労働問題385 年俸制を採用した場合に年度途中で年俸額を一方的に引き下げることができますか。

この記事の要点

年俸制を採用した場合に年度途中で年俸額を一方的に引き下げることができるかどうかは労働契約の解釈問題であり、一般的には年度途中での一方的引き下げはできないケースが多い

年俸制は「1年間の賃金を確定する」という性質を持つためです

「年俸制でも年度途中での変更を認める」旨の明確な規定が就業規則・労働契約に存在するかどうかが判断の鍵。規定がなければ年度途中変更は困難

制度設計の段階で年度途中変更の可否を明確に定めておくことが重要です

翌年度からの年俸額引き下げは、年度更新のタイミングで行うことが基本。翌年度の年俸は新たな労働契約・就業規則変更・個別合意として扱われる

翌年度への引き下げについても自由意思性の確保が必要です(380番参照)

01年俸制の法的性質。「1年間の賃金確定」という意味

 年俸制とは、1年間に受け取る賃金の総額(年俸額)をあらかじめ確定し、それを月割り等で支給する賃金制度です。年俸制の最大の特徴は、年度ごとに賃金が確定するという点にあります。

 この「年度ごとに確定する」という性質が、年度途中での一方的な引き下げが困難である理由の核心です。年俸額は、年度開始時点(または前年度末の交渉・決定)において当事者間で合意された労働条件であるため、その年度内を一方的に変更することは、既に確定した労働条件を使用者側から一方的に変更することに当たります。

02年度途中での一方的引き下げが困難な理由

 年俸制の下では、年度途中で年俸額を一方的に引き下げることができるかどうかは、労働契約の解釈問題となります。一般的には、年度途中での一方的な引き下げはできないケースが多いと考えられます。

 その理由は、年俸制が「当該年度の賃金総額を確定する」という性質を持つ契約形態であるためです。年度開始時に「今年度は年俸○万円」と合意した以上、その年度内においては合意した年俸額を支払う義務が原則として存続します。年度途中でこれを一方的に引き下げることは、確定した労働条件を一方的に変更することに他ならず、労働者から差額の請求を受けるリスクがあります。

「業績が悪化したから年度途中で減額する」という発想のリスク
管理職・専門職等を対象に年俸制を採用している場合、業績悪化や人事評価の結果を理由に年度途中で年俸額を引き下げようとするケースがあります。しかし、年度途中の一方的引き下げは、引き下げ前年俸額との差額分の未払い賃金として請求されるリスクがあります。年俸制を採用しているからといって年度途中の変更が自由にできるわけではありません。

03年度途中変更を可能にするための条件。就業規則・労働契約の規定

 就業規則または個別労働契約において「一定の事由が生じた場合には年度途中であっても年俸額を変更することがある」旨が明確に定められている場合は、その規定を根拠に年度途中の変更が可能となるケースがあります。

 ただし、この場合も変更の合理性(労契法10条)・変更権の行使が権利濫用に当たらないかどうか・変更幅が許容範囲内かどうか等が問われます。「就業規則に書いてあるから何でも変更できる」というわけではありません。また、明確な変更規定があっても、実際の変更額が著しく大きい場合や説明なしに突然変更する場合は、法的リスクが残ります。

04翌年度からの年俸引き下げの対応方法

 年俸額の引き下げを検討する場合、年度途中ではなく翌年度への変更として行うことが基本です。年俸制における翌年度の年俸決定は、年度更新のタイミングにおける新たな合意(または就業規則変更)として扱われます。

 翌年度への年俸引き下げについても、個別合意による方法(380番参照)または就業規則変更による方法(373番参照)が必要です。「業績評価が悪かったから来年の年俸を下げる」という判断について、あらかじめ就業規則に評価基準と変更幅を明確に定めておくことが重要です。この規定がある場合は、規定に従った範囲内での年俸変更は比較的認められやすくなります。

 一方で、規定なしに一方的に翌年度の年俸を大幅に引き下げる場合は、同意書の取得と十分な説明が必要となります(380番参照)。

05年俸制を導入する際の注意点。制度設計段階での規定整備

 年俸制の運用を適法に行うためには、制度設計の段階で次の点を就業規則または個別労働契約に明確に規定しておくことが重要です。

年俸制の制度設計段階で定めておくべき事項

・年俸の決定時期・決定基準(評価制度との連動)
・年俸の支払方法(月割り・賞与との分配比率等)
・翌年度への年俸変更の可否・変更の事由・変更幅の範囲
・年度途中での変更が可能な場合の事由と手続(定める場合)
・時間外労働・休日労働・深夜労働の割増賃金の取扱い(定額残業代との関係)
・年俸制適用対象者の範囲

 特に注意が必要なのは、年俸制と割増賃金の関係です。年俸制を採用したからといって時間外・休日・深夜労働に対する割増賃金の支払義務が免除されるわけではありません(348番参照)。年俸の中に一定時間分の残業代が含まれる設計とする場合は、固定残業代の有効要件(350番参照)を満たす制度設計が必要です。

06まとめ

 年俸制を採用した場合に年度途中で年俸額を一方的に引き下げることができるかどうかは労働契約の解釈問題ですが、一般的には年度途中での一方的引き下げはできないケースが多くなります。これは年俸制が「当該年度の賃金総額を確定する」という性質を持つためです。年度途中の変更を認める規定が就業規則・労働契約にある場合は別ですが、その場合も変更の合理性や手続の適正さが問われます。年俸額の引き下げは翌年度のタイミングで、適切な合意手続を経て行うことが基本です。制度設計の段階で変更可否・変更事由・変更幅を明確に規定しておくことが将来のトラブル防止の鍵となります。具体的な制度設計については使用者側弁護士のサポートを受けることをお勧めします。アドバイスします。

SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

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Q&Aよくある質問

Q1. 年俸制の社員が年度途中で大きなミスをして損害を出しました。年度途中で年俸を下げることはできますか。

A. 一般的には難しい場合が多いです。損害に対しては損害賠償請求という別の法的手段があります(賠償請求も上限や制約があります)。年俸の引き下げは次年度の評価で対応するという方法が現実的です。なお、就業規則に年度途中変更の根拠規定がある場合は別途検討の余地があります。

Q2. 年俸制を採用した場合でも残業代は発生しますか。

A. 発生します。年俸制は賃金の計算方法であり、労基法上の時間外・休日・深夜労働に対する割増賃金の支払義務を免除するものではありません。年俸の中に固定残業代として残業代を含める設計とすることも可能ですが、その場合は有効な固定残業代制度の設計要件(350番参照)を満たすことが必要です。

最終更新日:2026年5月31日

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