労働時間の管理義務はなぜ使用者に課されるのか【会社側弁護士が解説】
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賃金計算と健康確保の両面から、使用者には実質的に労働時間の把握・管理が義務付けられている 労基法に単独の「労働時間管理義務」条文はありませんが、法定労働時間遵守(32条)・36協定(36条)・割増賃金支払(37条)・賃金台帳記録(108条)の履行に労働時間の把握が不可欠です。さらに2019年施行の労安衛法66条の8の3により、客観的方法による労働時間の状況の把握が明確に義務化されました。 |
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管理不備は残業代請求・行政指導・刑事責任のリスクに直結する 使用者が労働時間を客観的に証明できない場合、残業代請求訴訟で労働者側の主張が認定されやすくなります。「管理していなかった」ことが使用者に不利に働く構造のため、客観的な記録が不可欠です。 |
目次
使用者に労働時間の把握・管理が求められる根拠は、大きく分けて二つあります。一つは賃金・割増賃金を適正に計算するため、もう一つは労働者の健康を確保するためです。労働基準法には「労働時間を管理しなければならない」という単独の条文はありませんが、同法上の各義務を適法に履行するには労働時間の正確な把握が不可欠であり、加えて2019年施行の労働安全衛生法66条の8の3は、客観的な方法による労働時間の状況の把握を明確に義務付けています。
その結果、使用者には実質的に労働時間の把握・管理が義務付けられているといえます。会社側専門の弁護士の立場から、その法的な根拠と、管理を怠った場合のリスク、実務対応を整理して解説します。
01使用者が労働時間を把握・管理しなければならない理由
労働時間の把握・管理が求められる理由は、次の二つの側面から整理できます。この二つは目的も根拠条文も異なりますが、いずれも実際の労働時間の正確な把握を前提としています。
このように、労働時間の把握・管理は、賃金の適正計算と労働者の健康確保という二つの目的を支える基盤となっています。労働時間の把握なしにはこれらの義務を適法に履行することができないため、使用者には実質的な労働時間の把握・管理義務があるといえます。
02労基法上の各義務との関係(32条・36条・37条)
使用者は、労基法32条により、原則として1日8時間・週40時間の法定労働時間を超えて労働者を働かせてはなりません。この義務を遵守するためには、各労働者の日々の実労働時間を正確に把握している必要があります。また、時間外・休日労働を行わせる場合には、労基法36条に基づき36協定を締結・届出し、その上限時間を遵守しなければならず、そのためにも労働時間の正確な管理が求められます。
さらに、時間外・休日・深夜労働に対する割増賃金(労基法37条)を正確に計算・支払うためには、次の情報を把握していなければなりません。
なお、1か月60時間を超える時間外労働の割増率は50%以上とされ、中小企業にも2023年4月1日から適用されています。いずれの割増賃金も、正確な労働時間の把握なしには適法に計算・支払うことができません。
03賃金台帳への記録義務・記録の保存(108条・109条)
労基法108条は、使用者に対し、各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項等を記入することを義務付けています。その記入事項は労基則54条1項に定められており、労働時間に関する事項として次のものが含まれます。
これらを記録するためには、当然ながら各労働者の実際の労働時間を正確に把握していなければなりません。この意味で、賃金台帳の記録義務は、実質的に労働時間の把握を裏付けるものといえます。なお、管理監督者については、労働時間・休日に関する規定が適用されないため、賃金台帳への時間外・休日労働時間数の記入は不要とされていますが、深夜割増賃金は支払う必要があるため、深夜労働時間数は記入しなければならない点に注意が必要です。
また、賃金台帳をはじめとする労働関係の重要書類は、労基法109条により5年間(経過措置として当分の間は3年間。労基法143条)保存しなければなりません。この保存義務を果たすうえでも、労働時間の記録の整備が前提となります。
04労働安全衛生法上の労働時間の状況把握義務
働き方改革関連法による労働安全衛生法の改正により、2019年4月から、使用者には「労働時間の状況」を把握する義務が明確に課されました(労安衛法66条の8の3)。これは、長時間労働者に対する医師の面接指導を確実に実施するための前提として設けられたものです。
把握の方法は、タイムカードによる記録、パソコン等の電子計算機の使用時間(ログイン・ログアウト時刻)の記録などの客観的な方法その他の適切な方法によるものとされ、把握した記録は3年間保存しなければなりません(労働安全衛生規則52条の7の3)。
経営者が見落としやすいポイント
労安衛法66条の8の3の把握対象は、高度プロフェッショナル制度の適用者を除く全ての労働者であり、管理監督者や裁量労働制の対象者も含まれます。「管理職だから労働時間の把握は不要」という認識は、この点で誤りです。健康確保を目的とする把握義務であるため、残業代の支払対象かどうかとは切り離して、客観的な方法での把握が求められます。
この義務は、賃金計算を目的とする労基法上の把握とは目的が異なり、労働者の健康確保を目的とする点に特徴があります。両者は重なり合いながらも別個の根拠に立つものであり、いずれの観点からも客観的な記録の整備が求められます。
05労働時間管理を怠った場合のリスク
労働時間の把握・管理を怠った場合、会社は次のような複合的なリスクを負うことになります。
特に残業代請求訴訟では、使用者側が労働時間を裏付ける客観的な証拠を持っていない場合、労働者が主張する労働時間が認定されやすくなる傾向があります。「管理していなかった」ことがかえって使用者に不利に働く構造になっているため、適切な記録・管理は防御の観点からも不可欠です。
06適切な労働時間管理のための実務対応
労働時間管理体制を整えるためには、次の点を押さえておくことが重要です。
労働時間管理体制の整備は、法的リスクの低減だけでなく、社員の健康管理やモチベーション維持にもつながります。自社の管理体制に不安がある場合は、会社側専門の弁護士へのご相談をお勧めします。
07よくある質問(FAQ)
Q. 労基法のどこに労働時間管理義務が定められていますか。
労基法に「労働時間管理義務」という単独の条文はありません。ただし、法定労働時間遵守(32条)・36協定(36条)・割増賃金支払(37条)・賃金台帳記録(108条)の各義務の履行に労働時間の把握が不可欠です。加えて、労安衛法66条の8の3が客観的方法による労働時間の状況把握を明確に義務付けています。
Q. 管理監督者の労働時間も把握しなければなりませんか。
賃金台帳への時間外・休日労働時間数の記入は管理監督者については不要ですが、深夜労働時間数は記入が必要です。また、健康確保を目的とする労安衛法66条の8の3の把握義務は管理監督者にも及ぶため、客観的な方法での労働時間の状況の把握が求められます。
Q. タイムカードがなくても問題ありませんか。
タイムカードそのものが必須というわけではありませんが、客観的な記録手段は重要です。パソコンのログイン記録・入退室記録・業務日報など、客観的な証拠が残る方法での把握が求められます。客観的記録がない状態での残業代請求訴訟は、使用者側に不利に働きやすい点に注意が必要です。
Q. 自己申告制による労働時間管理は認められますか。
自己申告制自体は認められています。ただし、申告が実態と乖離しないよう、労働者への十分な説明・申告時間と実際の在社時間との著しい乖離の確認と補正・適正な申告を阻害しない措置などが必要です。労働時間の適正把握のためのガイドライン(平成29年基発0120第3号)を参照してください。
Q. 賃金台帳はいつまで保存する必要がありますか。
労基法109条により原則5年間の保存が必要です。ただし、労基法143条の経過措置により当分の間は3年間とされています。賃金台帳を適切に保存しておくことは、後日のトラブル対応時に有力な証拠となります。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。労働時間管理体制の整備や就業規則の見直しでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
最終更新日:2026年7月13日