この記事の要点

  • 行政通達(昭和63年3月14日基発第150号)は、1か月の合計残業時間数に30分未満の端数がある場合の切捨てを、事務簡便化を理由に労基法違反として取り扱わないとしています。
  • この通達は「行政手続き上の取扱い」であり、民事上の請求権(残業代請求権)に影響するものではありません。実態法上は労働者の同意が必要と解されています。
  • 1回の残業ごとに30分未満を切り捨てる処理は通達の範囲外であり、違法です。残業代は原則として1分単位で支払う必要があります。
  • 端数処理の誤った運用を続けると、退職した元従業員から過去3年分の未払残業代を一括請求されるリスクがあります。

01残業時間の端数処理をめぐる誤解

「行政通達で30分未満の残業時間の切捨てが認められているので、うちの会社でも毎回の残業で30分未満をカットしている」という話は、経営者や人事担当者から珍しくなく聞かれます。しかし、この理解は正確ではありません。行政通達が認める端数処理の範囲は限定的であり、多くの会社が行っている「1回の残業ごとに30分未満をカット」という処理とは全く異なるものです。

この誤解が広まった背景には、行政通達の内容が十分に理解されないまま「30分未満は切捨てOK」という情報だけが伝わってしまったことがあります。しかし通達が認めているのは、1か月分の合計残業時間の端数処理であり、個々の残業時間の切捨てではありません。この違いは非常に重要です。

02行政通達が認める端数処理の内容

厚生労働省(旧労働省)の行政解釈(昭和63年3月14日基発第150号)では、割増賃金の計算における端数処理について、以下の3つの方法を「常に労働者の不利益となるものではなく、事務の簡便を目的としたものと認められる」として、労働基準法24条および37条違反としては取り扱わないとしています。

① 1か月の合計時間数の端数処理

1か月における時間外労働・休日労働・深夜労働の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上(30分以上)を1時間に切り上げること。例えば、1か月の時間外労働の合計が20時間25分の場合、25分を切り捨てて20時間として計算することが認められています。逆に合計が20時間35分であれば、切り上げて21時間として計算します。

② 1時間当たりの賃金額・割増賃金額の端数処理

1時間当たりの賃金額および割増賃金額の計算において円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数を切り捨て、それ以上(50銭以上)を1円に切り上げること。

③ 1か月の割増賃金総額の端数処理

1か月における時間外労働・休日労働・深夜労働の各々の割増賃金の総額に1円未満の端数が生じた場合、②と同様に50銭未満の端数を切り捨て、それ以上を1円に切り上げること。

通達が認める端数処理のポイント

通達が認める端数処理は「1か月の合計時間数」に対するものです。切捨て・切上げは必ず「月次集計後」に行うものであり、毎回の残業時間ごとに行うものではありません。

03行政通達の正しい理解と限界

行政通達は、行政機関(労働基準監督署等)が法律をどのように解釈・運用するかを示したものです。通達が「労基法違反として取り扱わない」と述べているのは、あくまでも行政手続き上の取扱いを定めたものです。つまり、通達の範囲内の端数処理が行われても、労働基準監督署が是正勧告等の行政指導を行わないという意味に過ぎません。

この点で重要なのは、行政通達は民事上の残業代請求権に直接影響しないという点です。行政上の取扱いと、労働者が民事訴訟や労働審判で残業代を請求できるかどうかは、別の問題です。通達の範囲内の端数処理であっても、実態法上は労働者が切り捨てられた分の残業代を請求できる可能性がゼロとはいえません。

また、通達が認める端数処理は「常に労働者の不利益となるものではない」という前提のもとで認められています。この前提が崩れる場合、すなわち切捨てが常態化して労働者に一方的に不利となる運用がなされている場合は、通達の保護を受けられないと解されています。

041残業ごとの端数切捨ては違法

残業代(時間外割増賃金)は、労働基準法の原則として1分単位で支払わなければなりません。したがって、1回の残業ごとに「30分未満はカット」「15分未満はカット」といった端数切捨てを行う運用は、行政通達の範囲外であり違法となります。

例えば、所定終業時刻が18時の会社で、ある日17時37分まで働いた従業員の37分(8時間を超えた7分)の残業について、「7分は30分未満だから残業代ゼロ」という処理は違法です。7分分の時間外割増賃金を支払わなければなりません。

同様に、30分単位で勤怠を記録するシステムを使い、実際の退勤時間を切り捨てて記録するような運用も問題です。例えば、18時37分に退勤したにもかかわらず、勤怠システムで18時30分退勤と記録するような場合、7分分の賃金が支払われないこととなり、違法となります。

行政通達が認めるのはあくまでも「1か月の合計時間数」の端数であり、個々の残業ごとの切捨てではありません。この違いを社内で明確に理解し、適正な勤怠管理を行うことが不可欠です。

05適法な端数処理の実務的な運用方法

行政通達が認める範囲内で適法に端数処理を行うための実務的な手順をまとめます。

ステップ1:日々の労働時間を分単位で正確に記録する

タイムカードや勤怠管理システムを使って、実際の始業・終業時刻を分単位で正確に記録します。「30分刻み記録」のような大まかな記録では、後に未払残業代の根拠となる記録が残せず、会社側が不利な立場に置かれることになります。

ステップ2:1か月分の時間外労働時間を合計する

月末に、その月の時間外労働(1日8時間超・週40時間超のいずれか)の時間数を合計します。深夜労働・休日労働も同様に各々の合計を集計します。この合計値を出す段階では端数処理を行いません。

ステップ3:月次合計の端数を処理する

月次合計後の端数(1時間未満の部分)に対してのみ、30分未満を切り捨て・30分以上を切り上げる処理を行います。例えば、月合計が17時間45分であれば45分を切り上げて18時間、月合計が17時間20分であれば20分を切り捨てて17時間として計算します。

ステップ4:割増賃金を計算し端数を処理する

時間外労働時間数に1時間当たりの割増賃金額を掛けて割増賃金を計算します。1時間当たりの割増賃金額に50銭未満の端数が生じた場合は切り捨て・50銭以上は切り上げ。1か月の割増賃金総額に1円未満の端数が生じた場合も同様に処理します。

06誤った端数処理を続けた場合のリスク

「30分未満は毎回カット」という誤った端数処理を長年続けた場合、どのようなリスクが生じるか確認しておきましょう。

未払残業代の蓄積と一括請求リスク

毎回の残業で数分〜数十分の残業代が未払いになっていると、月々の未払額は少額でも、従業員が複数いれば積み重なって多額の未払残業代になります。退職した元従業員から過去3年分(2020年4月以降発生分)の未払残業代を一括請求されるリスクがあります。複数の元従業員から同時に請求されれば、会社にとって深刻な打撃になりかねません。

付加金の制裁リスク

裁判所は、時間外割増賃金等を支払わない使用者に対して、未払額と同額の「付加金」の支払いを命じることができます(労働基準法114条)。悪質と判断されたケースでは、未払残業代の2倍を支払わなければならない可能性があります。

労働基準監督署の調査・是正勧告リスク

定期的な労働基準監督署の調査や、従業員からの申告によって「1回ごとの切捨て」が発覚した場合、是正勧告を受ける可能性があります。是正勧告に応じない場合は送検・起訴のリスクもあります。

会社の信頼性への影響

残業代の不適切な処理が社内外に知れ渡ると、従業員のモチベーション低下、採用難、企業イメージの悪化につながります。特に現在はSNSや口コミサイトを通じて情報が拡散しやすく、コンプライアンス違反が会社の評判に直結します。

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)


日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

07よくある質問

Q1. 月の合計残業時間の端数を30分未満で切り捨てても合法ですか?

行政通達(昭和63年3月14日基発第150号)では、1か月の合計残業時間数に30分未満の端数がある場合の切捨ては、事務の簡便化を理由に労基法違反として取り扱わないとされています。ただし、これは行政手続き上の扱いであり、民事上の残業代請求権に影響するものではなく、実態法上は労働者の同意が必要と解されています。

Q2. 1回の残業ごとに30分未満を切り捨てる運用は許されますか?

許されません。行政通達が認める端数処理は「1か月の合計時間数」に対するものであり、1回の残業ごとの切捨てとは根本的に異なります。残業代は原則として1分単位で支払う義務があり、毎回の残業で30分未満をカットする運用は違法となります。

Q3. 残業代の端数処理のルールを就業規則に定めることはできますか?

行政通達が認める範囲での端数処理(月次合計の30分未満切捨て等)を就業規則に明記することは可能です。ただし、労働者に一方的に不利益な端数処理を定めることはできません。就業規則の記載内容については、会社側専門の労働問題弁護士に確認することをお勧めします。

Q4. 勤怠管理システムを30分刻みに設定するのは問題ありますか?

問題があります。勤怠管理システムを30分刻みに設定し、実際の退勤時刻より早い時刻を記録する運用は、実態の労働時間を正確に反映しておらず、未払残業代が生じます。分単位で実際の労働時間を記録できるシステムを使用し、月次合計の段階でのみ端数処理を行うことが適切です。

Q5. 誤った端数処理が発覚した場合、どう対処すればよいですか?

まず過去の勤怠記録を精査し、未払残業代の総額を把握することが必要です。その後、速やかに正しい端数処理ルールに改め、未払分については対象の従業員と協議のうえ補填することを検討します。対応方針については、会社側専門の労働問題弁護士に相談することを強くお勧めします。

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最終更新日:2026年5月19日