労働問題1045 横領発覚と同時に年休を消化して退職すると言い出す社員の対処法

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この記事の要点

年休消化を時季変更権で阻止することはできない

時季変更権は退職日に向けて年休が埋まっている場合には使えない。「横領をやった社員が悠々と有給休暇を使ってやめていく」という状況は、法律上止めることが難しい

在宅中に質問書を送って弁解を求める——出社しなくても調査は進められる

年休消化中は出社しないが、弁解を求めることは正当。質問書を郵送・メール等で送付し、回答期限を設けて回答を求める。回答が来れば事実確認の材料になり、来なければ「調査に協力しなかった」という事実として記録に残る

独自調査で客観的証拠を固める——本人なしで調査を進める

税理士・会計士・社内の関係者・取引先記録などを活用して、本人の関与なしに客観的な証拠を収集・整理する。本人が協力しなくても、客観的証拠があれば懲戒処分・刑事告訴・退職金不支給の根拠を作ることができる

退職金不支給・懲戒解雇・刑事告訴の判断は2週間以内に行う

退職が成立すると懲戒解雇はできなくなる。退職金不支給・懲戒解雇・刑事告訴の要否はいずれも退職日の前(特に懲戒解雇は2週間以内)に弁護士と協議して判断しなければならない

01「年休消化してやめます」——典型的な逃げのパターン

 横領や手当の不正受給が発覚した直後、本人から「残っている有給休暇を全部使ってやめます」と言い出すケースがあります。これは横領・不正受給が発覚した社員が取る行動の中でも、特に対応が難しいパターンの一つです。

 なぜ難しいのかというと、会社として「有給休暇を使わせたくない、出社させて事情を聞きたい」と思っても、有給休暇自体は本人の権利であり、簡単には阻止できないからです。また年休消化中は本人が出社しないため、対面での調査ができません。その間に退職日を迎えてしまうと、やめてしまった後に対応できることが大きく制限されます。

 「横領をやった人間が悠々と有給休暇を消化して去っていく」という状況は、経営者としては大変腹立たしいことです。しかしこういった状況でどう動くかが、その後の対応の結果を大きく左右します。感情的にならず、できることを一つひとつ確実に進めることが大切です。

02時季変更権は使えない——法律上の限界を理解する

 「有給休暇の時期を変更させる権利(時季変更権)を使って、年休消化を阻止できないか」と考える経営者は多いです。しかし残念ながら、このケースでは時季変更権は使えません。

 時季変更権とは、労働者が年休を取得しようとする時季が「事業の正常な運営を妨げる場合」に、会社が別の時季に変更を求めることができる権利です(労働基準法39条5項)。

退職日に向けて年休が埋まっている場合は時季変更権を行使できない

 時季変更権は「別の時季に変更する」ことを前提としています。しかし本人がやめる予定であり、退職日に向けて年休消化の日程が埋まっている場合、「別の時季」に変更する余地がありません。変更先がない時季変更権は、法律上行使できないと解されています。

 また、「調査のために出社させたい」「事情を聞きたい」という会社の都合は、「事業の正常な運営を妨げる」という時季変更権の要件には当たりません。時季変更権は業務上の必要性を根拠とするものであり、懲戒調査のためというのはその要件を満たしません。

 この法律上の限界を理解した上で、時季変更権以外の方法で対応を進めることが必要です。

03在宅中でも調査は進められる——質問書の送付

 年休消化中は出社しないため、対面での聞き取りができません。しかし「出社しないから調査できない」ということにはなりません。在宅中であっても、書面による弁解の機会を与えることは十分に可能です。

質問書を郵送・メールで送付する

 確認したい事実について質問書を作成し、郵送・メール等で本人に送付してください。質問書には回答期限を設けて、その期限までに書面またはメールで回答するよう求めてください。

 質問書で聞く内容は、確認したい事実の5W1H——いつ・どこで・誰が・何を・どのようにやったのか——を具体的に質問する形にします。「〇〇という事実があったと会社では認識しているが、これは正しいか。正しくないとすればどう違うのか」という形で聞くと、本人が否定する場合にその理由を書かせることができます。

質問書を送付することで生じる二つの結果 回答が来た場合:その内容が事実確認の重要な材料になる。本人が認めた部分については懲戒処分・退職金不支給・刑事告訴の根拠として使える

回答が来なかった場合:「調査に協力しなかった」という事実として記録に残る。後の手続きで「弁解の機会を与えたが応じなかった」と主張できる

 どちらに転んでも会社側の記録として残すことができます。質問書を送らずにいると「弁解の機会を与えなかった」と後から言われることがあります。出社しないからこそ、書面での弁解機会の付与を確実に行ってください。

送付方法は記録が残る形で

 質問書の送付は、送達した事実が記録に残る方法で行ってください。郵送の場合は内容証明郵便または少なくとも配達記録付きの書留にしてください。メールの場合は送信記録が残ります。メールと郵便の両方を使うことで、確実に相手に届いた事実を記録できます。

04独自調査で客観的証拠を固める——本人なしで進める

 本人が出社しない間、会社は独自に客観的証拠の収集・整理を進めることができます。本人に質問しなくても、客観的な資料は会社が独自に収集・分析することができるからです。

税理士・会計士と連携した調査

 横領・不正受給は金銭の流れに関わる問題ですから、会計的な調査が有効です。自社の顧問税理士や会計士に依頼して、帳簿・口座記録・経費の申請内容などを詳細にチェックしてもらうことで、不正行為の全容を客観的資料から明らかにしていくことができます。

 こういった専門家の目を通した調査は、証拠の信用性が高まります。「専門家が調査した結果、このような不正が確認された」という事実は、後の法的手続き(懲戒処分・訴訟・刑事告訴)においても有力な根拠になります。

その他の客観的資料の収集

収集すべき資料 ポイント
法人口座・経費口座の取引記録 金融機関から取引明細を取り寄せて時系列で整理する。不審な出金の日時・金額・先を特定する
手当・経費の申請書類 申請内容と実態(実際の通勤経路・出張先等)を照合する。差異がある部分が不正の証拠になる
社内関係者からの聴取 他の社員・上司・同僚から、本人の行動・言動・業務上の不審点について聴取する。複数の人から一致した事実が出てくることが重要
取引先との照合 架空発注・水増し請求等が疑われる場合は、取引先に照会して実際の取引内容を確認する

 こういった独自調査を退職日までの間(年休消化期間中)に並行して進めることで、退職後の手続きに必要な証拠を事前に確保しておくことができます。本人が調査に協力しなくても、客観的な証拠が揃っていれば、懲戒処分・退職金不支給・刑事告訴の根拠を作ることができます。

05退職金不支給——規程の確認と「懲戒解雇事由がある時」の要件

 横領・不正受給をやった社員に退職金を払いたくないというのは、当然の感情です。退職金を不支給にできるかどうかは、自社の就業規則・退職金規程の定め次第です。

規程の確認——「懲戒解雇事由がある時」という条文があるか

 まず自社の退職金規程を確認してください。「懲戒解雇事由がある場合は退職金を不支給とする(または減額する)」という条文がある場合は、実際に懲戒解雇の手続きを取らなくても、懲戒解雇に当たる事由(横領・不正受給)があれば退職金を不支給にできます。

 このように「懲戒解雇事由がある時」という要件での不支給規定は、近年多くの会社で採用されています。年休消化してやめていくケースのように、懲戒解雇の手続きを取りにくい状況でも、不支給の根拠として使えるという点で非常に重要な規定です。

規程の条文パターン 実際の懲戒解雇なしで不支給にできるか
「懲戒解雇事由がある場合は不支給」 できる。懲戒解雇の手続きを取らなくても、懲戒解雇に相当する事由(横領等)があれば不支給の根拠になる
「懲戒解雇した場合は不支給」 原則としてできない。実際に懲戒解雇の手続きを経なければ不支給の根拠にならない

退職金不支給の通知は退職日前に行う

 退職金不支給の判断をした場合は、退職日前に書面で本人に通知してください。退職日後に通知すると、「退職時には不支給の話がなかった」という争いの口実になります。年休消化期間中に不支給を通知する場合は、質問書と合わせて送付することが効率的です。

 また退職金全額の不支給については、裁判で争われることがあります。特に長期勤続の社員の場合、不正行為があっても退職金の全額不支給は認められず、一部支給を命じられることがあります。不支給とするか一部支給とするかの判断は弁護士に相談してから決めてください。

06懲戒解雇をするかどうか——2週間以内の難しい判断

 年休消化しながら退職するケースで最も難しい判断の一つが、懲戒解雇をするかどうかです。

なぜ難しいのか——本人が調査を拒否している状況での判断

 懲戒解雇を有効に行うためには、原則として本人に弁解の機会を与えた上で事実を確定させ、その事実に基づいて処分を決定するというプロセスを踏む必要があります。しかし年休消化中の本人は出社しておらず、質問書を送っても回答しないことが多いです。本人が調査に協力していない状況での懲戒解雇は、「事実確定が不十分なまま処分した」と争われるリスクが残ります。

 一方、退職が成立してしまった後は懲戒解雇ができなくなります(民法627条)。この2週間という時間的制約の中で、事実確定が不十分であっても懲戒解雇に踏み込むかどうかを判断しなければなりません。

弁護士と協議して判断する

 懲戒解雇をするかどうかの判断は、以下の点を弁護士と協議した上で行ってください。

  • 独自調査で収集できた客観的証拠の質と量——懲戒解雇の根拠として十分かどうか
  • 質問書への回答状況——弁解の機会を与えたが応じなかったという事実が記録されているか
  • 不正行為の内容・金額・悪質性——懲戒解雇が客観的に相当な重さかどうか
  • 懲戒解雇が有効に成立できる見通し——「高確率で有効」「五分五分」「難しい」
  • 退職金規程の条文——「懲戒解雇事由がある場合」で不支給にできるなら懲戒解雇にこだわらなくてよい場面もある

 これらの要素を総合的に考慮した上で、弁護士の意見を踏まえて最終判断を行ってください。「示しがつかないから懲戒解雇」という気持ちだけで判断することは避けてください。

07刑事告訴をするかどうか——会社の方針次第

 横領・不正受給について刑事告訴するかどうかは、会社によって判断が大きく分かれます。年休消化して去っていくケースのように、本人が調査に協力せずにやめてしまう場合、刑事告訴を検討する会社は少なくありません。

刑事告訴のメリットと現実

 刑事告訴することで、警察・検察が捜査を行い、証拠が揃えば起訴・有罪判決という流れになります。刑事上の結論として被疑者が有罪になれば、民事上の返還請求においても事実認定上有利になります。また告訴の事実そのものが、元社員に対して「逃げ切れない」というプレッシャーをかける効果もあります。

 ただし刑事告訴は必ず受理されるわけではなく、警察が捜査をする義務が生じるものでもありません。被害額が小さい場合や証拠が不十分な場合は、捜査が進まないこともあります。また告訴してから結果が出るまでに相当の時間がかかることも覚悟する必要があります。

判断する際の考慮要素

 刑事告訴をするかどうかは、以下の要素を考慮して会社が判断します。弁護士と対話しながら、会社としてどうするかを決めてください。

  • 被害金額の大きさ——告訴の手間・費用に見合うかどうか
  • 客観的証拠の充実度——告訴しても捜査が進む可能性がどのくらいあるか
  • 被害回復の状況——返還が全くされていない場合は告訴の実効性が高まる
  • 会社のコンプライアンス方針——「こういった問題は必ず告訴する」という方針があるか
  • 社内外への影響——告訴が公になることで取引先・他の社員への影響がどうか

 刑事告訴は退職後でも行うことができます。退職日までの間に結論を出す必要はありませんが、証拠保全の観点から、退職前に客観的証拠を確実に確保しておくことが前提になります。

08退職後の対応——回収・告訴の継続可能性

 本人が退職してしまった後でも、諦める必要はありません。退職後もできることはあります。

 金銭の返還については、退職前に返還合意書を取得できていれば、それを根拠として支払督促・民事訴訟・強制執行の法的手続きに進むことができます。返還合意書を取得できていなかった場合でも、客観的証拠(口座記録・申請書類・専門家による調査報告等)をもとに不当利得返還請求や損害賠償請求を提起することができます。

 刑事告訴は退職後でも行うことができます。証拠が揃っていれば、退職後に告訴するという選択肢も有効です。

 ただし退職後は本人への連絡・交渉が難しくなり、強制執行するためには相手の財産を特定する必要があります。相手の財産状況次第では、判決が出ても実際の回収が困難になることもあります。こういった現実を踏まえた上で、退職前にできることをできる限り行っておくことが重要です。

 なお、退職後に弁護士を立ててきた場合や、労働審判・訴訟を起こしてきた場合は、今まで積み上げてきた証拠・記録が会社の反論の根拠になります。質問書の送付記録・独自調査の報告書・退職金不支給の通知書など、退職日までの間に作成したすべての記録を保存しておいてください。

SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

 

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。横領・不正受給した社員が年休消化してやめていくケースでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。

Q&Aよくある質問

Q1. 有給休暇を使わせないよう時季変更権を行使できますか。

A. 退職日に向けて年休が消化されるスケジュールが確定している場合、時季変更権は原則として使えません。時季変更権は「別の時季に変更する」ことを前提としていますが、退職日までの間に変更先がない場合には行使できないと解されています。また懲戒調査への協力のために出社させたいという理由は、時季変更権の「事業の正常な運営を妨げる」という要件を満たしません。

Q2. 本人が出社しないため事実確認できません。どうすればよいですか。

A. 質問書を郵送・メール等で送付し、回答期限を設けて書面での弁解を求めてください。出社しなくても弁解の機会を与えることは可能です。回答があればそれが事実確認の材料になり、回答がなければ「調査に協力しなかった」という事実として記録に残ります。同時に、税理士・会計士と連携した独自調査(口座記録・申請書類の照合等)を進め、本人なしで客観的証拠を固めてください。

Q3. 退職金を払いたくありません。払わなくてよいですか。

A. 自社の退職金規程の条文を確認してください。「懲戒解雇事由がある場合は退職金を不支給とする」という規定がある場合は、懲戒解雇の手続きを取らなくても不支給の根拠にできます。「懲戒解雇した場合は不支給」という条文の場合は、懲戒解雇の手続きが必要になります。また退職金全額の不支給は裁判で争われることがあります。退職金の取り扱いは弁護士に相談した上で決めてください。

Q4. 懲戒解雇をするかどうかを年休消化中に判断しなければなりませんか。

A. 退職届提出から2週間で退職が成立するため(民法627条)、懲戒解雇をするかどうかの判断は事実上2週間以内に行わなければなりません。退職が成立した後に懲戒解雇はできなくなります。ただし、本人が調査に協力していない状況での懲戒解雇は事実確定が不十分になるリスクもあります。退職金規程で「懲戒解雇事由がある場合」に不支給にできるなら、懲戒解雇にこだわらなくてよい場合もあります。速やかに弁護士に相談して判断してください。

Q5. 退職してしまいましたが、刑事告訴はできますか。

A. 刑事告訴は退職後でも行うことができます。退職前に客観的証拠(口座記録・申請書類・専門家による調査報告等)を確保できていれば、それを根拠として告訴することが可能です。ただし被害金額が小さい場合や証拠が不十分な場合は、捜査が進まないこともあります。刑事告訴をするかどうか、証拠の十分性はどうかについて弁護士にご相談ください。

最終更新日:2026年5月10日

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