労働問題203 残業代請求リスクが高い業種とは?会社側が知るべき業界別リスクと対策

1. 残業代(割増賃金)請求が増加している背景

 近年、残業代(割増賃金)請求は特定の業種に限らず、あらゆる業界で増加傾向にあります。会社側としては「自社は大丈夫」と考えがちですが、実務の現場では規模や業種を問わず未払い残業代請求がなされています。

 その背景の一つは、労働時間管理の厳格化です。働き方改革関連法の施行以降、労働時間の客観的把握が強く求められるようになりました。これにより、従来曖昧に運用されてきた残業管理の問題点が可視化されています。

 また、インターネット上には残業代請求に関する情報が溢れており、退職後にまとめて請求する方法も広く知られています。残業代請求権は原則として3年間(将来的には5年)遡ることができるため、会社側にとっては過去の管理不備が一気に表面化する構造になっています。

 さらに、固定残業代制度や管理監督者扱いの誤った運用が紛争の火種となっています。制度設計が不十分なまま運用している会社では、想定外の追加支払い義務が発生するケースも少なくありません。

 重要なのは、残業代請求は「特別な会社」に起きる問題ではないという点です。残業代を正確に支払っていない限り、どの会社側にもリスクは常に存在します。業種の問題というよりも、管理体制と経営判断の問題として捉える必要があります。

2. 残業代請求リスクが特に高い業種の特徴

 残業代請求リスクが特に高い業種には、いくつかの共通する特徴があります。会社側としては、まずその構造的な要因を理解することが重要です。

 第一に、「労働時間が長時間化しやすい業種」であることです。業務量が日々変動し、繁忙期と閑散期の差が大きい業種では、恒常的に時間外労働が発生しやすくなります。慢性的な人手不足がある場合、その傾向はさらに強まります。

 第二に、「労働時間の把握が困難な業種」であることです。外回り業務、シフト制、深夜営業、現場直行直帰などが多い業態では、会社側が実労働時間を正確に把握できていないケースが少なくありません。管理の甘さは、そのまま未払い残業代リスクに直結します。

 第三に、「固定残業代制度が広く採用されている業種」であることです。人件費管理の観点から固定残業代を導入している会社は多いものの、制度設計や実態運用に問題がある場合、後に無効と判断される可能性があります。

 第四に、「業界慣行が優先されやすい業種」です。「この業界ではこれが普通」という感覚が強いほど、法的基準との乖離が生じやすくなります。しかし、慣行は法的責任を免れさせる理由にはなりません。

 このような特徴を持つ業種では、会社側が意図せずとも未払い残業代が発生している可能性があります。残業代請求リスクは業種固有の問題というより、「長時間労働」「把握困難」「制度の形骸化」という要素が重なることで高まる構造的な問題です。

3. 運送業が残業代請求の対象になりやすい理由

 残業代(割増賃金)請求のリスクが特に高い業種として、まず挙げられるのが運送業です。トラック運転手をはじめとする現場従業員の労働時間が長時間化しやすく、かつ実労働時間の把握が難しいという構造的問題を抱えています。

 第一に、拘束時間が長くなりやすい点です。配送ルートや交通状況、荷待ち時間などの外部要因によって業務終了時刻が左右されます。その結果、所定労働時間を超過することが常態化している会社も少なくありません。

 第二に、待機時間や荷積み・荷下ろし時間の扱いが曖昧になりやすい点です。会社側としては「実作業をしていない時間」と認識していても、使用者の指揮命令下に置かれている時間であれば労働時間と評価される可能性があります。この認識のズレが未払い残業代請求につながります。

 第三に、直行直帰や外勤が中心であるため、労働時間の客観的把握が不十分になりやすい点です。タイムカードのみで管理している場合、実態との乖離が生じやすく、退職後に運行記録やデジタコのデータ等を根拠に長時間労働が主張されるケースもあります。

 さらに、慢性的な人手不足により長時間労働が構造化している会社では、安全配慮義務違反の問題も併発します。残業代請求にとどまらず、健康被害を理由とする損害賠償請求へ発展するリスクも否定できません。

 運送業においては、「業界の特性だから仕方がない」という発想が最も危険です。会社側としては、拘束時間と労働時間の峻別、客観的記録の保存、運行管理体制の見直しを経営レベルで実行しなければ、残業代請求リスクは常に高止まりしたままとなります。

4. 飲食業で残業代請求が多発する構造的要因

 残業代(割増賃金)請求のリスクが高い業種として、運送業と並んで挙げられるのが飲食業です。会社側としては、「店舗運営上やむを得ない」と考えている慣行が、法的には未払い残業代と評価されるケースが少なくありません。

 第一の要因は、長時間労働が発生しやすい営業形態です。仕込み、開店準備、閉店後の片付け、在庫管理など、営業時間外にも業務が発生します。これらの時間が適切に労働時間として記録されていない場合、未払い残業代請求の対象となります。

 第二に、シフト制特有の問題です。人手不足により急なシフト変更や延長が常態化している店舗では、実労働時間とシフト表の記載が一致していないことがあります。会社側が実態を正確に把握していなければ、その差異が紛争の火種になります。

 第三に、固定残業代制度の広範な採用です。飲食業では、一定時間分の残業代をあらかじめ基本給に含める制度を導入している会社が多いものの、制度設計が不明確であったり、実際の残業時間が想定を大幅に超えていたりすると、制度は無効と判断される可能性があります。

 さらに、「店長=管理監督者」と形式的に扱っているケースも注意が必要です。実際には経営に関与する裁量や待遇が伴っていなければ、管理監督者性は否定され、残業代支払義務が発生します。

 飲食業における残業代請求は、個別の不満というよりも、業態構造と人員体制の問題から生じる傾向があります。会社側としては、営業時間外業務の明確化、シフト管理の厳格化、固定残業代制度の適法性点検などを経営課題として取り組まなければ、残業代請求リスクを根本的に下げることはできません。

5. その他の業種でも会社側が油断できない理由

 運送業や飲食業は残業代(割増賃金)請求が多い傾向にありますが、だからといって他の業種が安全というわけではありません。実務上は、IT業界、建設業、医療・介護業、小売業、製造業など、あらゆる分野で未払い残業代請求が発生しています。

 特に近年増えているのは、「ホワイトカラーだから大丈夫」と考えていた会社側での請求事案です。裁量労働制や管理監督者扱いをしていたものの、制度要件を満たしていなかったため、多額の残業代支払いを命じられるケースも珍しくありません。

 また、テレワークの普及により、労働時間の境界が曖昧になっています。自宅での業務、深夜のメール対応、休日のオンライン会議などが適切に管理されていない場合、会社側は実態以上の労働時間を主張される可能性があります。

 さらに、中小企業では「みなし的な運用」が慣行化していることがあります。「うちは固定給だから残業代は出ない」「役職者だから対象外」といった誤った理解が、将来的な紛争の原因になります。法的要件を満たしていなければ、どの業種であっても残業代支払義務は免れません。

 重要なのは、残業代請求リスクは業種固有の問題ではなく、「労働時間管理が甘い会社」に共通する問題であるという点です。業界の平均や慣行に依存するのではなく、自社の制度と実態を精査することこそ、会社側に求められる合理的なリスク管理といえます。

6. 固定残業代制度を採用している会社側の注意点

 残業代(割増賃金)請求リスクを高める要因の一つが、固定残業代制度の不適切な運用です。人件費の予測可能性を高める目的で導入する会社は多いものの、法的要件を満たしていなければ、その制度は無効と判断される可能性があります。

 まず重要なのは、固定残業代部分と基本給部分が明確に区分されていることです。給与明細や雇用契約書上で内訳が明示されていなければ、「残業代を支払っていない」と評価されるリスクがあります。

 次に、その固定残業代が何時間分の時間外労働に相当するのかが具体的に示されている必要があります。「営業手当」「業務手当」といった曖昧な名目では足りません。時間数が特定されていない場合、固定残業代とは認められない可能性があります。

 さらに、実際の残業時間が固定時間を超過した場合には、超過分の割増賃金を追加で支払わなければなりません。固定残業代を支給しているからといって、上限なく残業を命じられるわけではありません。

 実務上多いのは、制度自体は存在しているものの、設計が不十分であったり、運用実態と乖離していたりするケースです。その結果、数年分の未払い残業代が一括で請求されることになります。

 会社側としては、「固定残業代を導入しているから安心」と考えるのではなく、制度が法的に有効か、実態と一致しているかを定期的に点検する必要があります。固定残業代制度は、適切に運用すれば有効な人件費管理手法ですが、誤れば重大な法的リスクへと転化します。

7. 管理監督者扱いによる未払い残業代リスク

 残業代(割増賃金)請求において、会社側が敗訴する典型例の一つが、「管理監督者」として扱っていた従業員について、その該当性が否定されるケースです。

 会社側としては、「店長だから」「部長だから」「マネージャーだから」という理由で残業代を支払っていないことがあります。しかし、肩書だけでは管理監督者には該当しません。実態として、経営と一体的な立場にあり、労働時間の裁量が広く、待遇面でも一般従業員と明確に異なることが求められます。

 特に問題となりやすいのは、飲食業や小売業の店長職です。店舗運営を任されているものの、人事権や予算決定権が限定的で、労働時間も厳格に管理されている場合、管理監督者性は否定される可能性が高いです。その結果、数年分の未払い残業代が一括で請求されます。

 また、管理監督者であっても、深夜労働に対する割増賃金の支払義務は免除されません。この点を誤解している会社側も少なくありません。

 「役職を付ければ残業代を払わなくてよい」という発想は極めて危険です。形式的な処遇ではなく、実態に即した判断がなされます。会社側としては、管理監督者に該当するとしている従業員について、権限・裁量・待遇の三要素を客観的に検証する必要があります。

 管理監督者の判断を誤ることは、高額な未払い残業代請求リスクを抱えることと同義です。制度設計と実態が一致しているかを、経営レベルで再点検することが不可欠です。

8. 会社側が直ちに見直すべき労働時間管理体制

 残業代(割増賃金)請求リスクを本質的に下げるためには、業種にかかわらず、会社側の労働時間管理体制そのものを見直す必要があります。問題は業界特性ではなく、「管理できているかどうか」です。

 まず見直すべきは、労働時間の客観的把握方法です。タイムカードのみで管理している場合、実態と乖離していないかを検証しなければなりません。PCログ、入退館記録、業務日報などと整合しているかを定期的に確認する体制が必要です。

 次に、残業の事前承認制が機能しているかを点検してください。制度が存在していても、無断残業が常態化し、是正指導が行われていなければ、裁判では形骸化と評価される可能性があります。ルールの存在ではなく、運用実態が問われます。

 さらに、長時間労働が常態化している部署や役職がないかを、数値で把握することが重要です。「忙しそうだ」という印象論ではなく、月間時間外労働時間を可視化し、一定水準を超える場合には是正措置を講じる体制を整える必要があります。

 固定残業代制度や管理監督者の扱いについても、法的要件を満たしているかを再検証すべきです。制度設計を専門家に点検させることは、将来の高額請求を防ぐための投資といえます。

 残業代請求リスクは、偶発的な事故ではありません。管理体制の不備が時間をかけて蓄積された結果として顕在化します。会社側としては、労働時間管理を「現場任せの業務」ではなく、「経営リスク管理の中核」として位置づけ直すことが不可欠です。

9. 残業代請求を未然に防ぐための経営判断

 残業代(割増賃金)請求のリスクは、最終的には会社側の経営判断に帰着します。制度を整えていても、経営トップが「多少の長時間労働はやむを得ない」「この業界では普通だ」と容認していれば、統制は機能しません。

 まず必要なのは、「残業は例外である」という明確な方針を打ち出すことです。売上や納期を優先するあまり、労働時間管理を後回しにする姿勢は、将来的な未払い残業代請求という形で必ず跳ね返ってきます。

 次に、コスト構造を現実的に見直すことです。恒常的な長時間労働が発生している場合、それは人員配置や価格設定に無理がある可能性を示しています。人件費を抑制するために残業代を曖昧に処理することは、短期的には利益に見えても、長期的には重大な法的負債となります。

 さらに、退職時対応の整備も重要です。退職時に労働時間記録を整理し、未払いがないかを確認する仕組みを設けることで、退職後の高額請求リスクを低減できます。問題を先送りしない姿勢が、最も合理的な防御策です。

 残業代請求は、特定の業種だけの問題ではありません。運送業や飲食業のようにリスクが高い業種は存在しますが、本質的には「管理が甘い会社」にリスクが集中します。

 会社側としては、残業代を単なるコストではなく、法的責任と直結する経営リスクとして捉えるべきです。経営判断の段階で統制を組み込むことができれば、残業代請求リスクは大幅に抑制することが可能です。

 

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最終更新日2026/2/15

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