この記事の要点
| ✓ | 1年単位の変形労働時間制の導入には、過半数組合または過半数代表者との労使協定の締結と労働基準監督署への届出が必須です。就業規則の定めのみでは足りません。 |
| ✓ | 法令上、1日10時間・週52時間の労働時間上限が明定されており、これを超える労働時間の設定はできません。対象期間が3か月を超える場合はさらに追加制限があります。 |
| ✓ | 対象期間が3か月を超える場合、年間所定労働日数の上限は280日、48時間超の週が連続できるのは最大3週間までという制限が加わります。 |
| ✓ | 特定期間を設けることで、通常は6日が上限の連続労働日数を最大12日間に拡大できますが、最低週1日の休日は必須です。 |
| ✓ | 変形労働時間制を導入しても割増賃金はゼロにはなりません。所定時間超・法定時間超・総枠超の時間については25%以上の割増賃金が発生し、対象期間終了後の総枠精算も必要です。 |
目次
011年単位の変形労働時間制とは|概要と1か月単位との違い
1年単位の変形労働時間制とは、1年以内の対象期間を平均して1週の労働時間が40時間を超えない範囲内において、特定の日や週に法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて労働させることができる制度です(労働基準法第32条の4)。
季節によって業務量が大きく変動する業種では、繁忙期に多く働かせ、閑散期に少なく設定することで、年間トータルの労働時間を効率的に管理できます。1か月単位の変形労働時間制よりも長い対象期間を設定できるため、年間の業務繁閑に応じた柔軟な労働時間の配分が可能です。
1か月単位と1年単位の変形労働時間制の比較
| 比較項目 | 1か月単位 | 1年単位 |
|---|---|---|
| 根拠法令 | 労基法32条の2 | 労基法32条の4 |
| 対象期間 | 1か月以内 | 1年以内 |
| 導入手続き | 就業規則への定め+労基署届出 | 労使協定の締結+労基署届出(必須) |
| 1日の労働時間上限 | 法定上限なし(健康配慮は必要) | 10時間(法定上限あり) |
| 1週の労働時間上限 | 法定上限なし | 52時間(法定上限あり) |
| 年間所定労働日数上限 | 制限なし | 280日(対象期間3か月超の場合) |
| 連続労働日数の上限 | 6日 | 6日(特定期間中は最大12日) |
ただし、1か月単位の変形労働時間制が就業規則への定めと届出で足りるのに対して、1年単位の変形労働時間制は過半数組合または過半数代表者との労使協定の締結が必須であり、導入手続きはより複雑です。制度を適法に活用するためには、要件を正確に理解し、適切に設計・運用する必要があります。
02導入に必要な労使協定の内容と締結手続き
1年単位の変形労働時間制を実施するためには、事業場の労働者の過半数で組織する労働組合(過半数組合)がある場合はその組合と、過半数組合がない場合は労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)との間で労使協定を締結し、これを労働基準監督署に届け出ることが必要です。就業規則の定めのみでは足りず、必ず労使協定の締結が求められます。
労使協定の必要記載事項
| 番号 | 必要記載事項 | ポイント |
|---|---|---|
| ① | 対象労働者の範囲 | どの労働者に制度を適用するかを明確に特定する |
| ② | 対象期間(1年以内・起算日) | 「〇年〇月〇日から〇年〇月〇日まで」と起算日を特定する |
| ③ | 特定期間(設ける場合) | 繁忙期として定める期間を特定する(任意) |
| ④ | 労働日および各労働日の労働時間 | 各日の労働時間を具体的に特定する(段階的特定も可) |
| ⑤ | 労使協定の有効期間 | 法定制限なし。行政通達では1年程度が望ましいとされる |
過半数代表者の適正な選出
過半数代表者は、管理監督者(労基法41条2号)でなく、かつ使用者の意向に基づかない民主的な方法(投票・挙手等)で選出された者でなければなりません。使用者が指名したり、実態を伴わない形で代表者とされたりしている場合は、労使協定自体が無効となるリスクがあります。
⚠️ 過半数代表者の選出が不適切な場合、労使協定全体が無効になります
「形式的に選出手続きをとった」だけでは不十分です。選出手続きの適法性について疑義が生じた場合、労働基準監督署の調査や労働審判において、労使協定の有効性が争われることがあります。選出方法・記録の保管について専門家に確認することをお勧めします。
有効期間終了後の更新手続き
労使協定の有効期間が終了した後も引き続き制度を利用する場合は、改めて協定を締結し直し、労働基準監督署に届け出る必要があります。有効期間が切れた状態で変形労働時間制を運用し続けると、制度が無効となり多額の未払残業代リスクが生じます。有効期間の管理を確実に行うことが重要です。
03対象期間・特定期間・連続労働日数の上限
対象期間
対象期間は1年以内の期間に限られ、起算日を明確に特定する必要があります。「1年」とは暦年でも年度単位でも構いませんが、1年を超えることはできません。対象期間の長さによって適用される制限が変わるため(3か月超の場合に追加制限あり)、制度設計の段階で対象期間の長さを慎重に検討する必要があります。
特定期間とは
特定期間とは、対象期間の中でも特に業務が繁忙な時期として労使協定で定める期間のことです。特定期間は必ずしも定める必要はなく、また1つの対象期間中に複数の特定期間を設けることも可能です。
連続労働日数の上限
| 期間の区分 | 連続労働日数の上限 | 備考 |
|---|---|---|
| 通常期(特定期間以外) | 6日 | 週1日の休日確保が必要 |
| 特定期間中 | 最大12日 | 12日連続の後は必ず休日が必要。特定期間中も最低週1日の休日は確保必須 |
04労働日・労働時間の特定方法と1日・週の上限規制
1年単位の変形労働時間制においては、対象期間中の各労働日とその労働時間を事前に特定することが求められます。
段階的特定の方法
対象期間を1か月以上の期間に区分した場合(段階的特定)は、最初の区分についてのみ労使協定で具体的な労働日・労働時間を定め、2回目以降の区分については各区分の労働日数と総労働時間のみを定めれば足ります。その後の具体的な特定は、各区分の開始30日前までに書面で行う必要があります。
段階的特定のスケジュール例(対象期間:4月〜翌3月の1年間を3か月ごとに区分する場合)
| 区分 | 期間 | 特定方法 | 特定期限 |
|---|---|---|---|
| 第1区分 | 4月〜6月 | 労使協定に具体的な各日の労働時間を明記 | 締結時 |
| 第2区分 | 7月〜9月 | 労使協定には労働日数・総労働時間のみ記載→具体的特定は書面で | 6月1日まで(開始30日前) |
| 第3区分 | 10月〜12月 | 同上 | 9月1日まで(開始30日前) |
| 第4区分 | 1月〜3月 | 同上 | 12月1日まで(開始30日前) |
1日・1週の労働時間の法定上限
1年単位の変形労働時間制の労働時間上限(法定)
| 1日の労働時間の上限 | 10時間 |
| 1週間の労働時間の上限 | 52時間 |
1か月単位の変形労働時間制では法定上限が定められていませんが、1年単位では上記の上限が法令上明定されています。この上限を超えた労働時間の設定は認められません。
05対象期間3か月超の場合の追加制限
対象期間が3か月を超える場合は、労働者の健康保護の観点から、以下のような追加的な制限が課されます。1年間を対象期間とする場合には必ずこれらの制限が適用されます。
対象期間3か月超の場合の追加制限(3つ)
| 制限の種類 | 内容 |
|---|---|
| ①48時間超の週の連続制限 | 1週間の労働時間が48時間を超える週が連続できるのは最大3週間まで。4週以上連続して設定することは不可 |
| ②3か月ごとの区分における上限 | 対象期間を3か月ごとに区切った各区分期間において、48時間超の週は最大3週間まで |
| ③年間所定労働日数の上限 | 1年当たりの所定労働日数の上限は原則280日(対象期間が3か月以内の場合はこの制限なし) |
これらの追加制限に違反した労使協定は、その部分が無効となるリスクがあります。1年間を対象期間とする変形労働時間制を設計する際は、繁忙期の所定労働時間・日数の設定にあたって、この3つの制限を満たしているかどうかを必ず確認する必要があります。
06時間外労働と割増賃金の発生基準
1年単位の変形労働時間制を適法に導入した場合でも、以下のいずれかに該当する時間については時間外労働として割増賃金(25%以上)の支払いが必要です。
| 基準 | 時間外労働となる時間 |
|---|---|
| 第1基準 | 労使協定であらかじめ所定労働時間を定めた日については、その所定時間を超えた時間 |
| 第2基準 | 所定の定めがない日については1日8時間超、週については週40時間超(算入済み分除く) |
| 第3基準 | 対象期間全体の総実労働時間が総枠(40時間×対象期間の暦日数÷7)を超えた時間(第1・第2算入済み分除く)。対象期間終了後に精算 |
また、変形労働時間制を採用していても、深夜労働(22時〜翌5時)の深夜割増賃金(25%以上)と法定休日労働の休日割増賃金(35%以上)は引き続き別途発生します。
対象期間終了後の総枠精算を忘れずに
第3基準の精算計算は対象期間終了後に行います。対象期間が終わったら速やかに総実労働時間を集計し、総枠超えがないかを確認して、必要な割増賃金を次の賃金支払日に精算してください。この精算を怠ると未払残業代として後から一括請求されるリスクがあります。
07実務上の重要ポイント|途中変更・途中入退社・就業規則整合
① 年度途中の変更には慎重な対応が必要
1年単位の変形労働時間制では、労使協定で定めた各日・各週の労働時間を対象期間開始後に変更することは原則として認められません。業務上の事情から変更せざるを得ない場合でも、変更できる範囲は限られており、安易な変更は制度全体の有効性に影響を与えます。変更が必要な場合は事前に会社側専門の労働問題弁護士に相談することをお勧めします。
② 中途採用・途中退職者への割増賃金精算
対象期間の途中で入社した労働者や退職した労働者については、その者が実際に在籍した期間に対応する法定労働時間の総枠を超えた時間について割増賃金を精算する必要があります。
途中入退社の総枠計算方法
| ケース | 総枠の計算方法 | 精算タイミング |
|---|---|---|
| 対象期間途中の入社 | 40時間 × 在籍日数 ÷ 7 | 対象期間終了時または退職時 |
| 対象期間途中の退職 | 40時間 × 在籍日数 ÷ 7 | 退職時に必ず精算(忘れやすい) |
退職時の精算は特に忘れやすいため、退職手続きのチェックリストに「変形労働時間制の総枠精算」を組み込むことをお勧めします。
③ 就業規則との整合性の確保
1年単位の変形労働時間制は労使協定の締結が必須ですが、就業規則への記載も必要です(常時10人以上の労働者を使用する事業場の場合)。労使協定の内容と就業規則の記載が矛盾しないよう整合性を確保することが重要です。特に対象労働者の範囲・変形期間・起算日・労働時間の上限については、両者の記載を一致させてください。
④ 年次有給休暇取得日の労働時間の扱い
変形労働時間制を採用している場合、年次有給休暇を取得した日については、その日に予定されていた所定労働時間を労働したものとして賃金を算定します。また、年次有給休暇の取得日が変形労働時間制の対象日数に含まれるため、有給休暇を多く取得すると年間の所定労働日数が減少し、総枠の計算に影響が出ることがあります。この点についても実務上注意が必要です。
08制度無効リスクと弁護士活用のメリット
1年単位の変形労働時間制の有効要件を満たさない場合、制度全体が無効となり、対象期間全体について通常の残業代計算(1日8時間・週40時間超えがすべて時間外労働)が遡及的に適用されます。複数年にわたって制度が無効だった場合、多額の未払残業代が一括請求されるリスクがあります。
制度無効につながる主な要因
| ▶ | 過半数代表者の選出が不適切(管理監督者が代表者・使用者が指名等) |
| ▶ | 労使協定の有効期間が切れているのに運用を継続 |
| ▶ | 1日10時間・週52時間・年280日の上限を超えた設定 |
| ▶ | 各労働日の労働時間が事前に特定されていない(段階的特定の期限30日前の書面特定を怠った等) |
| ▶ | 就業規則と労使協定の内容に矛盾がある |
会社側専門弁護士に依頼するメリット
- 有効要件を確実に満たした労使協定・就業規則の設計・作成ができる
- 過半数代表者の選出手続きの適法性について具体的なアドバイスが得られる
- 制度設計段階から関与することで、後日のトラブルを未然に防止できる
- 万一、未払残業代請求・労働審判が提起された場合に一貫して対応してもらえる
- 有効期間の管理・更新手続き・途中入退社の精算など継続的な運用サポートが受けられる
SUPERVISOR
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。1年単位の変形労働時間制の導入・運用や残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。
Q&Aよくある質問
Q1. 1年単位の変形労働時間制と1か月単位の変形労働時間制の主な違いは何ですか?
A. 1年単位は対象期間が最大1年と長く、年間を通じた柔軟な労働時間配分が可能です。ただし導入に労使協定の締結と労基署届出が必須であり、1日10時間・週52時間の労働時間上限、年間280日の所定労働日数上限など制約が多くなります。1か月単位は就業規則への定めと届出で足り手続きが比較的簡易ですが、対象期間が短いため年間を通じた繁閑対応には限界があります。
Q2. 労使協定の有効期間はどのくらいにすればよいですか?
A. 法令上の制限はありませんが、行政通達では1年程度が望ましいとされています。有効期間終了後も引き続き制度を利用する場合は、新たに協定を締結し直して労基署に届け出る必要があります。有効期間が切れた状態で運用を続けると制度が無効となり、多額の未払残業代リスクが生じますので、有効期間の管理を確実に行ってください。
Q3. 1年単位の変形労働時間制でも残業代は発生しますか?
A. 発生します。①所定時間を超えた時間(第1基準)、②所定の定めがない日・週の法定時間超(第2基準)、③対象期間全体の総枠超(第3基準)については25%以上の割増賃金が必要です。深夜・法定休日の割増賃金も引き続き別途発生します。変形労働時間制は残業代をゼロにする制度ではなく、適法な範囲で労働時間を柔軟に配分できる制度です。
Q4. 特定期間の連続労働日数の上限は何日ですか?
A. 通常期は6日が上限ですが、特定期間中は最大12日間まで連続して労働させることができます。ただし12日連続した後は必ず休日を設ける必要があり、特定期間中も最低週1日の休日は確保しなければなりません。なお特定期間は必ずしも設ける必要はなく、1つの対象期間中に複数設けることも可能です。
Q5. 対象期間の途中で入社・退職した労働者への対応はどうなりますか?
A. 実際に在籍した期間に対応する法定労働時間の総枠(40時間×在籍日数÷7)を超えた時間について割増賃金を精算する必要があります。特に退職時の精算は忘れやすいため、退職手続きのチェックリストに「変形労働時間制の総枠精算」を組み込むことをお勧めします。精算漏れは退職後に未払残業代として請求されるリスクがあります。
最終更新日:2026年5月22日