労働問題380 未発生の賃金債権の減額に対する同意の意思表示の効力を肯定するための要件を教えて下さい。
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未発生の賃金債権の減額への同意についても、近時の傾向として、自由な意思に基づくものであることが明確であることが要求される。「受け入れる行為があった」だけでは足りない 379番(既発生の賃金債権の放棄)の隣接問題として、未発生の場合も同様の厳格な傾向が見られます |
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最低限の要件①:書面による同意書の取得。口頭同意では「同意なし」と認定されるリスクが高い この点は379番・378番と共通します |
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書面に加えて要件②:具体的な不利益内容を記載した書面の配布と口頭説明により「自由な意思に基づいて同意書を提出した」と評価される状況を作り出すこと ②の具体的な設計は難しく、使用者側弁護士のサポートをお勧めします |
目次
01379番との違い。「未発生」の賃金債権の問題
379番では、既に発生した賃金請求権(未払い残業代等)の放棄に対する同意の要件を解説しました。本記事は、まだ発生していない将来の賃金(未発生の賃金債権)を減額するための同意の要件を扱います。
例えば、「来月から基本給を月5万円下げる」という変更への同意が「未発生の賃金債権の減額への同意」に当たります。これは労基法24条1項(全額払の原則)の問題が前面に出た379番の場面とは異なりますが、近時の判例・実務の傾向として、未発生の場合にも自由意思性の明確性が厳しく問われるようになっています。
02近時の傾向。未発生の場合でも自由意思の明確性が要求される
未発生の賃金債権の減額に対する同意についても、近時の傾向として、それが労働者の自由な意思に基づいてなされたものであることが明確であることが要求されます。
「受け入れる旨の行為があった」というだけでは足りません。同意があったといえるためには、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があったというだけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容および程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯およびその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供または説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要とされる可能性が高いと考えて対処してください。
共通点:いずれも「自由な意思に基づくものであることが明確」という基準が求められる傾向がある
相違点:既発生の場合は労基法24条1項(全額払の原則)の趣旨が直接適用されるため法的根拠がより明確。未発生の場合は近時の実務傾向として同様の基準が要求される可能性が高いという位置づけ
03裁判所が審査する同意の有効性判断要素
未発生の賃金債権の減額に対する同意の有効性について、裁判所は次の要素を総合的に考慮して判断します。
同意の有効性判断で考慮される要素
①不利益の内容・程度:賃金がどのくらい減少するか。生活への影響が大きいほど、自由意思性の確認がより厳格になる
②同意行為に至った経緯・態様:強迫・強要・情報格差を利用した不当な圧力があったか。「断れない状況」の中での署名でないか
③事前の情報提供・説明の内容:変更の理由・減額額・影響について十分な説明があったか。説明なしに署名させていないか
04要件①:書面による同意書の取得
口頭の同意では足りません。最低限、書面による同意書の取得が必要です(378番参照)。
口頭でのやり取りは証拠が残らず、後に「そんな話はなかった」「違う意味で言った」と主張された場合に対抗できません。書面による同意書は、①同意が存在したことの証拠として機能し、②同意の内容(変更後の賃金額・適用時期等)を明確にする機能を持ちます。
同意書には、変更後の具体的な賃金額(または変更幅)・適用開始日・社員の自筆署名(または押印)を含む必要があります。「概ね了承した」「検討する」といった曖昧な記載では、同意の意思が明確とは言えません。
05要件②:自由な意思に基づいて同意書を提出したと評価される状況の確保
書面による同意書の取得だけでは、近時の傾向を踏まえると不十分な可能性があります。「同意書を提出した」という事実を超えて、それが自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要とされます。
②を確保するために実践すべき具体的な対応
・当該同意(賃金減額)により労働者が被る不利益の具体的内容(いくら減るか・生活への影響)を記載した書面を事前に配布する
・書面の内容について口頭でも丁寧に説明する
・説明内容・日時・方法を記録(メール・議事録等)に残す
・同意書への署名前に十分な検討時間を与える(その場で即署名させない)
・「断っても不利益はない」旨を明示する
・経営上の必要性・減額の理由を客観的な資料(財務状況等)とともに説明する
特に危険な「その場署名」
「来月から給料を下げる。これに同意してください。今すぐここに署名を」という形での同意取得は、検討時間の付与がなく、説明も不十分であるとして「自由な意思に基づく同意」と評価されないリスクが極めて高くなります。書面があっても、このプロセスでは②を確保できない可能性があります。
06①と②の実務上の分担
要件①(同意書の取得)は、書式を準備して社員に署名してもらうという手順として、自社でも対応できるケースが多いといえます。
一方、要件②(自由な意思に基づく同意と評価されるための状況整備)は、対応が難しい場合があります。「何を」「どのように」「いつ」説明し記録するかという設計は、後の紛争時に会社を守る証拠の設計そのものです。ここを見誤ると、書面があるにもかかわらず同意が否定されるという最悪のケースになりかねません。
②について詳しく検討したい場合は、使用者側弁護士への相談をお勧めします。事前の相談コストは、後の紛争コストと比べれば格段に小さいものです。
07まとめ
未発生の賃金債権の減額に対する同意についても、近時の傾向として、自由な意思に基づくものであることが明確であることが要求されます。口頭の同意では足りず、最低限として①書面による同意書の取得が必要です。さらに②当該同意により労働者が被る不利益の具体的内容を記載した書面の配布と口頭説明を行い、自由な意思に基づいて同意書を提出したと評価されるための状況を整えることが求められます。①は自社でも対応可能ですが、②の具体的な設計については使用者側弁護士のサポートを受けることをお勧めします。アドバイスします。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
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Q&Aよくある質問
Q1. 「未発生」の賃金減額への同意は「既発生」の放棄より要件が緩いですか。
A. 近時の傾向として、未発生の場合にも実質的に同様の自由意思の明確性が要求される可能性があります。「未発生だから緩い」という前提でいると、後に同意が否定されるリスクがあります。既発生(379番)と同じ水準の丁寧な対応を前提として制度設計することをお勧めします。
Q2. 就業規則を変更した上で個別合意も取得する場合、どちらの手続を優先すればよいですか。
A. 就業規則変更を先に行い、その変更が有効に成立した後に個別合意を取得するという順序が基本です(377番参照)。有効に変更された就業規則の水準に合わせた個別合意書を取得することで、就業規則変更と個別合意の両面からリスクを低減できます。具体的な手順は使用者側弁護士に相談することをお勧めします。
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最終更新日:2026年5月31日