育指導を怠るのも、同じく誤りです。客観的にできていないところがあれば、冷静に穏やかに指摘し、改善の方向性を示して指導する、というのが会社として当然に行うべきことです。

さらに、横領・業務上横領・背任その他の明白な非違行為がある場合には、労働審判中であっても、解雇なり懲戒処分なりを断行する必要があります。「労働審判を申し立てさえすれば横領をしても解雇されない」という事態は、あってはなりません。労働審判が威嚇や牽制の手段として使われることを許すと、他の社員の規律も崩壊します。

「報復」と「合理的措置」の線引き

「報復措置は避ける」と「合理的措置は逃げずに講じる」を両立させる線引きは、次のように整理できます。

その措置が、労働審判の申立てという行為自体を動機としているのであれば、報復措置です。避けなければなりません。他方、その措置が、労働審判の申立てとは別個の、客観的に認められる事由(ハラスメント、横領、パフォーマンス不足、勤務態度不良など)を理由としているのであれば、合理的措置として許容されます。ただし、見た目には報復と区別がつきにくい場合があるため、記録・手続き・タイミングの各面で慎重に進める必要があります。

具体的には、当該社員の問題行動が労働審判申立て前から存在していたこと、他の同種事案でも同様の処分が行われていること、処分に至るまでに注意指導や調査といった適正な手続きが履践されていること、処分のタイミングが労働審判期日と不自然に重ならないことなど、客観的要素を積み上げて報復ではないことを示していきます。これらは在職中申立ての局面では特に慎重に設計する必要があり、単独で判断せず弁護士に相談しながら進めるべき領域です。

在職中の労働審判申立てに対する実務的な対応の詳細は、サテライトLP「在職中に労働審判を申し立てる社員への対応」で、さらに具体的に解説しています。

CHAPTER 06

調停と労働審判の関係を理解する

 

労働審判手続きの中での「調停」と「労働審判」は、しばしば混同されますが、両者は異なる性格の解決手段です。制度の建て付けを正確に理解することが、会社側の戦略立案の前提となります。

調停:合意による解決

調停とは、労働審判委員会の仲介のもとで、申立人(労働者)と相手方(会社)の双方が合意することによって成立する解決です。合意内容は調停調書として確定し、裁判上の和解と同様の効力を持ちます。一度調停が成立すると、後から「合意した内容を撤回したい」と主張することは基本的にできません。

調停成立までの流れは、概ね以下のように進みます。第1回期日で、労働審判委員会が双方の主張を聴取し、書面を踏まえて心証を形成する。委員会が心証をベースに、「これくらいの金額・条件で解決できないか」という調停案を口頭で示す。双方が検討し、合意できれば調停成立、合意できなければ第2回・第3回期日に調整を続ける、あるいは労働審判へと進む、という流れです。

労働審判手続きで終局に至る事件の約7割が、この調停の段階で合意成立しています。制度の設計思想としても、調停による柔軟な解決が主たる解決手段と位置づけられています。

労働審判:委員会が示す強制的解決案

調停が成立しない場合、労働審判委員会は「これで解決しなさい」という内容の労働審判を行います。労働審判は、調停と異なり双方の合意を要しません。委員会が単独で解決案を決定し、それを双方に告知します。

労働審判に対し、双方とも異議を申し立てない場合、労働審判は確定判決と同様の効力を持ち、事件は終局します。一方、どちらか一方でも異議を申し立てると、労働審判は失効し、自動的に訴訟へ移行します。

会社側から見た戦略的意味合い

会社側の戦略としては、「調停で合意できる条件であれば、調停で終わらせる」のが通常は合理的です。労働審判に進んでしまうと、会社側にとって不本意な内容の審判が出される可能性があり、それに異議を申し立てれば訴訟へ移行して長期戦となる。いずれのルートも、調停で合意に至る場合より重い負担を要します。

ただし、「どんな条件でも調停で終わらせる」というのも誤りです。労働審判委員会が示す調停案は、会社側から見て過大な金額・条件を含むこともあります。その場合、調停に応じるべきか、労働審判を甘受するか、異議申立てによる訴訟移行を覚悟するかの判断が必要となります。この判断は、答弁書と期日で築いた心証、訴訟移行時の見込み、会社の経営への影響などを総合的に踏まえて行う必要があり、会社側専門の弁護士による戦略的助言が不可欠な局面です。

有利な調停案を引き出すための最大の武器は、答弁書と第1回期日における主張の質です。委員会が形成する心証が会社側に有利であればあるほど、調停案も会社側に有利な方向に寄ります。逆に、準備不足で心証が不利に振れていれば、調停案も不利な内容となります。結局のところ、調停段階での金額・条件は、答弁書と期日の準備の出来に連動しているということになります。

CHAPTER 07

異議申立てと訴訟移行の重み

 

労働審判が出された後、2週間以内に異議を申し立てることができます。異議申立てがあると、労働審判は失効し、事件は自動的に訴訟へ移行します。この自動移行の仕組みこそが、労働審判を「逃げ場のない制度」にしている中核的な特徴です。

異議申立ての判断基準

異議を申し立てるかどうかは、次の要素を総合考慮して判断します。

一つ目は、労働審判の内容と、訴訟での見込みの比較です。労働審判の内容が訴訟で予想される結果よりも会社側に不利であれば、異議申立てによって訴訟で争う実益があります。逆に、訴訟でもおそらく同程度かそれ以上に不利な結論が予想されるのであれば、異議を申し立てる意味は乏しく、労働審判を甘受した方がトータルの負担は軽くなります。

二つ目は、訴訟移行後のコストと時間です。訴訟は1年から2年以上、場合によっては3年を超える長期戦となります。その間、弁護士費用、打合せに要する時間、証人出廷、尋問対応など、会社にとって相当な負担が発生します。訴訟に移行することで見込まれる改善幅が、これらの負担に見合うかを吟味する必要があります。

三つ目は、レピュテーションや先例形成への影響です。同種事案が今後発生する可能性がある場合、労働審判で譲歩すると悪しき前例となりうる一方、訴訟で争って勝訴すれば再発抑止効果を得られる、という観点もあります。ただし、訴訟が公開の場となることで、事件情報が広まるリスクもあり、両面の考慮が必要です。

準備不足が金額差に直結する構造

労働審判の準備不足が、会社にとって具体的にどのような金額差として跳ね返るかを、一例で示します。

同一の事案について、十分に準備された答弁書と期日対応がなされた場合、会社側に有利な心証が形成され、調停段階での解決金額が例えば50万円程度に収まる可能性があります。他方、準備不足のまま期日に臨んだ場合、会社側の主張を十分に伝えられず、不利な心証が形成されて、調停案として200万円程度の解決金が提示される、という事態も起こり得ます。

200万円の調停案を断って労働審判に進んだ場合も、形成された心証はそのままですから、審判の内容も会社側に不利なものとなります。異議を申し立てて訴訟に移行したとしても、訴訟で逆転できる保証はなく、弁護士費用や時間的コストを考えれば、結局調停で200万円を払う方が安上がりだった、という展開に陥ることもあります。準備の出来が、金額にして数倍、時間にして数年の差として会社に跳ね返ってくるという構造です。

この構造を踏まえると、会社側の採るべき戦略は明快です。すなわち、申立書が届いた段階で全力で準備し、第1回期日で最大限の心証形成を行い、調停段階で会社側に有利な条件で合意することです。異議申立てと訴訟移行は、あくまで最終手段として温存し、前段階での勝負を徹底するのが、総合的な負担を最小化する道筋となります。

CHAPTER 08

弁護士選定と社内体制の整え方

 

3週間という短い準備期間の中で最大限の成果を出すには、弁護士選定の的確さ社内体制の整備の両輪が必要です。どちらを欠いても、労働審判での会社側の立場は弱くなります。

弁護士選定の基準

労働審判の依頼先として選ぶべき弁護士の基準は、以下の通りです。

一つ目は、会社側(使用者側)での取扱い経験が豊富であること。労働事件は、労働者側で扱う弁護士と会社側で扱う弁護士で、訴訟戦略・書面の書き方・期日対応の作法が大きく異なります。双方を同程度に扱う弁護士よりも、会社側に特化した弁護士の方が、会社経営の実情を理解した上での助言が期待できます。

二つ目は、労働審判の取扱い実績が一定以上あること。労働審判は独自の作法を持つ手続きで、訴訟の経験だけでは対応しきれない局面があります。過去に労働審判を相当数取り扱った弁護士であれば、第1回期日での心証形成の勘所、調停案への対応、異議申立ての判断など、手続き固有の論点に対する経験値があります。

三つ目は、迅速な初動対応が可能であること。申立書到達からすぐに打合せの時間を確保できる弁護士でなければ、3週間の準備期間は実質的にもっと短くなります。

四つ目は、経営者とのコミュニケーションが円滑であること。労働審判の準備は、経営者と弁護士の密な協働で進みます。経営の実情を理解し、経営者が納得できる説明ができる弁護士でなければ、短期間での準備は成立しません。

事前交渉弁護士の継続依頼のメリット

労働審判の申立てに至る前に、労働者側からの内容証明や団体交渉などで労働問題が顕在化していた場合、その段階で依頼していた弁護士がそのまま労働審判も担当すると、準備が大幅に効率化します。既に事案の経緯を理解しており、関係者の人物像を把握しており、収集した資料の所在も分かっているため、0からの立ち上げ時間が不要です。3週間の準備期間の中で、0からの立ち上げ時間を省けることの意義は、実務上極めて大きいものです。

このため、労働問題が顕在化した段階で、訴訟・労働審判まで見据えた弁護士選定を行い、早期に事案を共有しておくことが、仮に労働審判を申し立てられた場合の準備負担を軽減する最善の対策となります。いわば、労働審判対応は、申立書が届いてから始めるものではなく、問題顕在化の段階から始まっているのです。

社内体制の整え方

社内体制としては、以下の役割分担を早期に固めることが重要です。

窓口担当者:弁護士との連絡窓口を一本化し、資料の受け渡しやヒアリングの調整を担当する社員を1名決めます。多くは経営者本人、またはそれに準ずる役職者です。

資料提供担当:契約書、就業規則、賃金台帳、タイムカード、業務記録、メール履歴など、弁護士が求める資料を遅滞なく提供できる体制を整えます。人事・総務・経理など、資料保管部署を横断した協働が必要です。

関係者ヒアリング対応:申立人の上司、同僚、部下など、事実関係の証人となり得る社員へのヒアリング調整を行います。ヒアリング内容は、後に陳述書として書面化する前提で、弁護士立会いのもとで進めるのが望ましい手順です。

情報管理:申立ての事実、申立書の内容、準備状況などは、必要最小限の関係者にしか共有しないのが原則です。社内で噂として広まると、申立人側に情報が流れる、関係者の証言が変質するなど、不利な展開を招きかねません。守秘の徹底を、体制整備の段階で確認しておきます。

CHAPTER 09

当事務所のサポート体制

 

弁護士法人四谷麹町法律事務所は、会社側(使用者側)専門の法律事務所として、解雇、残業代請求、労働審判、団体交渉、問題社員対応等の労働問題に特化してまいりました。代表弁護士の藤田進太郎は、経営法曹会議所属で、会社側の労働事件を長年にわたり多数取り扱い、書籍・講演・動画配信を通じて会社側の労務管理のあり方を発信しております。

労働審判への対応においては、以下の体制でサポートを提供しております。

申立書到達直後の緊急相談:申立書が会社に届いた直後、ご連絡いただければ、その日のうちまたは翌営業日には初回相談の枠をお取りします。申立書の内容を拝見し、反論の骨子、必要な証拠、答弁書作成のスケジュールをその場でご提示します。

答弁書作成の伴走:3週間という限られた期間の中で、経営者と共同して答弁書を作り上げます。事実関係のヒアリング、資料収集の指示、関係者ヒアリングの立会い、書面のドラフト作成・修正・最終化までを一貫して担います。

期日対応:第1回期日、第2回期日、第3回期日のすべてに代理人として出廷します。経営者ご本人にも原則として同席いただき、委員会からの質問に的確に答えられるよう、事前にリハーサルを行います。

調停案対応:労働審判委員会から提示される調停案について、会社側として受諾すべきか、修正交渉すべきか、拒否して労働審判を求めるかの判断を、経営者と協議の上で決定します。純粋な金額論だけでなく、会社経営への影響、先例形成、レピュテーションリスクなど、総合的な観点から助言します。

異議申立て・訴訟移行対応:調停が不成立となり、労働審判に対する異議申立てを行う場合には、訴訟へ移行した後の戦略も含めて、連続的にサポートします。労働審判の経験に訴訟の経験を重ねた会社側専門弁護士による、一貫した対応が可能です。

再発防止・労務管理体制の整備:事件解決後には、同種事案の再発防止のため、就業規則の見直し、労務管理フローの改善、管理職研修の実施など、予防法務の観点からのサポートも提供しております。

労働審判の申立書が届いた場合、あるいは、そう遠くない時期に労働審判を申し立てられる可能性があるとお感じの場合は、早期のご相談が何よりも重要です。準備期間の確保は、そのまま解決条件の有利性に直結します。会社を守るため、一刻も早くご連絡ください。

労働審判でお悩みの会社経営者の皆様へ

申立書が届いた方、届きそうな方、制度を理解しておきたい方、いずれも早期のご相談が解決条件を大きく左右します。経営労働相談までご連絡ください。

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FAQ

よくあるご質問

 

Q. 労働審判と民事訴訟は何が違うのですか。

労働審判は個別労働紛争の迅速解決を目的とする手続きで、原則3回以内の期日で終局に至ります。平均審理期間は約80日です。民事訴訟は1年から2年以上かかることもあり、第1回期日でほぼ勝負が決まる労働審判とは準備の重みが全く異なります。また、労働審判には労働関係の実務経験を持つ労働審判員が審理に加わる点も特徴です。

Q. 労働審判と民事調停の違いは何ですか。

民事調停は合意が成立しなければそれで終わり、訴訟を別途起こすかは申立人が判断します。一方、労働審判は調停が不成立でも労働審判委員会が解決案を示し、異議申立てがなければ確定判決と同様の効力を持ちます。異議申立てをすると自動的に訴訟に移行するため、労働審判からは「逃げにくい」制度となっています。

Q. 申立書が届いてから第1回期日まで、実際にはどれくらいの準備期間がありますか。

労働審判規則では第1回期日は申立てから原則40日以内と定められており、答弁書提出期限は第1回期日の1週間から10日前に指定されるのが一般的です。したがって、会社が実質的に準備に使える期間は概ね3週間程度となります。事前に弁護士への相談がなかった場合、弁護士選定の時間も含まれるため、実質的な準備期間はさらに短くなります。

Q. 答弁書はなぜそれほど重要なのですか。

労働審判では第1回期日でほぼ結論が形成されます。期日当日の口頭説明だけで会社側の主張を十分に伝えるのは困難で、主要な主張・事実関係・法的根拠・証拠引用は答弁書に書き切っておく必要があります。当日の口頭説明は答弁書の補足にとどめ、主戦場は答弁書という位置づけが、労働審判実務の基本思想です。

Q. 在職中の社員から労働審判を申し立てられましたが、解雇してよいですか。

労働審判の申立てを理由として解雇する行為は「報復措置」と評価され、権利濫用として無効となる可能性が極めて高いです。申立て自体は法律で認められた権利行使であり、これを理由とする不利益措置は許されません。一方、労働審判とは別個に、客観的に合理的な解雇事由(横領、ハラスメント、勤務態度不良等)がある場合には、所定の手続きを経て適正に処分することは差し支えありません。ただし、タイミングと手続きは慎重に設計する必要があり、弁護士の助言を受けながら進めるべき局面です。

Q. 労働審判の解決率はどれくらいですか。

労働審判手続きで終局に至る事件の約7割が、調停段階で合意成立により解決しています。残る事件のうちでも、労働審判に対して双方が異議を申し立てなければそのまま確定するため、訴訟に移行するのは一部にとどまります。ただし、調停で合意する場合の解決条件は、答弁書と期日対応の出来に大きく左右されるため、「解決率が高い=会社側が楽」ということではありません。

Q. 調停案に応じたくない場合、どうなりますか。

調停が不成立となると、労働審判委員会が労働審判(解決案)を示します。この労働審判に対し2週間以内に異議を申し立てれば、労働審判は失効し、事件は自動的に訴訟へ移行します。訴訟は1年から2年以上かかる長期戦となるため、異議申立てを行うかは、調停案の内容、訴訟での見込み、訴訟移行のコストを総合的に考慮して判断することになります。

Q. 労働審判について正確な情報源を知りたいです。

最も正確で客観的な情報源は、裁判所のWebサイトです。「労働審判」で検索すると上位に表示される「労働審判手続」のページに、制度概要、手続きの流れ、平均審理期間等の一次情報が整理されています。裁判所発行のリーフレット「労働審判制度」も、図解により制度のイメージが掴みやすく、参考になります。経営者の立場から、どのような準備と判断が求められるかという視点で読みたい場合は、会社側弁護士が執筆した解説記事や書籍を補助資料として併用するのがおすすめです。

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