労働問題166 精神疾患発症に本人の素因が寄与している場合の賠償額減額(素因減額)【会社側弁護士が解説】
精神疾患の発症に、本人の性格や既往疾患(素因)が寄与している場合、会社側の損害賠償額は減額されるのでしょうか。「社員自身の性格的な脆弱性が原因なのに、なぜ全額会社が賠償しなければならないのか」という疑問はよく受けます。
この点については、電通事件最高裁判決などの判例によって重要な基準が示されています。本ページでは、素因減額の法的根拠と実務上の留意点について、会社側・使用者側専門の弁護士が解説します。
01素因減額の法的根拠
損害の発生または拡大に関し、被災社員に過失がある場合は過失の程度に応じて損害賠償額が減額されます(過失相殺:民法418条・722条2項)。また、被害者の性格等の心因的要因が損害の発生または拡大に寄与している場合は、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法418条または722条2項の過失相殺の規定を類推適用して損害賠償額が減額(素因減額)されることがあります。
02電通事件最高裁判決が示した素因減額の限界
電通事件最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決は、「企業等に雇用される労働者の性格が多様なものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重さ等とともに原因となって当該労働者の心身に支障を来す結果を招いたとしても、そのような事態は使用者として予見すべきものということができる」と判示しました。
この判示により、「同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲内の性格」については素因減額は認められないという重要な制限が確立しました。通常の性格・繊細さの範囲であれば、それを理由に賠償額を減額することはできません。
03NTT東日本北海道支店事件:既往疾患がある場合の扱い
NTT東日本北海道支店事件最高裁平成20年3月27日第一小法廷判決は、「被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度等に照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の規定を類推適用して、被害者の疾患をしんしゃくすることができる」と判示しています。
発症前から既往の疾患(うつ病の既往等)がある場合は、素因減額が認められる可能性があります。ただし、疾患の態様・程度等に照らして「加害者に全部賠償させるのが公平を失する」といえることが必要であり、単に既往疾患があるだけでは不十分です。
04素因減額を主張するための実務上の留意点
素因減額を主張するためには、本人の性格・既往疾患の存在・それが通常想定される範囲を外れるものであること(または疾患の態様・程度)・それが損害の発生・拡大に寄与していること、を会社側が立証する必要があります。立証は容易ではなく、弁護士と戦略的に対応することが必要です。
素因減額の主張・安全配慮義務違反の損害賠償への対応・和解交渉戦略については、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。使用者側専門の弁護士として、会社側の立場から実務的なアドバイスを提供しています。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。精神疾患発症に関する素因減額・損害賠償対応でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
Q&Aよくある質問
Q1. 「繊細な性格」を理由に素因減額を主張することはできますか。
A. 電通事件最高裁判決により、「同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲内の性格」については素因減額は認められません。単に「繊細な性格」「ストレスを受けやすい性格」というだけでは、素因減額の主張は困難です。通常の範囲を外れる特異な性格であることを具体的に立証することが必要です。
Q2. 過去にうつ病の治療歴がある社員の場合、素因減額は認められやすいですか。
A. NTT東日本北海道支店事件最高裁判決により、既往疾患がある場合は素因減額が認められる可能性があります。ただし、既往疾患があるだけでは不十分であり、疾患の態様・程度・寄与度等に照らして全額賠償させることが「公平を失する」といえることが必要です。具体的な立証戦略については弁護士に相談することをお勧めします。
Q3. 採用時に精神疾患の既往を開示しなかった社員への対応はどうすべきですか。
A. 採用時の健康状態についての申告義務(信義則上の義務)との関係で、精神疾患の既往を開示しなかったことが損害賠償額の算定に影響することがあります。ただし、プライバシーの問題・採用時に精神疾患歴を必ず開示しなければならないわけではないという問題もあり、個別の判断が必要です。具体的な対応については弁護士に相談することをお勧めします。
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最終更新日:2026年5月10日