労働問題61 パワハラが疑われる管理職の注意指導
解説動画
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「注意するとモチベーションが下がる」という懸念は視野が狭い パワハラをしている管理職のモチベーションだけ考えていては、周りで嫌な思いをしている社員全員のモチベーションを見落とす。社長が配慮すべきは社員・パートアルバイトも含めた全員のモチベーション。パワハラを放置することは周りの社員を見放すことになる |
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逃げない。早期に注意することが原則 「モチベーションが下がる」「怖い人だから」と先延ばしにしている間に問題はエスカレートする。配置転換が必要なほどひどくなったのは、早期対応しなかった結果。被害が大きくなる前の早い段階で動けば、小さな注意で済んでいたことも多い |
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注意指導は具体的な事実ベースで——「大声が出ている」という事実を示す 大声は計画的でなく無意識のことが多い。「あなたは大声だ」と言うだけでは実感が伴わない。「何月何日の何時頃、どこで、誰に対してこういう言い方をした」という具体的事実を示すことで初めて本人が実感でき、複数の被害者事例が集まると「言いがかりではない」という説得力が増す |
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早く動けばモチベーション低下は小さい——放置してひどくなってから注意するから大きく下がる 初期の段階で注意されて直す場合のモチベーション低下は小さい。放置した結果とんでもないパワハラになってから強く注意・懲戒処分になるから大きく下がる。問題が小さいうちに注意することが、管理職自身のためにもなる |
目次
01この相談の構図——配置転換で問題を先送りするリスク
今回解説する相談は、次のような状況です。「大声を出して圧力をかけるなどのパワハラの訴えが複数の部下からあった。当該管理職の配置転換をすることにしたが、配転先でも同様の行為をする懸念がある。パワハラを注意するとモチベーションが下がるのではないかと懸念している。」
この相談からは、いくつかの重要な構図が見えてきます。まず配置転換という判断自体は、一時的な被害者の救済という意味では一定の意味があります。問題のある管理職と被害を訴えている部下を引き離すことで、当面の問題は抑えられます。
しかし相談者自身が気づいているように、行動を改めさせなければ配転先でも同じことが起きます。問題を解決せずに場所を変えただけでは、次の部署の部下が犠牲になるだけです。このことを相談者はよく理解しているからこそ、迷っているわけです。
答えははっきりしています。逃げてはいけません。本当にパワハラと評価できるほどひどいことをやっているのであれば、早めにしっかり注意指導を行うことが大事です。
02「モチベーションが下がる」という懸念への答え——全社員のモチベーションを考える
「注意するとモチベーションが下がるのではないか」という懸念は、経営者として理解できる感情です。しかしこの懸念には、視野が狭いという根本的な問題があります。
モチベーションへの配慮が必要なのは、その管理職一人だけではありません。社長が考えなければならないのは、社員全員・パートアルバイトも含めて働いてくれているすべての方々のモチベーションです。
パワハラを放置することは周りの社員を見放すことになる
その管理職のパワハラがひどいにもかかわらず、社長がほっぱらかしにしていたら周りの社員はどう感じるでしょうか。「社長に見放された」「こんな会社で一緒に働いていられるか」という気持ちになり、やめてしまうかもしれません。
今回のケースで配置転換を行ったことで、一応その部署の社員は救われました。しかし問題を解決せずに別の部署に配置転換したなら、そちらの部署の部下たちが次の犠牲者になります。これでは問題を先送りしているにすぎません。
パワハラをしている管理職一人のモチベーションを守ろうとして、その周りで嫌な思いをしている複数の社員のモチベーションを下げ続けることは、会社全体として見ると大きな損失です。社長が守らなければならないのは全員です。
03逃げない——問題が大きくなる前に早く動くことが原則
「怖い人だから言いにくい」「言い返されてきてこちらも大変だ」という気持ちは分かります。しかしそこは覚悟を決めていただく必要があります。
今回のケースで配置転換が必要なほど問題が大きくなったのはなぜでしょうか。多くの場合、最初の段階で対応しなかったからです。パワハラというのは、最初からとんでもないほどひどいレベルでやっているわけではないことが多いです。最初はほどほどのひどさだったのが、注意されないことでどんどんエスカレートしていくケースが多いです。
初期の段階でしっかり情報を仕入れて動いていれば、ちょっと気をつけてもらうだけで問題は解決していたかもしれません。小さな問題のうちに注意すれば、大ごとにもならず、相手のモチベーション低下もはるかに小さく抑えられます。
社長の耳にパワハラ的な言動の情報が入ってきた段階で、「これはどういうことなのか」とすぐに確認してみてください。早い段階で情報を仕入れて対応することが、問題の拡大を防ぐ最も効果的な方法です。
04注意指導の方法——具体的な事実をベースに話す
パワハラが疑われる管理職への注意指導で最も重要なのは、具体的に直してもらいたい言動を指摘して、どう直せばよいかを伝えることです。
今回のケースでは「大声を出して圧力をかける」という言動が問題とされていますから、中心的な注意内容は「注意すべきことがあったとき、もっと声を落として話してください」という形になります。
しかしそれだけでは、相手が「なぜそんなことを言われるのか」と納得できないことがあります。そこで裏付けとなる具体的な事実の提示が必要になります。「何月何日の何時頃、どこで、誰に対して、どのような言い方をしたか」という具体的な事実をベースに話すことで、指摘に実感と説得力が生まれます。
「〇月〇日の午後3時頃、第2会議室で〇〇さんに指示を出した際に、周りの社員が驚くほど大きな声を出していたと複数の方から聞いています。あなたはそのつもりがなかったかもしれませんが、〇〇さんはとても怖かったと言っています。今後は、注意すべきことがある場合は声を落として話すようにしてください。」
05大声は無意識のことが多い——実感を持てる指導のやり方
パワハラ的な言動の中でも、「大声を出す」という行為は、計画的・意図的にやっているケースはごく一部です。多くの場合、本人は自分が大声を出しているという自覚がありません。無意識に声が大きくなっているのです。
無意識にやっていることは、本人が気づいていないことも多いです。「あなたは大声だ」と言われても、「そんなつもりはなかった」「言いがかりをつけられている」と感じる方も多くいます。だから注意指導が難しく、なかなか治らないのです。
具体的な事実が「実感」を生む
「何月何日の何時頃、どこで、誰に対して、こういう言い方をした」という具体的な事実を示すことで、本人に「あの時、自分はそういう風に聞こえていたのか」という実感が生まれます。自分はそのつもりはなかったけれど、そう感じさせてしまったのなら直さなければいけないか、という気になりやすくなります。
複数の被害者事例が説得力を高める
さらに、2人・3人・4人と複数の方から同様の事実が確認されているとなれば、説得力はさらに増します。1件だけであれば「あの人との相性が悪かっただけ」と思うかもしれませんが、複数の部下それぞれに対して具体的な事実が積み重なっていれば、「言いがかりではない、自分の言動に問題がある」という認識を持ちやすくなります。
この場で社長が自分のことを嫌いだから意地悪で言っているわけではないということも伝わり、注意指導に説得力が生まれます。こうすることで本人が直そうという気になりやすくなります。
06被害者が名前を出したくない場合の対応
ここで一つの難問が生じます。被害者とされる方々が「自分の名前は出さないでほしい。職場でこれからも付き合っていかなければならないから表に立ちたくない」と言うケースが多いのです。
名前が出せないと具体的な指導が難しくなる
「何月何日の何時頃、どこで誰に対して何をやったか」という具体的な事実の話をすると、被害者とされる方が誰であるかが実質的に特定されてしまいます。名前を出さないという約束のもとで情報を得た場合、その具体的な事実を使って加害者と話すことは約束違反になりえます。
基本は被害者の意向を尊重する
基本的な対応として、被害者の意向は尊重してください。名前を出さないと約束して情報を得たのに、その約束を破ると、以後社員からの情報が全く入らなくなります。「社長に相談すると名前をばらされる」という認識が広まると、誰も相談しなくなってしまいます。信頼関係を守ることが長期的な観点から重要です。
名前が出せない・客観的証拠もなく目撃者もいないという状況では、踏み込んだ懲戒処分は難しくなります。そのような場合は、「今後の言動をしっかり見ていく」というレベルの対応にとどまらざるを得ないこともあります。
例外——あまりにもひどい場合は説得して同意を得た上で
例外として、あまりにもひどいパワハラであり会社として放置できない場合は、被害者の方をしっかり説得して同意を得た上で踏み込んだ調査に進むことが理論的にはあり得ます。特に配置転換(転勤)を伴い、加害者と被害者が今後ほとんど接触しない状況になるという場合は、選択肢として考えられます。
ただしこの場合でも、被害者の方の協力なしには調査が難しくなるため、「名前を出すことに同意してもらえるよう丁寧に説得する」というプロセスを省略することはできません。
07早く動けばモチベーション低下は小さい——先延ばしが問題を悪化させる
「注意するとモチベーションが下がる」という懸念に対する最後の答えがここにあります。
問題が小さいうちに注意されて直す場合、モチベーション低下はそれほど大きくありません。「そういうことがあったのか、気をつけます」という形で対応できるからです。
モチベーション低下が大きくなるのはどんな場合でしょうか。「モチベーションが下がるのでは」「パワハラとまでは言えないのでは」と先延ばしにした結果、問題がどんどんエスカレートしてとんでもないレベルのパワハラになってから、強い注意・懲戒処分・配置転換という話になるときです。それこそモチベーションが大きく下がります。
つまり、問題が小さいうちに早く動くことは、管理職自身のためにもなります。「ちょっと気をつけてほしい」という小さな注意で済むうちに対応してもらえる方が、本人にとっても大きな問題に発展しなくて済むからです。
モチベーションへの配慮という観点からも、早く動くことが正解です。管理職一人のモチベーションを守ろうとして先延ばしにした結果、その管理職自身もより大きなモチベーション低下を経験することになり、周りの社員全員のモチベーションも下がり続ける——これが先延ばしの代償です。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。パワハラが疑われる管理職への対応でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
Q&Aよくある質問
Q1. 「あの管理職を注意するとモチベーションが下がって辞めてしまうかもしれない」という懸念があります。
A. 考えるべきはその管理職一人のモチベーションだけではありません。その管理職のパワハラによって嫌な思いをしている社員たちのモチベーションも守らなければなりません。パワハラを放置すれば周りの社員が「社長に見放された」と感じてやめていくリスクがあります。また問題が小さいうちに注意することは、管理職自身も大きな処分を受けずに済むため、長い目で見れば管理職のためにもなります。
Q2. 管理職に「大声を出している」と注意しましたが「そんなつもりはない」と言って全く改善しません。
A. 大声は無意識のことが多く「そんなつもりはない」という受け止め方は珍しくありません。「つもり」ではなく具体的な事実を示すことが重要です。「〇月〇日の〇時頃、〇〇という場所で、〇〇さんに対してこういう言い方をしたと複数の方から聞いています」という形で、日時・場所・相手・言動の具体的な事実を示してください。複数の被害者の事実が積み重なることで、言いがかりではないという説得力が増します。
Q3. 被害者が「名前は絶対に出さないで」と言っています。それでも管理職に注意できますか。
A. 名前を出さないという約束は基本的に守ってください。具体的な事実を話すと被害者が特定されてしまうため、踏み込んだ指導はできなくなります。その場合は「パワハラ的な言動があるという情報を得ているため、今後の言動をしっかり注視する」というレベルの対応になります。被害者に「名前を出さないと踏み込んだ対応が難しい」という現実を丁寧に説明し、どうするかを選んでもらってください。
Q4. 配置転換だけでパワハラへの対応として十分ですか。
A. 配置転換は当面の被害者救済にはなりますが、行動を改めさせなければ配転先でも同じことが起きます。問題の根本的な解決にはなりません。配置転換はあくまで緊急措置として、並行して具体的な事実に基づいた注意指導・必要に応じた懲戒処分を進めることが必要です。注意指導の進め方については弁護士に相談してください。
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最終更新日:2026年5月10日