労働問題161 労災保険給付がなされれば、使用者は、労働者から損害賠償請求を受けずに済むのでしょうか。

 労基法75条~88条は、労働者が業務上負傷し、または疾病にかかった場合における災害補償について規定しています。この災害補償責任は使用者の無過失責任であり、過失相殺がなされることはなく、原則として平均賃金に対する定率により補償額が決定されており、労災保険法により労災保険制度が整備されています。
 労災保険給付がなされた場合、使用者は、同一の事由については、その価額の限度において民法の損害賠償の責を免れることになりますが(労基法84条2項類推)、労災保険給付は、慰謝料は対象としておらず、休業損害や逸失利益の全額を補償するものではありません。したがって、労災保険給付がなされている場合であっても、使用者は、労働者から、慰謝料、休業損害や逸失利益で補償されなかった金額について、損害賠償請求を受ける可能性があることになります。
 それどころか、業務起因性が肯定されて労災保険給付が行われた場合は、むしろ使用者が安全配慮義務違反の責任を問われて損害賠償義務を負担する可能性が高いとさえいえます。というのも、労災保険法に基づく保険給付は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、死亡に対して行われるものですが、業務上の災害といえるためには業務と上記疾病等との間に相当因果関係が必要とされているからです(熊本地裁八代支部公務災害事件最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決、地公災基金東京都支部長(町田高校)事件最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決、横浜南労基所長(東京海上横浜支店)事件最高裁平成12年7月17日第一小法廷判決、神戸東労基所長(ゴールドリングジャパン)事件最高裁平成16年9月7日第三小法廷判決)。
 労災における相当因果関係は業務と傷病等との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係をいい、予見可能性の有無により影響を受けない客観的なものであると考えられているため、安全配慮義務違反等を理由とした民事損害賠償請求における相当因果関係と同じものではありません。しかし、業務起因性が肯定されて労災保険給付が行われた場合は、業務と精神疾患との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする(相当因果関係)があると判断されているわけですから、労働者が使用者に対して安全配慮義務違反を理由として損害賠償請求訴訟を提起した場合も、業務と疾病等との間に相当因果関係があると判断される可能性が高いと言わざるを得ません。
 業務と疾病等との間に相当因果関係があるからといって直ちに安全配慮義務違反が認められるわけではなく、安全配慮義務違反があるというためには、結果の具体的予見可能性と結果の回避可能性が必要となりますから、具体的客観的に予見・回避することができないような損害については、使用者は安全配慮義務違反を問われないことになります。立正佼成会事件東京高裁平成20年10月22日判決は、業務とうつ病発症との間の相当因果関係を肯定しつつ、予見可能性がないとして安全配慮義務違反を否定しています。さらに、使用者による結果の予見可能性と回避可能性が肯定されたとしても、使用者が結果を回避しないことが違法と評価できないようなものであれば、使用者が安全配慮義務違反の責任を負うことはないものと考えられます。
 しかし、業務と精神疾患との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)が認められ、労災保険給付が行われたにもかかわらず、結果の予見可能性又は結果の回避可能性がない事例や、使用者が結果を回避しないことが違法と評価できないような事例は従来多くなかったというのが実情であり、業務上精神疾患を発症した事案に関する裁判例の多くは、使用者の責任を認めています。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎


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