労働問題138 精神疾患が疑われる社員から申告がなくても安全配慮義務は生じる——最高裁判例に基づく会社側の対応義務【会社側弁護士が解説】

 精神疾患が疑われる社員から何も申告がなかった場合、「本人が言ってこなかったのだから会社に責任はない」と考える経営者は少なくありません。しかし、この考え方は最高裁判例によって明確に否定されています。

 東芝〔うつ病・解雇〕事件最高裁平成26年3月24日第二小法廷判決は、「使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている」と明示しました。申告がなかったことは、安全配慮義務違反を免れる理由にはなりません。本稿では、「申告がなければ責任なし」という考え方がなぜ通用しないのか、精神疾患の特性と会社側の対応義務の範囲を、使用者側専門の弁護士が解説します。

01「申告がなければ責任なし」は通用しない——最高裁判決の明示

 労働契約法5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定しています。この安全配慮義務の内容について、最高裁は東芝うつ病解雇事件において重要な判断を下しました。

 同判決は、「使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている」と明示した上で、「メンタルヘルスに関する情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要がある」と判示しました。つまり、使用者は社員からの申告を待つのではなく、自ら積極的に状況を把握して対応する義務があるということです。この判断は、日本全国の経営者・人事担当者が知っておくべき重要な法的リスクです。

02なぜ社員は申告しないのか——精神疾患の特性

 メンタルヘルスに関する情報について社員本人からの積極的な申告が期待し難い理由は、精神疾患の特性にあります。①病識の欠如として、うつ病等の精神疾患は本人自身が「病気だ」と認識できないことが多くあります。「怠け」「気持ちの問題」「気合いが足りない」と思い込んで受診しないケースが少なくありません。そのため、会社に対して「体調不良で病院に行きます」と申告することが困難な状態にあります。

 ②スティグマへの恐れとして、精神疾患を申告することで職場での評価が下がる・不利益を受けると恐れている社員は多くいます。「メンタルがやられた」と思われたくない、「弱い人間だと思われたくない」という心理が申告を妨げます。③疾患による判断力・コミュニケーション能力の低下として、精神疾患そのものが判断力・コミュニケーション能力を低下させており、「助けを求める」という行動を取ることが困難になっています。これらの特性があるからこそ、最高裁は「使用者が自ら積極的に状況を把握して対応する義務がある」と判断しました。

03会社として取るべき具体的な対応

 申告がない場合でも、以下の状況を使用者が認識していれば、安全配慮義務の履行として必要な対応を取ることが求められます。①過重な業務が続いている中で体調の悪化が看取される場合として、業務量の軽減・時間外労働の免除・受診勧奨を行います。長時間労働が続いている社員に体調変化のサインが見られる場合は、特に早急な対応が必要です。②遅刻・欠勤・ミスの急増など職務行動の変化が見られる場合として、面談を設定し、体調を確認した上で医療機関受診や産業医面談を勧めます。面談では「体調が心配なので受診してみてはいかがでしょうか」という形で声をかけるのが実務上の定石です。

 ③本人が「大丈夫です」と答える場合として、メンタルヘルスの特性上、「大丈夫」という回答は額面通りには受け取れません。客観的な行動・勤怠の変化に注目して対応を継続することが重要です。「本人が大丈夫と言ったから対応しなかった」という主張は、安全配慮義務違反の弁解として裁判所では通用しにくいです。

04「本人から申告がなかった」という弁解が通じない典型的ケース

 月100時間を超える残業が続いた社員が精神疾患を発症し、会社が「本人は何も言ってこなかった」と主張したところ、裁判所は「それだけの残業量と体調悪化の兆候があれば認識できたはずだ」として安全配慮義務違反を認定した事例が多数あります。長時間労働と体調変化のサインがあった場合は特に注意が必要であり、以下の状況では「知らなかった」という弁解が通用しない可能性が高くなります。

 月45時間を超える残業が継続している中で遅刻・欠勤が増えた場合、上司が勤怠の変化に気づいていたにもかかわらず放置した場合、「体調が良くない」という発言や病欠が繰り返されていた場合、職場内でのコミュニケーションが著しく低下していた場合などが典型例です。こうした状況では、会社側弁護士としても安全配慮義務違反の責任を否定することが難しくなります。四谷麹町法律事務所では、精神疾患が疑われる社員への具体的な対応方針の設計・就業規則の整備について経営者をサポートしています。

SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。精神疾患が疑われる社員への安全配慮義務の対応でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

FAQよくある質問

Q1. 社員が「大丈夫です」と言っても、会社はなお対応が必要ですか?

 はい、必要です。最高裁判決は「メンタルヘルスに関する情報については積極的な申告が期待し難い」ことを前提としています。「大丈夫」という回答があっても、客観的な勤怠・行動の変化がある場合は、継続して状況を把握し必要に応じた対応(受診勧奨・業務量調整等)を行うことが求められます。

Q2. 安全配慮義務違反が認定された場合、会社にはどんな責任が生じますか?

 社員(または遺族)から損害賠償請求を受けるリスクがあります。具体的には、治療費・休業損害・慰謝料・逸失利益等が請求対象となり、事案によっては数千万円〜数億円規模の賠償が命じられることもあります。安全配慮義務違反への対応は、会社の存続に関わるリスク管理として取り組むことが重要です。

Q3. 安全配慮義務を果たしたことの証拠として何を残せばよいですか?

 受診勧奨を行った日時・内容と社員の応答を記録すること、業務量調整の措置を文書化すること、産業医面談の実施記録を保存すること、面談の議事録を作成することが重要です。「義務を果たしていた」という証拠を残すことが、後の紛争において会社を守ることになります。

Q4. 50人未満の会社で産業医がいない場合でも安全配慮義務はありますか?

 はい、安全配慮義務は会社規模に関わらず全ての使用者に課されています。産業医がいない場合でも、地域産業保健センターの活用・外部産業医サービスの利用・受診勧奨などで義務を果たすことができます。弁護士に相談しながら体制を整えることをお勧めします。

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最終更新日:2026年5月10日

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