労働問題667 労働時間の管理義務はなぜ使用者に課されるのか【会社側弁護士が解説】

この記事の要点

  • 労基法は使用者に法定労働時間の遵守義務・36協定の締結・割増賃金支払義務を課しており、これを履行するには労働時間の管理・算定が不可欠
  • 労基法108条・労基則54条は、賃金台帳への労働時間記録を義務付けており、実質的に労働時間管理が義務化されている
  • 適切な労働時間管理を怠ると、残業代トラブル・労働審判・訴訟のリスクが大幅に高まる
  • 使用者は労働時間を客観的な方法で把握・管理することが法的に求められている

「労基法のどこにも労働時間を管理しろとは書いていない」という疑問を持つ経営者の方もいらっしゃいます。確かに労基法には使用者に直接的な「労働時間管理義務」を定めた条文はありません。しかし、法律全体の仕組みを見ると、使用者が労働時間を適切に管理・算定する義務があることは疑いようがありません。本記事ではその根拠を整理します。

01使用者が労働時間を管理しなければならない理由

労基法が使用者に課している各種の義務を履行するためには、労働時間の正確な把握・管理が不可欠です。労働時間の管理なしには、これらの義務を適法に履行することができないため、使用者には実質的な労働時間管理義務があると考えられます。

労働時間管理が必要となる主な法的義務

  • 法定労働時間(1日8時間・週40時間)の遵守義務(労基法32条)
  • 時間外・休日労働を行わせる場合の36協定締結・届出義務(労基法36条)
  • 時間外・休日・深夜労働に対する割増賃金支払義務(労基法37条)
  • 賃金台帳への労働時間記録義務(労基法108条・労基則54条)

02法定労働時間遵守義務・36協定・割増賃金との関係

使用者は、労基法32条により1日8時間・週40時間の法定労働時間を超えて労働者を働かせてはなりません。この義務を遵守するためには、各労働者の日々の実労働時間を正確に把握していなければなりません。

また、時間外・休日労働を行わせる場合には、労基法36条に基づき労使間で36協定を締結し、所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません。この協定で定めた上限時間を遵守するためにも、労働時間の正確な管理が必要です。

割増賃金支払のために必要な情報

  • 時間外割増賃金(25%以上):1日・週の実労働時間が法定時間を超えた時間数
  • 深夜割増賃金(25%以上):午後10時〜午前5時の間の実労働時間数
  • 休日割増賃金(35%以上):法定休日の実労働時間数

これらの割増賃金を正確に計算・支払うためには、時間外・深夜・休日ごとの実労働時間を正確に把握することが前提条件となります。

03賃金台帳への記録義務(労基法108条・労基則54条)

労基法108条は、使用者に対して各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を記入することを義務付けています。

さらに、労基則54条1項は、賃金台帳に記入すべき事項として以下を定めています。

賃金台帳に記入すべき主な事項(労基則54条)

  • 労働日数
  • 労働時間数
  • 時間外労働時間数
  • 休日労働時間数
  • 深夜労働時間数
  • 基本給・手当その他賃金の種類ごとの額

これらの記録義務を履行するためには、当然ながら各労働者の実際の労働時間を正確に把握していなければなりません。賃金台帳の記録義務は、実質的に労働時間管理義務を間接的に義務付けるものといえます。

04労働時間管理を怠った場合のリスク

適切な労働時間管理を行わない場合、会社はさまざまな法的リスクに直面します。

労働時間管理不備による主なリスク

  • 残業代請求リスク:時間外労働の実態が不明確なため、労働者側の主張(自己申告や推計)によって多額の未払い残業代を認定される可能性がある
  • 労働審判・訴訟リスク:残業代未払いを理由とした労働審判・民事訴訟に発展するリスク
  • 行政指導・是正勧告リスク:労働基準監督署の調査で賃金台帳の不備や割増賃金未払いが発覚した場合、是正勧告・指導を受ける
  • 刑事リスク:悪質な場合、労基法違反として使用者が刑事責任を問われる可能性がある
  • 安全配慮義務違反リスク:過重労働による労働者の健康被害が発生した場合、使用者の安全配慮義務違反として損害賠償請求を受ける可能性がある

特に残業代請求訴訟において、使用者側が労働時間を証明する証拠を持っていない場合、労働者の主張する労働時間が認定されやすくなる傾向があります。「管理していなかった」ことが使用者にとって不利に働く構造になっているため、適切な記録・管理が不可欠です。

05適切な労働時間管理のための実務対応

適切な労働時間管理を実現するためには、以下の実務対応が重要です。

労働時間管理の実務ポイント

  • タイムカード・ICカード・勤怠管理システムなど客観的な記録手段を導入する
  • 自己申告制を採用する場合は、申告の正確性を確保するための措置を講じる
  • 賃金台帳を適切に作成・保存する(保存期間:5年(経過措置として当面3年))
  • 残業命令は書面または記録が残る形で行い、残業時間を正確に把握する
  • 就業規則に労働時間管理に関する規定を整備する

労働時間管理体制の整備は、法的リスクの低減だけでなく、社員の健康管理・モチベーション維持にも繋がります。自社の管理体制に不安がある場合は、労働問題に詳しい弁護士への相談をお勧めします。

SUPERVISOR
弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。就業規則・変形労働時間制の導入・整備でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

06よくある質問(FAQ)

Q1. 労基法のどこに労働時間管理義務が定められていますか?

A. 直接的な「労働時間管理義務」の規定はありません。ただし、法定労働時間遵守義務(32条)、36協定締結義務(36条)、割増賃金支払義務(37条)、賃金台帳への記録義務(108条・労基則54条)などを履行するために、労働時間の管理・算定が不可欠です。

Q2. タイムカードがなくても問題ありませんか?

A. タイムカードは法的な必須要件ではありませんが、客観的な労働時間の記録手段として重要です。タイムカードがない場合でも、PCのログイン記録・セキュリティカードの入退室記録・業務日報など、客観的な証拠が残る方法での労働時間管理が求められます。

Q3. 自己申告制による労働時間管理は認められますか?

A. 自己申告制自体は認められています。ただし、申告が実態と乖離しないよう、労働者への十分な説明、申告時間と実際の在社時間との著しい乖離の確認・是正措置、申告しやすい環境の整備などが必要です。

Q4. 賃金台帳はいつまで保存する必要がありますか?

A. 労基法の改正により、令和2年4月1日以降は原則として5年間の保存が必要とされています(経過措置として当面の間は3年)。賃金台帳を適切に保存しておくことで、後日のトラブル対応時に有力な証拠となります。

最終更新日:2025年6月1日


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