労働問題372 労働協約を締結することができない場合や労働協約の効力が及ばない労働者の賃金を減額する方法としては、どのようなものが考えられますか。

この記事の要点

労働協約を締結できない場合や効力が及ばない労働者への賃金減額方法は、就業規則変更(労働契約法10条)または個別合意の2つ

368番で解説した3つの手法のうち、①労働協約が使えない場合の選択肢が②就業規則変更と③個別合意です

就業規則変更による賃金減額は対象者が多数の場合に有効だが、変更の合理性(労契法10条)が厳しく審査される——必要性・代償措置・説明協議の状況が問われる

「形式的に就業規則を変更した」だけでは有効な減額とは認められません

個別合意は特定の労働者への賃金減額に機動的に対応できるが、「形式的な同意書があれば足りる」わけではなく、自由意思に基づく合意かどうかが後日厳しく検証される

裁判所は形式ではなく実質を見ます

01労働協約が使えない場面——本記事で解説する対象

 368番では、賃金減額の3つの法的手法として①労働協約の締結、②就業規則変更、③個別合意を解説しました。このうち①の労働協約は、労働組合が存在する場合にのみ活用できる方法です。また、労働協約を締結できる場合であっても、370番で解説したとおり、労働協約の効力(規範的効力・一般的拘束力)が及ばない労働者が存在します。

 本記事では、次のような場面で使える賃金減額の方法を解説します。

労働協約による方法が使えない主な場面

・労働組合が存在しない会社(中小企業では多くがこのケース)
・少数組合の組合員(一般的拘束力が及ばない、370番参照)
・4分の3要件を満たしていない事業場の未組織労働者(370番参照)
・「著しく不合理な特段の事情」がある特定の未組織労働者(370番参照)
・そもそも会社に労働組合が結成されていない場合全般

 これらの場面では、就業規則変更または個別合意のいずれかによって賃金減額を行う必要があります。どちらを選択するかは、対象者の人数・減額幅・経営上の必要性の程度・個々の事情等によって異なります。

02方法①:就業規則変更による賃金減額——労働契約法10条の合理性要件

 就業規則を変更することによって賃金を引き下げる方法です。対象者が多数いる場合に一括して対応できる点が実務上の利点です。ただし、賃金の引下げは労働者にとって重大な不利益であるため、就業規則変更の有効性は「合理性」という観点から厳格に審査されます。

 労働契約法10条は、就業規則の変更が合理的であり、かつ変更後の就業規則が周知されている場合には、労働契約の内容となると定めています。ここでいう「合理性」の判断にあたっては、複数の要素が総合的に考慮されます(368番参照)。

就業規則変更による賃金減額の合理性判断で問われる5要素

① 変更(減額)の必要性の程度——他のコスト削減策を尽くしたか。役員報酬を先に削減したか
② 変更後の内容の相当性——減額幅は必要最小限か。対象範囲は適切か
③ 労働者が被る不利益の程度——生活への影響が重大なほど合理性のハードルは高い
④ 代償措置の有無——手当の新設・将来の賃金回復の約束など緩和措置があるか
⑤ 説明・協議の状況——従業員への説明が十分だったか。労使間の協議を経たか

合理性が否定されやすい典型的なケース

・「業績が悪いから」という理由だけで他のコスト削減策を十分に検討していない
・役員報酬は維持されたまま、従業員の賃金のみを先行して引き下げている
・減額幅が大きく、生活への影響が重大であるのに代償措置がない
・従業員への説明が不十分なまま一方的に実施した
・労使間の十分な協議・交渉を経ていない

 就業規則変更は、対象者が多数の場合に一括対応できる利点がありますが、合理性を欠く変更は無効となり、変更前賃金との差額全額を遡って支払う義務が生じます(368番参照)。

03方法②:個別合意による賃金減額——自由意思性が問われる落とし穴

 労働者本人との個別合意によって賃金を引き下げる方法です。特定の労働者への賃金減額に機動的に対応できる点が利点ですが、後日紛争となった場合に合意の有効性が厳しく検証されるリスがあります。

 会社経営者の立場からすれば、同意書に署名押印があれば足りると考えがちです。しかし、裁判所は形式ではなく実質を見ます。経営悪化を強調して心理的に圧力をかけていなかったか、拒否すれば不利益取扱いがあると示唆していなかったか、十分な説明があったか——といった事情が総合的に判断されます(山梨県民信用組合事件・最高裁平成28年2月19日等参照)。

個別合意を有効にするために最低限必要な要素
・減額の必要性・理由・減額幅・生活への影響について具体的かつ十分な説明を行っていること
・合意を求める際に断っても不利益はないことを明示していること
・回答するための十分な検討期間を与えていること
・合意内容・説明経過を書面で記録していること
・特に減額幅が大きい場合や生活への影響が重大な場合には、自由意思性がより厳しく問われることに注意

 また、個別合意は原則として合意した本人にしか効力が及びません。対象者が多数いる場合には全員から適法な同意を得る必要があり、実務負担は小さくありません。

042つの方法の比較と選択基準

 就業規則変更と個別合意の2つの方法を比較すると、それぞれ異なる特性とリスクがあります。自社の状況に応じた選択が重要です。

比較項目 就業規則変更 個別合意
法的根拠 労働契約法10条 意思自治(契約自由の原則)
適した対象 対象者が多数の場合に一括対応 特定の個人・少人数への対応
有効性の鍵 変更の合理性(5要素の充足)+周知 自由意思に基づく合意の確保
主なリスク 合理性を欠く場合、変更前賃金との差額全額の支払義務 自由意思性が否定されれば合意無効。全員分の同意取得の実務負担
組み合わせ 状況によっては両方を組み合わせる(就業規則変更で制度を整備した上で個別合意も取得する)ことでリスクをより低減できる場合がある

 どちらの方法を選択するかは、対象者の人数・減額の必要性の程度・減額幅・個々の事情等によって異なります。一般的には、対象者が多数の場合は就業規則変更を軸に考え、特定の個人への対応が必要な場合は個別合意を検討することになります。両方を組み合わせることも有効な選択肢です。

05方法を誤った場合の法的リスク

 就業規則変更・個別合意のいずれの方法を選択するにしても、手続を誤れば賃金減額が無効と判断される可能性があります。無効とされた場合、減額前賃金との差額について支払義務が生じます。

無効とされた場合のリスクの連鎖

リスク①(差額未払賃金の支払義務):賃金の時効(3年)の範囲で遡及して差額全額を支払う義務が生じる。対象者が複数いる場合、総額は相当規模になり得る(277番参照)。

リスク②(付加金・遅延損害金):訴訟に発展した場合、差額未払賃金に加えて付加金や遅延損害金が加算される可能性がある。当初削減しようとした額を大きく上回る負担となりかねない。

リスク③(従業員・企業への波及):紛争が表面化すれば、他の従業員のモチベーション低下や企業イメージへの影響が生じる可能性がある。

 賃金減額は「できるかどうか」ではなく「有効に減額できるかどうか」という視点で判断する必要があります(368番参照)。法的有効性を欠いた減額は単なるリスクの先送りにすぎません。

06まとめ

 労働協約を締結できない場合や効力が及ばない労働者の賃金を減額する方法は、就業規則変更(労働契約法10条)または個別合意の2つです。就業規則変更は対象者が多数の場合に有効ですが合理性の立証が必要であり、個別合意は機動的に対応できますが自由意思性の確保が必要です。どちらを選択するかは対象者の人数・減額幅・経営状況等によって異なり、両方を組み合わせることも有効です。いずれの方法でも手続を誤れば減額が無効とされ、差額の未払賃金を遡及して支払う義務が生じます。賃金減額は実行前の段階でどれだけ慎重に設計したかによって結果が決まります。具体的な方法の選択・制度設計については、使用者側弁護士のサポートを受けながら進めることをお勧めします。アドバイスします。

SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。賃金減額・就業規則変更・不利益変更でお悩みの会社経営者の方はご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。

Q&Aよくある質問

Q1. 就業規則変更と個別合意を組み合わせることはできますか。組み合わせるメリットはありますか。

A. できます。就業規則変更で賃金規程を改定した上で、個々の労働者からも個別合意(同意書)を取得することで、リスクをより低減できます。就業規則変更の合理性が否定されても個別合意が有効とされる可能性があり(またはその逆も)、双方を組み合わせることで万が一の場合の防御力が高まります。ただし、個別合意の取得にあたっては自由意思性の確保が必要です。

Q2. 就業規則変更の場合と個別合意の場合で、後日無効とされたときの差額支払義務の範囲に違いはありますか。

A. 基本的には同様です。いずれの方法でも無効とされた場合、賃金の時効(3年)の範囲で遡及して減額前賃金との差額を支払う義務が生じます。対象者の人数が多い場合、就業規則変更が無効とされれば差額の総額が大きくなる傾向があります。個別合意の場合は合意した本人分についてのみ差額が生じます。

Q3. 就業規則変更に反対している社員がいます。それでも変更は有効ですか。

A. 就業規則変更が合理性を備えており(労契法10条)、かつ変更後の就業規則が適切に周知されていれば、個々の労働者の反対があっても変更は有効となり得ます。ただし、変更の合理性の判断にあたっては、反対意見の内容・反対者の数・説明協議の経緯なども考慮事情となります。一方的な実施ではなく、十分な説明と協議を経ることが合理性を担保する上でも重要です。

Q4. 評価制度の変更に伴って特定の社員の年収が下がる場合も、就業規則変更の合理性や個別合意の問題になりますか。

A. 評価制度そのものが合理的に設計・運用されており、降格・評価低下に伴う賃金変動が就業規則等に予め定められている場合は、不利益変更の問題は生じにくいと考えられます。ただし、評価制度の新設・変更自体が不利益変更にあたる場合や、評価が恣意的・不公正に行われた場合には別の問題が生じます。制度設計の段階から使用者側弁護士に確認することをお勧めします。

最終更新日:2026年5月31日


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