労働問題144 労務提供可否の判断基準となる業務の選び方【会社側弁護士が解説】
精神疾患が疑われる社員への対応を検討する際、「債務の本旨に従った労務提供ができるかどうか」を判断することが必要になります。しかし、この判断をどの業務を基準に行えばよいかは、労働契約の内容や会社の規模によって異なります。
特に重要なのが、片山組事件最高裁判決(平成10年4月9日)です。この判決は、職種限定のない正社員については、現在担当している業務だけでなく、配置される現実的可能性がある他の業務についても就労可能かどうかを検討しなければならないと示しており、実務上の対応に大きな影響を与えています。
本ページでは、労務提供の可否判断の基準となる業務の選び方について、会社側・使用者側専門の弁護士が解説します。
01職種・業務内容を特定した労働契約の場合の判断方法
職種や業務内容を特定して労働契約が締結された場合(例えば「システムエンジニアとして採用」「営業職として採用」など)、債務の本旨に従った労務提供ができるかどうかは、その特定された職種・業務について判断します。
例えば、システムエンジニアとして採用された社員が精神疾患を発症して開発業務が不可能になった場合、軽作業(倉庫での荷物整理等)なら可能だという事情があっても、当初の特定業務(システムエンジニア業務)ができなければ就労不能と評価される可能性が高いといえます。
ただし、この判断は個別の事情によって異なります。採用時の経緯・労働契約書の記載内容・実際の業務の実態などを精査した上で判断することが必要であり、会社側弁護士に相談しながら進めることをお勧めします。
02職種・業務内容を特定しない労働契約の場合と片山組事件最高裁判決
職種や業務内容を特定せずに労働契約が締結されている場合(正社員として包括的に採用されている場合等)は、基本的には現に就業を命じた業務について債務の本旨に従った労務提供ができるかどうかを判断します。
しかし、ここで重要な判例があります。片山組事件最高裁平成10年4月9日第一小法廷判決は、「現に就業を命じた業務について労務の提供が十分にできないとしても、当該社員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供ができ、かつ本人がその労務の提供を申し出ているのであれば、債務の本旨に従った履行の提供があると評価される」と判示しています。
したがって、職種限定のない正社員の場合は、現在担当している業務だけでなく、その社員が配置される現実的可能性がある他の業務についても就労可能かどうかを検討する必要があります。この「現実的可能性」の有無は、会社の規模・業種・社員の能力・他部署の状況等によって個別に判断されます。
03「配置される現実的可能性がある他の業務」の範囲と実務上の影響
片山組事件判決の射程は「職種限定のない正社員」に及ぶため、規模の大きい会社ほど「配置される現実的可能性がある他の業務」の範囲が広くなる傾向があります。大企業であれば多数の部署・職種が存在するため、他業務への配置可能性を広く検討しなければならないことになります。
他方、中小企業においては、組織規模が小さく他の業務への配置可能性が実質的に限られている場合も多く、「現実的可能性」が認められる業務の範囲は相対的に狭くなることがあります。ただし、これは個別事情によるものであり、自社の判断だけで決定することは危険です。
精神疾患を発症した正社員について就労不能・休職・解雇を判断する際は、他部署・他職種への配置可能性を検討したかどうかが後の紛争で問題になることがあります。弁護士と事前に十分に検討することが不可欠です。
04判断を誤った場合のリスクと会社側の備え
労務提供の可否判断を誤った場合、解雇が無効とされるリスクや、休職命令が違法とされるリスクが生じます。「この社員は就労不能だから解雇してよい」と判断したところ、後の裁判で「配置される現実的可能性がある他の業務への異動を検討すべきだった」と判断される可能性があります。
このようなリスクを避けるためには、就業規則の整備(休職規定・職種変更規定の整備)・採用時の労働契約書の作成(職種限定の明確化)・精神疾患が疑われた時点での早期の弁護士相談が重要です。
弁護士法人四谷麹町法律事務所では、精神疾患社員への対応・就労不能の判断・休職・解雇手続に関する豊富な経験を有しており、使用者側の視点から実務的なアドバイスを提供しています。労働問題でお困りの会社経営者の皆様は、ぜひご相談ください。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。労務提供の可否判断でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
Q&Aよくある質問
Q1. 片山組事件判決はどのような事案でしたか。
A. 片山組事件は、正社員として雇用された社員がある業務について就労不能になった場合に、他の業務への就労可能性も考慮して労務提供の可否を判断すべきとした最高裁判決です(平成10年4月9日)。職種限定のない正社員については、現在の業務だけでなく配置される現実的可能性がある他の業務についても検討が必要であるとしました。
Q2. 中小企業でも片山組事件判決を考慮しなければなりませんか。
A. 中小企業においても職種限定のない正社員に対しては原則として片山組事件判決の考え方が適用されます。ただし、中小企業では組織規模が小さく他業務への配置可能性が実質的に限られている場合も多いため、「配置される現実的可能性がある他の業務」の範囲は相対的に狭くなることがあります。具体的な判断は弁護士に相談することをお勧めします。
Q3. 採用時に職種を特定しておくことのメリットは何ですか。
A. 採用時に労働契約書で職種を明確に特定しておくことで、精神疾患等による就労不能の判断をその職種の業務に絞ることができます。職種限定がない場合に比べて、会社として他業務への配置可能性を広く検討する必要が生じにくくなります。ただし、採用時の職種特定が後の人事異動を制限する可能性もあるため、弁護士に相談の上で判断することをお勧めします。
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最終更新日:2026年5月10日