1. 3年契約でも途中退職は可能なのか
契約期間を3年と定めている以上、「途中で辞めることはできない」と考えたくなるのが会社経営者の率直な感覚でしょう。しかし、法制度は必ずしもそのように単純ではありません。
本来、有期労働契約は期間満了までの就労を前提として締結されるものです。そのため、民法628条の原則では、「やむを得ない事由」がない限り、契約期間途中の一方的解除は認められないとされています。
もっとも、労働基準法137条が適用される場合には事情が異なります。契約期間が1年を超える有期労働契約については、一定の要件のもとで、契約開始から1年を経過した日以後は、労働者はいつでも退職を申し出ることができるとされています。
本件のように、契約期間3年、勤務開始から1年半が経過している場合、原則として労基法137条の適用が問題となります。
会社経営者としては、「長期契約だから拘束できる」という直感ではなく、1年経過後の退職自由という法的枠組みを前提に判断する必要があります。
2. 有期労働契約の原則と民法628条
有期労働契約の基本原則は、民法628条にあります。同条は、当事者が雇用期間を定めた場合であっても、「やむを得ない事由」があるときは直ちに契約を解除できると定めています。
裏を返せば、やむを得ない事由がなければ、契約期間満了前の一方的退職は原則として認められないという構造です。これは、有期契約が一定期間の労務提供を前提として締結される契約であることに基づきます。
したがって、労働者が「より良い条件の会社が見つかった」「仕事が合わない」といった理由のみで途中退職を希望しても、それだけでは民法628条上の正当化事由には通常該当しません。
もっとも、賃金不払いや重大なハラスメントなど、就労継続が社会通念上困難といえる事情があれば、「やむを得ない事由」として即時解除が認められる可能性があります。
会社経営者としては、有期契約の原則はあくまで民法628条にあることを理解しつつも、次に問題となる労基法137条との関係を正確に整理することが不可欠です。
3. 労基法137条の1年経過後の退職自由
有期労働契約であっても、労働基準法137条が適用される場合には、民法628条の原則が修正されます。
同条は、契約期間が1年を超える有期労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除きます)について、契約開始日から1年を経過した日以後は、労働者は使用者に申し出ることにより、いつでも退職できると定めています。
つまり、3年契約であっても、1年が経過していれば、もはや「やむを得ない事由」は不要です。労働者が退職の意思表示をすれば、会社が承諾しなくても、法的には退職を阻止することはできません。
本件のように勤務開始から1年半が経過している場合、原則として労基法137条が適用される可能性が高く、退職の拒絶は困難です。
会社経営者としては、「長期契約だから拘束できる」という前提を見直し、1年経過後の退職自由という法的制限を正確に認識することが重要です。
4. 「所定の措置」とは何か
労働基準法137条は、「所定の措置が講じられるまでの間は」という前提のもとで、1年経過後の退職自由を認めています。この「所定の措置」とは何を指すのかが問題となります。
これは、長期の有期労働契約について、労働者保護の観点から一定の制度整備を前提とする趣旨で設けられた規定です。しかし、現時点において、同条にいう所定の措置は実質的に講じられていない状況にあります。
そのため、実務上は、契約期間が1年を超える有期労働契約については、原則として契約開始から1年を経過すれば、労働者はいつでも退職を申し出ることができるという運用がなされています。
会社経営者としては、「所定の措置が講じられていないのだから退職は制限できる」という理解は誤りであり、現行実務では1年経過後の退職自由が認められる前提で判断すべきです。
本件のように勤務開始から1年半が経過している場合、この点が結論を左右する重要なポイントとなります。
5. 適用除外となるケース(事業完了型契約)
もっとも、労基法137条がすべての有期労働契約に適用されるわけではありません。まず問題となるのが、一定の事業の完了に必要な期間を定める契約です。
例えば、特定の建設プロジェクトの完成まで、あるシステム開発案件の終了までといった、明確な事業完了を目的とする契約は、期間が1年を超えていても137条の適用対象外とされています。
このような契約では、原則に立ち返り、民法628条が適用されます。したがって、「やむを得ない事由」がなければ、契約期間途中の一方的退職は認められないことになります。
ただし、形式的に「プロジェクト契約」と記載しているだけでは足りません。実質的に特定事業の完了と強く結び付いているかが問われます。通常業務を単に有期化しただけでは、事業完了型契約とは評価されにくいのが実務です。
会社経営者としては、契約の実質が事業完了型に該当するかどうかを慎重に検討する必要があります。この点が誤っていれば、退職を拒絶できると考えていた前提が崩れることになります。
6. 適用除外となるケース(高度専門職等)
労基法137条の適用除外には、もう一つ重要な類型があります。それが、労基法14条1項1号・2号に規定される労働者です。
具体的には、高度な専門的知識・技術・経験を有する者として厚生労働省令で定める基準に該当する労働者や、満60歳以上の労働者などが対象となります。これらの労働者については、長期の有期契約を締結することが認められており、137条の1年経過後の自由退職規定は適用されません。
もっとも、「専門職である」というだけでは足りません。法令で定める要件を充たすかどうかが問題となります。単に専門的業務に従事しているという事情のみでは、適用除外とはならないのが通常です。
本件の契約社員がこれらの類型に該当しない限り、契約開始から1年半が経過している以上、原則として退職を拒絶することはできません。
会社経営者としては、適用除外に該当するかを形式ではなく法的要件に即して検討することが不可欠です。誤った前提で退職を拒絶すれば、紛争リスクを高める結果となります。
7. 退職届を提出された場合の会社の法的立場
勤務開始から1年半が経過している本件のような事案では、労基法137条が適用される可能性が高く、原則として労働者はいつでも退職を申し出ることができます。
したがって、退職届が提出された場合、会社経営者が「承認しない」と回答しても、法的に退職を阻止できるわけではありません。退職は会社の承認を要件とする制度ではないからです。
もっとも、退職の効力発生日については整理が必要です。就業規則に申出期間の定めがある場合や、退職日が明確に記載されている場合には、その内容に沿って処理を進めることになります。
重要なのは、「拒絶するかどうか」という発想ではなく、退職を前提にどのように実務を整理するかという視点に切り替えることです。拒絶を前提に対立姿勢を強めることは、紛争化のリスクを高めるだけです。
会社経営者としては、まず適用除外に該当するかを精査し、該当しないのであれば、法的枠組みに沿った対応へと速やかに移行すべきです。
8. 退職を拒絶した場合のリスク
労基法137条が適用される事案であるにもかかわらず、会社が退職を拒絶し続けた場合、法的リスクは会社側に生じます。
まず、退職の意思表示がなされているにもかかわらず、形式的に「認めない」として就労を強制することはできません。実際に出社しなくなった場合、無理に就労を強制することは不可能であり、対立を深めるだけです。
さらに、退職後の賃金や社会保険手続を巡って混乱が生じるおそれがあります。退職が有効に成立しているにもかかわらず、在籍扱いを続ければ、賃金請求や各種手続の不備といった別の紛争を招く可能性があります。
また、過度な引き留めや圧力があれば、パワーハラスメントと主張されるリスクも否定できません。退職を巡るトラブルは、企業イメージにも影響を及ぼします。
会社経営者としては、「拒絶できるか」という形式論に固執せず、拒絶した場合の法的・経営的リスクの方が大きい可能性を冷静に見極めることが重要です。
9. 実務上の対応と引継ぎ確保の考え方
退職を法的に拒絶できない場合でも、会社経営者としては、業務への影響を最小限に抑える実務対応が重要となります。対立的に拒絶するのではなく、円滑な引継ぎをどう確保するかという視点に切り替えるべきです。
まず、退職日を明確に確認し、残存期間中に必要な引継ぎ事項を具体化します。業務マニュアルの作成、顧客情報の整理、データの共有など、後任者が支障なく業務を引き継げる体制を整えることが現実的対応です。
また、貸与物の返還、秘密情報の管理、競業避止義務や秘密保持義務の再確認も重要です。退職後のトラブルを防ぐため、書面で整理しておくことが望ましいでしょう。
感情的に対応すれば、協力的な引継ぎを得ることは困難になります。会社経営者としては、法的に阻止できない以上、実務的に損失を最小化する戦略へと発想を転換することが重要です。
退職は防げなくとも、ダメージコントロールは可能です。ここに経営判断の差が現れます。
10. 会社経営者が取るべき契約設計と予防策
契約期間3年の契約社員であっても、契約開始から1年を経過していれば、労基法137条の適用により、原則として退職を拒絶することはできません。したがって、会社経営者としては「長期契約で拘束する」という発想自体を見直す必要があります。
重要なのは、途中退職を前提とした契約設計と組織運営です。例えば、業務の属人化を防ぐ体制構築、引継ぎ義務の明確化、秘密保持や情報管理の徹底など、退職が生じても事業に致命的影響が出ない仕組みを整えておくことが現実的な対策です。
また、事業完了型契約や高度専門職契約を適用できるかどうかは、契約締結時点で慎重に検討すべき事項です。形式だけ整えても、実質が伴わなければ紛争時に否定されます。
退職を巡る問題は、契約締結時の設計で大きく左右されます。当事務所では、有期契約の設計段階から、途中退職発生時の対応方針まで、会社経営者の経営判断を守る視点で助言しております。
問題が顕在化してからでは選択肢は限られます。将来の紛争リスクを抑えるためにも、契約設計の段階から専門家への相談をご検討ください。

更新日2026/2/21