労働問題1041 横領・不正受給した社員の懲戒処分
解説動画
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懲戒処分から逃げてはいけない——お金を返せば済む問題ではない ルール違反をした人が得をしている状態を放置すると、会社の秩序は崩れる。他の社員の納得感のためにも、お金の返還とは別にけじめとして懲戒処分を行うことが不可欠 |
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「認めた」より「いつ・何円・どんな方法で」——金額の特定が処分の土台 事実(特に金額・時期・方法)を確定させないまま処分すると、後から事実が覆って処分が無効になるリスクがある。金額の集計一覧表を作ることが、処分の精度を高める |
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横領と手当不正受給では処分の重さが大きく異なる 横領・窃盗は金額が低くても懲戒解雇が有効になりやすい。一方、手当不正受給は懲戒解雇が重すぎると判断されるケースがある。国家公務員指針では横領は原則免職、初めての給与不正受給は減給または戒告と大きく差がある |
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「横領→懲戒解雇」のマニュアル的判断は失敗の元 「横領なら懲戒解雇で大丈夫」という大雑把な判断は危険。一体どんな事実があったのかを個別に確認・認定した上で処分の重さを決めることが不可欠。特に解雇などの重い処分は弁護士に相談してから |
目次
01懲戒処分から逃げてはいけない理由
横領・不正受給をやった社員への懲戒処分を考えるとき、経営者の方は気が重くなることが多いです。できれば寛大に処理したい、お金を返してもらえればそれで十分では、という気持ちになることもあるでしょう。ポジティブな方向には意欲的な経営者でも、こういった後ろ向きの話はなんか嫌だなと感じるのは自然なことです。
しかし冷静に考えてみると、懲戒処分から逃げることは会社にとってマイナスにしかなりません。
他の社員が納得できない
真面目に働いていても給料は一定の額しかもらえません。それなのに、不正にお金を取得していた人間がたいした処分もなくその後も働き続けていたとしたら、他の社員は納得できません。「ルール違反をした人が得をしている」という状態は、職場の秩序を根本から崩します。
その結果、他の社員も規律意識が緩んでいく、あるいは「こんな会社はもうやってられない」と退職してしまう、ということになりかねません。会社を守るためには、お金の返還とは別に、けじめとしての懲戒処分が必要です。
お金を返せば許されると思われてはいけない
「お金を返せばいい」という前例を作ると、モラルハザードが起きます。「バレても返せば済む」という意識が広まりかねません。取った時点で犯罪は成立しているわけですから、返還は当然のことであり、それで終わりにはなりません。返還とは別に、不正行為そのものに対してしっかりけじめをつけることが必要です。
02事実の確定が先——「認めた」より「いつ・何円・どんな方法で」
懲戒処分の手続きに入る前に、事実をしっかり確定しておくことが何より大事です。懲戒処分は事実に基づいて行うものですから、事実があいまいなままでは処分の土台が崩れます。
「確かに自分は横領しました」「いかなる処分にも従います」と本人が認めた——しかしこれだけでは処分の根拠として不十分です。なぜなら、後になって「あの時は追い詰められて認めただけで、実際に横領はしていない」「認めたのはパワハラまがいの状況下だった」と翻すことができてしまうからです。
大事なのは「何があったのか」という事実の確定です。いつの時点でどれだけのお金を、どんな方法で不正に取得したのかという事実さえはっきりすれば、それがどう評価されるべきかは後から判断できます。事実の確定こそが、懲戒処分の精度と有効性を左右します。
○ 必要:「〇年〇月から〇年〇月にかけて、〇〇という方法で、合計〇〇円を不正に取得した」という具体的な事実を本人が認め、それを裏付ける客観的な資料がある状態
こういった具体的な事実確定ができていると、後から事実の内容で争われても反論できます。逆に事実確定が不十分なまま処分すると、「本当は200万円しか取っていないのに、1000万円取ったという前提で処分された」という話になったとき、処分の有効性が一気に怪しくなります。
03金額の特定と一覧表の作成
横領・不正受給の懲戒処分において、他の問題社員対応と比べて特に重要なのが「金額の特定」です。いつの時点でどれだけの金額を不正に取得したのかを明確にすることが、懲戒処分の根拠においても、返還請求においても、最も中心的な作業になります。
金額の一覧表を作ることが有効
預金口座の出入金記録・手当の申請書類・その他の客観的資料を照合しながら、いつの時点でいくらを不正に取得したのかを一覧表にまとめてください。この一覧表があることで、以下の点において大きく差が出ます。
- 返還請求の金額の根拠として使える
- 聞き取りの際に「この期間この金額は確認しているが、こちらはどうか」という具体的な問い合わせができる
- 懲戒処分通知書に記載する事実の根拠になる
- 刑事告訴をする場合の被害届の根拠になる
完全な特定が難しい場合の対応
長期間にわたる不正受給・横領の場合、全期間を完全に特定しきれないこともあります。最大限の努力をして特定できた範囲で処分を行うことになりますが、その範囲をできるだけ明確にした上で処分することが大事です。特定できていない部分について「他にもあったかもしれないが特定できていない」という状態のまま処分することは避けてください。特定できた事実の範囲でしっかり処分することが、後の紛争リスクを下げます。
特定の程度や対応の進め方については、弁護士に相談しながら決めてください。
04横領・窃盗の場合——重めの処分が有効になりやすい
一般論として、会社の金銭を横領・窃盗した場合は、懲戒解雇も有効になりやすいです。金額がそれほど高くなくても懲戒解雇が有効とされた事例はたくさんあります。会社から預けられていたお金を横領するような人物について、重めの処分で対処することは通常の対応と言えます。
ただしここでも注意が必要なのは、「横領だから懲戒解雇で大丈夫」というマニュアル的な判断は危険だということです。一体どんな事実があったのかを個別にしっかり確認・認定した上で、処分の重さを決めなければなりません。
「横領」という言葉の意味のずれに注意
日常用語として「横領した」「着服した」という場合と、法律上の刑法252条の業務上横領罪等に該当する「横領」という場合では、意味がずれることがあります。社内で「横領した」と言っている事実が、法律的に見たときに本当に横領・窃盗と言えるのかどうか、判断を間違えることがあります。
「本当にそれお金を不正に取ったのか、横領・窃盗に当たるのか」という法律的なチェックは、弁護士に確認してもらわないと危ないことがあります。特に重い処分を行う場合は、必ず弁護士に事実を説明した上で処分の妥当性を確認してください。
05手当不正受給の場合——横領より慎重な判断が必要
手当の不正受給(通勤手当・出張旅費等の過大申請・虚偽申請など)については、横領・窃盗と比べてより慎重な判断が必要です。横領と比べると処分が重すぎると判断されるケースが少なくないからです。
手当不正受給と一口に言っても、様々なパターンがあります。
このように同じ「手当の不正受給」でも、態様・金額・期間・意図の有無などによって処分の相当性は大きく変わります。「手当の不正受給だから懲戒解雇できる」という一律の判断は危険です。個別の事実をしっかり確認した上で処分の重さを決めてください。
06参考:国家公務員懲戒処分の指針との対比
処分の重さを考える際の参考として、人事院が出している「国家公務員の懲戒処分の指針について」が参考になります。これは国家公務員向けのものですが、民間企業における処分の重さを考える上での一つの指針として活用できます。
この対比から分かる通り、横領と手当の不正受給では処分の相場感が大きく異なります。横領は原則として最も重い処分(免職相当)が想定されているのに対し、初めての給与の不正受給は比較的軽い処分(減給または戒告)が原則とされています。
ただしこれはあくまで参考です。民間企業においてはこの指針が直接適用されるわけではありませんし、個別の事実・状況によって処分の相当性は変わります。また横領だからといって必ずしも懲戒解雇が有効になるわけでもなく、当社の今回の案件では一体何があったのかという個別判断が必要です。
「この指針で免職(解雇相当)とされているから横領なら懲戒解雇できる」という発想で動くと失敗します。あくまで判断の参考として活用しつつ、個別の事案について弁護士に相談した上で処分を決めてください。
07処分通知書への事実記載——抽象的な表現では不十分
懲戒処分を行う際には処分通知書を作成します。この処分通知書に、何をやったのかという事実をしっかり記載することが非常に重要です。
「信頼を裏切った」だけでは不十分
処分通知書に「信頼を裏切った」「会社のお金を横領した」という評価的・抽象的な表現だけを並べることは不十分です。大事なのは、何月何日から何月何日にかけて、あなたはどういった方法で、何円のお金を不正に取得したのか、という具体的な事実です。
長期間にわたる不正で全件を書ききるのが大変な場合でも、時期(例:〇〇年〇月から〇〇年〇月にかけて)と合計金額(例:合計〇〇円)を記載する形でまとめることはできます。ただし金額の根拠となる集計資料や事情聴取書など、裏付けとなる書類をあわせて整えておくことが必要です。
事実を具体的に記載した処分通知書を作成することは、弁護士と一緒に進めることが確実です。
08懲戒解雇した場合の退職金不支給
懲戒解雇をした場合、退職金を不支給または減額にすることも多いです。ただしここにも注意点があります。
退職金規程の確認が必須
退職金を不支給にできるかどうかは、就業規則・退職金規程の定めによります。「懲戒解雇事由がある場合は退職金を不支給とする」という条文がある場合は、それを根拠に不支給にすることができます。近年は「懲戒解雇を実際にした場合」ではなく「懲戒解雇事由がある場合」と定めている規程が多く、これであれば実際に懲戒解雇しなくても懲戒解雇事由が存在すれば不支給にすることができます。
一方、古い規程では「懲戒解雇した場合」という条文になっていることもあります。その場合は実際に懲戒解雇の手続きを踏まないと不支給にできないという問題が生じることがあります。まず自社の退職金規程の条文を確認してください。
退職金不支給は裁判で争われることがある
退職金には、勤続報奨的な性格(長く働いてくれたことへの報酬)に加えて、給与の後払い的な性格・生活保障的な性格があると言われています。そのため、不正行為があったからといって退職金の全額を不支給にできるかどうかは、裁判で争われることがあります。
退職金全額の不支給が認められるかどうかは、不正行為の内容・金額・程度・在籍期間など様々な事情を考慮して判断されます。特に長期間勤続した社員の場合、全額不支給が認められないケースも出てきます。不支給とするか、一部支給とするかの判断については、弁護士に相談した上で進めてください。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。横領・不正受給の懲戒処分でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
Q&Aよくある質問
Q1. 「お金を返すから許してほしい」と言っています。返還を受けたら処分しなくてよいですか。
A. 返還は受けた上で、それとは別に懲戒処分も行ってください。お金を返せば許されるという前例を作ると、モラルハザードが起きます。「バレても返せばいい」という認識が広まりかねません。また真面目に働いている他の社員が「ルール違反をした人間が処分もなく働き続けている」という状況を見れば、職場の秩序は崩れます。返還と懲戒処分は別の問題です。
Q2. 通勤手当を不正受給していた社員を懲戒解雇したいのですが、可能ですか。
A. 場合によっては可能ですが、横領・窃盗と比べて慎重な判断が必要です。手当不正受給については懲戒解雇が重すぎると判断される事案が少なくありません。金額・期間・態様(積極的な虚偽申告か、うっかりの届け出忘れか)・過去の処分歴などを総合的に考慮して判断する必要があります。懲戒解雇を検討している場合は、必ず事前に弁護士にご相談ください。
Q3. 横領した金額が数万円と少ない場合でも懲戒解雇できますか。
A. 横領・窃盗については、金額が比較的小さくても懲戒解雇が有効と判断される事例があります。会社から預けられていたお金を横領するという行為の背信性(信頼を裏切る度合い)が高く評価されるためです。ただし金額の少なさは処分の相当性を判断する際の考慮要素の一つにはなります。個別の事実・状況を弁護士に伝えた上で、懲戒解雇の有効性の見通しを確認することをお勧めします。
Q4. 懲戒解雇した場合、退職金を払わなくてよいですか。
A. 退職金規程の定め次第です。まず「懲戒解雇事由がある場合は退職金を不支給とする」という条文があるかどうかを確認してください。条文がある場合でも、在籍期間が長い場合などは退職金全額の不支給が認められないケースがあります。また退職金には給与の後払い的・生活保障的な性格もあるため、全額不支給については慎重に判断する必要があります。弁護士にご相談ください。
Q5. 本人が自主退職を申し出てきました。その場合でも懲戒処分をすべきですか。
A. 会社のコンプライアンス上の方針や事案の重大性によって判断が異なります。中小規模の会社では「お金を返してもらってやめてもらえればよい」という判断もあります。他方、コンプライアンスを重視する会社では「自主退職してもけじめとして懲戒処分の手続きが必要」と判断することもあります。ただし懲戒解雇は退職日の2週間前までに決定・通知しなければ退職が先に成立してしまいます。自主退職の申し出が来たら早急に弁護士にご相談ください。
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最終更新日:2026年5月10日