労働問題1016 パワハラを行ったのに今の部署で働き続けたいと言い張る社員の対処法
解説動画
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加害者の移動は可能な限り速やかに——被害者が先に退職してしまう前に 被害者が退職してしまう可能性があるほど関係が悪化しているなら、1日も早く引き離す必要がある。移動まで日数がかかる場合は自宅待機(会社が賃金負担)も選択肢のひとつ |
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まず会議室で説得——具体的な理由を丁寧に伝える 本人の言い分も聞いた上で、移動が必要な理由(被害者との関係悪化・退職リスク・今後の協力関係の困難さ)を具体的な日本語で伝える。「どうせ無駄」と諦めずに説得を試みることが大事 |
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説得に応じなければ「打診」ではなく「命令」——書面で交付する 打診は本人が「嫌です」と言えば終わり。命令は違う。有効な人事異動命令に従わないことは懲戒事由となり、解雇も視野に入ってくる。「命令である」ことを書面で明確にして交付することが重要 |
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懲戒処分をしていなかったことが今の問題を招いている 口頭での注意だけで懲戒処分をしていない場合、本人が「大したことはやっていない」と思いやすい。適正な重さの懲戒処分がけじめになり、移動命令に対する本人の受け止めも変わる。被害者感情への配慮にもなる |
目次
01この事案の構図——通常の対応をしようとしているのに拒絶されている
今回の相談の内容は次のようなものです。「パワハラを行った社員に指導したところ、その時は反省した様子だったが、後になって自分は悪くないと言い出した。被害者との関係も悪化しており、このままでは被害者が退職してしまう可能性がある。会社としては加害者を異動させたいが、本人は今の部署で働き続けたいと言っている。どのタイミングで異動させるのがよいか。」
加害者を異動させることは、ハラスメント事案における通常の対応です。会社はまともなことをしようとしています。にもかかわらず、加害者本人がそれを拒否しているという状況です。パワハラをするような方ですから、説得が大変そうだという気持ちはよく分かります。
ただ、この事案でまず考えなければならないのは被害者の方です。このままでは退職してしまう可能性があるほど関係が悪化しているのであれば、被害者が先に退職してしまう前に動かなければなりません。被害者の方が退職してしまったら、本当にかわいそうです。色々と考えるところはあっても、頑張って対応していく必要があります。
02移動のタイミング——可能な限り速やかに
「どのタイミングで異動させるのがよいか」という問いへの答えは明確です。可能な限り速やかに、です。
被害者との関係がここまで悪化しており、退職するかもしれないほどひどい状況になっているのであれば、2人を引き離す必要性は極めて高いです。1日も早く引き離さなければなりません。
時間をかければかけるほど、被害者の方が先に限界を迎えて退職してしまうリスクが高まります。加害者の異動を準備している間に被害者が退職してしまうことは、絶対に避けなければなりません。「そのうち動こう」ではなく、今日から動いてください。
03移動まで時間がかかる場合の対応
何らかの理由で移動の準備に日数を要する場合でも、その間は加害者と被害者を引き離すための措置を講じてください。
自宅待機(会社が賃金を負担)
職場が狭く、工夫しても2人が顔を合わせることを避けられないような場合は、加害者を自宅待機させることが有効な選択肢です。この場合、原則として賃金は会社が負担します。賃金を払いながら移動までの間、自宅で待機してもらうというものです。
出勤停止処分(パワハラの程度が重い場合)
パワハラの程度が重く懲戒処分に値する事案であれば、出勤停止処分を行い、その日数分の出勤を停止させる(その間は無給とする)という方法もあります。ただしこれは懲戒処分としての位置づけになりますので、処分の有効性について弁護士に確認した上で行ってください。
出勤させながら厳重監視する
自宅待機や出勤停止が難しい場合でも、出勤させながら2人が接触しないよう最善の努力をしてください。社長自身が難しい場合は管理職に厳重に監視させてください。完璧ではないかもしれませんが、できる範囲での最善の措置を取ることが大切です。
04まず会議室で説得する——本人の言い分を聞き、移動の理由を具体的に伝える
加害者が移動を拒否していることについて、まず会議室に呼んで正面から話し合いを行ってください。「どうせ説得できないから」と諦める前に、説得の努力を尽くすことが先決です。
本人の言い分をまず聞く
会議室での面談では、まず本人に「なぜ今の部署にいなければならないのか」を話してもらってください。具体的な理由を聞いた上で、こちらの説明に進みます。一方的にこちらの話だけ押しつけるのではなく、本人に話させることで、後の話し合いがより実質的なものになります。
移動が必要な理由を具体的な日本語で伝える
本人から話を聞いた後、移動が必要な理由をしっかり具体的に伝えてください。抽象的なことをちょろっと言っただけで終わりでは、相手が納得するわけがありません。
伝えるべき内容として、例えば次のようなものがあります。被害者の方との関係が今どういう状態になっているか(退職を考えるほど追い詰められているという事実)、今後同じ職場で協力して仕事をすることが現実的に困難な状況になっていること、会社として両者の関係を改善する方法を検討した結果として移動という判断に至ったこと——こういった内容を、具体的な事実に基づいて説明してください。
移動が必要な理由を具体的に伝えることが、相手に納得感を持たせる第一歩です。もし具体的な日本語での説明が難しい場合は弁護士に相談してください。
05説得に応じなければ「打診」でなく「命令」を出す
いくら説得活動を続けても応じない方は一定割合います。説得に応じないままいつまでも先延ばしにするわけにはいきません。本人からの同意が得られない場合は、人事異動の命令を出すことが原則的な対応です。
「打診」と「命令」は全く違う
打診とは「あなたはどうしたいですか」と意向を聞くことです。打診に対して「嫌です」と答えても命令違反にはなりません。相手の意向を確認しているだけですから、拒否されれば終わりです。
命令は違います。有効な人事異動命令が出されているのに、それに従わないことは業務命令違反となり、懲戒事由になります。本当に移動させようとするのであれば、打診ではなく命令を出してください。そして命令であることを明確にした書面(人事異動命令書)を交付してください。
打診(意向確認):「〇〇部署への異動についてどう思いますか」→「嫌です」→終わり。命令違反にならない
命令(人事異動命令):「〇月〇日付で〇〇部署に異動を命じる」→従わない→業務命令違反として懲戒事由になる
命令の有効性を確認してから出す
人事異動命令を出す前に、その命令が有効かどうかを確認することが必要です。最低限確認すべきことは人事権の存在です。勤務地・職種の限定合意がある場合や、パートアルバイト等の特殊な雇用形態の場合は、人事権自体がないことがあります。
また権限があるとしても、その人事異動命令が権利濫用に当たらないかのチェックが必要です。パワハラをしたために引き離す必要があるという理由での異動であれば、必要性も認められやすく、不当な動機目的があるとも言いにくく、通常甘受すべき程度を超える不利益がなければ、有効になることが多いです。不明な点は弁護士に確認してから命令を出してください。
06命令に従わない場合——解雇も視野に入る
有効な人事異動命令に従わない場合は、解雇も視野に入ってきます。
正社員で人事権があり、命令の濫用にも当たらないような人事異動命令に従わないことは、とんでもない業務命令違反です。懲戒事由としての非行行為の程度も大きいものとなります。しっかりと説得活動をした上での話であれば、解雇が有効になる可能性が高い類型の事案です。
ただし、いきなり何の話し合いもなく解雇するのは避けてください。適切な対応を弁護士に相談しながら、日数をかけて説得活動を行い、それでも従わない場合に解雇という手順を踏むことが重要です。解雇予告の後にさらにゴタゴタが生じることもありますが、それについても弁護士と相談しながら対応していきましょう。
07懲戒処分をしていなかったことが今の問題を招いている
この相談を読んで一点気になる点があります。「パワハラを行った社員に指導した」とだけ書かれており、懲戒処分を行ったかどうかが明確でないのです。被害者との関係が退職するかもしれないほど悪化しているほどひどい事案でありながら、もし口頭での注意だけで懲戒処分をしていないとすれば、それが今の問題を招いている可能性があります。
「大したことはやっていない」と思われてしまう
加害者の方からすれば、口頭での注意しか受けていないとするならば、「そんなに大きな問題になるようなことは自分はやっていない。懲戒処分にも値しない程度の事案なのに、何年もいたこの部署から移されなければならないのか」という思いになるのは自然なことです。
逆に言えば、適切な重さの懲戒処分がきっちり行われていれば、本人も「会社はこれを重大な問題と評価しているんだな」という認識を持ちやすくなります。懲戒処分は、「これほど重大な問題行動をやったのだ」というメッセージを加害者に届ける機能を持っています。
懲戒処分は被害者のためにも、加害者のためにも、会社のためにもなる
懲戒処分には3つの意義があります。第一に被害者への配慮です。会社がしっかり動いてくれたという事実が、被害者にとっての納得感につながります。何も対応してくれなかったと感じれば、それこそ退職につながります。第二に加害者へのメッセージです。重大なことをやったんだという認識を持たせ、再発を防ぐ効果があります。第三に会社秩序の維持です。問題を起こした人間がきちんと処分されないことは、職場全体の規律に悪影響を与えます。
懲戒処分に慣れていない会社でも、パワハラ事案ではけじめとして適切な重さの懲戒処分を行うことを強くお勧めします。やり方が分からない場合は弁護士に相談すれば、会社名義の懲戒処分通知書を作成することができます。
08弁護士への相談は「問題ありますか」だけでは足りない
弁護士への相談でよくあるパターンが、「この対応は問題ありますか、ありませんか」「アウトですか、セーフですか」という形の相談です。これ自体は当然確認すべきことではあります。しかしそれをゴールにしてはいけません。
「問題ありませんか」という確認だけで終わると、どんどん消極的でネガティブな、縮こまった対応になっていきます。有効で役に立つ行動が取れなくなってしまいます。
考えるべきは「この問題のある社員に対して、どのような言動をすることが効果的か」という点です。教育効果が高く、会社の秩序を守るために効果的な方法は何か——この観点を「問題ありますか」の確認に上乗せして弁護士に相談してください。法的なリスク確認だけでなく、効果的な対応の設計まで含めた相談が、実際の問題解決につながります。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。パワハラをした社員が人事異動を拒否している件でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
Q&Aよくある質問
Q1. パワハラをした社員が「移動したくない」と言っています。説得を続けるべきですか、それとも命令を出すべきですか。
A. まず会議室での説得を試みてください。本人の言い分を聞いた上で、移動が必要な理由を具体的に伝えてください。ただし説得を続けながら被害者が退職してしまうリスクが高い場合は、先延ばしにする時間はありません。一定の説得期間の後は人事異動命令(命令書を書面で交付)に移行してください。打診と命令は全く異なります。命令に従わないことは業務命令違反になります。
Q2. 異動命令を出す前に確認すべきことはありますか。
A. まず人事権が存在するかを確認してください。勤務地・職種の限定合意がある場合や、パートアルバイト等の場合は人事権自体がないことがあります。次に命令が権利濫用に当たらないかを確認します。パワハラを理由とした引き離しのための異動であれば、通常は必要性があり濫用とは言いにくいですが、個別の事情によって判断が変わります。弁護士に事情を説明した上で確認してから命令を出してください。
Q3. 口頭での注意しかしていませんでした。今から懲戒処分を行うことはできますか。
A. 懲戒処分には、同一事由に対しては原則として一度しか行えないという「二重処罰の禁止」の考え方があります。過去の口頭注意と同一の事実に対して改めて懲戒処分を行うことが難しい場合もあります。また時間の経過によって処分の相当性が問われることもあります。今から懲戒処分を行う場合は、まず弁護士に状況を説明して可能かどうか・どのように行うかを確認してください。
Q4. 異動命令に従わない場合、解雇できますか。
A. 有効な人事異動命令に従わないことは重大な業務命令違反となり、解雇が有効になりうる事案です。ただし、いきなり解雇するのではなく、命令書の交付・説得活動・懲戒処分(業務命令違反として)という段階を踏むことが重要です。手順を正しく踏むことで解雇の有効性が高まります。弁護士と相談しながら進めてください。
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最終更新日:2026年5月10日