労働問題350 基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払う定額(固定)残業代は,どのような場合に有効となりますか。
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最低限、賃金規程等への定め(または個別合意書への記載)が必要——口頭説明のみでは定額残業代として認められない 「口頭で説明した」だけでは労働契約の内容になっているとは認められないのが通常です |
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通常の賃金部分と定額残業代部分が「判別可能」である必要がある——判別できなければ残業代の支払があったとは認められない(テックジャパン事件・高知県観光事件) 月額41万円の全体が「基本給」とされていたテックジャパン事件では判別不可能と判断されました |
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原則として定額残業代の「金額」を明示することが必要——「45時間分の残業手当を含む」という時間数のみの明示は、金額が一見して分からず問題が多い 時間数のみの明示は方程式を使えば計算できなくもないが、リスクが高く実務上はお勧めできません |
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定額残業代を超過した残業代を追加で支払う旨の定め・合意は、最高裁法廷意見上は必須要件ではないが、実際には賃金規程への定めと個別合意取得が望ましい 小糸機材事件・阪急トラベルサポート事件原審・テックジャパン事件補足意見等を踏まえた実務対応として推奨されます |
目次
01賃金規程等の定め——口頭説明のみでは不十分
基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払ったといえるためには、その旨の合意や賃金規程等の定めが最低限必要となります。「契約書の記載も賃金規程の定めも存在しないが、口頭で説明した」というだけでは、基本給や手当等に時間外・休日・深夜割増賃金を組み込んで支払うことが労働契約の内容になっているとは認められないのが通常です。
定額(固定)残業代制度を採用する場合は、まず就業規則・賃金規程または個別の労働契約書に定額残業代を支払う旨の明確な記載を整備することが出発点となります。
02基本給等の増額 or 判別可能性——どちらかが必要な理由
時間外・休日・深夜労働させた場合に、基本給等自体の金額が増額されるのであれば、増額部分が時間外・休日・深夜割増賃金と評価することができ、増額部分について労基法37条の規定する割増賃金の支払があったと認められます。
また、通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができるのであれば、残業代に当たる部分の額が労基法および労基法施行規則19条所定の計算方法で計算された金額以上となっているかどうか(不足する場合はその不足額)を計算・検証することができるため、残業代の支払があったと認められます。
テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決は、「月額41万円の全体が基本給とされており、その一部が他の部分と区別されて労基法37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない」ことを理由として判別不可能と判断しました。一方、高知県観光事件最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決は、通常の賃金部分と残業代部分が判別可能な事案として残業代の支払を認めています。
03「判別可能」といえるために何を明示するか——時間数か金額か
テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決の補足意見(櫻井龍子裁判官)は、使用者が割増賃金を支払ったといえるためには、時間外労働の「時間数」およびそれに対して支払われた残業手当の「額」の両方が明確に示されていることを要求しています。しかし、この補足意見自体は最高裁判例ではなく、同判決の法廷意見も高知県観光事件最高裁判決もこのような要件を要求していません。
したがって、定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには、労働契約において時間外・休日・深夜労働の「時間数」および「額」の両方が明確に示されていることが必須の要件となるものではないと考えます。
もっとも、テックジャパン事件最高裁判決の法廷意見が「一部が他の部分と区別されて労基法37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない」ことを理由として判別不可能と判断していることからすれば、通常の賃金部分と残業代部分とを判別できるかの判断にあたっては、賃金の一部が他の部分と区別されて残業代とされていることが重要な考慮要素となります。原則的には、定額残業代の「金額」を明示することが必要と考えます。
04「45時間分の残業手当を含む」という時間数のみの明示の問題点
「基本給には、45時間分の残業手当を含む。」といったように、定額残業代の「金額」については明示せず、「時間外・休日・深夜労働時間数」のみを明示した場合はどうなるでしょうか。
時間数を明示しただけでも、方程式を用いれば通常の賃金部分と残業代部分の金額を算定することができるため、判別可能といえなくはありません。しかし、以下の問題があります。
時間数のみ明示の場合に生じる問題点
問題①:金額が一見して不明
「45時間分の残業手当」が何円で、残業手当以外の金額が何円なのかが一見して分からず、45時間を超えた場合の追加残業代の計算方法も分かりにくいことが多い
問題②:給与明細書の記載が0円または空欄になりがち
給与明細書の時間外勤務手当欄・休日勤務手当欄・深夜勤務手当欄が空欄または0円と記載されていることが多く、残業代は支払済みと言っても説得力に欠けることがある
問題③:時間外・休日・深夜の各割増率の違いが不明確
通常の時間外労働(25%増し)・深夜時間外労働(50%増し)・法定休日労働(35%増し)など割増率が異なるが、それらがすべて「45時間」に含まれるのか、時間外分のみが含まれるのかが文言から明らかでないことがある
定額(固定)残業代の精算(予定時間を超えた残業代の追加支給)が実際になされているような場合は、残業代の支払があったと認められやすい傾向にありますが、精算がなされていない場合はリスクが高くなります。定額(固定)残業代制度を採用する場合は、基本的に定額(固定)残業代の「金額」を明示することをお勧めします。
05不足額を追加で支払う旨の賃金規程・合意は必要か
定額(固定)残業代を超えて残業した場合の不足額を当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に追加で支払う旨を賃金規程に定めたり個別合意を取得したりすることが、定額残業代の支払により残業代を支払ったといえるための必須要件かという問題があります。
不足額があれば追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことであり、テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決の法廷意見もこのような要件を要求していません。そのため、必須の要件ではないと考えます。
しかし、実際には以下の理由から、賃金規程への定めと個別合意の取得をお勧めします。
「不足額追加支払の定め・合意」をお勧めする理由
・小糸機材事件東京地裁昭和62年1月30日判決(傍論)・東京高裁昭和62年11月30日判決・最高裁昭和63年7月14日第一小法廷判決は「労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合のみ」定額残業代が有効とする枠組みを示している
・阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件の原審(東京高裁平成24年3月7日)も同様の枠組みで判断している
・テックジャパン事件補足意見も「超過分をあらかじめ明らかにされていなければならない」としている(補足意見は判例ではないが参考になる)
・このような追加支払の定め・合意をしても労働者に不利益はなく、リスク管理上も望ましい
06「賃金支給時」に時間数と金額の両方を明示することは必要か
テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決の補足意見(櫻井龍子裁判官)は、「支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう」としており、「賃金支給時」においても時間数と金額の両方を明示することが必要であるかのように読めます。
しかし、使用者が残業代を支払ったといえるための要件として、賃金支給時において時間数と金額の両方が明示されていることを必要とする明確な理由がありません。仮にこの要件が必須とすると、労働契約書で賃金の内訳が明示されているにもかかわらず、給与明細書を交付しなかったり交付が遅れたりしただけで、残業代を支払っていないことになりかねませんが、このような結論は不合理です。
テックジャパン事件最高裁判決の法廷意見は、賃金支給時の明示を必須要件として要求していません(補足意見は最高裁判例ではありません)。また、補足意見のこの部分の文末が「であろう」という表現を用いていることも勘案すると、賃金支給時の明示を必須要件とするまでの意図はなかった可能性もあります。したがって、「賃金支給時」において時間数と金額の両方が労働者に明示されていることは、定額残業代の支払により残業代を支払ったといえるための必須の要件ではないと考えます。
もっとも、実際には、通常の賃金部分と区別されて残業代の支払がなされていることを明らかにするために、給与明細書においても定額残業代の「金額」を明示すべきと考えます。また、支給された金額が時間外・休日・深夜労働に対する対価であることを明らかにするためにも、当該金額が何時間分の労働を見込んで設定されたものかという算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。
07まとめ
定額(固定)残業代が有効に機能するための実務上のポイントを整理すると、①賃金規程等への定め・個別合意書への記載(口頭説明のみでは不十分)、②通常の賃金部分と残業代部分の「判別可能性」(テックジャパン事件・高知県観光事件参照)、③原則として定額残業代の「金額」の明示(時間数のみの明示はリスクが高い)、④不足額の追加支払に関する賃金規程への定めと個別合意の取得(法廷意見上必須ではないが実務上強くお勧め)、⑤給与明細書でも定額残業代の「金額」を明示すること(賃金支給時の明示は最高裁法廷意見上必須ではないが実務上推奨)——となります。定額(固定)残業代制度の設計・運用については使用者側弁護士・会社側弁護士のサポートを受けながら進めることをお勧めします。アドバイスします。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。定額(固定)残業代制度の設計・賃金制度の整備・残業代トラブルの予防でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。
Q&Aよくある質問
Q1. 「基本給○万円(45時間分の残業代含む)」という記載で定額残業代制度として有効ですか。
A. 時間数のみの明示には問題が多く、原則として定額残業代の「金額」を明示することをお勧めします。「基本給25万円+固定残業代(45時間分)5万円」という形で金額を明示した方が、通常の賃金部分と残業代部分の判別が明確になります。また、給与明細書にも固定残業代の金額を記載し、45時間を超えた場合は超過分を追加支払する旨を賃金規程に定めることをお勧めします。
Q2. テックジャパン事件最高裁判決とは何ですか。
A. 最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決です。月額41万円の全体が「基本給」とされており、その一部が他の部分と区別されて時間外割増賃金とされていたなどの事情がうかがわれないことを理由として、通常の賃金部分と時間外割増賃金部分を判別することができないとした重要な判決です。同判決の法廷意見と補足意見(櫻井龍子裁判官)は、定額残業代の有効要件について異なるアプローチを取っており、本記事でも解説しています。
Q3. 定額(固定)残業代制度を導入したいと思います。何をすれば有効に機能しますか。
A. 最低限、①賃金規程等・個別労働契約書に定額残業代を支払う旨と金額を明記する、②給与明細書にも定額残業代の金額を記載する、③定額残業代を超えた残業が発生した場合の超過分の追加支払について賃金規程に定め社員と合意する、④定額残業代の算定根拠(何時間分を見込んだものか)を説明できるようにしておく——という対応が必要です。具体的な制度設計については使用者側弁護士に相談することをお勧めします。
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最終更新日:2026年5月10日