労働問題1017 労働審判から訴訟へ移行した場合、どのような手続きになりますか。
異議申し立ては「リセット」ではなく、より厳格な「長期戦」への突入を意味します。
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自動移行とコストの発生 異議申し立てにより自動的に通常訴訟へ移行します。会社側も追加の印紙代や、訴訟対応のための弁護士費用が発生します。 |
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審理は「白紙」にならない 労働審判での主張や裁判官の心証は事実上引き継がれるため、戦略的な主張の精緻化が不可欠です。訴訟は結審まで1〜2年を要するため、「正当性の証明」にかかる時間コストと早期解決の利益を冷徹に比較する経営判断が求められます。 |
目次
労働審判の結果に納得がいかない場合、当事者(会社側・労働者側いずれでも)は審判書の送達から2週間以内に異議を申し立てることができます。異議申立てがあると、労働審判は効力を失い、通常訴訟へと移行します。この移行は「振り出しに戻る」ことを意味しません。労働審判段階の主張・証拠・裁判官の心証は事実上引き継がれ、より長期・厳格な手続に入ることを意味します。
会社側専門の弁護士の立場から、労働審判から訴訟へ移行した場合の手続きを解説します。
01労働審判から通常訴訟への「自動移行」の実態
労働審判事件が訴訟に移行するのは、①労働審判に対する異議の申立て、②労働審判の取消決定、③労働審判事件の終了の3つのケースです。労働審判について当事者から適法な異議の申立てがなされた場合、労働審判は失効し、労働審判事件が係属していた地方裁判所に訴えの提起があったものとみなされます(労働審判法22条1項)。
この「みなし訴え提起」の効果として、労働審判法22条3項は、「訴えの提起があったものとみなされたときは、民事訴訟法第137条、第138条及び第158条の規定の適用については、第5条第2項の申立書を訴状とみなす」と規定しています。つまり、労働審判手続の申立書がそのまま訴状として扱われるということです。会社側にとって重要なのは、異議申立てによって手続が「白紙」になるわけではないという点です。労働審判の申立書がそのまま訴状とみなされ、労働審判手続で提出した答弁書や証拠、審理でのやり取りも、その後の訴訟に事実上引き継がれます。
02訴訟移行時に必要な実務手続:追加費用
労働審判事件が訴訟に移行すると、立件や記録の編成などの手続を経て、労働審判委員会から裁判所に労働審判事件の記録が引き継がれます。そして、裁判長が、訴状とみなされた労働審判手続の申立書等の書面について審査を行います。
労働審判事件が訴訟に移行したとき、原告(労働審判事件の申立人)は、訴え提起の手数料を裁判所に納付することになります。この場合の手数料は、通常の訴え提起の手数料の額から、労働審判事件の申立て時に納付した手数料を控除した額となります。原告が、裁判長から手数料の納付を命じられたにもかかわらず手数料の納付をしない場合は、訴状とみなされた労働審判事件の申立書等は却下されます。訴状とみなされる労働審判事件の申立書等は、被告に送達する必要があるため、原告は、裁判所に、被告の数と同数の書面の副本を提出するのが通常です。会社側としては、この段階で訴訟対応のための弁護士との委任契約を締結(または既存の委任関係を訴訟対応まで含む形に拡張)し、応訴の準備を進める必要があります。
03会社側が最も注力すべき「答弁書」の再構築
訴状とみなされる労働審判事件の申立書等は、申立ての一部に取り下げがあった場合や、当事者の変更があった場合には、それらが明らかになっていないことがあります。労働審判事件が訴訟に移行した時点での原告の主張を早い段階で明確にするため、裁判所は、原告に対して、請求の趣旨及び原因を訴状と同様の形式に整序して記載した、いわゆる「訴状に代わる準備書面」の提出を求めることがあります。
会社側としては、この「訴状に代わる準備書面」を受けて、訴訟用の答弁書を新たに作成することになりますが、ここで労働審判段階の答弁書をそのまま流用することは避けるべきです。労働審判は口頭主義・迅速審理を前提とした簡易な手続であるのに対し、訴訟は書面主義・証人尋問を中心とした厳格な手続です。労働審判での主張の中で不十分だった部分、労働審判委員会の心証形成において弱点となった部分を洗い出し、証拠関係を精緻化した上で、訴訟用に防御戦略を再構築することが、勝敗を分ける最重要ポイントです。
04証拠の再整理と「隠れた争点」の掘り起こし
労働審判手続は原則3回以内の期日で終結するため、時間的制約から十分に取り調べられなかった証拠や、深掘りされなかった争点が残っていることが少なくありません。訴訟移行後は、証人尋問・当事者尋問という、労働審判にはない手続が用意されており、より詳細な事実認定が行われます。
会社側としては、訴訟移行を機に、労働審判段階では時間の制約上提出しきれなかった証拠(タイムカード・メール・業務日誌・関係者の陳述書等)を再度洗い出し、労働審判委員会が着目していなかった争点についても、改めて主張・立証を尽くす機会と捉えることが重要です。証人尋問に向けては、証人となる従業員・管理職の記憶の整理と陳述書の作成準備も、早期に着手する必要があります。
05訴訟移行後の「和解」のタイミング
労働審判から訴訟に移行した場合、労働審判手続において既に争点の整理ができているケースが多いことから、和解交渉のため期日を重ねたというような事案でない限り、異議申立て後、判決までの期間は短くなっており、労働審判を経ずに訴訟が提起された場合と比較して、解決までの時間が長くなってしまうということは多くないようです。ただし、「訴状に代わる準備書面」の記載内容が労働審判手続を踏まえた内容になっていないような場合は、答弁書も労働審判における答弁書と同じような内容のものが提出されることになりがちであり、同じような主張・反論が繰り返された結果、解決までの時間が無駄に長くなってしまう可能性があります。
訴訟手続の中でも、裁判所から和解の勧告がなされる場面は複数あります。典型的には、争点整理が一巡した段階、証人尋問が終了した段階です。会社側としては、訴訟提起当初から「最後まで判決で決着させる」方針を固定するのではなく、各段階での心証開示や和解の打診を機動的に評価し、経営判断として和解による早期解決が合理的かどうかを、その都度検討する姿勢が有効です。
06労働審判の内容が与える「事実上の拘束力」
労働審判の審判内容自体は、異議申立てによって法的効力を失いますが、労働審判委員会が示した判断(審判書の理由中で示された心証や、期日でのやり取りの中で裁判官・労働審判員が示唆した見解)は、訴訟を担当する裁判官にとっても、事件の見立てを形成する重要な参考情報となり得ます。労働審判の記録(申立書、答弁書、期日調書等)はそのまま訴訟記録として引き継がれるため、労働審判段階での主張の一貫性・整合性が、訴訟における会社側の信用性にも影響を与えます。
したがって、労働審判段階から一貫した事実関係・法的主張を維持し、訴訟移行後にこれと矛盾する主張をしないよう注意することが重要です。
07訴訟移行後に経営者が取るべき5つのアクション
08よくある質問(FAQ)
Q. 訴訟移行後は、労働審判の内容と関係なく最初から審理がやり直しになりますか。
やり直しにはなりません。労働審判手続の申立書がそのまま訴状とみなされ、労働審判での主張や証拠、裁判官の心証も事実上引き継がれます。
Q. 訴訟移行時に追加で費用がかかりますか。
申立人側では、通常の訴え提起の手数料から労働審判申立て時の手数料を控除した額の追加納付が必要です。会社側も訴訟対応のための追加の弁護士費用が発生します。
Q. 労働審判の答弁書をそのまま訴訟でも使い回してよいですか。
お勧めできません。労働審判は迅速審理の簡易な手続であるのに対し訴訟は書面主義・証人尋問中心の厳格な手続であるため、弱点を洗い出したうえで訴訟用に再構築する必要があります。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。労働審判から訴訟への対応でお困りでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
最終更新日:2026年7月13日