労働問題492 賃金から社宅の費用を控除することはできますか。

この記事の結論
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原則として賃金控除協定の締結と就業規則等への規定が必要

賃金全額払が原則(労基法24条1項)であり、社宅費用を賃金から控除するには、原則として過半数組合(または過半数代表者)との賃金控除協定の締結と、就業規則等への規定が必要です。

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協定なしで「自由な意思に基づく同意」だけに頼るリスクが高い

日新製鋼事件最高裁(平成2年)に基づき、協定なしでも社員の自由な意思に基づく同意があれば控除が認められる余地はありますが、立証負担が重く、紛争になった際に控除が無効とされるリスクが大きくなります。

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実務上は協定・個別合意・就業規則を三重に整備すべき

賃金控除協定の締結を先行させ、個別の合意(合意書)と就業規則の規定を組み合わせることで、紛争時のリスクを最小化できます。

01賃金全額払の原則と控除の例外

 賃金はその全額を支払わなければならないのが原則です(労基法24条1項本文)。したがって、社宅の費用を賃金から控除することが直ちに認められるわけではありません。

 労基法24条1項但書は、例外として以下の場合に賃金からの控除を認めています。

賃金からの控除が認められる例外(労基法24条1項)

① 法令の規定がある場合
所得税・住民税・社会保険料など、法律で控除が義務付けられているもの。

② 賃金控除協定(労使協定)がある場合
労働者の過半数で組織する労働組合(過半数組合がない場合は労働者の過半数を代表する者)との間で書面による協定を締結した場合。社宅費用・積立金・貸付金返済等の控除が可能になる。

02賃金控除協定による社宅費用控除(原則的方法)

 社宅費用を賃金から控除するための原則的・安全な対処方法は、次の手順を踏むことです。

 まず、労働者の過半数組合(または過半数代表者)との間で、社宅費用の賃金からの控除を定める書面の賃金控除協定(労使協定)を締結します。次に、就業規則等に「賃金から社宅費用を控除することがある」旨を明示して、これを労働契約の内容とします。最後に、個々の社員との間で、具体的な控除金額・開始時期を合意書で確認します。

 この三重の対応(協定+就業規則規定+個別合意)が最も確実な方法です。特に賃金控除協定は「社宅費用」を控除項目として明示的に記載することが必要です。「その他会社が必要と認めるもの」といった包括的な記載だけでは不十分な場合があります。

03協定なしで同意だけで行う場合の法的位置づけ

 日新製鋼事件最高裁平成2年11月26日第二小法廷判決は、「労働者がその自由な意思に基づき相殺に同意した場合において、当該同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、当該同意を得てした相殺は賃金全額払の原則に違反するものとはいえない」と判示しています(494番参照)。

 この判決の趣旨からすれば、賃金控除協定が締結されていない場合であっても、社員が自由な意思に基づいて賃金からの社宅費用控除に同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することを使用者が立証できた場合には、社宅費用の賃金控除が認められると考えることができます。

 しかし、協定が締結されている場合と比較して、使用者が立証しなければならない要件が加重されます。「自由な意思に基づく同意」の認定は「厳格かつ慎重に」行わなければならないとされており(同判決)、個別の合意書への署名があるだけでは不十分とされるリスクがあります。紛争になった場合に控除が認められないリスクが高くなります。

04控除が認められない場合の対応と収支への影響

 賃金からの控除(相殺)が認められない場合、控除した金額について賃金として支払う義務が生じます。つまり、「控除しなかった場合の給与全額」を支払わなければなりません。

 ただし、一定額の社宅費用の支払義務が社員にあることを使用者が立証できるのであれば、使用者は別途、当該社員に対して社宅費用の請求をすることができます。全体として考えれば、賃金控除が認められても認められなくても収支は変わらないはずです。

 しかし実務上の違いは次の点にあります。賃金控除が認められる場合は賃金から自動的に差し引けますが、認められない場合は①社員に対して別途請求し、②社員が任意に支払わない場合は督促・法的手段が必要になり、③最終的に回収不能となるリスクを使用者が負うことになります。手間とリスクの面で大きな差が生じます。

05実務上の推奨対応

 事前の労務管理として、次の手順を踏むことを強くお勧めします。

 まず賃金控除協定を締結します。社宅を導入している・導入を予定している企業では、「社宅費用」を控除項目として明示した賃金控除協定をあらかじめ締結しておくことが重要です。次に、就業規則(または社宅規程)に「社員が社宅を使用する場合、社宅費用を賃金から控除する」旨を明確に規定し、社員に周知します。そして、社宅入居時に個別の合意書を作成し、具体的な月額・控除開始日・退去時の精算方法などを明記して署名を得ます。

 協定のない状態で同意書だけに頼る方法は、後のトラブル時に「同意は真意でなかった」と主張されるリスクを抱えます。特に退職した社員が「社宅費用を差し引かれた賃金を返せ」と訴えてくる場面では、協定の有無が大きな差をもたらします。

経営上のポイント 社宅費用の賃金控除は、①賃金控除協定の締結、②就業規則・社宅規程への規定、③個別合意書の取得、の三重の対応で行うことが最も確実です。協定なしに同意書だけで控除を行うと、退職後に「賃金を返せ」という請求を受けた際に控除が無効とされ、回収不能リスクを負うことになります。アドバイスします。
SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

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弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

Q&Aよくある質問

Q1. 賃金控除協定は全社員分を一括で締結できますか。社員一人ひとりと個別に締結する必要がありますか。

A. 賃金控除協定(労使協定)は、使用者と「過半数組合(または過半数代表者)」との間で締結するものです。社員一人ひとりとの個別協定ではありません。過半数組合がある場合はその組合と、ない場合は民主的な手続きで選出された過半数代表者との間で書面により締結します。協定締結後は、その内容を社員に周知することが必要です。

Q2. 社員全員から個別の同意書に署名させれば、賃金控除協定なしでも問題ありませんか。

A. 同意書があっても、それが「自由な意思に基づく同意」と認められるかどうかは別問題です。使用者と社員の力関係を考慮すると、「断ると不利益を受けるかもしれない」という状況下での署名は自由な意思によるものではないと判断されるリスクがあります。また、賃金控除協定がない場合、同意が「労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」かどうかを使用者側が立証しなければならず、立証負担が重くなります。

Q3. 退職した社員が「社宅費用を不当に控除された。給与を返せ」と請求してきました。どう対応すればよいですか。

A. まず賃金控除協定の有無・就業規則の規定・個別合意書の存在を確認してください。これらが整備されていれば、適法な控除として対応できます。整備が不十分な場合は、控除の有効性が争われるリスクがあります。一方、社宅費用の支払義務が元社員にあることを立証できれば、控除が無効とされた後でも別途社宅費用の請求ができます。具体的な対応は弁護士に相談することをお勧めします。

Q4. 賃金控除協定は労働基準監督署に届け出る必要がありますか。

A. 社宅費用等を控除する賃金控除協定(労基法24条1項但書の協定)は、原則として労働基準監督署への届出は不要です(36協定や1年単位の変形労働時間制に関する協定は届出が必要ですが、賃金控除協定は届出義務の対象外です)。ただし、労使協定を書面で適切に作成し、保管・周知することは必要です。

Q5. 社宅費用以外にも、貸付金の返済・積立金・財形貯蓄等を賃金から控除したい場合はどうすればよいですか。

A. 同様に賃金控除協定が必要です。控除できる項目は協定に明示されたものに限られますので、社宅費用・貸付金返済・積立金・財形貯蓄など、控除したい項目をすべて列挙して協定に盛り込んでください。項目が増えた場合は協定の改定・追加が必要になりますので、定期的に内容を見直すことをお勧めします。

最終更新日:2026年2月25日

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