この記事の要点
| ✓ | 1か月単位の変形労働時間制を適法に導入した場合でも時間外労働・割増賃金は発生します。変形労働時間制は「残業代ゼロ」の制度ではありません。 |
| ✓ | 時間外労働の判定は①所定時間超(第1基準)→②法定時間超(第2基準)→③総枠超(第3基準)の3段階で行い、重複算入は禁止されています。 |
| ✓ | 変形期間終了後には必ず総枠超えの精算計算(第3基準)を行い、翌月の賃金支払日までに割増賃金を精算する必要があります。見落としが多いポイントです。 |
| ✓ | 深夜労働(22時〜翌5時)の深夜割増賃金(25%以上)・法定休日労働の休日割増賃金(35%以上)は、変形労働時間制の有無にかかわらず別途発生します。 |
| ✓ | 変形労働時間制の有効要件を欠く場合は制度全体が無効となり、変形期間全体について通常の残業代計算が遡及適用され、多額の未払残業代請求リスクが生じます。 |
目次
01変形労働時間制でも時間外労働・割増賃金は発生する
1か月単位の変形労働時間制を適法に導入した場合でも、所定の労働時間を超えて労働させた場合には時間外労働として割増賃金(残業代)が発生します。変形労働時間制は、特定の日や週に法定労働時間を超える労働時間を設定できる制度ですが、「すべての時間外労働をなくす」制度でも「残業代をゼロにする」制度でもありません。
⚠️ よくある誤解:「変形労働時間制を入れたから残業代はゼロ」は誤りです
変形労働時間制を導入していても、所定労働時間を超えた時間・法定労働時間を超えた時間・変形期間の総枠を超えた時間については、それぞれ割増賃金(25%以上)の支払いが必要です。「変形労働時間制を入れたから残業代はかからない」と思い込んでいる会社では、後から多額の未払残業代を請求されるリスクがあります。
また、変形労働時間制の導入そのものが無効と判断された場合(就業規則への定め不備・事前特定要件を満たさない場合など)は、変形期間全体にわたって通常の残業代計算(1日8時間・週40時間基準)が遡及的に適用されることになります。こうした事態を避けるためにも、適法な導入・運用が不可欠です。
023段階の判定基準の概要と適用順序
1か月単位の変形労働時間制の適用が認められる場合の時間外労働の判定について、行政解釈(昭和63年1月1日付基発第1号)は3段階の基準を定めています。この3段階の基準は必ず順番に適用され、後の段階では先の段階で既に時間外労働として算入された時間は重複して算入しない仕組みになっています。
3段階の判定基準(一覧)
| 基準 | 対象 | 時間外労働となる時間 |
|---|---|---|
| 第1基準 | 所定労働時間をあらかじめ定めた日・週 | その所定労働時間を超えた時間 |
| 第2基準 | 所定労働時間の定めがない日・週 | 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えた時間(第1基準算入済み分除く) |
| 第3基準 | 変形期間全体 | 総枠(40時間×暦日数÷7)を超えた時間(第1・第2基準算入済み分除く) |
※各基準は順番に適用し、重複算入は禁止されます。第3基準は変形期間終了後に精算します。
この3段階の基準を正確に理解・運用しないと、時間外労働の計算が過少になり、未払残業代を請求されるリスクがあります。それぞれの基準について、以下で詳しく解説します。
03第1基準:所定労働時間を定めた日・週の所定時間超
変形労働時間制においては、就業規則等で各日・各週の所定労働時間を事前に特定しなければなりません。この事前に特定された所定労働時間を超えて労働した時間が、第1基準による時間外労働となります。
所定時間が法定時間を超えている日の場合
ある日の所定労働時間が10時間(法定8時間超)と定められていた場合、その日に11時間働かせると、所定10時間を超えた1時間が第1基準の時間外労働となります。
この場合、8時間〜10時間の部分(2時間)は、変形労働時間制の適用によって法定内とみなされています。しかし10時間を超えた1時間は、事前に特定した所定時間の枠外の労働であるため、割増賃金の支払いが必要です。
所定時間が法定時間内(8時間以下)の日の場合
例えばある日の所定労働時間が6時間と定められていた場合、その日に7時間働かせると、所定6時間を超えた1時間が第1基準の時間外労働となります。この1時間は法定時間(8時間)以内であっても、就業規則等で「その日は6時間」と特定した以上、その枠を超えた部分は変形労働時間制の枠外の労働です。
第1基準のポイント
- 所定時間が法定時間を超えている日:所定時間を超えた分が時間外労働
- 所定時間が法定時間以内の日:所定時間を超えた分が時間外労働(法定時間以内でも)
- 週についても同様(所定週労働時間を超えた分が時間外労働)
- 第1基準で算入した時間は第2・第3基準では算入しない(重複禁止)
04第2基準:所定の定めがない日・週の法定時間超
変形期間中のすべての日・週について所定労働時間が特定されていない場合、または特定がされていない日・週が存在する場合には、第2基準が適用されます。この場合、1日の法定労働時間(原則8時間)を超えた時間、1週の法定労働時間(原則40時間)を超えた時間が時間外労働となります。
日単位・週単位の判定と重複算入の禁止
週について計算する際には、同じ週の日単位計算(第1基準・第2基準の日ベース)で既に時間外労働として算入された時間を除いて週ベースで計算します。重複算入を防ぐための調整が必要です。
第2基準の適用例
| ケース | 実労働時間 | 第2基準の時間外労働 |
|---|---|---|
| 所定の定めがない日に労働 | 9時間 | 1時間(8時間超の部分) |
| 所定の定めがない日に労働 | 7時間 | 0時間(8時間以内のため) |
| 所定の定めがない週に合計41時間労働(日ベース時間外0時間) | 41時間 | 1時間(40時間超の部分) |
なお、変形労働時間制の有効要件として各日・各週の労働時間の事前特定が求められます。特定が不十分な日が多い場合、制度の有効性そのものが問われることになります。
05第3基準:変形期間全体の総枠超え|計算方法と精算手順
第3基準は、変形期間全体の実際の総労働時間が法定労働時間の総枠を超えた場合に適用されます。第1・第2基準で既に時間外労働として算入された時間を控除した残りが追加の時間外労働となります。この第3基準の精算計算は変形期間終了後に行うため、見落とされやすい点です。
総枠の計算方法
1か月の法定労働時間の総枠は、「40時間 × 変形期間の暦日数 ÷ 7」で計算します。月の暦日数によって総枠は異なります。
| 暦日数 | 総枠(週40時間制) | 総枠(週44時間特例) | 該当する月の例 |
|---|---|---|---|
| 28日 | 160.0時間 | 176.0時間 | 2月(平年) |
| 29日 | 約165.7時間 | 約182.3時間 | 2月(うるう年) |
| 30日 | 約171.4時間 | 約188.6時間 | 4・6・9・11月 |
| 31日 | 約177.1時間 | 約194.9時間 | 1・3・5・7・8・10・12月 |
※週44時間特例事業場とは、商業・映画・演劇業・保健衛生業・接客娯楽業等で常時10人未満の使用者が対象です。
第3基準の精算手順
| STEP 1 | 変形期間終了後に総実労働時間を集計する タイムカードや勤怠システムで当月の総実働時間を集計 |
| STEP 2 | 総実労働時間と総枠を比較する 総実労働時間 − 総枠 = 総枠超え時間(マイナスの場合は超えなし) |
| STEP 3 | 第1・第2基準で算入済みの時間外労働時間を差し引く 総枠超え時間 − 第1基準算入済み時間 − 第2基準算入済み時間 = 第3基準の時間外労働時間 |
| STEP 4 | 翌月の賃金支払日までに割増賃金を精算・支払う 第3基準の時間外労働時間 × 時間単価 × 1.25以上(端数処理に注意) |
06具体的な計算例(31日の月・シフト制)
3段階の基準を具体例で確認します。ある31日の月(総枠177.1時間)において、1か月単位の変形労働時間制を採用している会社での計算例です。
前提条件
- 変形期間:当月1日〜末日(31日間)、総枠:約177.1時間
- 通常日(月〜金):所定8時間、繁忙日(月4日):所定10時間、土曜(月4日):所定4時間
- 当月の所定総労働時間:(17日×8時間)+(4日×10時間)+(4日×4時間)=136+40+16=192時間
- 当月の実際の総労働時間:195時間(下記のような実績)
| ケース(実際に起きた事象) | 適用基準 | 時間外労働 |
|---|---|---|
| 繁忙日(所定10時間)に11時間労働 | 第1基準 | 1時間 |
| 所定の定めがない祝日に急きょ出勤、9時間労働 | 第2基準 | 1時間 |
| 通常日(所定8時間)に9時間労働(×2日) | 第1基準 | 2時間 |
| 上記以外の総枠超え(195h−177.1h=17.9h総枠超え、うち第1・第2算入済み3h除く) | 第3基準 | 14.9時間 |
| 合計時間外労働 | ||
| 18.9時間 | ||
※この計算例はあくまで説明用の簡略版です。実際の計算では端数処理・深夜割増の重複等を正確に処理する必要があります。詳細は会社側専門の労働問題弁護士にご相談ください。
07深夜・休日割増賃金との関係
変形労働時間制を採用していても、以下の割増賃金は時間外割増賃金とは別に発生します。これらを見落として計算すると未払残業代となります。
| 割増賃金の種類 | 発生する条件 | 割増率 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 深夜割増賃金 | 午後10時〜翌午前5時の労働 | 25%以上 | 所定労働時間が深夜に及ぶ場合でも発生。時間外割増と重複する場合は合算(50%以上) |
| 法定休日割増賃金 | 法定休日(週1回)の労働 | 35%以上 | 法定休日の労働は時間外労働の3段階基準とは別に計算。深夜に及ぶ場合はさらに深夜割増加算 |
| 時間外+深夜の重複 | 時間外労働かつ深夜(22時〜5時)の場合 | 50%以上 | 時間外割増25%+深夜割増25%=50%以上の割増が必要 |
所定労働時間が深夜に設定されている場合
変形労働時間制で所定労働時間を深夜時間帯(22時〜翌5時)に設定している場合でも、その時間帯の労働には深夜割増賃金(25%以上)の支払いが必要です。変形労働時間制によって深夜割増賃金が免除されるわけではありません。夜間シフトを設定している飲食業・医療介護業では特に注意が必要です。
法定休日と法定外休日の区別
法定休日(週1回の休日)の労働には35%以上の休日割増賃金が必要ですが、法定外休日(就業規則で定めた休日のうち法定休日以外)の労働は時間外労働として扱われます。変形労働時間制における「変形期間中の所定休日」の位置づけを就業規則で明確にしておくことが重要です。
08実務上の管理ポイントと制度無効のリスク
① 第3基準(総枠精算)を忘れない
第1・第2基準による時間外労働の管理は日常的に行われていても、変形期間終了後の第3基準(総枠精算)は見落とされがちです。変形期間が終わるごとに総実労働時間を集計し、総枠との比較を必ず実施してください。総枠超えが判明した場合は翌月の賃金支払日までに精算して割増賃金を支払う必要があります。
② 変形期間中のシフト変更には慎重に
変形労働時間制の有効要件として、変形期間開始前に各日・各週の労働時間を特定しておくことが求められます。変形期間開始後に使用者の都合で労働時間を変更した場合、変形労働時間制の適法性が否定されるリスクがあります。変更が必要な場合でも、法的なリスクを把握した上で慎重に対応することが重要です。
③ 変形労働時間制が無効と判断された場合のリスク
変形労働時間制の有効要件(就業規則への明記・各日の事前特定・過半数代表者の適正選出等)を満たさない場合、制度全体が無効とされます。この場合、変形期間中のすべての労働時間について通常の残業代計算(1日8時間・週40時間超えが時間外労働)が遡及的に適用され、多額の未払残業代が発生する可能性があります。
制度無効時の具体的リスク
| ▶ | 通常の残業代計算が遡及適用:変形期間全体の1日8h・週40h超えがすべて時間外労働に |
| ▶ | 過去3〜5年分の一括請求リスク:在職中・退職後を問わず遡及して請求が可能 |
| ▶ | 付加金(最大で未払額と同額):悪質と判断された場合、裁判所が付加金を命じることがある |
| ▶ | 労基署の是正勧告・行政指導:対応に多大な手間と費用が発生 |
④ 勤怠管理システムの設定確認
変形労働時間制の3段階基準を正確に管理するためには、勤怠管理システムが変形労働時間制の計算に対応していることを確認する必要があります。多くのシステムでは設定によって変形期間の総枠精算(第3基準)を自動計算できますが、設定が正しくないと総枠精算が行われず、未払残業代が蓄積します。システムの設定内容を定期的に確認・見直すことをお勧めします。
SUPERVISOR
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。変形労働時間制の時間外労働管理や残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。
Q&Aよくある質問
Q1. 変形労働時間制を採用すると残業代が不要になりますか?
A. なりません。変形労働時間制は残業代を完全に不要にする制度ではなく、①所定時間超(第1基準)、②法定時間超(第2基準)、③総枠超(第3基準)のいずれかに該当する時間については25%以上の割増賃金の支払いが必要です。「変形労働時間制を入れたから残業代はゼロ」という認識は誤りであり、その誤解が多額の未払残業代請求につながるケースが多くあります。
Q2. 変形期間の途中で所定労働時間を超えた時間は、すぐに割増賃金を支払う必要がありますか?
A. 第1基準・第2基準による時間外労働については、その月の賃金支払日に精算します。第3基準(総枠精算)については変形期間終了後に集計し、翌月の賃金支払日までに精算する必要があります。毎月の賃金計算時に第1・第2基準の時間外労働を計算し、翌月には第3基準の総枠精算も忘れずに行うことが重要です。
Q3. 深夜シフトを所定労働時間として設定した場合でも深夜割増は必要ですか?
A. はい、必要です。所定労働時間として設定した時間帯であっても、深夜時間帯(22時〜翌5時)に労働させた場合には25%以上の深夜割増賃金を支払わなければなりません。変形労働時間制によって深夜割増賃金が免除されることはありません。夜間シフトを組む飲食業・医療介護業などでは特に注意が必要です。
Q4. 変形期間中に所定労働時間の少ない日がある場合、その日に8時間以内で残業しても割増賃金は必要ですか?
A. はい、必要です。たとえば所定6時間の日に7時間働かせた場合、超過した1時間は第1基準の時間外労働となり、25%以上の割増賃金が必要です。法定時間(8時間)以内であっても、就業規則等で「その日は6時間」と特定した以上、その枠を超えた部分は変形労働時間制の枠外の労働です。
Q5. 変形労働時間制の要件を満たさない場合、残業代の計算はどうなりますか?
A. 制度全体が無効となり、変形期間全体について通常の残業代計算(1日8時間・週40時間を超えた時間がすべて時間外労働)が遡及的に適用されます。在職中・退職後を問わず過去3〜5年分の未払残業代を一括請求されるリスクがあり、付加金(最大で未払額と同額)が加算される場合もあります。就業規則の整備・各日の事前特定など有効要件の充足が不可欠です。
最終更新日:2026年5月22日