労働問題664 実労働時間主義とは何か・会社の賃金管理実務への影響【会社側弁護士が解説】
この記事の要点
- 実労働時間主義とは、時間外労働の判断基準を「実際に労働した時間」に置く考え方
- 労基法の法定労働時間(1日8時間・週40時間)は実労働時間を基準としている
- 遅刻・早退分は労働時間と評価されず、その分を残業させても割増賃金は不要(実労働時間主義の場合)
- 多くの企業は独自の取扱いをしており、就業規則の内容確認が重要
目次
「遅刻した社員が夜遅くまで働いた分は残業代を払わなければならないのか」とお悩みの経営者の方もいらっしゃるでしょう。こうした問題を理解するには「実労働時間主義」という概念の正確な把握が重要です。本記事では、実労働時間主義の基本的な考え方と会社の賃金管理実務への影響について、会社側弁護士の視点から解説します。
01実労働時間主義の定義と基本的な考え方
実労働時間主義とは、時間外労働の取扱いの基準を、実際に労働した時間(実労働時間)に置く考え方のことをいいます。
この考え方によれば、労働者が実際に働いた時間のみが「労働時間」として評価され、遅刻・早退などで就業しなかった時間は労働時間に含まれません。法定労働時間(1日8時間)を超えたかどうかも、あくまでも実際に働いた時間で判断します。
実労働時間主義は「法律が定める原則」であり、労基法はこれを前提として法定労働時間制を定めています。就業規則で特別な定めをしない限り、この原則が適用されます。
02労基法の法定労働時間制との関係
労基法は1週40時間・1日8時間の法定労働時間制(32条)を定めていますが、これは労働者が実際に使用者に労務を提供した時間である「実労働時間」を意味します。
したがって、1日8時間の法定労働時間を超えて割増賃金の支払義務が生じるのは、実際に8時間を超えて働いた場合に限られます。遅刻や早退によって実労働時間が8時間に満たない場合は、その日に1時間残業させても時間外割増賃金は発生しません。
法定労働時間と残業代の関係
- 時間外割増賃金(25%以上):実労働時間が1日8時間・週40時間を超えた場合に発生
- 深夜割増賃金(25%以上):実際に深夜(22時〜翌5時)に労働した場合に発生
- 休日割増賃金(35%以上):法定休日に実際に労働した場合に発生
03遅刻・早退時の取扱い
実労働時間主義を採用する場合、遅刻・早退によって就業しなかった時間は労働時間と評価されないため、法定内残業として取り扱われます。
具体例
始業9時・終業18時・休憩1時間(所定労働時間8時間)の会社で、ある労働者が9時に1時間遅刻した場合:就業規則に別段の定めがない限り使用者は19時まで働かせることができ、18時〜19時の1時間は時間外労働にあたらないため割増賃金も不要です。ただし1時間分の賃金カット(遅刻控除)は可能です。
なお、残業命令には就業規則上の根拠が必要であることにも注意が必要です。
04実労働時間主義を採用していない企業の取扱い
多くの企業が就業規則の規定によって実労働時間主義とは異なる取扱いをしています。たとえば「所定終業時刻以降の勤務は全て時間外労働として取り扱う」と定めている場合は、遅刻分の補填残業も割増賃金の対象となります。
実労働時間主義を採用しない場合の問題点
1時間遅刻した労働者を19時まで働かせると、遅刻分の賃金カットを行わない限り、遅刻しなかった同僚より1時間分(割増賃金付き)多く受け取る結果となります。これは不公平感を生み出すとともに、会社のコスト増にもなります。
05会社として実務上注意すべきポイント
実務上のチェックポイント
- 自社の就業規則における時間外労働の定義・計算方法を確認する
- 実労働時間主義を採用する旨を就業規則に明記することを検討する
- 遅刻・早退に関する賃金カット規定が適切に設けられているかを確認する
- タイムカード等による実労働時間の正確な管理体制を整備する
- 各種みなし制・変形労働時間制との整合性を確認する
就業規則の規定が曖昧なまま運用していると、残業代請求の際に不利な解釈をされるリスクがあります。就業規則の定期的な見直しと、労働問題に詳しい弁護士へのご相談をお勧めします。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。就業規則・変形労働時間制の導入・整備でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
06よくある質問(FAQ)
Q1. 遅刻した社員を残業させても割増賃金は不要ですか?
A. 実労働時間主義のもとでは、遅刻分を補填するために残業させても、実際の労働時間が1日8時間・週40時間を超えない限り、時間外割増賃金の支払は不要です。ただし、就業規則に別段の定めがある場合はその規定に従います。
Q2. 遅刻した時間分の賃金はカットできますか?
A. 就業規則に遅刻控除の規定がある場合は、遅刻した時間に対応する賃金をカットすることができます。賃金カットの計算方法も就業規則で明確に定めておくことが重要です。
Q3. 就業規則で「所定終業時刻以降は全て残業」と定めると問題がありますか?
A. 会社側にとって不利な定めとなる場合があります。遅刻した社員が補填残業をした場合、割増賃金を支払う必要が生じるため、コスト管理上の問題が生じます。就業規則の内容を実態に合わせて適切に設計することが重要です。
Q4. 実労働時間を正確に管理するにはどうすれば良いですか?
A. タイムカード、ICカード、勤怠管理システム等を活用して実際の出退勤時刻を客観的に記録することが重要です。適切な記録がなければ残業代請求において不利な立場に置かれる可能性があります。
最終更新日:2025年6月1日