この記事の要点
  • 1年単位の変形労働時間制は対象期間中の途中変更が原則禁止とされている
  • 予定外業務の増加は36協定に基づく時間外労働として対応し、割増賃金(25%以上)を支払う
  • 予定した休日への緊急出勤は休日労働として扱い、法定休日なら35%以上の割増賃金が必要
  • 制度の廃止は一方的に行えず、労使合意が必要で廃止前の期間の総枠精算も必要
  • 途中変更を避けるには事前の精緻な制度設計と特定期間・36協定の整備が鍵

01途中変更が原則禁止とされる理由

1年単位の変形労働時間制は、対象期間(最長1年)の開始前に、各労働日およびその労働時間を労使協定で具体的に事前特定することが制度の核心要件です。労働者は変形期間開始時点で確定されたスケジュールを前提に休暇取得や私生活の設計を行うことができます。

そのため、いったん特定された労働日や週の労働時間を対象期間の途中で変更することは、原則として許されないと解されています(厚生労働省「労働基準法上」431頁参照)。特に1年という長期間にわたる制度であるため、労働者の生活への影響が1か月単位の変形制よりも大きく、制度の安定性確保が重視されます。

段階的特定方式でも変更は認められない

段階的特定(対象期間を1か月以上の区分に分けて、各区分開始の30日前までに具体的な労働時間を特定する方法)を採用している場合でも、一度確定した区分の労働時間を事後的に変更することは認められません。

⚠ ポイント
途中変更が「原則禁止」である以上、当初設計の精度が極めて重要です。後から修正がきかない点を前提に、対象期間開始前の段階で徹底した業務分析と精緻なスケジュール設計を行うことが求められます。

02途中変更ができない場合の対応策

対象期間中に予定外の業務量の増加が発生した場合は、変形労働時間制の枠内での対応ではなく、36協定(時間外・休日労働に関する協定)に基づく時間外労働で対応することになります。

あらかじめ所定労働時間として特定された時間を超えて労働させた時間については、割増賃金(通常25%以上)を支払う必要があります。変形労働時間制の導入によって時間外労働の割増賃金支払義務が免除されるわけではなく、所定時間を超えた部分については常に割増賃金が発生します。

予定外業務増加への対応フロー

対応内容 詳細・留意事項
36協定に基づく時間外労働 所定時間を超えた部分を時間外労働として取り扱い、割増賃金を支払う
割増賃金の支払い 所定時間超えの部分に対して25%以上の割増賃金を支払う
時間外労働の上限遵守 原則として月45時間・年360時間を超えないようにする
特別条項付き36協定 多くの時間外労働が見込まれる場合は特別条項付き協定の締結を検討する
📋 36協定の時間外労働上限に注意
法定の時間外労働の上限規制により、原則として月45時間・年360時間を超える時間外労働をさせることはできません。変形期間中に多くの時間外労働が発生する見込みであれば、特別条項付き36協定の締結も検討が必要です。

03休日出勤が必要になった場合の扱い

1年単位の変形労働時間制の対象期間中に、あらかじめ休日として設定した日に出勤させる必要が生じた場合は、変形労働時間制の途中変更ではなく、36協定に基づく休日労働として取り扱います。

法定休日と所定休日の区別

休日の種別 定義 割増賃金の扱い
法定休日 週1回の休日(労基法35条) 35%以上の休日割増賃金が必要
所定休日 就業規則等で定めた休日(法定休日以外) 時間外労働として扱い25%以上の割増賃金
深夜労働との重複 午後10時〜翌午前5時の労働 深夜割増25%を合算(法定休日労働+深夜=60%以上)
⚠ 深夜・休日重複時の割増賃金
法定休日労働かつ深夜労働の場合は、休日割増(35%以上)と深夜割増(25%以上)を合算した60%以上の割増賃金が必要です。計算を誤ると未払残業代トラブルの原因になります。

04対象期間中の制度廃止について

業態の変化や経営上の理由から、対象期間の途中で1年単位の変形労働時間制を廃止したいと考える使用者もいます。しかし、変形期間中に使用者が一方的に労使協定を廃止することは原則として認められません。廃止する場合は、過半数組合または過半数代表者との合意(新たな労使協定の締結)が必要です。

制度廃止後の残業代精算

制度を廃止した場合、廃止日以降は通常の労働時間規制(1日8時間・週40時間)に戻ります。廃止前の期間について、通常の残業代計算(廃止前の期間における総実労働時間と、廃止前の期間に対応する法定労働時間の総枠との比較)を行い、超過分があれば割増賃金を精算する必要があります。

制度廃止時のチェックリスト

  • 一方的な廃止は原則不可。労使合意(新たな協定の締結)が必要
  • 廃止後は通常の労働時間規制(1日8時間・週40時間)に戻る
  • 廃止前の期間について総枠超えの精算が必要な場合がある
  • 精算漏れは後日未払残業代として請求されるリスクがある
  • 廃止に関する労働者への十分な説明と合意形成が重要

05次の対象期間設定時の注意点

1年単位の変形労働時間制は、対象期間(最長1年)が終了するたびに、新たに労使協定を締結し労働基準監督署に届け出ることで継続できます。次の対象期間を設定する際には、前の対象期間の実績を振り返り、課題を改善した上で新たなスケジュールを設計することが重要です。

前期間の総枠精算が最初のステップ

まず、前の対象期間の実際の総労働時間と、対象期間に対応する法定労働時間の総枠を比較します。総枠を超えた時間がある場合は、既に時間外労働として処理した分を除いた残りについて割増賃金を精算し、その上で次の期間の協定締結に進みます。精算漏れは後日未払残業代として請求されるリスクがあるため、必ず対象期間終了後速やかに精算を行うことが必要です。

ステップ 内容
① 総枠計算・比較 前期間の実際の総労働時間と法定労働時間の総枠を比較する
② 残業代精算 総枠超え分(既払い分除く)の割増賃金を速やかに精算する
③ 実績の振り返り 前期間中の時間外労働の発生状況や業務繁閑のパターンを分析する
④ スケジュール再設計 実態に合った繁閑バランスで新スケジュールを設計する
⑤ 労使協定の締結・届出 新たな労使協定を締結し労働基準監督署に届け出る

06途中変更を避けるための制度設計のポイント

途中変更が原則禁止である以上、制度を適切に機能させるためには、最初の設計段階で可能な限り実態に即したスケジュールを組むことが重要です。以下の点を意識した設計を行うことで、途中変更の必要性を最小限に抑えることができます。

① 過去の業務データを徹底分析する

過去数年間の月別・週別の実際の労働時間データや業務量データを分析し、繁閑のパターンを把握した上でスケジュールを設計することが基本です。1年単位という長期間を見通す必要があるため、できるだけ多くのデータに基づいて実態を反映したスケジュールを組むことが求められます。

② 特定期間を適切に活用する

年間の中で特に業務が集中する時期を特定期間として設定し、その期間中は最大12日間の連続勤務を可能にしておくことで、繁忙期への対応力を高めることができます。特定期間は複数設定することも可能なので、複数の繁忙期がある業種では積極的に活用することを検討しましょう。

特定期間の活用ポイント
通常の連続勤務上限は6日ですが、特定期間中は最大12日の連続勤務が可能です。繁忙期の集中勤務を想定するなら、事前に特定期間として設定しておくことが重要です。

③ 36協定の時間外労働枠を適切に確保する

どれほど精緻にスケジュールを設計しても、予期せぬ事態が生じる可能性はあります。変形期間中に時間外労働が発生する場合に備えて、36協定の時間外労働の上限をあらかじめ適切な水準で設定しておくことが重要です。特別条項付き36協定の締結も視野に入れて準備しておくと安心です。

07総枠精算・割増賃金の計算方法

1年単位の変形労働時間制では、対象期間終了時(または制度廃止時)に総枠精算を行う必要があります。対象期間全体の実際の総労働時間と、その期間に対応する法定労働時間の総枠を比較し、超過分について割増賃金を支払います。

法定労働時間の総枠の計算式

総枠の計算式:

法定労働時間の総枠 = 対象期間の暦日数 ÷ 7 × 40時間

※週所定労働時間が44時間の特例措置対象事業場の場合は「× 44時間」

計算例(1年間の対象期間の場合)

項目 内容
対象期間(例) 2025年4月1日〜2026年3月31日(365日)
法定総枠時間 365日 ÷ 7 × 40時間 = 2,085.7時間
実際の総労働時間(例) 2,150時間
総枠超過時間 2,150時間 − 2,085.7時間 = 64.3時間
精算すべき割増賃金 64.3時間 × 割増率(25%以上)×時給 ← 既払い分を控除した残額
⚠ 既払いの割増賃金との二重払い防止
対象期間中に月単位・日単位で既に時間外労働として支払い済みの割増賃金がある場合、それを控除した上で総枠超過分の精算を行います。二重払いにならないよう、月次の割増賃金管理を正確に記録しておくことが重要です。

途中入退社があった場合の精算

対象期間の途中で入社・退社した労働者がいる場合、その労働者に係る期間分だけを切り取った形で総枠を計算します。在籍期間の暦日数をもとに法定労働時間の総枠を算出し、実際の総労働時間と比較して超過分を精算します。

08実務上の注意点と弁護士への相談

1年単位の変形労働時間制における途中変更の問題は、制度設計の段階での対策が最も重要です。一度スケジュールを確定させると変更が原則できないため、設計のやり直しには対象期間の終了と新たな協定の締結を待つほかありません。

実務上の重要ポイントまとめ

  • 対象期間の開始前に過半数代表者との丁寧な協議を行い、実態に即したスケジュールについて合意を形成する
  • 対象期間中に予期せぬ繁忙が発生した場合は、36協定に基づく時間外労働として適切に管理し、割増賃金の計算と支払いを漏れなく行う
  • 対象期間終了後は速やかに総枠精算を行い、残業代の支払いと次の期間の協定締結の準備を進める
  • 制度の廃止が必要になった場合は、労使合意を得た上で手続きを進め、廃止前の期間の精算も忘れずに行う
  • 深夜労働・法定休日労働の割増賃金計算を正確に行い、未払残業代リスクを防ぐ

1年単位の変形労働時間制の導入・運用、スケジュールの見直し、残業代トラブルへの対応については、使用者側専門の労働問題弁護士にご相談されることをお勧めします。当事務所は、会社経営者の立場から労働問題の予防・解決を支援しています。

SUPERVISOR

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。

講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。1年単位の変形労働時間制の途中変更・予定外業務への対応・総枠精算でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。

FAQよくある質問

Q.急な業務増加で予定の休日に出勤させる必要が生じた場合はどうなりますか?
36協定に基づいて休日労働をさせることは可能です。その日が法定休日にあたる場合は休日割増賃金(35%以上)を支払う必要があります。変形労働時間制の途中変更ではなく、別途の休日労働として取り扱うことになります。深夜にわたる場合は深夜割増(25%以上)も合算が必要です。

Q.1年単位の変形労働時間制を途中で廃止することはできますか?
原則として、変形期間中に使用者が一方的に労使協定を廃止することは認められません。廃止する場合は労使合意が必要です。廃止後は通常の労働時間規制(1日8時間・週40時間)に戻り、廃止前の期間についても総枠超えの精算が必要になる場合があります。

Q.対象期間終了後に新しい期間を設定する際の注意点は何ですか?
前の対象期間の実際の総労働時間と総枠を比較し、超過分の残業代(既に支払済みの分を除く)を精算した上で、新たな労使協定を締結・届出する必要があります。精算を怠ると後日未払残業代として請求されるリスクがあります。

Q.繁忙期への対応策として特定期間の設定は有効ですか?
有効です。特定期間を設定することで、その期間中は通常の6日連続の上限に対し、最大12日間の連続勤務が可能になります。あらかじめ繁忙期を特定期間として設定しておくことで、対象期間中の繁忙に対応しやすくなります。複数の繁忙期がある場合は複数の特定期間を設けることもできます。

Q.36協定の時間外労働の上限を超えてしまった場合はどうなりますか?
法定の時間外労働の上限規制(原則として月45時間・年360時間)や36協定で定めた上限を超える時間外労働をさせることは、労働基準法違反となり、罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象となります。上限を超える可能性がある場合は、あらかじめ特別条項付き36協定の締結を検討してください。

最終更新日:2026年5月22日