労働問題111 退職勧奨は自由に行える?「事実行為」の定義と違法となる境界線を解説

本記事のポイント

● 退職勧奨は「事実行為」であり、原則として誰に対しても、いつ、どのような理由でも自由に行えます。

● ただし、その態様が「社会通念上相当な範囲」を逸脱すると違法となります。

● 違法(不法行為)と判断されれば、多額の慰謝料請求を受けることになります。

「提案」が「強要」に変わる瞬間を見極めることが、実務上最も重要です。

1. 退職勧奨が「原則自由」である理由

 退職勧奨は、解雇のように法的効果を直接生じさせる行為ではなく、一般に「事実行為」と理解されています。つまり、会社が労働者に対して「退職を検討してもらえないか」と提案する行為それ自体は、雇用契約を直ちに終了させるものではなく、あくまで話し合いのきっかけとなる働きかけにすぎません。

 このため、退職勧奨は解雇とは異なり、最初から厳格な法的要件が課されるわけではありません。会社経営者が経営上の判断や職場運営の観点から、特定の労働者に対して退職という選択肢を提示すること自体は、企業活動の一環として原則自由に行うことができると考えられています。

 例えば、業務上の適性の問題、組織とのミスマッチ、部署再編に伴う人員整理など、さまざまな事情を背景として退職勧奨が行われることがあります。このような理由から退職を提案すること自体は、直ちに違法と評価されるものではありません。

 もっとも、この「自由」は無制限ではありません。退職勧奨はあくまで労働者の任意の判断を前提とする行為であり、労働者の自由な意思決定を妨げるような態様で行われれば、違法と評価される可能性があります。会社経営者としては、退職勧奨が事実行為として原則自由である一方、その進め方には一定の限界があることを理解しておくことが重要です。

2. 「やり過ぎ」となる境界線(不法行為の成否)

 退職勧奨は事実行為として原則自由に行うことができますが、その方法が行き過ぎれば、労働者の自由な意思決定を侵害する行為として違法と評価される可能性があります。裁判実務では、退職勧奨の内容や方法が「社会通念上相当な範囲」を逸脱していないかが重要な判断基準となります。

 まず問題となりやすいのが、面談の頻度や期間です。労働者が退職の意思を明確に否定しているにもかかわらず、短期間に繰り返し面談を求めたり、長期間にわたって執拗に説得を続けたりする場合には、心理的な圧力を与える行為として違法と判断される可能性があります。

 また、面談の時間や状況も重要な要素になります。長時間に及ぶ面談によって退席を事実上困難にしたり、深夜まで話し合いを続けたりするような対応は、労働者の自由な判断を妨げる事情として問題視されることがあります。

 さらに、退職勧奨の際の言動の内容にも注意が必要です。例えば、「辞めなければ懲戒解雇にする」といった根拠のない威圧的な発言や、人格を否定するような発言が含まれる場合には、退職勧奨ではなくハラスメントや退職強要と評価される可能性があります。

 このように、退職勧奨が適法と評価されるかどうかは、単に退職を提案したという事実だけではなく、どのような方法で行われたかという具体的な態様によって判断されます。会社経営者としては、退職勧奨があくまで任意の話し合いであることを意識し、労働者の自由な意思決定を妨げない形で進めることが重要になります。

3. 違法と判断された場合の損害賠償リスク

 退職勧奨が社会通念上相当な範囲を逸脱したと判断された場合、その行為は退職強要として不法行為(民法709条)に該当する可能性があります。この場合、会社は労働者に対して損害賠償責任を負うことになります。

 最も典型的なのは、精神的苦痛に対する慰謝料の支払いです。金額は事案によって異なりますが、裁判例では数十万円から数百万円程度の慰謝料が認められるケースもあります。退職勧奨の回数や態様、威圧的な言動の有無などが総合的に考慮され、会社の責任の程度が判断されます。

 さらに注意すべきなのは、退職勧奨の結果として労働者が退職届を提出していた場合でも、その退職が強迫や錯誤によるものと認定されれば、退職自体の効力が否定される可能性があるという点です。退職が無効と判断された場合、労働契約は継続していたものと扱われ、会社は解雇期間中の賃金に相当する未払い賃金の支払いを求められることがあります。

 このような場合、会社は慰謝料だけでなく、雇用関係の復活やバックペイの支払いといった重大な結果に直面する可能性があります。退職勧奨が適切に行われていれば回避できたはずの紛争が、企業経営に大きな負担を与える事態に発展することもあります。

 会社経営者としては、退職勧奨が単なる話し合いであっても、その進め方によっては重大な法的責任を生じる可能性があることを理解しておく必要があります。退職勧奨が「提案」の範囲にとどまっているかどうかを常に意識することが、会社のリスクを抑えるうえで重要です。

4. 適法な範囲を維持するための実務指針

 自由な退職勧奨の枠組みを逸脱しないためには、常に以下の「相当性」を意識してください。

① 意思の尊重

 退職勧奨を適法な範囲で行うために最も重要なのは、労働者の意思を尊重する姿勢を明確に保つことです。退職勧奨はあくまで退職という選択肢を提案する行為であり、最終的に退職するかどうかを決めるのは労働者本人です。

 そのため、労働者が退職の意思がないことを明確に示した場合には、会社側はその意思表示を尊重する必要があります。拒否の意思が示されているにもかかわらず、同じ内容の面談を何度も繰り返したり、執拗に説得を続けたりすれば、労働者に心理的な圧力を与える行為と評価される可能性があります。

 実務上は、労働者が退職勧奨に応じない意思を示した場合には、一旦話し合いを打ち切ることが重要です。そのうえで、必要に応じて一定期間を置いて再度話し合いの機会を設けるか、あるいは通常の人事管理の枠組みに戻るなど、別の対応を検討することになります。

 会社経営者としては、退職勧奨の場面で最も避けるべきなのは、労働者に「断っても無駄だ」と感じさせてしまう状況です。常に労働者が自由に判断できる状況が維持されているかを意識することが、退職勧奨を適法な範囲にとどめるうえで重要になります。

② 環境の配慮

 退職勧奨を適法な範囲で行うためには、面談の環境や進め方にも十分な配慮が必要です。面談の状況によっては、それ自体が労働者に強い心理的圧力を与えるものと評価される可能性があるためです。

 まず、面談は原則として通常の勤務時間内に行うことが望ましいとされています。長時間に及ぶ面談や、勤務時間外に呼び出して話し合いを続けるような対応は、労働者の自由な判断を妨げる事情として問題視される可能性があります。

 また、面談の場所についても配慮が必要です。外部から隔離された密室で長時間拘束するような状況は避け、通常の会議室など、落ち着いて話し合いができる環境を選ぶことが望ましいでしょう。

 さらに、面談の人数にも注意が必要です。会社側の担当者が多数で一人の労働者を囲むような状況は、強い心理的圧迫を与える要因になります。実務上は、会社側は二名程度で対応することが一般的とされています。

 このように、退職勧奨の場面では、労働者が冷静に判断できる環境を整えることが重要です。会社経営者としては、面談の内容だけでなく、面談の方法や状況そのものが適切であるかにも十分注意を払う必要があります。

③ 客観的な説明

 退職勧奨を適法な範囲で行うためには、退職を提案する理由について客観的な事実に基づいて説明することが重要です。感情的な批判や主観的な評価だけで退職を求めると、労働者に対する不当な圧力や人格攻撃と受け取られるおそれがあります。

 例えば、「仕事ぶりが気に入らない」「会社に合っていない」といった抽象的な表現ではなく、具体的な業務上の問題点や会社の判断の背景を整理して説明することが求められます。業務上のミスや指導の経緯など、客観的に確認できる事情に基づいて話をすることで、退職勧奨が合理的な判断に基づくものであることを示すことができます。

 また、退職勧奨の場では、労働者の人格を否定するような発言や感情的な叱責は避けるべきです。こうした言動は、退職勧奨の正当性を損なうだけでなく、パワーハラスメントとして問題視される可能性もあります。会社経営者としては、冷静で丁寧な説明を心がけ、業務上の事実と評価を分けて伝える姿勢が重要になります。

 このように、退職勧奨の場面では、主観的な不満ではなく客観的な事情に基づいて説明することが、労働者の理解を得るためにも、後の紛争リスクを抑えるためにも重要です。事実に基づいた冷静な説明を行うことが、退職勧奨を適法な範囲にとどめるための基本といえるでしょう。

5. まとめ

 退職勧奨は、法律上は解雇のような法律行為ではなく、単なる事実行為として位置づけられています。そのため、会社が労働者に対して退職を提案すること自体は、企業活動の一環として原則自由に行うことができます。

 もっとも、この自由は無制限ではありません。退職勧奨が適法と評価されるためには、労働者の自由な意思決定が確保されていることが前提となります。執拗な説得や威圧的な言動などにより、労働者が心理的に追い詰められた状態で退職を余儀なくされたと判断されれば、退職強要として不法行為責任を問われる可能性があります。

 また、退職勧奨の結果として提出された退職届であっても、その提出が強迫や誤解に基づくものであると認定されれば、退職自体が無効とされる場合もあります。その場合には、雇用関係の継続や未払い賃金の支払いといった重大な法的リスクが生じる可能性があります。

 会社経営者としては、退職勧奨が原則自由であるという点だけでなく、社会通念上相当な範囲を逸脱しないことが重要であることを理解しておく必要があります。適切な方法で退職勧奨を行い、労働者の任意の意思を尊重した形で合意を目指すことが、企業の法的リスクを抑えるうえで不可欠といえるでしょう。

自由度と違法性に関するよくある質問

Q1. 具体的に何回面談をしたら「やり過ぎ」になりますか?

A. 回数だけで決まるものではありませんが、本人が明確に拒絶しているにもかかわらず、短期間に10回以上繰り返したり、1回あたり数時間に及ぶ面談を強要したりすることは、違法と判断されるリスクが極めて高いです。

Q2. 「事実行為」とはどういう意味ですか?

A. それ自体が直接、雇用契約を終了させるなどの法的効果を生じさせない、単なる「勧誘・説得」という行為を指します。本人の同意があって初めて法的効果が生じるため、プロセスそのものは自由とされています。

Q3. 大勢で囲んで話をしても大丈夫ですか?

A. 推奨されません。多人数で一人の労働者を囲むことは心理的圧迫が強く、自由な意思決定を妨げたとみなされる要因になります。通常は2名程度で対応するのが実務上のセオリーです。

弁護士 藤田 進太郎
監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 /  「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

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弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

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最終更新日:2026/3/9

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