労働問題1042 横領・不正受給した金銭の取戻し方
解説動画
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まず金額を確定し、返還合意書を書面で取ることが最重要 口頭の「返します」だけでは必ず崩れる。金額・返済スケジュールを書面(返還合意書)で確定しておくことがスタートライン。書面を取り交わしても崩れることがあるほどで、書面なしでは崩れる確率が格段に高い |
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返還金額は原則全額——一括払いを優先する 横領・不正受給したお金は原則として全額返還が当然。分割払いは退職されると回収が困難になる。できる限り一括返済を求め、退職前にできるだけ多く回収することが重要 |
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給与天引きには労基法24条(全額払いの原則)との衝突リスクがある 賃金控除協定に横領・不正受給の返還金が定められている会社はほぼない。本人が同意していても後から「全額払いの原則違反」として差額支払いを求められるリスクがある |
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返済方法の推奨は振込——現金手渡しには正しい手順がある 会社口座への振込返済が最もシンプルで紛争リスクが低い。現金手渡しの場合は「実際に渡してから受け取る」手順を省略してはいけない。領収書の形だけ整えて実態を伴わないものは証拠として機能しない |
目次
01金額の確定が最初の一手——いくら返してもらうかが決まらないと何も始まらない
横領や不正受給されたお金を取り戻す際に、最初に行わなければならないのは金額の確定です。一体いつ・いくら・どんな方法で不正に取得されたのかをできる限り特定することが、返還請求のすべての土台になります。
金額が確定していなければ、「何円返してください」という請求ができません。また相手に対して「この金額を返す」という約束をさせることもできません。まず証拠収集と聞き取りの結果を照らし合わせて、できる限り精度の高い金額の特定を行ってください。
金額の特定は、預金口座の出入金記録・手当の申請書類・その他の客観的資料を時系列で整理し、一覧表にまとめていく作業が中心になります。この一覧表が、その後の返還合意書の金額の根拠にもなります。
完全に特定しきれない場合でも、特定できた範囲で確定することが大事です。「だいたいこれくらいだろう」という曖昧な状態のまま返還合意に進むことは避けてください。後から「自分が認めた金額は実際より多かった」という争いのきっかけになります。
02返還合意書を書面で確定する——口約束は必ず崩れる
金額が確定したら、次に行うべきことは返還合意書の作成です。返還合意書とは、何円をどのペースで返すかを書面で約束してもらうものです。
返すと言っているから書面にする必要はないのでは、あるいは横領が発覚した状況で書面まで取り交わすのは水臭いような気がする——そう思う経営者もいます。しかしここはしっかり心を鬼にしてください。
口約束が崩れる理由——人はお金を払う相手が嫌いになる
人はお金をもらうのは好きですが、払うのは嫌です。お金を払う相手のことを嫌いになる傾向があります。返還を約束した当初はそのつもりでいても、時間が経つにつれて「あの時はそんな細かいことまで約束した記憶がない」「このペースで払う約束はしていない」という形で崩れていくことが非常に多いです。
書面で取り交わしても崩れることがあるくらいですから、書面なしでは崩れる確率が格段に高くなります。書面を取り交わすことはトラブルを防ぐ最低限の対策です。
返還合意書に記載すべき内容
返還合意書の具体的な作成については、弁護士に相談してください。会社名義で作成する書面の文言は、後の紛争で証拠として使われることになりますので、適切な法的文言を入れた書面にしておくことが大事です。
03返還金額は原則全額——分割払いより一括払いを優先
返還金額は全額が原則
通常の業務上のミスで会社に損害を与えた場合には、損害の一部しか負担させられないケースがあります(使用者責任・報償責任の考え方)。しかし横領・不正受給のように不正に取得したお金については、そうした法理は適用されません。もらうべきでないお金を不正に取得したのですから、全額返還が当然です。
特別な事情がある場合は考慮することもありますが、まず全額返還を求めることが原則です。「半分だけ返してもらえればいい」というように自ら金額を下げることはやめてください。
一括払いを優先すべき理由
返済方法について、分割払いより一括払いを強く優先してください。分割払いは、途中でやめられてしまうリスクが高いからです。
分割払いでの返済が続いている間は、「まだこの会社にいた方がいい」という動機が本人にはあります。しかし返し続けることが辛くなったり、生活が苦しくなったり、他の会社から声がかかったりすると、退職してしまうことがよくあります。在職中は社長の言うことを聞いていた人でも、退職してしまえばもう言うことを聞きません。退職後に残額を返済してもらうことは非常に困難になります。
04給与天引きの重大なリスク——労基法24条(全額払いの原則)との衝突
「給与から天引きして返還させるのが一番確実」と考える経営者は多いです。確かに在職中であれば機械的に回収でき、やめない限りは取りっぱぐれがないように見えます。しかしこの方法には、看過できない法的リスクがあります。
労働基準法24条「全額払いの原則」とは
労働基準法24条は、賃金は全額を労働者本人に支払わなければならないと定めています(全額払いの原則)。賃金から天引きできるのは、法律で認められているもの(所得税・社会保険料等)と、賃金控除協定(労使協定)で定めた項目に限られます。
賃金控除協定に定めた項目であっても、なおかつ労働契約上そこから差し引く根拠がある場合に限って天引きが認められます。この二重の要件を満たす必要があります。
なぜ横領返還金の天引きは危ないのか
横領したお金の返還金や、不正受給した手当の返還金が賃金控除協定に定められている会社は、ほぼありません。社内ルールとして貸付金の返済は定めていても、横領返還金まで想定している協定を持つ会社はまずないでしょう。
この場合、天引きのための法的根拠が不十分ということになります。本人が「この金額を天引きしてよい」と同意の書面に署名していても、後になって「強い立場の雇用者に言われたから仕方なく署名しただけで、真意の同意ではなかった」と争われるリスクがあります。
争われた場合、天引きした金額の全額払いの原則違反として差額の支払いを求められます。さらに労働基準監督署への申告を受け、未払い賃金として是正を求められる可能性もあります。
給与天引きが生むリスク
本人が「天引きでいいです」と同意していても、賃金控除協定への記載がない状態での天引きは、労基法24条(全額払いの原則)に違反する可能性がある。後から差額の支払いを求められると、「横領された側が逆に支払いを命じられる」という本末転倒な結果になりかねない。
天引きを全面否定するわけではありませんが、弁護士に相談せずに安易に実施することは避けてください。もし天引きで回収したいのであれば、まず自社の賃金控除協定を確認し、必要に応じて改定した上で、さらに法的根拠を整えてから行うことが必要です。
05推奨の返済方法は振込——現金手渡しには正しい手順がある
最も推奨される方法——会社口座への振込
返済方法として最も推奨されるのは、会社の銀行口座への振込です。振込であれば記録が残り、「いつ・いくら・誰が振り込んだか」が客観的に証明できます。本人が自発的に振り込むという行為自体が、後の紛争で「本人が自分の意思で返済した」という事実の証明にもなります。
振込は分割払いの場合も同様で、毎月決まった日に決まった金額を振り込んでもらうという形にしてください。振込の記録は通帳等でいつでも確認できます。
現金手渡しの場合——形だけ整えることは厳禁
何らかの事情で振込ではなく現金手渡しとなる場合は、正しい手順を踏む必要があります。
その手順とは、①まず給与を現金で本人に渡す、②本人が受領した後に、所定の返還額を本人から現金で受け取る、③受け取ったことを示す領収書を発行する——というものです。
ここで注意しなければならないのは、「お互いの支払いを相殺して差額だけ払えばよいのでは」という発想です。一旦本人に渡さずに給与から返還額を差し引いた差額だけを渡す方法は、実質的に天引きと同じであり、前述の全額払いの原則のリスクをはらみます。形の上では領収書を整えていても、実際に渡していなければ証拠として機能しません。
現金手渡しの場合でも「一旦渡してから受け取る」という実態を伴う手順を省略しないでください。
06退職されると回収が困難になる——在職中に動くことが原則
横領・不正受給が発覚した時点では在職中のケースが多いです。在職中は、一応は社長の言うことを聞く立場にあり、返還も比較的しやすい状況にあります。しかし退職されてしまうと、状況は一変します。
退職した後は、もはや雇用関係がありません。退職した元社員に対して返還を続けてもらうには、民事上の手続き(支払督促・訴訟・強制執行等)を取るしかなくなります。相手の財産状況によっては、回収できない可能性もあります。
「在職中のうちに一括で返してもらう」という強い意識を持って交渉してください。分割払いを認める場合でも、退職前に可能な限り多く回収しておくことが重要です。
本人が「やめるつもりはない」と言っている場合でも、気まずさや将来への不安から退職してしまうことは非常に多いです。横領をやってしまうような方ですから、会社への誠実さや義理だけでは動きません。在職中に確実に回収できる仕組みを作っておくことが大切です。
07冷静に対応することが会社の利益になる
横領・不正受給が発覚した時点で、経営者が感情的になるのは人間として自然なことです。信頼していた社員だったならなおさらです。怒りや悔しさ、裏切られた悲しさを感じることは当然です。
しかし回収においては、感情で動いても会社の利益になりません。むしろ感情的な対応が相手を必要以上に追い詰め、退職や法的手段の選択につながり、結果として回収できる金額が減ってしまうことがあります。
会社経営者として考えるべきことは、個人的な感情の話だけではありません。一緒に働いている他の社員・パートアルバイトの方々のために、不正に流出したお金をできるだけ回収して会社に戻すことが大事です。その回収したお金を他の社員の給与に回すことや、会社の将来への投資に使うことを考えれば、冷静に、最も効果的な方法で回収することが会社全体のためになります。
冷静な対応が難しい場合は、弁護士を間に立てて交渉を進めることも有効です。弁護士が客観的な立場から交渉することで、感情的なやり取りを避けながら実質的な回収に集中することができます。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。横領・不正受給された金銭の取戻し方でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
Q&Aよくある質問
Q1. 「返します」と口頭で言っています。それで十分ではないですか。
A. 十分ではありません。人はお金を払う相手を嫌いになる傾向があり、時間が経つにつれて「そんな細かいことまで約束した記憶がない」という形で崩れていくことが多いです。書面(返還合意書)で金額・返済スケジュール・署名を確定させることが最低限のスタートラインです。書面を取り交わしても崩れることがあるほどですから、書面なしでは崩れる確率が格段に高くなります。
Q2. 給与から天引きして返してもらっていましたが、問題がありますか。
A. 労働基準法24条(全額払いの原則)との関係でリスクがあります。横領・不正受給の返還金を賃金控除協定に定めている会社はほぼなく、そのような根拠なく給与から天引きすると、後から全額払いの原則違反として差額の支払いを求められる可能性があります。本人が同意していても争われることがあります。既に天引きを行っている場合は、弁護士に状況を説明した上で今後の対応を確認することをお勧めします。
Q3. 全額一括では返せないと言っています。分割払いを認めるべきですか。
A. 一括払いが難しい場合は分割払いもやむを得ませんが、できる限り短期間での完済を求めてください。また「滞納した場合は残額を直ちに一括で請求できる」という期限の利益喪失条項を返還合意書に必ず入れてください。分割払いの最大のリスクは退職されてしまうことで、退職後の回収は非常に困難になります。
Q4. 退職した元社員が返済を止めました。どうすればよいですか。
A. 返還合意書があれば、それを根拠として支払督促・民事訴訟・強制執行などの法的手続きを取ることができます。返還合意書がない場合は立証が難しくなります。まず弁護士に相談してください。また相手の財産状況によっては、回収できない可能性もあります。これを防ぐためにも、在職中のうちにできる限り回収しておくことが重要です。
Q5. 横領した金額のすべてを返してもらうことはできますか。
A. 横領・不正受給されたお金は原則として全額の返還を求めることができます。通常の業務上のミスによる損害賠償とは異なり、不正に取得したお金ですから全額負担が当然です。もっとも、相手に返済能力がなければ実際の回収は難しくなります。身元保証人がいる場合は身元保証人への請求も検討してください。詳細は弁護士にご相談ください。
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最終更新日:2026年5月10日