労働問題132 合意退職の「錯誤無効」や「強迫取消」とは?退職届が無効になるリスクと対策

この記事の要点

「退職届があれば安心」は誤解です。客観的根拠のない懲戒解雇を盾に退職届を取得した場合、錯誤無効(民法95条)・強迫取消(民法96条)で退職の効力が覆る可能性があります。退職勧奨の場は「無断録音されている」という強い警戒心を持って臨んでください。

解雇の正当性を立証できない状況で「解雇になる」と断言することは、自ら時限爆弾を抱える行為です。

錯誤無効(民法95条):誤った認識のもとでの意思表示は無効になりうる

会社の説明が事実と異なり、その誤解がなければ退職しなかったと言える場合に主張されます。


強迫取消(民法96条):最大リスクは根拠のない「懲戒解雇」を盾にした取得

解雇の正当性を立証できない状況で「懲戒解雇になる」と断言して退職届を書かせた場合、強迫取消が成立します。


防衛策:「無断録音されている」前提で発言を管理する

録音が裁判で証拠になる現実を踏まえ、常に第三者に公開されても恥じない発言を心がけることが最大の防衛策です。

1. 退職届を覆す「錯誤無効」と「強迫取消」の仕組み

 退職届があれば合意の効力が確定していると考えがちですが、実務では提出された退職届であっても後にその効力が争われるケースが存在します。法的根拠として用いられるのが民法の「錯誤」と「強迫」です。

 錯誤(民法95条)とは、重要な事実について誤った認識のまま意思表示をした場合を指します。会社からの説明を信じて退職届を提出したものの、その説明が事実と異なっており、正しい事情を知っていれば退職しなかったといえる場合には、退職の意思表示が無効と主張される可能性があります。強迫(民法96条)とは、相手方から不当な害意を示され、その恐怖によって自由な意思決定が妨げられた場合をいいます。「懲戒解雇になる」という強い圧力の下で退職届を書かされた場合には、後からその退職を取り消すことができると主張されることがあります。これらが認められると退職の効力は遡って否定され、バックペイ・復職・慰謝料の支払いを命じられることがあります。

2. 典型的な失敗事例——根拠のない「懲戒解雇」の告知

 退職届の効力が後に争われるケースで実務上とくに多いのが、「解雇するぞ」という言葉を使って退職を迫るパターンです。具体的には、懲戒解雇に相当する事実が客観的に存在しないにもかかわらず、「このままでは懲戒解雇になる」と告知して退職届を書かせるケースです。

 この場合、社員側から「懲戒解雇になると信じさせられたから退職届を書いた(錯誤)」または「懲戒解雇という脅しによって書かされた(強迫)」と主張されるリスクがあります。これらの主張が裁判で認められれば、退職の効力は否定されます。解雇の正当性を立証できない状況で「解雇」という言葉を使うことは、会社が自ら時限爆弾を抱える行為に等しいと言えます。

✕ 絶対にしてはいけない発言例

「このままでは懲戒解雇になる。合意退職にすれば退職金が出る」→ 根拠がなければ強迫取消のリスク大。

「解雇になったら再就職で不利になるぞ」→ 不当な害意の示唆として強迫と評価されるリスクがあります。

3. 「無断録音」が経営者の誤算を招く

 退職勧奨の場が「密室」だと思い込んで不用意な発言をする経営者がいますが、現在の実務では退職勧奨の場が完全な密室であると考えるのは現実的ではありません。多くの労働者はスマートフォンで会話を録音することが容易であり、その録音データが裁判で証拠として提出されます。「無断録音されている」という強い警戒心を常に持ち、第三者に公開されても恥じない発言を心がけることが最大の防衛策です。

4. 「解雇」という言葉を使ってよい場合・悪い場合

 使ってよい場合:客観的な証拠に基づき解雇相当の事実が存在し、その法的評価として「このような状況が続けば解雇の可能性がある」と正確かつ冷静に説明する場合です。使ってはいけない場合:解雇の正当性を立証できない状況で「懲戒解雇になる」と断言したり、脅迫的なトーンで告知したりする場合です。後者は強迫取消(民法96条)の原因となり、退職の効力が覆るリスクがあります。

 退職勧奨の進め方・発言内容の適法性確認・退職合意書の設計について、弁護士へのご相談をお勧めします。→ 経営労働相談はこちら

5. まとめ——会社を守るための防衛策

 退職届があっても、その取得方法によっては錯誤無効(民法95条)・強迫取消(民法96条)で効力が覆るリスクがあります。最大のリスクは客観的根拠のない「懲戒解雇」を盾に退職届を書かせる行為です。防衛策は①客観的事実に基づく説明のみ行う、②「解雇」という言葉は根拠がある場合のみ正確に使う、③「無断録音されている」という覚悟で発言を管理する、の3点です。退職勧奨を検討する際は必ず事前に弁護士に相談することをお勧めします。

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弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 /  「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

 

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弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

 

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最終更新日 2026/04/10

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