労働問題1043 着服・横領・手当不正受給した社員を退職勧奨する際の注意点

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この記事の要点

まず「解雇できる状態か」を判断することが出発点

解雇できる場合は事実を示してやめませんかと話し、断られたら解雇すればよい。退職勧奨が難しくなるのは「解雇が微妙」「解雇できない」場合。この見極めを最初にきちんと行うことが大事

録音されている前提で話す——これが退職勧奨の大原則

退職勧奨の場面でスマートフォンによる録音は日常的に行われている。録音された自分の言葉が弁護士・裁判官に聞かれても問題ない内容かどうかを常に意識して話す

「懲戒解雇になる」を交渉材料にすることの危険性

解雇できるかどうか微妙な事案で「懲戒解雇になりますよ」と言って退職届を取ると、後から錯誤または脅迫を理由に退職の意思表示が取り消される危険がある。取り消されると在職中扱いになり給与を払い続けなければならない

弁護士と事前にロールプレイをして本番に臨む

何をどの順番でどのように言うかは、知識として知っているだけでは本番で使えない。弁護士が問題社員役を演じる練習を重ねることで、実際の場面で冷静に対応できるようになる

01まず「解雇できる状態か」を判断する——退職勧奨の難易度はここで決まる

 横領・着服・手当不正受給をやった社員に退職してもらいたい場合、まず考えるべきことは「解雇できる状態か」の判断です。この見極めが、退職勧奨の進め方と難易度を決めます。

解雇できる場合——退職勧奨はシンプル

 解雇できる状態にあると判断できる場合は、退職勧奨の進め方はシンプルです。事実確認の結果を示した上で「これだけの不正行為があった。このまま働き続けることは難しい。やめませんか」と話してください。相手が断れば、解雇すればよいだけです。

 解雇できる場合は、退職勧奨はあくまで「やめるなら退職金の上積みや退職条件について話し合える」という選択肢を示す意味合いが強くなります。断られても解雇という選択肢がありますから、会社側に余裕を持った交渉ができます。

解雇が微妙または難しい場合——退職勧奨が重要になる

 問題は、不正行為があったとしても解雇できるかどうか微妙な場合、あるいは解雇が難しいと判断される場合です。この場合、退職勧奨が事実上の唯一の選択肢になることがあります。

 このような状況で退職勧奨を行う場合は、やめてもらわなければならない理由——不正行為があったこと、その内容と金額、周りの社員への影響、会社秩序への影響——を具体的な事実に基づいて丁寧に説明することが中心になります。解雇できないからこそ、説得の精度が求められます。

 なお、解雇できるかどうかの判断は弁護士に事実を説明した上で行ってください。「横領があったのだから当然解雇できる」という思い込みで進むと、後から解雇が無効と判断されるリスクがあります。

02退職勧奨の大原則——録音されている前提で話す

 退職勧奨の場面で最初に頭に入れておかなければならないことがあります。それは「録音されている前提で話す」ということです。

 退職勧奨の場面でスマートフォンによる録音は、今日では日常的に行われています。「こんな場面で録音するものだろうか」と思うかもしれませんが、問題社員対応の場面では特に、意識的に録音している社員は多いです。録音されていないと思って安心することは危険です。

「録音されていても問題ない日本語」で話す

 録音されていても問題ない内容・表現で話すことを意識してください。具体的には、感情的になった言葉・脅迫的な表現・不当な圧力をかけるような言い方は避けること。相手が「やめなければどうなるか」という形で圧迫するのではなく、「なぜやめてもらわなければならないのか」という理由を事実に基づいて丁寧に説明することが中心です。

 録音されていることを知った上で、それでも堂々と話せる内容で退職勧奨を行う——これが退職勧奨の大原則です。逆に「録音されていたら困る」という内容が含まれているならば、その内容自体を見直す必要があります。

退職勧奨で話す内容の確認チェック ✗ 録音されたら困る表現の例:「懲戒解雇にするしかない」(解雇できるか微妙な場合)/「このまま残れると思うなよ」/「さっさとやめろ」

○ 録音されても問題ない表現の例:「今月〇日から〇月にかけてこういった不正行為があったことが確認されています。こういった状況ですので、退職という形で区切りをつけることを考えていただけませんか」

03退職勧奨で話す内容の中心——事実の説明と退職条件の提示

 退職勧奨の場面で話す内容は、大きく「事実の説明」と「退職条件の提示」の二つに整理できます。

事実の説明——評価ではなく事実を

 退職してもらわなければならない理由を話す際、「あなたは信頼を裏切った」「やってはいけないことをやった」といった評価的・感情的な言葉を中心にすることは避けてください。相手は当然反発します。そして反発の応酬になると、退職勧奨の場が感情的な口論になってしまいます。

 話すべきことの中心は事実です。「〇年〇月から〇年〇月にかけて、このような方法で、合計〇〇円が不正に処理されていたことが確認されています」という具体的な事実を淡々と示すことが、説得力をもたらします。事実を示されると、相手は反論しにくくなります。事実の確定が退職勧奨の説得力の源泉です。

退職条件の提示——何を用意できるか

 退職勧奨では、相手が退職を選ぶインセンティブとして退職条件を提示することがあります。退職金の上積み・離職票の退職理由の書き方(自己都合か会社都合か)・在職証明書の内容・返還金額の一部猶予などが交渉対象になりえます。

 何を提示するかは事案によって異なります。不正行為の内容・金額・反省の有無などを考慮した上で、弁護士と相談しながら決めてください。特に横領・不正受給の場合、懲戒解雇相当の事案で退職金の上積みをするかどうかは慎重に判断する必要があります。

04「懲戒解雇になる」を交渉材料にすることの重大なリスク

 解雇できるかどうか微妙な案件で、退職勧奨の際に「このままでは懲戒解雇になりますよ」という言葉を交渉の材料として使うことがあります。実際にこの言葉を使うことで相手が退職届を出してくれることもあります。しかしこれには看過できない重大なリスクがあります。

錯誤・脅迫による退職意思表示の取消

 「懲戒解雇になる」と言われて退職届を出した場合、後になってその退職届が錯誤(勘違いさせられた)または脅迫(脅された)を理由として取り消しを主張されることがあります。

 取消の主張が認められるためには、法的にいくつかの要件を満たす必要がありますが、次のような流れで認められてしまうことがあります。まず裁判において、会社が実際にその事案を懲戒解雇できる状態にはなかったと判断されます。次に「懲戒解雇になる」と言ったのは実態と異なる脅しだったと評価されます。その結果、「その言葉に脅されて退職届を出した(あるいは本当に懲戒解雇されると錯誤した)から、退職の意思表示を取り消す」と主張されます。

「懲戒解雇になる」発言が招くリスクの連鎖

「懲戒解雇になる」という言葉を交渉材料に退職届を取得

裁判で「その案件で懲戒解雇は有効にならなかった」と判断される

退職の意思表示が錯誤・脅迫を理由に取り消される

退職していなかったことになる(在職中扱い)

退職後の全期間分の給与(月給×在職期間)を払い続けなければならない

改めてやめてもらうための交渉・上乗せ金額も必要になる

 「懲戒解雇になる」という言葉を使ってよいのは、実際に懲戒解雇が有効に成立できる確信がある場合に限られます。解雇できるかどうか微妙な事案では、この言葉は使わないことが原則です。

05錯誤・脅迫による取消が認められた場合に起きること

 退職の意思表示の取消が認められた場合、法的には退職していなかったことになります。その結果として会社が直面する状況を具体的に想像してください。

 まず、退職後の全期間にわたって給与を払い続けなければならなくなります。退職から半年後に取消が認められた場合は、半年分の給与を一括で支払うことになります。1年後なら1年分です。さらにその先も在職中扱いが続く限り給与は発生します。

 加えて、改めてその社員にやめてもらうための交渉が必要になります。今度は「懲戒解雇になる」という言葉は使えない状況で、何らかの上乗せ金額を提示しなければやめてもらえないことが多いです。

 退職勧奨の場面で取消リスクのある言葉を使って退職届を取ることは、「今はうまくいったが、後で大きな代償を払う」という最悪のパターンにつながります。取消リスクを十分に理解した上で、慎重に進めることが不可欠です。

06退職合意書の作成——退職届だけでは不十分なことがある

 退職勧奨が合意に至った場合は、退職届を取得することに加えて、退職合意書を作成することを強くお勧めします。

退職合意書に盛り込む内容

記載事項 ポイント
退職日・退職理由 退職日と退職の形式(合意退職)を明記する
不正行為の確認 不正行為があった事実を本人が認めた旨を記載しておくと、後の損害賠償請求の根拠になる
返還義務の確認 返還合意書と一体または別途で、返還金額・スケジュールを明確に記載する
清算条項 「本合意書に定めるものを除き、甲乙間に一切の債権債務が存在しないことを確認する」という清算条項を入れることで、退職後の不当な追加請求を防ぐ

会社側からの承諾を速やかに伝える

 退職届が提出されたら、速やかに会社側が承諾した旨を書面またはメールで本人に伝えてください。雇用者が退職を承諾するまでは原則として撤回できますが、承諾を相手に伝えた後は撤回できなくなります。退職届を受け取ったまま放置せず、速やかに「承認した」という意思を書面等で伝えることが重要です。

07弁護士との事前ロールプレイ——知識より練習が本番を変える

 退職勧奨の進め方について、知識として「事実を示す」「録音されていても問題ない言葉で話す」「懲戒解雇になると言わない」ということを理解していても、実際の場面でそれを実行することは簡単ではありません。

 目の前に横領をした社員がいて、怒りや複雑な感情を抱えながら、「懲戒解雇になる」という言葉を使わずに、録音されても問題ない表現で、事実に基づいた説明をする——これは練習なしには難しいことです。

弁護士が問題社員役を演じて練習する

 退職勧奨の前に、弁護士と一緒に事前のロールプレイを行うことを強くお勧めします。弁護士が問題社員の役を演じ、経営者・人事担当者が実際の退職勧奨の場面を想定して話す練習を繰り返す、というものです。

 弁護士が問題社員役として様々な反論・言い訳・感情的な発言をぶつけてきます。「自分はやっていない」「誰かの陰謀だ」「こんな扱いは不当だ」「労働組合に相談する」——こういった予想外の反応に対して、どう返すかを事前に練習することで、実際の場面で動揺せずに対応できるようになります。

 また練習の中で「その言い方はリスクがある」「こういう言い方に変えた方がよい」という具体的なフィードバックを受けることで、使ってはいけない表現を本番前に排除しておくことができます。

ZoomやTeamsを使った繰り返し練習

 ロールプレイは、ZoomやTeamsを使ったオンラインでも行うことができます。移動時間がない分、短時間の打ち合わせを繰り返すことができます。「明日の面談に備えて今日30分練習する」という使い方が可能です。

 本番の退職勧奨が終わった後にも、「今日はこういうやり取りがあったが、あの返し方でよかったか」という振り返りを弁護士と行うことで、次回の面談に向けた修正ができます。繰り返すことで精度が上がります。

08断られた場合の対応——解雇の可否を再検討する

 退職勧奨を行ったものの断られた場合、次のステップを考えなければなりません。

 解雇できる状態にある場合は、断られたら解雇手続きに進むことができます。この場合、解雇通知書の内容・手続き・時期について弁護士と相談の上で進めてください。

 解雇が難しい場合は、引き続き退職勧奨を継続するか、あるいは解雇に向けた事実の積み上げ(注意指導・懲戒処分の記録)を行いながら時期を待つことになります。

 どちらの場合も、退職勧奨を断られたからといって何もしないことは避けてください。何もしないままでいることは、その行為を会社が許容したという評価につながる可能性があります。弁護士と都度の状況を共有しながら、次の一手を決めていくことが大切です。

SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

 

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。横領・不正受給をやった社員への退職勧奨でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。

Q&Aよくある質問

Q1. 「懲戒解雇になりますよ」と言って退職届を取りました。問題ありますか。

A. その案件で懲戒解雇が有効に成立できる状態にあったかどうかによります。実際に懲戒解雇できる状況であれば問題になりにくいですが、解雇できるかどうか微妙な案件だった場合、後から「錯誤または脅迫による退職の意思表示取消」を主張されるリスクがあります。取消が認められると退職していなかったことになり、その間の給与を全て支払わなければなりません。今後の対応について、早急に弁護士にご相談ください。

Q2. 退職勧奨で「懲戒解雇になる」を使わずに、どうやって退職を促せばよいですか。

A. 事実の説明を中心にしてください。「〇年〇月から〇年〇月にかけてこのような不正行為があったことが確認されています」という具体的な事実を示した上で、「このような状況ですので、退職という形で区切りをつけることを考えていただけませんか」と話してください。事実に基づいた説明は録音されても問題なく、相手も反論しにくくなります。どう話すかは弁護士と事前にロールプレイで練習することをお勧めします。

Q3. 退職届を出しておきながら、後から「撤回したい」と言い出しました。どうすればよいですか。

A. 退職の申し出に対して会社が承諾の意思を伝えた後は、原則として撤回できません。退職届を受け取った際に、速やかに「承認した」という旨を書面またはメールで本人に伝えていれば、撤回には応じる必要がありません。ただし錯誤・脅迫による取消の主張が出てくることがあります。その場合は弁護士に相談してください。退職届を受け取ったまま承諾の意思を伝えていなかった場合は、速やかに弁護士に連絡してください。

Q4. 退職勧奨を断られました。次はどうすればよいですか。

A. 解雇できる状態にある場合は、解雇手続きに進むことができます。解雇が難しい場合は、引き続き退職勧奨を継続するか、注意指導・懲戒処分の記録を積み重ねながら解雇できる状態を作ることになります。断られたまま何もしないことは、その行為を会社が許容したという評価につながります。弁護士と都度の状況を共有しながら、次の対応方針を決めてください。

Q5. 退職合意書には何を記載しておけばよいですか。

A. 少なくとも①退職日・退職の形式(合意退職)、②不正行為の事実の確認、③返還金額・スケジュール(返還合意書と一体または別途)、④清算条項(「本合意書に定めるものを除き、甲乙間に一切の債権債務が存在しないことを確認する」)を記載することをお勧めします。清算条項を入れることで退職後の不当な追加請求を防ぐことができます。退職合意書の具体的な文言については弁護士にご相談ください。

最終更新日:2026年5月10日

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