労働問題108 退職勧奨の法的性質とは?「申込みの誘引」が意味する会社側へのメリットと注意点
目次
退職勧奨は法的に「合意退職の申込みの誘引」です。退職勧奨自体では労働契約は終了せず、労働者の退職届(申込み)+会社の承諾によって初めて合意退職が成立します。
この「申込みの誘引」という性質により、会社は解雇権濫用という高いハードルを回避できる可能性があります。ただし労働者の自由な意思が尊重されていることが前提であり、執拗性・脅迫的言動は退職強要と評価されます。
■ 退職勧奨=「申込みの誘引」——この段階では契約終了の法的効果なし
退職勧奨は労働者に退職を検討してもらう働きかけです。労働者の退職届+会社の承諾で初めて合意退職が成立します。
■ 解雇より退職勧奨を選ぶ理由——意思表示の主体を労働者側に置ける
合意退職の形をとることで、解雇権濫用リスク・バックペイリスクを回避しながら人員調整を実現できます。
■ 合意成立の3ステップ:誘引→申込み(労働者)→承諾(会社)
この3ステップを正確に踏むことが適法な退職勧奨の前提であり、紛争防止の鍵です。
1. 退職勧奨の正体は「申込みの誘引」
退職勧奨の法的性質を理解するうえで重要なのは、退職勧奨がそれ自体で労働契約を終了させる行為ではないという点です。民法上の契約理論に基づけば、退職勧奨は一般に「合意退職の申込みの誘引」と位置づけられています。これは、会社が労働者に対して退職という選択肢を提示し、労働者自身から退職の申込みを行うよう働きかける行為を意味します。
例えば、店舗で商品が展示されている場合、その展示は直ちに売買契約を成立させる「申込み」ではなく、顧客に購入を検討してもらうための申込みの誘引と理解されています。退職勧奨もこれと同様に、「退職という選択肢を検討してほしい」と働きかける段階にとどまるものであり、この時点ではまだ労働契約の終了という法的効果は生じていません。
実務上は、会社が退職を検討するよう提案し、それを受けて労働者が退職届を提出することで初めて「合意退職の申込み」が成立します。そして、その申込みを会社が承諾することによって、最終的に労働契約の終了という法的効果が確定します。
2. なぜ「誘引」という形をとるのか——会社側のメリット
会社が退職を検討してもらう場合、なぜ「解雇」ではなく退職勧奨という「申込みの誘引」の形をとるのかという点は、会社経営者にとって非常に重要なポイントです。その最大の理由は、雇用契約を終了させる意思表示の主体を、会社ではなく労働者側に置くことができる点にあります。
解雇は会社による一方的な意思表示であり、いわゆる解雇権濫用法理(労契法16条)により、客観的合理性と社会通念上の相当性が認められなければ解雇は無効と判断されます。解雇が無効と判断された場合には、長期間のバックペイの支払いなど、重大な経営リスクを負うことになります。
一方、退職勧奨は労働者に退職という選択肢を提示し、本人の判断によって退職を選択してもらう手続きです。労働者が自発的に退職届を提出し会社がそれを承諾することで成立する合意退職であれば、契約自由の原則のもとでその効力は広く認められる傾向があります。このように、「申込みの誘引」の形式をとることで、解雇に伴う法的リスクを避けながら合意による契約終了という安定した形で問題を解決する可能性が生まれます。
⚠ 「申込みの誘引」であることの落とし穴
退職勧奨は「申込みの誘引」なので、会社は退職を強制できません。労働者には拒否する完全な自由があります。拒否されても不利益な取扱いをしてはなりません。
「申込みの誘引」の範囲を超えた執拗・脅迫的な退職勧奨は、退職強要として不法行為となります。「申込みの誘引」という性質を正確に理解し、あくまで労働者の自由な意思決定を尊重した話し合いとして進めることが重要です。
3. 裁判実務上の評価
裁判所は退職勧奨そのものを違法な行為とは考えておらず、労働者の自由な意思が尊重されている限り、適法な企業活動として認める傾向にあります。社会通念上相当な範囲で行われているかどうかが重要な判断基準です。
具体的には、①労働者が退職するかどうかを自由に判断できる状況が保たれているか、②会社側の説明が威圧的なものになっていないか、③面談の回数や方法が過度な圧力となっていないか、といった事情が総合的に検討されます。これらの点に問題がなければ、退職勧奨は任意の話し合いとして適法と評価されることが一般的です。
一方で、執拗な説得や威圧的な言動によって退職を迫った場合には、もはや「申込みの誘引」の範囲を超え、退職強要やハラスメントと評価される可能性があります。
4. 合意成立までの3ステップ
STEP1:申込みの誘引(退職勧奨)
会社が労働者に対して退職という選択肢を提示し、その可能性について検討するよう働きかける段階です。この時点では労働契約を終了させる法的効果はまだ発生していません。面談の場を設け、業務上の状況や今後の見通しを説明しながら退職という選択肢について話し合う形が一般的です。
STEP2:申込み(労働者が退職届を提出)
退職勧奨を受けた労働者が、自らの自由な意思で退職届を提出する段階です。ここで初めて「合意退職の申込み」が成立します。この申込みは、労働者の任意かつ自由な意思に基づくものでなければなりません。強制・強要・心理的圧力により提出された退職届は、後に取消し・撤回の対象となるリスクがあります。
STEP3:承諾(会社が申込みを承諾)
会社が労働者の退職届を承諾することで、合意退職が正式に成立し、労働契約が終了します。この段階で退職日・退職条件を書面(退職合意書)で明確にしておくことが紛争防止の観点から重要です。
退職勧奨の進め方・退職合意書の内容・適法な面談方法について、弁護士へのご相談をお勧めします。→ 経営労働相談はこちら
5. まとめ
退職勧奨は法的に「合意退職の申込みの誘引」と位置づけられます。退職勧奨自体では労働契約は終了せず、①退職勧奨(誘引)→②労働者の退職届(申込み)→③会社の承諾、という3ステップを経て初めて合意退職が成立します。「申込みの誘引」という形をとることで、会社は解雇権濫用リスクを回避しながら合意による契約終了という安定した形で人員調整を実現できる可能性があります。ただし、労働者の自由な意思が確保されていることが前提であり、執拗性・脅迫的言動は「申込みの誘引」の範囲を超えた退職強要として違法となります。退職勧奨を検討する際は、事前に弁護士に相談することをお勧めします。
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弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
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弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
最終更新日 2026/04/05