労働問題950 台風・不可抗力による遅刻と残業代の関係【会社側弁護士が解説】
台風・大雪・地震といった自然災害や不可抗力による社員の遅刻は、通常の遅刻とは性質が異なります。しかし、だからといって会社が無条件に残業代(割増賃金)の支払義務を負うわけではありません。法的な仕組みを正確に理解しておくことが、無用なトラブルを防ぐ第一歩です。
本記事では、不可抗力による遅刻が残業代計算にどう影響するか、会社はどのような対応をとるべきかを、使用者側専門の弁護士が実務的な視点から解説します。
01不可抗力による遅刻と残業代の基本ルール
割増賃金(残業代)の支払義務は、「法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて実際に労働させた場合」に発生します。台風や大雪など不可抗力による遅刻があった日であっても、この大原則は変わりません。
たとえば、台風により社員が2時間遅刻し、所定終業時刻後に2時間残業させたとします。この場合、その日の実労働時間が8時間を超えていなければ、割増賃金の支払義務は生じません。遅刻の原因が台風であることは、残業代の要否には直接関係しないのです。
同様に、台風の接近に備えて終業時刻を繰り上げた場合も、実労働時間が8時間を超えない限り、割増賃金は不要です。会社が自社都合で繰り上げる場合は「休業手当」の問題が生じる可能性がありますが、残業代とは別の話です。
02「不可抗力遅刻+残業」のケース別計算方法
実務では、以下のようなケースが典型的に問題になります。
【ケース1】台風で2時間遅刻、そのまま通常終業時刻まで勤務
所定労働時間が8時間の場合、実労働時間は6時間となります。法定労働時間(8時間)を超えていないため、割増賃金の支払義務はありません。
【ケース2】台風で2時間遅刻、所定終業時刻後に2時間残業
実労働時間は合計8時間です。法定労働時間ちょうどであり、これを超えていないため、割増賃金の支払義務は生じません。就業規則等に「遅刻分の残業は割増賃金を支払う」等の特別規定がある場合は別途検討が必要ですが、法定上の義務はありません。
【ケース3】台風で2時間遅刻、所定終業時刻後に4時間残業
実労働時間は合計10時間です。法定労働時間の8時間を2時間超えているため、その2時間分について割増賃金の支払義務が生じます。
03就業規則・労使協定の定めが優先されるケース
法定の残業代義務は上記の通りですが、就業規則や労使協定で「不可抗力遅刻分の残業に割増賃金を支払う」「遅刻時刻分は勤務時間として扱う」等と定めている場合は、その規定が優先して適用されます。
また、36協定を締結していない会社は、そもそも法定時間外労働をさせること自体が違法となりますので、不可抗力遅刻の際に長時間残業をさせることは避けるべきです。
就業規則に特別な定めを設けていない場合、基本的に法定ルールに従えばよいですが、「遅刻してきた社員に残業代を払わなくていいのか」と社員から問われた際に、根拠を説明できるよう整備しておくことが重要です。
04不可抗力遅刻時の「ノーワーク・ノーペイ」と休業手当
台風等の不可抗力によって社員が遅刻した場合、遅刻した時間分について賃金をカットすること(ノーワーク・ノーペイ)は、原則として適法です。不可抗力は「使用者の責に帰すべき事由」に当たらないため、労基法26条の休業手当(平均賃金の60%以上)の支払義務も原則として生じません。
ただし、「使用者の責に帰すべき事由」の判断は実務上争いになることがあります。たとえば、社員の通勤手段を会社が限定している場合や、会社の施設・設備の問題で出社できない場合には、不可抗力と認められないケースもあります。
一方、会社側の都合(建物の安全点検、業務量の減少など)で早退・休業を命じた場合は、使用者の責に帰すべき事由となり、休業手当の支払が必要になります。自然災害を名目にした実質的な会社都合の休業には注意が必要です。
05会社として事前に整備すべき対応策
不可抗力による遅刻・欠勤に関するトラブルを未然に防ぐためには、就業規則や運用ルールを事前に整備しておくことが不可欠です。
具体的には、次の点を就業規則や内規に明記しておくことを推奨します。
- 自然災害・交通機関の遅延による遅刻の取扱い(賃金カットの有無・欠勤扱いの可否)
- 在宅勤務・テレワーク移行の手順と判断基準
- 早期帰宅命令・休業命令を出す場合の賃金取扱い
- 残業を命じる場合の基準と上限
こうしたルールを事前に整備し、社員に周知しておくことで、「台風の日に残業代を請求された」「休業させたのに給与の支払を求められた」といったトラブルを大幅に減らすことができます。
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
06よくある質問
Q1. 台風で社員が3時間遅刻しました。その日に3時間残業させた場合、残業代は必要ですか?
A. 所定労働時間が8時間の場合、実労働時間は8時間となり法定労働時間の範囲内です。割増賃金の支払義務は生じません。ただし、就業規則に特別な定めがある場合や、その後さらに残業が続く場合は別途確認が必要です。
Q2. 台風を理由に会社を休業させた場合、給与を支払わなくていいですか?
A. 自然災害そのものが原因の場合は「使用者の責に帰すべき事由」に該当しないため、原則として休業手当の支払義務はありません。ただし、会社の設備問題や社員の通勤手段を会社が制限しているケースなど、実質的に会社都合と判断されることもあり、個別の事情による判断が必要です。
Q3. 交通機関の遅延証明書を提出した社員の遅刻分を欠勤控除しても問題ありませんか?
A. 就業規則に「交通機関の遅延による遅刻は欠勤控除の対象としない」等の規定がなければ、法的にはノーワーク・ノーペイの原則に基づき控除は可能です。ただし、社員のモチベーション面や労使間の信頼関係を考慮し、運用ルールを事前に明確化しておくことを推奨します。
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最終更新日:2026年5月10日