残業後に早退させても残業代は免れない|1日単位計算の原則を会社側弁護士が解説
この記事の要点
- 労働基準法は労働時間を1日単位で計算するため、ある日に8時間を超えた労働をした場合、その超過分の時間外割増賃金(残業代)はその日に発生します。
- 残業させた後に別の日に早退させても、残業代の相殺にはなりません。後日の早退は、元の日の残業代支払義務に一切影響しません。
- 残業代の支払義務を免れようとする違法な相殺は、未払残業代請求・労働審判・訴訟などのトラブルに発展するリスクがあります。
- 適法に残業代を抑制したい場合は、変形労働時間制・フレックスタイム制などの合法的な制度の導入を検討する必要があります。
目次
01残業後の早退による相殺という発想はなぜ生まれるか
「ある日に残業させたのだから、別の日に早退させれば帳消しになるのではないか」という考え方は、現場の管理職や経営者の間でよく耳にします。確かに、総労働時間という観点だけで見れば、残業した時間と早退した時間が相殺されているように見えます。しかし、労働基準法の仕組みはこのような発想とは異なる構造になっています。
この誤解が生まれる背景には、「合計すればトントンだから問題ない」という直感的な感覚があります。会社の立場からすると、ある週の中で残業と早退がバランスしているなら、特別に残業代を払う必要はないように思えるかもしれません。しかし、労働基準法は労働時間を1日ごとに管理することを原則としており、複数日にまたがる「相殺」という概念は原則として認めていません。
02労働時間は「1日ごと」に計算される原則
労働基準法32条2項は、「使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない」と定めています。この規定は、法定労働時間の遵守を1日1日の単位で求めるものです。
したがって、ある日に8時間を超えて労働させた場合には、その超過した時間分について時間外割増賃金(25%以上の割増賃金)を支払わなければなりません。この義務は、その日の労働時間が確定した時点で発生します。翌日以降に何が起ころうと、その日に生じた残業代の支払義務は消えません。
例えば、月曜日に10時間労働させた場合、2時間分の時間外割増賃金が発生します。その後、火曜日に6時間しか働かせなかったとしても、月曜日の残業代は支払わなければなりません。火曜日は所定労働時間より2時間少ない労働にとどまっただけであり、月曜日の残業代と相殺されるわけではないのです。
03早退による相殺が認められない理由
残業後の早退による相殺が法的に認められない根本的な理由は、労働基準法が労働者保護の観点から1日単位の計算を義務づけているためです。
仮に早退による相殺が認められるとすれば、使用者は一定期間の総労働時間を平均化することで残業代の支払いを免れることができてしまいます。例えば、月曜日に12時間働かせ、火曜日に4時間しか働かせなければ「合計16時間で帳消し」という理屈が成り立ってしまいます。このような運用が許されれば、使用者が労働者の生活リズムや健康を無視して自由に労働時間を操作できることになり、労働者の権利が著しく侵害されます。
労働基準法はこのような脱法的な取扱いを禁じる趣旨で、1日単位の計算を強行規定として定めています。就業規則や労使協定によっても、この原則を排除することはできません。ただし、変形労働時間制を適法に導入している場合は例外があります(後述)。
なお、早退させた日については、当日の所定労働時間に満たない労働時間となる可能性があります。就業規則や雇用契約に「ノーワーク・ノーペイ」の原則が明記されている場合は、早退分の賃金を控除できることがあります。しかし、これは早退日の賃金の問題であり、残業日の残業代とは全く別の話です。
041日単位と週単位の残業代計算の仕組み
残業代(時間外割増賃金)は、1日単位の計算と週単位の計算の両方で確認する必要があります。これらは独立した計算軸であり、どちらか一方だけでは不十分です。
1日単位の計算
1日の法定労働時間である8時間を超えた部分については、時間外労働として25%以上の割増賃金が必要です。例えば、所定労働時間が8時間の会社で10時間働いた場合、超過2時間分が時間外労働となり、割増賃金の対象となります。
週単位の計算
1週間の総労働時間が40時間(特例措置対象事業場は44時間)を超えた部分についても、時間外割増賃金が必要です。1日8時間以内でも、週5日間で毎日8時間働けば40時間になりますが、さらに残業が発生すれば週単位での超過分に対して割増賃金が必要になります。
注意が必要なのは、1日単位の計算で既に残業代の対象となった時間は、週単位の計算で二重に計上しない点です。両方の計算を行い、重複しない部分を合算して支払うのが正しい計算方法です。
残業代計算の基本
①1日8時間超えの部分を計算し、②1週40時間超えの部分を計算して(①との重複除く)、両方を合算したものが時間外割増賃金の対象時間です。早退で別日の労働時間が短くなっても、残業が発生した日の計算には影響しません。
05合法的に残業代を抑制する方法
残業代を適法に抑制したい場合、会社には以下のような選択肢があります。ただし、いずれも厳格な要件を満たすことが必要であり、専門家のサポートのもとで慎重に導入することが重要です。
変形労働時間制の導入
変形労働時間制は、一定の期間(1週間・1か月・1年)を単位として、労働時間を弾力的に配分する制度です。繁閑に合わせて労働時間を設定することで、特定の日や週に長時間労働があっても、変形期間全体の平均が法定労働時間以内であれば時間外労働が生じない場合があります。導入には就業規則への規定と(1か月超の場合は)労使協定の締結が必要です。
フレックスタイム制の導入
フレックスタイム制は、清算期間(最大3か月)における総労働時間を定め、労働者が始業・終業時刻を自由に決められる制度です。清算期間の総労働時間が法定労働時間の総枠を超えた部分についてのみ時間外割増賃金が必要となるため、日々の労働時間の波があっても残業代が発生しやすい構造ではなくなります。
みなし労働時間制・裁量労働制の活用
事業場外みなし労働時間制や専門業務型・企画業務型裁量労働制は、実際の労働時間ではなくみなした時間で賃金計算を行う制度です。要件を満たす業務・労働者にのみ適用でき、適用範囲は限定されています。
業務効率化による残業時間の削減
制度面だけでなく、業務プロセスの見直しや生産性向上によって実際の残業時間を減らすことも根本的な解決策です。ノー残業デーの設定や業務の標準化、ITツールの活用なども有効な手段です。
06違法な相殺を行った場合のリスク
残業代を早退で相殺しているつもりでも、法的には未払残業代として会社の債務が積み上がっていきます。この状態を放置すると、様々なリスクが生じます。
未払残業代の時効と遡及請求リスク
未払残業代の請求権は、2020年4月以降に発生したものについては3年(それ以前は2年)の時効が適用されます。長年にわたって残業代を支払わずにいた場合、退職した元従業員から過去3年分の未払残業代を一括請求されるリスクがあります。従業員が複数いれば、その総額は多額になりかねません。
労働審判・訴訟へのリスク
未払残業代がある場合、従業員や退職した元従業員から労働審判や訴訟を申し立てられる可能性があります。労働審判は申立てから原則3回以内の期日で終結する迅速な手続きであり、会社側が適切に対応しなければ不利な判断が下されることもあります。訴訟に発展した場合、弁護士費用や時間的コストも生じます。
付加金の制裁リスク
労働基準法114条は、時間外割増賃金等を支払わない使用者に対して、裁判所が未払額と同一額の「付加金」の支払いを命じることができると定めています。つまり、悪質なケースでは未払残業代の2倍の金額を支払わなければならなくなる可能性があります。
労働基準監督署による是正勧告リスク
労働基準監督署の調査が入った場合、残業代の未払いが発覚すれば是正勧告を受けます。是正勧告に従わない場合は送検・起訴される可能性もあります。また、是正勧告を受けた事実が社内外に広まることで、会社の信頼性や採用力にも悪影響が及ぶことがあります。
監修者
弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
07よくある質問
Q1. 残業させた後に別の日に早退させれば残業代を支払わなくてもよいですか?
いいえ、支払わなければなりません。労働基準法は労働時間を1日単位で計算するため、ある日に8時間を超えた労働については、その日に時間外割増賃金が発生します。後日早退させてもこの計算には影響しません。残業代の相殺は法律上認められていません。
Q2. 残業代を合法的に抑える方法はありますか?
変形労働時間制やフレックスタイム制などを適法に導入することで、一定条件のもとで残業代の発生を抑えることができます。ただし、いずれも厳格な要件(就業規則の規定・労使協定の締結など)があります。適切な制度設計については、会社側専門の労働問題弁護士にご相談ください。
Q3. 週単位の残業代計算についても教えてください。
1日8時間を超えない日があっても、1週間の総労働時間が40時間(特例事業場は44時間)を超えた部分については時間外割増賃金が必要です。1日単位の計算と週単位の計算の両方を行い、重複しない部分を合算して支払います。
Q4. 未払残業代はどのくらいの期間さかのぼって請求されますか?
2020年4月以降に発生した未払残業代については3年の時効が適用されます(それ以前は2年)。退職後の元従業員からも過去3年分の未払残業代を一括請求されるリスクがあるため、日頃から適正な残業代管理が不可欠です。
Q5. 早退した日の給与は控除できますか?
就業規則や雇用契約に「ノーワーク・ノーペイ」の原則が定められている場合、早退した時間分(所定労働時間に満たない部分)の賃金を控除することは可能です。ただし、これは早退日の賃金の問題であり、残業した日の時間外割増賃金とは全く別の話です。早退日の控除があっても、残業日の残業代の支払義務は消えません。
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最終更新日:2026年5月19日