労働問題344 時間外・休日・深夜に労働させた場合でも残業代を支払わなくても異存はない旨の誓約書に署名押印させている場合でも残業代を支払わなければなりませんか。

この記事の要点

「残業代を支払わなくても異存はない」という誓約書への署名押印があっても、残業代の支払義務は消えない

誓約書は「合意の証拠」にはなりますが、残業代支払義務を消す効力はありません

343番で解説したとおり、残業代(割増賃金)を支払わない旨の合意は労基法13条により無効——誓約書による「合意」も同様に無効

合意の形式(口頭・書面・誓約書等)にかかわらず、残業代を免除する合意はすべて無効です

「誓約書を取っているから残業代を支払わなくてよい」という運用を続けると、時効(3年)の範囲で多額の未払残業代請求を受けるリスがある

退職後に「実は払ってもらえていなかった」として請求が来るケースは少なくありません

「誓約書の代わりに有効な手段はないのか」という疑問に対しては——残業代を「支払わなくてよい」仕組みはなく、合法的に対応するには発生額を適正に抑える制度設計(332番参照)しかない

「残業代不要の書類」という発想自体を変える必要があります

01「残業代不要」の誓約書は残業代支払義務を消せない

 採用時・雇用更新時に「時間外・休日・深夜に労働させた場合でも残業代(割増賃金)を支払わなくても異存はない」という誓約書に署名押印させている会社があります。しかし、このような誓約書への署名押印があっても、時間外・休日・深夜に労働させた場合には残業代(割増賃金)を支払わなければなりません。

 その理由は、343番で詳しく解説した「労基法13条の強行的効力」にあります。時間外・休日・深夜に労働させた場合であっても労基法37条に定める残業代(割増賃金)を支払わない旨の合意は無効となります。この「合意」が口頭によるものであっても、書面によるものであっても、誓約書という形式によるものであっても、結論は同じです。合意の形式は関係なく、内容が労基法37条の基準を下回っていれば無効となります。

02なぜ誓約書への署名押印も無効になるのか——343番の原則の実際への適用

 「誓約書に署名押印している」という事実は、通常の民事取引であれば「合意の証拠」として強い効力を持ちます。しかし、残業代支払の問題においては、この通常の原則が労基法13条の強行的効力によって覆されます。

「誓約書があっても無効」の法的メカニズム
① 時間外・休日・深夜の残業代(割増賃金)の支払義務は労基法37条で定められた法定義務
② 労基法13条は「労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について無効」と定める
③ 「残業代を支払わない」という誓約書は、労基法37条に定める基準(残業代支払義務)に達しない(下回る)労働条件を定めるもの
④ したがって誓約書の「残業代を支払わない」という条項は労基法13条により無効
⑤ 無効となった部分は労基法37条の基準(残業代の支払義務)に置き換わる
⑥ 結論:誓約書があっても残業代の支払義務は消えない

03誓約書を取り続けた場合に生じる実務上のリスク

 「残業代不要」の誓約書を取り、残業代を支払わない運用を続けた場合、以下のようなリスが生じます。

「残業代不要」の誓約書運用が招く実務上のリスク

リスク①「多額の未払残業代の一括請求」:退職時や退職後に、時効(3年)の範囲で遡及した未払残業代を一括請求されるリスがあります。誓約書があっても同意は無効ですので、支払を拒否する根拠になりません。在職期間が長ければ長いほど、請求額が大きくなります。

リスク②「付加金の上乗せ」:残業代(割増賃金)支払義務(労基法37条)に違反した場合、裁判所は未払残業代に加えて同額の付加金の支払を命じることができます(労基法114条)。実質的に未払残業代の2倍を支払うことになる可能性があります。

リスク③「誓約書を取った行為自体が問題視されるリスク」:「残業代不要」の誓約書を取っていた事実は、「使用者が残業代の支払義務があることを認識しながら、意図的に支払を免れようとした」という悪意・故意の証拠として評価される可能性があります。これにより、付加金が満額命じられる可能性が高まります。

04「誓約書の代わりに何か有効な方法はないか」という問いへの答え

 「では、残業代を支払わなくてよくなる何か有効な書類はないのか」という疑問を持つ使用者の方もいらっしゃいます。答えは明確で「そのような書類は存在しない」です。残業代(割増賃金)を支払わなくてよくなる合意・書類・誓約書は、合意の形式にかかわらずすべて無効となります。

 合法的に残業代の支払額を最小化するためには、「残業代を支払わなくてよい方法」を探すのではなく、331番・332番で解説した適法な残業代対策(①基礎賃金の適正設計による単価の抑制、②残業時間の抑制、③発生した残業代は確実に支払済みにする)を組み合わせることが唯一の方法です。

05まとめ

 時間外・休日・深夜に労働させた場合でも残業代(割増賃金)を支払わなくても異存はない旨の誓約書に署名押印させている場合であっても、残業代(割増賃金)の支払義務は消えません。343番で解説したとおり、残業代を支払わない旨の合意は合意の形式にかかわらず労基法13条により無効となり、労基法37条に基づく残業代の支払義務が生じます。「誓約書があるから大丈夫」という運用を続けることは、多額の未払残業代請求・付加金・誓約書を取った行為自体の問題視という複数のリスクを招きます。残業代の問題については使用者側弁護士・会社側弁護士に相談することをお勧めします。アドバイスします。

SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。残業代トラブルの予防・適正な賃金制度の設計でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。

Q&Aよくある質問

Q1. 「残業代不要」の誓約書を取っていた事実は、後日の裁判においてどのような影響がありますか。

A. 誓約書が無効であることは変わりませんが、誓約書を取っていた事実は「使用者が残業代支払義務があることを知りながら、意図的に支払を免れようとした」という証拠として評価される可能性があります。これにより、付加金(未払残業代と同額の追加支払)が満額命じられる可能性が高まります。むしろ、誓約書がないよりも会社にとって不利な状況を招く可能性があります。

Q2. これまで誓約書を取りながら残業代を払っていませんでした。今後どうすればよいですか。

A. まず速やかに残業代の支払体制を整えることが最優先です。また、過去の未払残業代については、時効(3年)の範囲で未払残業代が発生している状態であることを把握した上で、自主的に支払う対応(和解・示談)を検討することも一つの方法です。過去の対応をどうするか、今後の制度設計をどうするかについては、使用者側弁護士に相談することを強くお勧めします。

Q3. 残業代の支払義務を合法的に最小化する方法はありますか。

A. 「残業代を支払わなくてよくなる方法」はありませんが、合法的に支払額を抑制する方法はあります。①基礎賃金の適正設計(賞与比率の向上・除外賃金の活用・定額残業代制度の採用等)による単価の抑制(332番参照)、②残業時間そのものを抑制する仕組みの整備(333番〜338番参照)、③残業代を前提に賃金を逆算設計することで総人件費の見通しを立てる(341番参照)——といった方法です。

最終更新日:2026年5月10日


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