労働問題61 能力が低いと分かっていた応募者に「チャンスを与える」ために採用し試用期間中に本採用拒否するやり方の危険性を会社側弁護士が解説
目次
「雇ってあげる」「チャンスを与える」という発想での採用は極めて危険です。採用面接時に知っていた能力不足では本採用拒否の緩やかな基準は適用されず、後でトラブルになるリスクが極めて高くなります。
採用面接時に能力不足が判明していた応募者を採用し試用期間中に本採用拒否しようとしても、「当初知ることができなかった事実」に当たらないため緩やかな基準は適用されません。また「雇ってあげる」という意識が脇を甘くし、トラブルに発展するリスクを高めます。
■ 法的リスク:採用面接時に知り得た事実では緩やかな基準は適用されない
採用面接時に既に能力不足が判明していた場合、試用期間中に新たな問題が発生しない限り本採用拒否は無効とされるリスクが極めて高くなります。
■ 心理的リスク:「いいことをした」意識が脇を甘くする
「雇ってあげた」という意識が「悪くは思われないだろう」という油断を生み、適切な労務管理を怠る原因となります。実際には感謝されず、むしろ強く非難されることが多いです。
■ 採用の基本原則:魅力があって雇いたいと思う場合にのみ採用する
使用者は応募者に魅力があって雇いたいと考える場合に初めて採用すべきです。そうでない場合は不採用にする必要があります。
1. 「チャンスを与えるための採用」が極めて危険な理由
雇用主の責任の重さを軽視した発想
「能力が低いのは分かっていたけど、就職できなくて困っているようだし、もしかしたら会社に貢献できる点も見つかるかもしれないから、チャンスを与えるために採用してあげた」という発想は、雇用主の責任の重さを考えると、極めて危険な考え方です。
採用するということは、その人の生活・キャリア・将来に深く関わる重大な決断です。「チャンスを与えてあげる」という感覚で採用することは、その責任の重さを軽視した考え方であり、その後のトラブルを招く大きな要因となります。
法的リスク:緩やかな基準が適用されない
緩やかな基準で認められる試用期間中の本採用拒否は、「当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実」を理由とする本採用拒否に限られます(労働問題60参照)。採用面接時に能力不足が既に判明していた場合、新たに本採用拒否に値する事実が試用期間中に判明しない限り、本採用拒否はおそらく無効と判断されることになります。
つまり「採用面接時に既に低能力だと知っていた」という事実そのものが、後の本採用拒否を法的に困難にする要因となるのです。
✕ よくある経営者の誤解——危険な採用思想
「試用期間中なら、ダメだったら切ればいい。チャンスを与えることには問題ない」→ 極めて危険です。
採用面接時に既に知り得た能力不足を理由とする本採用拒否は、緩やかな基準が適用されません。「切ればいい」という前提自体が法的に成立しない可能性が高いです。
「チャンスをあげたのだから感謝されるはず」→ 全くの誤解です。
採用されて試用期間中に本採用拒否された労働者から感謝されることはなく、むしろ「他社で就職できたはずなのに」「ブラック企業に人生を狂わされた」と強く非難されることが珍しくありません。
2. 「雇ってあげる」意識がトラブルを招く心理的メカニズム
「いいことをした」意識が脇を甘くする
「雇ってあげる」という発想で社員を雇った場合、会社経営者は「いいことをしたのだから、感謝されないまでも、悪くは思われることはないだろう」と思い込んだり、自分が面倒見のいい親分になったような気分に浸ったりして脇が甘くなりやすくなります。
この脇の甘さが、適切な労務管理の怠慢につながります。試用期間中に必要な問題指摘・記録の整備・合意退職に向けた早期対応を怠り、気づいた時には本採用拒否が法的に困難な状況になってしまっているというパターンが非常に多く見られます。
採用された側の受け取り方
採用されて試用期間中に本採用拒否(解雇)された労働者からは、全く感謝されず、それどころか「中途半端に採用されなければ、他社で正社員として就職することができたのに、人を物のように扱うブラック企業によって人生を狂わされた」と非難されることも珍しくありません。
採用された側からすれば、採用を受け入れた段階で他社への就職の機会を失っています。その上で試用期間中に解雇されれば、その期間分の損失と次の就職活動のやり直しという大きな不利益を被ります。「チャンスを与えた」という会社側の意識とは全く異なる受け取られ方をするのは、当然のことです。
3. 採用判断の基本原則
魅力があって雇いたいと思う場合にのみ採用する
使用者は、その応募者に魅力があって雇いたいと考える場合に初めて雇うべきであり、魅力がないと判断したら不採用とする必要があります。これが採用判断の基本原則です。
採用活動において「この人は我が社に貢献してくれるか」「この人と一緒に仕事をしたいか」という視点で判断することが重要です。「可哀想だから」「お情けで」「チャンスを与えてあげたい」という動機での採用は、会社経営者としての判断ではなく、感情に流された判断です。
採用活動において気持ちを引き締める重要性
そうはならないよう、気持ちを引き締めて採用活動に当たることが重要です。採用は会社経営における最も重要な意思決定の一つです。採用ミスは、その後の問題社員対応・本採用拒否・解雇等のリスクとして長期間にわたって会社に影響を及ぼします。
「この人を採用するかどうか確信が持てない」という段階では採用しない。「この人には我が社で活躍してほしい」という確信がある場合にのみ採用する。この原則を守ることが、採用後のトラブルを未然に防ぐ最大の対策です。
採用後に問題が発生した場合・試用期間中の本採用拒否の可否判断・合意退職の進め方について、早めの弁護士へのご相談をお勧めします。→ 経営労働相談はこちら
⚠ 実務でよく見られるパターン(弁護士対応事例より)
・「採用面接で能力不足が明らかだったが『チャンスを与えたい』という気持ちで採用した。試用期間中に問題が続き本採用拒否したところ、採用時に既に能力不足を知っていたとして緩やかな基準が適用されず、本採用拒否が無効とされた」
・「『雇ってあげた』という気持ちから労務管理が甘くなった。試用期間中に必要な指摘・記録を怠り、本採用拒否しようとした時には証拠が全くない状態だった」
「魅力があって雇いたい」という確信がない応募者は採用しないことが、最大のリスク管理です。
4. まとめ
採用面接時に能力不足が判明した応募者を「チャンスを与える」という発想で採用し、試用期間中にダメなら本採用拒否しようという考え方は、雇用主の責任の重さを考えると極めて危険です。採用面接時に知り得た能力不足では緩やかな基準での本採用拒否は認められず、新たな問題が試用期間中に判明しない限り本採用拒否は無効とされるリスクが高くなります。また「雇ってあげる」という意識が労務管理の甘さにつながり、さらにトラブルリスクを高めます。使用者は「この応募者に魅力があって雇いたい」という確信がある場合にのみ採用すべきであり、そうでない場合は不採用とする判断が必要です。
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弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
最終更新日 2026/04/05
