労働問題350 基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払う定額(固定)残業代は,どのような場合に有効となりますか。

1 賃金規程等の定め

 基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払ったといえるためには、基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払う旨の合意や賃金規程等の定めは最低限必要となります。「契約書の記載も賃金規程の定めも存在しないが、口頭で説明した。」では、基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払うことが労働契約の内容になっているとは認められないのが通常です。

2 時間外・休日・深夜労働させた場合の基本給等自体の金額の増額又は通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分との判別可能性

 時間外・休日・深夜労働させた場合に、基本給等自体の金額が増額されるのであれば、増額部分が時間外・休日・深夜割増賃金と評価することができますので、増額部分について労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められます。
 また、通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるのであれば、時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができますので、時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分について労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められることになります。

3 通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるといえるためには、労働契約において、何を明示する必要があるか

 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見は、「使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは、罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため、時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。そのような法の規定を踏まえ、法廷意見が引用する最高裁平成6年6月13日判決は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要である旨を判示したものである。」と結論付けています。この考え方に従えば、使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには、労働契約において、時間外・休日・深夜労働の「時間数」及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の「額」の両方が明確に示されていることが必要となります。
 しかし、使用者が割増の残業手当を支払ったか否かが、罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであることから直ちに、使用者が割増の残業手当を支払ったといえるための要件として、時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額の両方が明確に示されていることを法が要請しているという結論に結びつくものではありません。
 また、テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決の法廷意見も、高知県観光事件最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決も、使用者が割増の残業手当を支払ったといえるための要件として、時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額の両方が明確に示されていることを要求していません。仮に、櫻井龍子補足意見の言うとおりであったとすれば、その旨、法廷意見の判旨から読み取れるはずです。補足意見自体は最高裁判例ではありません。
 したがって、定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには、労働契約において、時間外・休日・深夜労働の「時間数」及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の「額」の両方が明確に示されていることが必須の要件となるものではないと考えます。
 もっとも、テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決が、「月額41万円の全体が基本給とされており、その一部が他の部分と区別されて労基法37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれないこと」を考慮要素の一つとして、月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきであると結論付けていることからすれば、通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるかの判断に当たっては、賃金の一部が他の部分と区別されて労基法37条の規定する時間外・休日・深夜割増賃金とされていることが重要な考慮要素となると考えられ、原則的には、時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示する必要があるものと考えます。
 時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」さえ明示すれば、通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別し得るのですから、当該時間外・休日・深夜割増賃金が何時間分の時間外・休日・深夜労働の対価か(時間数)を明示することは必須の要件ではないと考えます。
 ただし、定額(固定)残業代が時間外・休日・深夜労働の対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも、当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。

4 「基本給には、45時間分の残業手当を含む。」といったように、時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」については明示せず、「時間外・休日・深夜労働時間数」のみを明示した場合、時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められるか

 時間数を明示しただけでも、方程式を用いれば、通常の労働時間・労働日の賃金に当たる金額と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる金額を算定することができ、時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分の額が労基法及び労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算(検証)することができることから、通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるといえなくもありません。
 しかし、「45時間分の残業手当」が何円で、残業手当以外の金額が何円なのかが一見して分からず、45時間を超えて残業した場合にどのように計算して追加の残業代を計算すればいいのか分かりにくいことも多いところです。給与明細書・賃金台帳の時間外勤務手当欄・休日勤務手当欄・深夜勤務手当欄が空欄となっていたり0円と記載されていたりすることが多いため、残業代は支払済みと言ってみても説得力が今一つなこともあります。労基法上、通常の時間外労働の割増賃金単価(25%増し)は、深夜の時間外労働の割増賃金単価(50%増し)や法定休日労働の割増賃金単価(35%増し)と単価が異なりますが、どれも等しく「45時間分」の時間に含まれるのか、あるいは時間外労働分だけが含まれており、深夜割増賃金や休日割増賃金は別途支払う趣旨なのか、その文言だけからでは明らかではないこともあります。
 予定されている残業時間以上の残業をした場合に不足する残業代(時間外・休日・深夜割増賃金)が追加で支給されているような場合は、時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められやすい傾向にありますが、残業代の精算がなされていない場合は、時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められないリスクが比較的高いと言わざるを得ません。
 定額(固定)残業代制度を採用する場合には、基本的には定額(固定)残業代の「金額」を明示することをお勧めします。

5 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることが必要か

 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことですし、最高裁の法廷意見がこのような要件を要求したことはないのですから、定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨の合意は、定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための必須の要件ではないと考えます。
 ただし、定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことで労働者と合意しても害はありません。また、労基法所定の計算方法による額が定額(固定)残業代の額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていることを定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための必須の要件と考える裁判官もいます。
 小糸機材事件東京地裁昭和62年1月30日判決は、「傍論」において、「仮に、月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても、その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区別されて合意がされ、かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ、その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができる」と判示し、東京地裁判決とほぼ同じ理由で会社側の控訴を棄却した東京高裁昭和62年11月30日判決の認定判断を最高裁昭和63年7月14日第一小法廷判決が是認しています。
 阪急トラベルサポート事件(派遣添乗員・第2)事件最高裁平成26年1月24日判決の原審の東京高裁平成24年3月7日判決においても、「仮に時間外手当を加えて基本給を決定する旨の合意がなされたとしても、時間外手当部分に当たる部分を明確に区分して合意し、かつ、労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことを合意した場合のみその予定時間外手当分を当該月の時間外手当の一部又は全部とすることができると解すべき」としています。
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見においても、「さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。本件の場合、そのようなあらかじめの合意も支給実態も認められない。」としています。
 したがって、実際には、定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させておくとともに、個別合意を取得しておくべきと考えます。

6 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには、「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が労働者に明示されていることが必要か

 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決櫻井龍子補足意見は、「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが、その場合は、その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。」としており、使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには、時間外・休日・深夜労働の時間数及びそれに対して支払われた時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が雇用契約上明確にされているだけでは足りず、「賃金支給時」にも労働者に対し明確に示されていることが必要となるようにも読めます。
 しかし、使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として、「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額の両方が労働者に明示されていることが必要である理由が明らかでありません。仮に、「使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは、罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものである」ことを理由としているとしても、使用者が割増の残業手当を支払ったか否かが、罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであることから直ちに、使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として、「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要と結論付けることはできません。
 仮に、定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として、「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要であるとすると、労働契約書で賃金の内訳が明示されていて、通常の労働時間・労働日の賃金と時間外・休日・深夜割増賃金の金額が明らかであるにもかかわらず、給与明細書を交付しなかったり交付が遅れたりしただけで、使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払っていないことになりかねませんが、このような結論が不合理なのは明らかです。
 テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決法廷意見も、定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件として、賃金支給時において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることを要求していません。補足意見自体は最高裁判例ではありません。
 櫻井龍子補足意見のこの部分の文末が「であろう。」という表現を用いていることも勘案すると、「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることを定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件とするまでの意図はなかった可能性もありません。
 したがって、「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることは、定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えます。
 もっとも、実際には、通常の労働時間・労働日の賃金と区別されて時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることを明らかにするために、給与明細書においても、時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示すべきと考えます。
 また、支給された金額が時間外・休日・深夜労働に対する対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも、当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎


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