労働問題923 賃金を変更する方法と適法に進めるための実務ポイント【会社側弁護士が解説】
従業員の賃金を変更することは、会社経営において避けられない場面があります。業績悪化による賃金の引き下げ、組織再編に伴う役職・給与体系の見直し、成果主義・職務給への移行など、さまざまな理由から賃金変更が必要になることがあります。しかし、賃金は労働条件の中核をなすものであり、その変更方法を誤ると、未払賃金請求や労使紛争のリスクが生じます。
賃金の変更方法は複数あり、それぞれに異なる法的要件が課されています。就業規則の変更、個別合意、職能資格等級の見直し、降格、懲戒処分による減給など、手段によって要件・効果・リスクが大きく異なります。使用者側としては、それぞれの方法の特性を正確に理解した上で適切な手段を選択することが重要です。
本記事では、使用者側・会社側の立場から、賃金変更の主な方法とその法的要件、適法に進めるための実務ポイントについて解説します。
01賃金変更の主な方法と法的性質
賃金を変更する方法は、大きく①集団的な変更と②個別的な変更に分類されます。
集団的な変更としては、就業規則の変更による賃金改定と、労働協約の変更による賃金改定があります。就業規則を変更して賃金を引き下げる場合は、変更に「合理性」が求められます(労働契約法第10条)。合理性のない不利益変更は労働者に適用されず、変更前の賃金を支払う義務が継続します。
個別的な変更としては、労働者との個別合意による賃金変更、職能資格等級の見直し(昇格・降格)による変更、役職の変更(降格・配置転換)に伴う変更があります。個別合意の場合でも、使用者の優越的地位を利用した事実上強制的な合意は、有効と認められない場合があります(労働契約法第3条第5項)。
また、懲戒処分としての減給は、法律上厳格な制限が設けられており(労働基準法第91条)、通常の賃金変更とは区別して考える必要があります。
02就業規則の変更による賃金改定
就業規則を変更して賃金を引き下げる場合は、変更に合理性が求められます(労働契約法第10条)。合理性の判断要素としては、①賃金引下げの必要性・程度、②引下げ内容の相当性、③労働者の不利益の大きさ、④代償措置・経過措置の有無、⑤組合・労働者との交渉経緯、⑥変更の周知状況が総合的に考慮されます。
賃金は特に労働者にとって重要な労働条件であるため、就業規則変更による引下げについては、裁判所による合理性の審査が厳しくなされる傾向があります。単に「経営上必要だから」という理由だけでは合理性は認められず、客観的な財務状況の悪化や削減の必要性を示す資料の整備が不可欠です。
実務上は、事前に従業員代表や労働組合への説明・意見聴取(労働基準法第89・90条)を十分に行い、変更の内容・理由・実施時期を書面で周知することが重要です。また、可能な場合は段階的な削減、代償措置(一時金・福利厚生の充実等)の導入を検討することで合理性が補強されます。
03降格・職能資格等級変更による賃金減額
役職の降格や職能資格等級の引下げによって賃金が減額される場合、その適法性は降格の根拠と労働契約の内容によって判断されます。
役職(管理職手当が付く職位)の解除については、人事権の行使として行われる場合には就業規則に個別の根拠規定がなくても認められる場合がありますが、特定の役職に就くことが労働契約の本質的内容となっている場合には個別合意が必要です。一方、職能資格等級の引下げについては、就業規則等に使用者の引下げ権限が明確に規定されていることが必要です。
いずれの場合も、降格の判断が恣意的・不合理であり、権利濫用に当たる場合には違法・無効とされます。また、降格によって賃金が減額される場合には、その減額幅が著しく大きい場合には慰謝料等の損害賠償が認められることもあります。
実務上は、降格の基準・手続を就業規則・評価制度に明確に定め、評価結果を適切に文書化した上で降格を行うことが重要です。口頭での通知や不透明な評価プロセスは紛争リスクを高めます。
04懲戒処分による減給の制限と実務
懲戒処分としての減給は、労働基準法第91条により上限が設定されています。具体的には、①1回の事案に対する減給は1日の平均賃金の半額以内、②1賃金支払期における減給総額は当該期の賃金総額の10分の1以内、という二つの制限があります。
複数の懲戒事由がある場合には、それぞれについて個別に減給を行うことはできますが、1賃金支払期における減給総額の上限(10分の1)を超えることはできません。上限を超える部分は、翌期以降に繰り越すことは許容されていますが、1期に支払うべき賃金からの控除は上限内に留める必要があります。
懲戒処分による減給を有効に行うためには、①就業規則に減給を伴う懲戒処分の規定があること、②懲戒事由が就業規則所定の事由に該当すること、③弁明の機会を付与するなど適正手続を履践していること、④懲戒処分が重きに過ぎないことが必要です。
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
05よくある質問
Q1. 業績悪化を理由に就業規則を変更して賃金を引き下げることはできますか?
可能ですが、変更に合理性が必要です。合理性は、引下げの必要性・程度、労働者の不利益の大きさ、代償措置の有無、従業員代表・組合との交渉経緯等を総合的に考慮して判断されます。客観的な財務状況の悪化を示す資料の整備と、従業員への十分な説明・交渉が重要です。
Q2. 成績不良の従業員を降格し、給与を下げることはできますか?
就業規則に降格・降給の規定があり、評価基準が明確であれば可能です。ただし、降格の判断が恣意的・不合理で権利濫用に当たる場合は無効とされます。評価結果を文書化し、本人に説明・弁明の機会を与えることが重要です。
Q3. 問題社員を懲戒処分として減給する場合、いくらまで減給できますか?
労働基準法第91条により、1回の事案についての減給額は1日の平均賃金の半額まで、かつ1賃金支払期の賃金総額の10分の1までが上限です。就業規則に減給規定があること、懲戒事由が該当すること、適正手続を履践することも必要です。
Q4. 個別合意で賃金を引き下げる場合、書面が必要ですか?
法律上必ずしも書面が必要とされるわけではありませんが、後日の紛争防止のために書面での合意が強く推奨されます。使用者の優越的地位を利用した事実上の強制的合意は無効とされるリスクがあるため、本人が自由な意思に基づいて合意したことが明確に分かる形で書面化することが重要です。
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最終更新日:2026年5月10日