労働問題102 正社員が一方的に退職宣言して出社しない場合、退職は成立するか?会社経営者が知るべき民法627条の実務
目次
1. 一方的な退職宣言と労働契約の基本構造
正社員が「今日で辞めます」と一方的に宣言し、そのまま出社しなくなった場合、会社経営者としては「承認していないのだから退職は成立していない」と考えたくなるかもしれません。しかし、法的にはその理解は必ずしも正確ではありません。
労働契約は、契約である以上、当事者双方の意思に基づいて成立しますが、終了については必ずしも双方の合意を要するとは限りません。特に、期間の定めのない労働契約においては、労働者からの一方的な解約申入れが認められています。
したがって、会社が退職を「承認」しなかったとしても、それだけで労働契約が当然に存続するわけではありません。問題となるのは、退職の意思表示が法的に有効に行われたか、そして所定の期間が経過したかという点です。
会社経営者としては、「承認制」であるという誤解を持ったまま対応すると、賃金処理や人員補充の判断を誤るおそれがあります。まずは、労働契約終了の法的枠組みを正確に理解することが出発点となります。
2. 期間の定めのない労働契約と民法627条の原則
正社員の多くは、期間の定めのない労働契約を締結しています。この場合に適用されるのが、民法627条です。
同条1項は、「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる」と定めています。そして、解約の申入れの日から2週間を経過することによって、雇用は終了すると規定されています。
つまり、期間の定めのない労働契約では、労働者は会社の承認を得なくても、一方的に退職の意思表示をすることができ、その意思表示が会社に到達してから2週間が経過すれば、労働契約は終了します。
この点は、会社経営者が直感的に抱きがちな「会社が認めなければ辞められない」という理解とは異なります。法律上は、退職は原則として労働者の自由に委ねられているのです。
したがって、退職を承認しなかったことを理由に「契約は継続している」と主張し続けることは、法的には必ずしも有効とはいえません。まずは、民法上の2週間ルールを前提に実務対応を検討する必要があります。
3. 使用者が退職を承認しなくても効力は生じるのか
結論として、期間の定めのない労働契約であれば、使用者が退職を承認しなくても、法定期間の経過により退職の効力は生じます。
民法627条の構造は、あくまで「解約の申入れ」によって終了が発生する仕組みです。そこに会社の承認や受理という要件は規定されていません。したがって、退職の意思表示が会社に到達した時点で、2週間後の契約終了が法律上予定されます。
会社が「受理しない」「承認しない」と回答したとしても、それによって退職の効力発生が止まるわけではありません。むしろ、承認制であるかのような誤った対応を続けると、賃金計算や社会保険手続などの実務処理に混乱を生じさせることになります。
もっとも、問題は「退職の意思表示が有効に到達したかどうか」です。感情的発言や曖昧な表現が直ちに確定的な辞職と評価されるとは限りません。
会社経営者としては、「承認しなければ退職できない」という発想を改め、意思表示の到達時期と法定期間の経過という法的枠組みで整理することが重要です。
4. 「到達」の意味と立証のポイント
民法627条に基づく退職の効力は、辞職の意思表示が会社に「到達」した時点から起算されます。ここでいう到達とは、会社が現実に内容を読んだかどうかではなく、通常であれば認識し得る状態に置かれたことを意味します。
例えば、退職届が会社に郵送され、通常の配達経路で届いた場合や、代表者・人事担当者に直接手渡された場合には、原則として到達が認められます。他方、単なる独り言や、社内での曖昧な発言だけでは、確定的な辞職の意思表示と評価されないことがあります。
実務上問題となるのは、メールやメッセージアプリでの通知です。送信記録が残っていれば到達が認められる可能性は高まりますが、宛先や内容が不明確な場合には争いが生じます。
会社経営者として重要なのは、「いつ到達したのか」を明確にできる証拠を確保することです。到達日が確定すれば、そこから2週間後に契約終了という法律効果が自動的に発生します。
退職を巡る紛争は、感覚論ではなく、到達時期を基準とする法律構造で整理することが不可欠です。
5. 2週間の意味と実務上の扱い
民法627条1項は、期間の定めのない雇用について、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了すると定めています。この「2週間」は、会社の承認や合意を待つ期間ではなく、法律上当然に進行する期間です。
したがって、退職の意思表示が有効に到達した場合、会社が引継ぎ未了を理由に承認を拒否しても、原則として2週間後には労働契約は終了します。会社の都合で期間を延ばすことはできません。
もっとも、労働者が「本日限りで辞めます」と主張し、翌日から出社しない場合でも、法律上は直ちに契約が終了するわけではありません。原則として、到達日から2週間は契約が存続します。この期間中に出社しない場合は、無断欠勤として扱うことになります。
会社経営者としては、「即日退職」と「2週間後の契約終了」という法的構造を区別することが重要です。感情的に「もう来なくてよい」と応じてしまうと、会社側からの即時解約と評価される余地も生じます。
2週間という期間は短いようでいて、実務対応を誤ると紛争の火種になります。法定期間の進行を前提に冷静に処理することが、経営リスクを抑える基本姿勢です。
6. 月給制・年俸制の場合の特則
民法627条2項・3項は、報酬を期間で定めている場合の特則を設けています。もっとも、実務上の多くの正社員は月給制ですので、どの規定が適用されるのかを正確に理解しておく必要があります。
月給制の場合、「期間によって報酬を定めた場合」に該当し、原則として次期以後について解約の申入れができるとされています。ただし、その申入れは当期の前半にしなければならないと規定されています。
もっとも、労働契約における実務運用では、期間の定めのない正社員については、627条1項の2週間ルールが適用されると解されるのが一般的です。企業実務もこれを前提に動いています。
年俸制の場合も、報酬の支払方法が年単位であっても、契約期間自体が無期であれば、基本的には1項の枠組みで整理されることが多いです。
会社経営者として重要なのは、報酬形態と契約期間を混同しないことです。「年俸だから1年辞められない」という理解は誤りであり、契約期間の定めがあるか否かが判断の基準となります。
7. 就業規則で「1か月前申出」と定めている場合の関係
多くの企業では、就業規則に「退職する場合は1か月前までに申し出ること」といった規定を設けています。この場合、民法627条の2週間ルールよりも長い期間を定めていることになりますが、この規定で労働者を拘束できるのでしょうか。
結論として、期間の定めのない労働契約においては、民法627条の規定が優先されるのが原則です。したがって、就業規則で1か月前申出と定めていても、労働者が辞職の意思表示をし、それが到達してから2週間が経過すれば、原則として契約は終了します。
もっとも、実務上は円満退職を前提として、就業規則に沿った運用がなされているにすぎません。法的に強制できる期間とは区別して理解する必要があります。
会社経営者としては、「就業規則に書いてあるから1か月は辞められない」という前提で対応するのではなく、法定ルールと社内ルールの関係を正確に整理することが重要です。誤った理解のまま引き留めを続けると、紛争を拡大させるおそれがあります。
8. 即時退職を主張された場合の対応
正社員が「本日限りで辞めます」と即時退職を主張し、そのまま出社しなくなった場合、会社経営者としては強い不満を抱くのが通常です。しかし、法的には冷静な整理が必要です。
期間の定めのない労働契約であれば、原則として退職の効力は意思表示の到達から2週間経過後に生じます。したがって、「即日退職」という主張は、そのままでは直ちに有効とはなりません。契約は2週間は存続します。
この期間中に出社しない場合は、無断欠勤として扱うことになりますが、感情的に「では今日で終わりだ」と応じてしまうと、会社側からの即時解約(合意解約や解雇)と評価される余地もあります。ここは対応を誤りやすい局面です。
実務上は、退職の意思表示があったことを前提に、退職日は民法上の原則に従う旨を明確に伝え、引継ぎや貸与物返還を求めるなど、契約存続を前提とした対応を行うべきです。
会社経営者としては、即時退職という言葉に反応するのではなく、法定の終了時期を基準に実務処理を進める姿勢が重要です。
9. 引継ぎ未了・損害発生時の法的整理
突然の退職宣言により、業務の引継ぎが行われず、取引先対応やプロジェクト進行に支障が生じることは少なくありません。会社経営者としては、「損害を被ったのだから賠償請求できるのではないか」と考える場面です。
もっとも、労働者には退職の自由が原則として認められており、単に2週間前に辞職の意思表示をしたというだけで直ちに違法とはなりません。 引継ぎが不十分であったという事情だけで、当然に損害賠償が認められるわけではありません。
損害賠償請求が認められるためには、通常想定される範囲を超える著しい背信行為や、故意に重大な損害を与える目的での行動など、特段の事情が必要になります。実務上、そのハードルは高いといえます。
また、未払い賃金や退職金から一方的に損害額を控除することは、原則として許されません。相殺の可否についても慎重な検討が必要です。
会社経営者としては、感情的に賠償請求を検討するのではなく、法的に回収可能性があるか、現実的な経営判断として妥当かを冷静に見極めることが重要です。
10. 会社経営者が取るべき現実的対応とリスク管理
正社員が一方的に退職を宣言して出社しなくなった場合でも、期間の定めのない労働契約であれば、退職の意思表示が到達してから2週間経過すれば契約は終了するのが原則です。会社が承認しなかったとしても、これを止めることはできません。
したがって、会社経営者として重要なのは、「承認しない」という形式的対応ではなく、到達日を確定させ、2週間の法定期間を前提に実務処理を進めることです。引継ぎ要請、貸与物返還、秘密情報管理など、契約存続期間中に行うべき事項を整理する必要があります。
また、感情的な対応は避けるべきです。即時退職に応じてしまえば、会社側からの解約と評価される余地が生じることもあります。法的枠組みに沿った対応こそが、紛争予防につながります。
突然の退職は経営上の打撃となり得ますが、違法に引き留めることはできません。重要なのは、法的に許容される範囲でリスクを最小化することです。
当事務所では、退職トラブルへの初動対応、就業規則の整備、損害発生時の法的検討まで、会社経営者の立場に立った助言を行っています。対応に迷われた段階で早期にご相談いただくことが、紛争拡大を防ぐ最善策です。
