労働問題137 精神疾患が疑われる社員への会社側対応——安全配慮義務(労契法5条)に基づく4つの初動ステップ【会社側弁護士が解説】
遅刻・欠勤が急増し、集中力が低下して単純ミスが増えるなど、精神疾患発症が疑われる社員が職場に現れたとき、経営者はどう対応すべきでしょうか。「様子を見ていればそのうち回復するだろう」という判断は、法的に許されません。
使用者は社員の生命・身体・精神の健康に対して安全配慮義務を負っており(労働契約法5条)、精神疾患が疑われる兆候を見ながら放置した場合、損害賠償責任を負うリスクがあります(東芝〔うつ病・解雇〕事件・最高裁平成26年3月24日判決参照)。「本人から申告がなかったから知らなかった」という弁解は通用しません。本稿では、精神疾患発症が疑われるサインの見分け方、会社として取るべき4つの初動対応ステップ、そして絶対に避けるべき対応を、使用者側専門の弁護士が解説します。
01安全配慮義務とは——放置が許されない法的根拠
労働契約法5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定しています。この「生命、身体等」には精神的健康も含まれます。
最高裁平成26年3月24日判決(東芝〔うつ病・解雇〕事件)は、「メンタルヘルスに関する情報については社員本人からの積極的な申告が期待し難い」ことを前提として、使用者側が積極的に対応する義務があることを明示しました。精神疾患の兆候を把握しながら放置することは、安全配慮義務違反として損害賠償請求の対象となります。
02精神疾患発症が疑われるサインを見逃さない
以下の変化が現れた場合は、精神疾患の発症を疑って早期に対応することが必要です。勤怠・行動面のサインとして、遅刻・欠勤・早退の急増(特に「体調不良」「頭痛」「腹痛」などの理由が増える)、無断欠勤・無断遅刻、有給休暇の突発的な取得が増える、会議や朝礼への参加を避けるようになる、昼休みに席を外さなくなる・食欲の変化が見られるといった変化が挙げられます。
業務パフォーマンス面のサインとして、集中力・判断力の低下による単純ミスの急増、これまでできていた業務に時間がかかるようになる、報告・連絡・相談が減る、仕事の抜け漏れ・納期遅延が増えるといった変化があります。対人・言動面のサインとして、表情が暗い・覇気がなくなる、同僚とのコミュニケーションが減る、些細なことで感情的になる、「消えたい」「死にたい」など自傷・自殺を示唆する発言をするといった変化があります。特に最後の場合は直ちに専門家に相談が必要です。
03実務上の4つの初動対応ステップ
①具体的問題点の記録と指摘として、遅刻・欠勤の日時・回数、ミスの具体的内容・日時、業務上の問題点を客観的に記録します。記録は後の対応の証拠にもなり、社員に具体的に問題点を伝える際の根拠にもなります。「最近、○月○日に遅刻が△回あり、○○の業務でこのようなミスがあった」と具体的に伝え、本人の状況を把握する面談を行います。②医療機関受診の勧奨として、「最近、体調はいかがですか。お体のことが心配なので、一度、医療機関を受診してみてはいかがでしょうか」と声をかけ、受診を勧奨します。精神疾患の疑いがあることを直接指摘することは本人を傷つけるリスクがあるため、「体調面が心配」という形で声をかけるのが実務上の定石です。受診勧奨の事実と本人の応答は記録に残します。
③産業医面談の活用として、産業医がいる場合(常時50人以上の事業場は選任義務あり・労安衛法13条)は産業医面談を設定します。産業医は医学的観点から就業上の配慮事項を判断できるため、その後の対応方針を決める上で重要な役割を果たします。産業医がいない場合は、外部の産業医サービスや地域産業保健センターの活用を検討します。④業務負荷の調整として、精神疾患の発症・悪化が疑われる場合は、時間外労働の免除・業務量の軽減・負担の重い業務(出張・深夜勤務等)の一時的な停止などの措置を取ります。これ自体が安全配慮義務の履行であり、後に「必要な措置を取っていた」という証拠にもなります。
04絶対にやってはいけない対応
以下の対応は、会社に重大な法的リスクをもたらします。精神疾患の兆候を把握しながら放置することは、安全配慮義務違反として損害賠償請求のリスクがあります。「気合が足りない」「根性がない」と精神論で叱責することは、ハラスメント・症状悪化のリスクがあります。精神疾患を理由に即座に解雇することは、解雇権濫用・不当解雇のリスクがあります。業務量を減らさず長時間労働を継続させることは、症状悪化・安全配慮義務違反のリスクがあります。
精神疾患が疑われる社員への対応は、会社側のリスク管理として非常に重要です。四谷麹町法律事務所では、安全配慮義務の履行・対応方針の設計・就業規則の整備について、使用者側弁護士として全国の経営者をサポートしています。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。精神疾患が疑われる社員への初動対応・安全配慮義務の履行でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
FAQよくある質問
Q1. 精神疾患が疑われる社員から本人申告がない場合でも、会社は対応が必要ですか?
はい、必要です。最高裁平成26年3月24日判決は、メンタルヘルスに関する情報については本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提として、使用者が積極的に対応する義務があることを明示しています。客観的に見て精神疾患の兆候があるにもかかわらず「申告がないから対応不要」という判断は、安全配慮義務違反として問われるリスクがあります。
Q2. 精神疾患の疑いがあることを社員本人に直接伝えてもよいですか?
直接「精神疾患の疑いがある」と伝えることは、本人を傷つけるリスクがあり慎重を要します。実務上は「体調面が心配なので、一度医療機関を受診してみてはいかがでしょうか」という形で受診勧奨を行うのが定石です。専門家(産業医・弁護士)と相談しながら進めることをお勧めします。
Q3. 精神疾患を発症した社員を解雇することはできますか?
精神疾患の発症のみを理由とした即時解雇は、解雇権濫用として無効となるリスクが高いです。まず休職制度の適用を検討し、休職期間が満了しても就業できる状態に回復しない場合に退職・解雇の手続きを行うことが実務上の一般的な流れです。具体的な判断は必ず弁護士に相談してください。
Q4. 産業医がいない会社ではどうすればよいですか?
産業医の選任義務がない50人未満の事業場でも、地域産業保健センター(各地域の医師会が運営)を通じて無料で産業医サービスを受けることができます。また、外部の産業医紹介サービスを利用する方法もあります。精神疾患が疑われる社員への対応については、かかりつけ医や専門機関への受診勧奨を行うことが最低限必要です。
関連関連ページ
- 精神疾患が疑われる社員から申告がない場合でも配慮が必要か——会社側の義務と実務対応【会社側弁護士が解説】
- 精神疾患を発症したが通常業務はできる社員への対応——就業可能性の判断と会社側の措置【会社側弁護士が解説】
- 精神疾患で長期間通常業務ができない社員への対応——休職命令と退職・解雇の実務フロー【会社側弁護士が解説】
最終更新日:2026年5月10日