労働問題342 残業代(割増賃金)込みだった月給の内訳を変更する場合の注意点を教えて下さい。

この記事の要点

残業代込みだった月給の内訳を変更することは、労働条件の不利益変更と判断される可能性が高い

「内訳を整理するだけ」でも、社員の側から見れば不利益になりうる変更です

使用者が一方的に社員の賃金の内訳を不利益に変更することはできない——社員から個別に同意書を取得する手続きが必要

「賃金内訳変更に関する同意書」「賃金規定変更に関する同意書」を確実に取得することが求められます

「全社員に説明したが誰からも異議が出ず、不平不満も言わずに働き続けている」だけでは、賃金内訳変更への同意があったとは言えない

「異議なし=同意」という思い込みは非常に危険です

賃金内訳の変更は定額残業代制度の適法な運用にも影響するため、使用者側弁護士の関与のもとで進めることが不可欠

同意取得の方法・タイミング・書式などは個別の状況に応じた対応が必要です

01なぜ月給の内訳変更が「不利益変更」になるのか

 341番で解説したとおり、残業代(割増賃金)込みで月給を設定していた場合に、その内訳を改めて「通常の労働時間・労働日の賃金」と「残業代(割増賃金)部分」とに分けて明確化するという変更を行う場合があります。例えば、「月給30万円(残業代込み)」を「基本給22万円+固定残業代8万円(40時間分)」という形に組み替えるケースです。

 この変更は、会社側の意図としては「内訳を整理・明確化するだけ」であっても、社員の側から見れば労働条件の不利益変更と判断される可能性が高いです。その理由は、「残業代込み30万円」の状態では月の残業時間に関わらず必ず30万円受け取れていたのに対し、内訳を明確にすることで「固定残業代40時間分8万円を超えた残業代は追加で支払う必要がある」という仕組みになった場合でも、何らかの理由で社員が損をすると感じる場合があるためです。また、内訳変更の結果として実質的に基本給部分が低く設定されることへの不満も生じ得ます。

02使用者が一方的に賃金内訳を変更することはできない

 賃金は労働条件の根幹であり、基本的には使用者が一方的に社員の賃金の内訳を社員に不利益に変更することはできません。労働契約法8条・9条は「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」と定めています。

 したがって、賃金内訳の変更を適法に行うためには、原則として社員個人の同意が必要です。

03必要な手続き——社員から個別に同意書を取得する

 残業代込みだった月給の内訳を変更するためには、社員から賃金内訳変更に関する同意書・賃金規定変更に関する同意書を取る手続きを行う必要があります。

賃金内訳変更のための同意取得で押さえるべきポイント

・変更前と変更後の賃金内訳を具体的に示し、社員が内容を正確に理解した上で同意できるようにする
・変更によって社員の受取額や権利がどのように変わるかを明示する(特に、固定残業代制度に変更する場合は制度の説明・対象時間数・超過分の支払方法を明確にする)
・個々の社員から個別に署名押印(または記名押印)を取得する形式の同意書を準備する
・同意は自由意思に基づくものでなければならず、「同意しないと不利益を受ける」と感じさせるような状況での取得は有効な同意と認められない場合がある

 同意取得の書式・手順・タイミング等については、使用者側弁護士のサポートを受けながら進めることを強くお勧めします。

04「異議なし=同意」という危険な思い込み

 「賃金内訳の変更について、全社員に説明したところ、誰からも異議が出ず、不平不満も言わずにそのまま働き続けている。」というだけで、賃金内訳変更に社員の同意があったと思い込むようなことがないようにしてください。

なぜ「異議なし」では同意にならないのか

社員が使用者の説明に異議を唱えなかった理由は、「内容に納得した」だけとは限りません。「雇用関係のある会社に対して反論しにくい」「不満はあるが仕事を続けるためには言えない」「内容を十分理解できていなかった」等の事情で、内心では同意していない場合でも表面上は異議を言わないことが多くあります。最高裁判例(最高裁H28.2.19山梨県民信用組合事件等)も、賃金引き下げに関する「同意」の認定について厳格な立場を示しています。「異議なし」「そのまま働き続けた」という事実だけでは有効な同意とは認められない可能性が高いです。

05実務上の注意点——定額残業代制度との関係

 「残業代込み月給」を「基本給+固定残業代(定額残業代)」に変更する場合、定額残業代制度として有効に機能させるためには、同意取得に加えて以下の要件も満たす必要があります(332番参照)。

定額残業代制度として有効に機能させるための要件
① 通常の労働時間・労働日の賃金(基本給等)と固定残業代(定額残業代)とが明確に区別されていること
② 固定残業代の対象となる残業時間数・金額が明示されていること
③ 固定残業代で賄う時間数を超えた残業に対しては、超過分を別途支払うこと

これらの要件を満たさない場合、内訳変更後も「固定残業代が残業代として認められない」と判断され、全額を基礎賃金として再計算した上での残業代請求を受けるリスが生じます。

06まとめ

 残業代込みだった月給の内訳を明確化するために既存社員の賃金内訳を変更する場合は、労働条件の不利益変更と判断される可能性が高く、使用者が一方的に変更することはできません。社員から賃金内訳変更に関する同意書・賃金規定変更に関する同意書を個別に取得する手続きが必要です。「全社員に説明して異議が出なかった」だけでは有効な同意とは言えません。賃金内訳変更の手続きは使用者側弁護士のサポートを受けながら進めることをお勧めします。アドバイスします。

SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。賃金制度の整備・賃金内訳変更の手続き・残業代トラブルの予防でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。

Q&Aよくある質問

Q1. 全社員から同意書を取得するのは難しいです。就業規則の変更だけで対応できませんか。

A. 就業規則の変更による対応も一定の条件のもとで可能ですが、賃金の不利益変更については就業規則の変更だけでは対応が困難な場合が多く、個別同意が原則です。「変更を合理的な内容とすること・高度の必要性があること」等の要件が必要で(労契法10条)、特に賃金については高いハードルがあります。具体的にどのような方法が適切かは使用者側弁護士への相談をお勧めします。

Q2. 新入社員については最初から内訳を明確にした賃金設計にできますか。

A. 新規採用者については、最初から「基本給○万円+固定残業代○万円(○時間分)」という形で雇用契約を締結することができます。既存社員の変更と異なり、新規採用者との労働契約内容は入社時に合意するものですので、適法な要件(定額残業代の明確な区別・対象時間・超過分の支払い等)を満たした形で設計することが可能です。本記事で解説した不利益変更の問題は既存社員に対してのみ生じます。

Q3. 同意書を取っていれば、後から「同意は強制だった」と主張されても問題ありませんか。

A. 同意書の存在は有力な証拠になりますが、「同意が自由意思に基づくものではなかった」という主張を完全に防ぐことはできません。最高裁(H28.2.19山梨県民信用組合事件)は、賃金の不利益変更への同意の有無について、当該変更を甘受させるだけの合理的理由・十分な説明・理解・自由意思等の諸事情を考慮して判断するとしています。同意書の取得に加えて、変更内容の十分な説明・社員の理解確認・説明時期の適切な設定等も重要です。

最終更新日:2026年5月10日


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