この記事の要点

変形労働時間制の各日・各週の労働時間は、原則として就業規則または労使協定で具体的に特定する必要があります。特定が不十分な場合、制度全体が無効となり多額の未払残業代請求リスクが生じます。
シフト制など事前特定が困難な業種では、①就業規則にシフト作成・周知ルールを定め、②変形期間開始前にシフト表を確定・周知する方法が行政通達上認められています(昭和63年3月14日基発第150号)。
シフト表は必ず変形期間が始まる前に確定・周知しなければなりません。変形期間開始後の周知では制度の適用が認められない可能性があり、その期間の時間外労働がすべて割増賃金の対象となります。
変形期間中の一方的なシフト変更は原則として認められません。変更後に所定時間を超えた部分については時間外割増賃金(25%以上)が発生します。
就業規則の記載が不十分な場合には制度全体が無効となるリスクがあります。特に小売・飲食・介護・医療分野では整備が不十分なケースも多く、会社側専門弁護士による就業規則の点検・整備を強くお勧めします。

01労働時間の特定は就業規則が原則|行政解釈の内容

1か月単位の変形労働時間制を有効に機能させるためには、変形期間における各日・各週の労働時間をあらかじめ具体的に特定することが必要です。これは、法律上の要件というだけでなく、使用者が恣意的に労働時間を変動させることを防ぐための制度的な担保でもあります。

行政解釈(昭和63年1月1日基発第1号等)では、以下のように示されています。

「労使協定又は就業規則その他これに準ずるものにより、変形期間における各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要する。変形期間における各日、各週の労働時間が具体的に定められていない場合には、変形労働時間制の採用は認められない。」

すなわち、就業規則(または労使協定)に「何曜日は何時から何時まで、休憩は何分」という形で各日の労働時間が特定されていなければ、変形労働時間制の適用が認められないということです。

この特定が不十分な場合、変形労働時間制の適用は認められず、その期間の労働は通常の時間外労働規制(1日8時間・週40時間超え)によって判断されます。結果として、変形期間中に1日8時間・週40時間を超えた時間がすべて割増賃金の支払対象となり、在職中・退職後を問わず未払残業代として請求されるリスクがあります。

02シフト表による特定が認められる根拠と要件

小売業・飲食業・医療介護業など、月ごとにシフト表(勤務割表)を作成する必要がある業種では、就業規則上で全従業員の各日の労働時間をあらかじめ具体的に特定することが困難なケースが多くあります。

このような業種特性を踏まえ、行政通達(昭和63年3月14日基発第150号)は、以下の2つの要件を満たす場合に限り、就業規則に定めたルールに従って各月のシフト表を作成・周知する方法も認めています。

シフト表による労働時間特定が認められる2要件

要件① 就業規則にシフト作成ルールが定められていること
①各勤務日の始業・終業時刻および各勤務パターンの考え方、②勤務割表の作成手順、③勤務割表の周知方法等が就業規則に明記されていること
要件② 変形期間開始前にシフト表が確定・周知されていること
実際の勤務割(シフト表)が、変形期間の開始前までに確定され、全従業員に周知されていること

要するに、「就業規則でシフト作成のルールを定め、毎月のシフト表を変形期間が始まる前に確定・周知する」という運用が認められています。この2要件が揃ってはじめてシフト表による労働時間の特定が有効となります。どちらか一方でも欠ければ、変形労働時間制の有効要件を満たさないと判断されるリスクがあります。

03就業規則に定めるべき4つの事項

シフト表による労働時間の特定を有効に行うためには、就業規則に以下の4つの事項を明確に定めておく必要があります。整備が不十分な場合は、弁護士に就業規則の点検・作成を依頼することをお勧めします。

① 各勤務パターンの始業・終業時刻

会社に複数の勤務パターン(早番・中番・遅番など)がある場合は、各パターンの始業時刻・終業時刻・休憩時間・実働時間を就業規則に列挙します。「早番:8時〜16時(休憩1時間、実働7時間)」「通常番:9時〜18時(休憩1時間、実働8時間)」「遅番:12時〜21時(休憩1時間、実働8時間)」といった形で定めることが必要です。

勤務パターンが特定されていないと、シフト表に「早番」と記載されていても、その日の労働時間が具体的に特定されていないと判断されるリスクがあります。

② 勤務割表(シフト表)の作成手順

誰が(会社・上長・担当部署等)、いつまでに(変形期間開始の何日前までに)、どのような基準でシフト表を作成するかを規定します。「毎月25日までに翌月のシフト表を作成する」「シフト作成は各部門の責任者が行い、総務部が最終確認する」等の具体的な手続きを定めます。

作成主体と期限が不明確な場合、シフト表の法的位置付けが曖昧になり、後日トラブルになるリスクがあります。

③ 勤務割表の周知方法

作成したシフト表をどのような方法で従業員に周知するかを定めます。「シフト表を事業所内の掲示板に掲示する」「電子メールまたは勤怠管理システムを通じて個別に通知する」等、全従業員が確実に確認できる方法を規定します。

周知方法が就業規則に定められていない場合、「シフト表を見ていなかった」「知らされていなかった」という主張を許すことになり、変形労働時間制の有効性が争われるリスクが高まります。

④ 変形期間と起算日

変形期間(1か月以内の単位)とその起算日(例:毎月1日から末日)を就業規則に定めます。また、変形期間における労働時間の総枠(月間所定労働時間の上限)も明記しておくことが望ましいです。変形期間や起算日が明確でなければ、そもそも変形労働時間制の計算の前提が欠けることになります。

04シフト表の周知タイミングと証拠保管の重要性

シフト表による労働時間の特定において最も重要なのが、周知のタイミングです。行政通達の趣旨からも明らかなように、シフト表は変形期間が始まる前に確定・周知されなければなりません。

例えば毎月1日から末日を変形期間とする場合、翌月分のシフト表は当月末日(遅くとも翌月1日の業務開始前)までに全従業員に周知する必要があります。実務上は余裕を持って、前月の25日頃までに周知できる体制を整えることが望ましいです。

⚠️ 注意:変形期間開始後の周知では制度が無効になる可能性があります

シフト表の周知が変形期間開始後になった場合、その期間については変形労働時間制の適用が認められない可能性があります。その場合、その期間に1日8時間・週40時間を超えた労働があれば、すべて時間外割増賃金の支払い対象となります。

周知の証拠を必ず保管する

シフト表を変形期間前に周知したことを後日証明できるよう、周知日が確認できる記録を保管しておくことが不可欠です。具体的には以下のような記録が有効です。

周知方法 保管すべき証拠
掲示板への貼り出し 掲示日・場所を記録した掲示管理台帳、写真等
電子メールでの通知 送信日時・受信者が確認できるメール送信履歴
勤怠管理システム システム上の通知ログ・閲覧記録
書面の交付 受領確認書(従業員のサイン入り)や配布日の記録

万一、元従業員から未払残業代請求や労働審判が提起された場合、シフト表を事前に周知していたことを会社側が立証しなければなりません。証拠がなければ「事前に周知されていなかった」という主張を覆すことが困難になるため、日頃からの証拠保管が重要です。

05変形期間中のシフト変更と割増賃金の発生

変形期間が始まった後に会社の都合でシフトを変更することは、原則として認められません。変形労働時間制の本質的な要件として、変形期間開始前の事前特定が求められているためです。

シフト変更時の割増賃金の計算方法

変形期間中にシフトを変更した場合、変更前のシフト(所定労働時間)を基準に時間外労働の有無を判断します。具体的には以下の例を参考にしてください。

【計算例】変形期間中のシフト変更があった場合

ケース 変更前の所定時間 変更後の実労働時間 割増賃金が発生する時間
ケース① 6時間 9時間 3時間(6時間超〜9時間の部分)
ケース② 8時間 10時間 2時間(8時間超〜10時間の部分)
ケース③ 休日(0時間) 8時間(休日出勤) 8時間すべて(休日割増または時間外割増)

就業規則でシフト変更条件を定める方法

急な欠員対応や緊急の業務変更が生じる可能性がある職場では、就業規則に「一定の条件のもとでシフトを変更できる場合の手続き・基準」をあらかじめ定めておくことで、柔軟な対応が可能になる場合があります。ただし、変更が恒常化すると変形労働時間制の有効性そのものが疑われる可能性があります。

就業規則にシフト変更条件を設ける際の具体的な規定内容については、会社側専門の労働問題弁護士に相談することをお勧めします。

06就業規則の記載が不十分な場合のリスク

就業規則に変形労働時間制に関する記載が不十分であったり、シフト表の作成・周知ルールが明確に定められていなかったりする場合、変形労働時間制の有効要件を満たさないとして制度全体が無効となるリスクがあります。

制度が無効とされた場合には、通常の労働時間規制(1日8時間・週40時間)が適用されます。これを超えるすべての時間について時間外割増賃金の支払義務が生じ、退職した元従業員から過去3年分(場合によっては5年分)の未払残業代を一括請求されるリスクが生まれます。

就業規則の記載不備が引き起こす具体的リスク

変形労働時間制が無効と判断される:通常の時間外労働規制が適用され、残業代が大幅に増加
過去3〜5年分の未払残業代請求:退職した元従業員からも遡及請求が可能
付加金(最大2倍)の支払命令:裁判所が悪質と判断した場合、未払額と同額の付加金が命じられる
労基署の是正勧告・行政指導:労働基準監督官から是正を求められ、対応に多大な手間と費用が発生

特にシフト制を採用している小売・飲食・介護・医療分野の会社では、変形労働時間制の就業規則が適切に整備されていないケースが少なくありません。一度、会社側専門の労働問題弁護士に就業規則を確認してもらい、制度の有効性を担保することを強くお勧めします。

07業種別・状況別の実務対応ポイント

シフト制と変形労働時間制を組み合わせて運用する場合、業種や職場の特性によって注意すべきポイントが異なります。以下に主要な業種・状況別の実務対応ポイントをまとめます。

小売業・飲食業の場合

繁閑差が大きく、月によって必要な労働時間が大きく変動する業種です。変形労働時間制を活用することで、繁忙期に所定労働時間を長く設定し、閑散期に短く設定することが可能です。就業規則には早番・中番・遅番・閉店番等の各勤務パターンを網羅的に定め、深夜割増の発生を踏まえた終業時刻の設定も重要です。

医療・介護業の場合

24時間365日の稼働が必要な業種で、日勤・夜勤・夜勤明けといった複雑な勤務パターンが存在します。各勤務の実働時間・休憩時間の取り方・夜勤時の休憩特例(分割取得等)を就業規則に明記することが必要です。夜勤(22時〜翌5時)については深夜割増賃金(25%以上)が別途発生することも踏まえた設計が求められます。

パート・アルバイトが多い職場の場合

パート・アルバイトの労働契約書や就業規則(パート用)にも変形労働時間制の適用と各勤務パターンを明記する必要があります。「正社員の就業規則にだけ定めてあるからパート・アルバイトには適用できる」という考え方は通用しません。雇用形態ごとの就業規則に適切に定めることが必要です。

人員不足・欠員が多い職場の場合

欠員補充のために頻繁にシフト変更が生じる職場では、変形労働時間制の有効性が問われやすくなります。シフト変更が恒常化している場合は、変形労働時間制の運用実態を見直し、必要であれば制度設計から改め直すことが必要です。このような状況では早めに会社側専門の労働問題弁護士に相談することをお勧めします。

08就業規則整備のステップと弁護士活用のメリット

変形労働時間制(シフト制)の就業規則を適切に整備するためのステップを以下にまとめます。就業規則の不備は多額の残業代請求リスクに直結するため、できる限り早期に対応することをお勧めします。

ステップ 内容
STEP 1 現行就業規則の点検
変形期間・起算日・勤務パターン・シフト作成ルール・周知方法の記載状況を確認する
STEP 2 不備・欠落箇所の特定
有効要件を満たしていない箇所をリストアップし、優先度の高い修正箇所を特定する
STEP 3 就業規則の改訂・作成
有効要件を満たす形で就業規則を改訂・作成する(弁護士への依頼を推奨)
STEP 4 従業員への意見聴取・届出
就業規則の変更について従業員代表の意見聴取を行い、労働基準監督署に届出を行う
STEP 5 新しいシフト運用の開始・証拠保管体制の構築
整備された就業規則に従ったシフト作成・周知を開始し、証拠保管の仕組みを整える

会社側専門弁護士に依頼するメリット

就業規則の整備を会社側専門の労働問題弁護士に依頼することには、以下のような大きなメリットがあります。

  • 有効要件を確実に満たした就業規則が作成できる(行政解釈・通達・最新判例を踏まえた内容)
  • 就業規則の作成と並行して、現在の未払残業代リスクの程度を事前に把握できる
  • 万一、元従業員から未払残業代請求・労働審判が提起された場合に一貫して対応してもらえる
  • 労基署の是正勧告・調査があった場合の会社側としての対応策をアドバイスしてもらえる
  • 就業規則の内容だけでなく、シフト運用・タイムカード管理・証拠保管のあり方についても総合的にアドバイスが得られる

SUPERVISOR

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。

講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。変形労働時間制・シフト制の就業規則整備や残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。

Q&Aよくある質問

Q1. 変形労働時間制の各日の労働時間は、必ず就業規則に具体的な時刻を書かなければなりませんか?

A. シフト制など業務上毎月のシフト表で対応せざるを得ない場合は、就業規則にシフト作成・周知ルールを定めた上で、変形期間開始前にシフト表を確定・周知する方法が行政通達上認められています。ただし、就業規則に勤務パターン(始業・終業時刻)やシフト作成手順・周知方法が明記されていることが前提です。

Q2. シフト表を変形期間が始まった後に従業員に配布した場合はどうなりますか?

A. 変形期間の開始後にシフト表を周知した場合、その期間については変形労働時間制の適用が認められない可能性があります。そうなれば、1日8時間・週40時間を超えた労働がすべて時間外割増賃金の対象となるリスクがあります。必ず変形期間が始まる前の周知を徹底してください。

Q3. 変形期間が始まってから急な欠員が出た場合のシフト変更は認められますか?

A. 変形期間中の一方的なシフト変更は原則として認められません。緊急の変更が生じた場合、変更前の所定労働時間を基準に時間外割増賃金が発生します。ただし、就業規則に「緊急変更の条件・手続き」をあらかじめ定めておくことで対応できる場合がありますので、専門の弁護士に相談することをお勧めします。

Q4. パート・アルバイトにも変形労働時間制は適用できますか?

A. パート・アルバイトにも変形労働時間制を適用することは可能です。ただし、パート・アルバイト用の就業規則(またはその適用規定)にも変形労働時間制の定めを明確にする必要があります。正社員用の就業規則にだけ定めてあっても、パート・アルバイトには当然には適用されません。

Q5. 就業規則の記載が不十分だと、どのくらいの残業代が請求されるリスクがありますか?

A. 変形労働時間制が無効とされた場合、在職中・退職後を問わず過去3年分(場合によっては5年分)の未払残業代を請求されるリスクがあります。従業員数・月の時間外時間数によっては数百万円〜数千万円規模の請求になることもあります。付加金(最大で未払額と同額)が加算される場合もあり、早期の就業規則整備が重要です。

最終更新日:2026年5月22日