労働問題110 退職勧奨より解雇した方が話が早い?会社が負う「不当解雇」の膨大なリスクと回避策

 

経営者が知るべき厳格な事実

● 日本の法制度下で、有効な解雇を実現することは極めて困難です。

● 解雇が無効となった場合、多額の未払い賃金(バックペイ)という致命的な負債を負います。

● 最後の最後まで解雇は行わず、「任意の退職届」を促すことが実務上の鉄則です。

● 退職届の存在は、会社が負う法的リスクを格段に低下させます。

1. 解雇の「話が早い」は幻想に過ぎない

 問題のある社員への対応に悩み、「解雇してしまえばすぐに解決する」と考える会社経営者は少なくありません。しかし、日本の労働法の実務では、そのような考え方は極めて危険です。安易に解雇を選択すると、かえって長期の労働紛争に発展する可能性が高く、結果として会社の負担が大きくなることがあります。

 日本では、解雇が有効と認められるためには、客観的に合理的な理由社会通念上の相当性という厳しい要件を満たす必要があります。これは労働契約法16条に基づく「解雇権濫用法理」と呼ばれるルールであり、会社側が解雇の正当性を具体的な証拠によって説明できなければ、解雇は無効と判断される可能性があります。

 例えば、業務成績が期待に達していない場合でも、十分な指導や改善の機会が与えられていなければ解雇は認められにくいとされています。また、勤務態度の問題を理由とする場合でも、その問題の程度や会社の対応経緯などが総合的に検討されるため、単に「会社として不満がある」という程度では解雇の正当性を立証することは困難です。

 このように、解雇は会社が考えるほど簡単に成立するものではなく、実務上は非常に高いハードルを伴う人事措置です。会社経営者としては、「解雇すればすぐに解決する」という発想ではなく、解雇が持つ法的リスクを十分に理解したうえで、慎重に対応方針を検討することが重要になります。

2. 解雇失敗時の致命的ダメージ:高額なバックペイ

 解雇を強行した場合に会社が直面する最大のリスクが、解雇が無効と判断された場合の経済的負担です。裁判所が解雇を不当と認定すると、法律上は「解雇は最初から存在しなかった」と扱われることになります。その結果、会社は解雇後の期間について、労働者に対して賃金を支払う義務を負うことになります。

 この賃金のことを、実務では「バックペイ(未払い賃金)」と呼びます。バックペイは、解雇日から判決や和解によって紛争が解決するまでの期間について、労働者が働いていた場合に受け取るはずだった賃金をすべて支払うというものです。労働審判や訴訟が長期化すれば、その金額は数年分の給与に及ぶこともあります。

 特に注意が必要なのは、賃金水準の高い社員の場合です。管理職や幹部社員のように給与が高い労働者について解雇が無効と判断された場合、バックペイの金額は非常に高額になります。さらに、遅延損害金が加算されることもあるため、会社にとっては経営上無視できない規模の負担になる可能性があります。

 また、実務では訴訟の途中で和解に至るケースも多くありますが、その際の解決金も、通常はバックペイを基準にして算定されます。そのため、解雇を強行した結果として、数百万円から場合によってはそれ以上の金銭的負担を求められることも珍しくありません。

 会社経営者としては、解雇にはこのような重大な経済的リスクが伴うことを理解しておく必要があります。短期的には迅速な対応に見える解雇も、結果として会社に大きな損失をもたらす可能性があるため、慎重な判断が求められます。

3. 「退職届」が会社を救う最強の防衛手段となる理由

 解雇には大きな法的リスクが伴うため、実務ではできる限り労働者の自発的な退職によって雇用関係を終了させることが重要になります。その中心となるのが、労働者本人が提出する退職届です。

 労働者が自ら退職届を提出し、それを会社が受理する形で退職が成立すれば、これは合意退職として扱われます。合意退職は、双方の意思に基づいて労働契約を終了させるものであるため、解雇のように厳しい有効要件が問題となることは通常ありません。そのため、適切な手続きで成立した退職であれば、後に紛争となる可能性は比較的低くなります。

 さらに、紛争になった場合の立証責任の構造にも大きな違いがあります。会社が一方的に解雇した場合には、解雇が正当であることを会社側が立証しなければなりません。これに対し、退職届が提出されている場合には、労働者側が「強要された」「誤解させられた」などの事情を主張し、その立証を行う必要が生じます。この点で、会社側の法的リスクは大きく低下します。

 もっとも、退職届が提出されているからといって、常に安全というわけではありません。退職届が強い圧力のもとで書かされたものであると判断されれば、後に退職の有効性が争われる可能性があります。会社経営者としては、退職届を得ることだけを目的とするのではなく、労働者の自由な意思に基づく退職であることが客観的に確認できるプロセスを整えることが重要になります。

 このように、適正な退職勧奨を通じて退職届が提出されれば、それは会社にとって大きな防御手段となります。解雇という高リスクの手段に踏み切る前に、まずは合意退職による解決の可能性を慎重に検討することが、会社を守るうえで重要です。

4. 退職勧奨プロセスの重要性

 退職勧奨によって合意退職を目指す場合でも、会社がまったくリスクを負わないわけではありません。進め方を誤れば、労働者から退職強要やハラスメントを主張され、損害賠償を請求される可能性があります。しかし、それでもなお、解雇を直接行う場合と比較すれば、退職勧奨の方が会社にとって法的リスクを抑えやすい手続きであるといえます。

 裁判実務では、会社が労働者に対してどのような対応をしてきたかという経緯やプロセスが重視されます。会社が問題点について説明し、改善の機会を与えたうえで退職を提案している場合には、裁判所からも「会社として一定の配慮を行っている」と評価されやすくなります。

 また、退職勧奨の場面では、退職条件の調整や一定の金銭的条件の提示などを行うことで、双方にとって現実的な解決を模索することが可能です。このような交渉の過程を経ることで、紛争が深刻化する前に問題を整理できる場合も少なくありません。

 一方で、退職勧奨を行う際には、労働者の自由な意思を尊重することが不可欠です。執拗に面談を繰り返したり、威圧的な言動によって退職を迫ったりすれば、退職勧奨ではなく退職強要と評価される危険があります。会社経営者としては、退職勧奨があくまで任意の話し合いであるという基本原則を常に意識することが重要です。

 このように、適切な退職勧奨のプロセスを踏むことは、単に合意退職を成立させるためだけではなく、万一紛争になった場合にも会社の対応の正当性を示すうえで大きな意味を持ちます。慎重かつ丁寧な手続きを積み重ねることが、結果として会社のリスクを抑えることにつながります。

5. まとめ

 問題のある社員への対応として、「解雇してしまえば早く解決する」と考える会社経営者は少なくありません。しかし、日本の労働法のもとでは、解雇には極めて厳しい有効要件が課されており、安易に解雇を行うことは大きな法的リスクを伴います。解雇が無効と判断された場合には、長期間の未払い賃金(バックペイ)の支払いなど、会社にとって重大な経済的負担が生じる可能性があります。

 これに対して、退職勧奨によって労働者の同意を得たうえで退職届が提出されれば、合意退職として労働契約を終了させることができます。合意退職は契約自由の原則に基づくものであり、適切なプロセスで成立していれば、解雇と比べて紛争リスクを大きく抑えることができます。

 もちろん、退職勧奨であっても、その方法が不適切であれば退職強要と評価される可能性があります。そのため、会社経営者としては、労働者の自由な意思を尊重しながら、丁寧な説明と適切な手続きを通じて合意を目指すことが重要です。

 結果として、時間をかけてでも任意の退職届による合意退職を目指すことが、会社の法的リスクを最小限に抑える現実的な対応といえます。具体的な退職勧奨の進め方や条件提示の方法について不安がある場合には、事前に労働問題に精通した弁護士へ相談し、適切な対応方針を検討することが望ましいでしょう。

 

解雇リスクに関するよくある質問

Q1. 「バックペイ」とは具体的にどのような費用ですか?

A. 解雇が無効と判断された場合、解雇日から判決(または和解)確定日までの期間、その社員が働いていれば当然に得られたであろう賃金の全額を指します。訴訟が長引けば、数年分の給与を一括で支払う義務が生じます。

Q2. 退職届をもらっても訴えられることはありますか?

A. リスクはゼロではありません。強引な退職勧奨があったとして損害賠償を請求される可能性はあります。しかし、会社が一方的に解雇を通知した場合と比較すれば、法的安定性は格段に高く、会社を守るための最強の盾となります。

Q3. 幹部社員の解雇が特に危険なのはなぜですか?

A. 元々の賃金水準が高いため、バックペイや慰謝料、解決金のベースが非常に高額になるからです。また、幹部としての能力不足を証明するのは実務上困難なことが多く、会社側が敗訴した際のダメージが経営を揺るがす規模になりかねません。

弁護士 藤田 進太郎
監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 /  「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

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弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

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最終更新日:2026/3/9

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