労働問題901 業務命令としての降格に伴う賃金減額の要件を教えて下さい。

1 降格の種類

 まず、降格は、降格される地位がどのようなものかという観点から、役職・職位を引き下げる降格と、職能資格制度上の資格・等級や職務・役割等級制度上の等級を下げる降格に分類されます。
 次に、降格は、降格の根拠がどのようなものかという観点から、懲戒処分としての降格と業務命令としての降格に分けられます。懲戒処分としての降格は、懲戒処分に対する法規制を受け、その要件と効果について就業規則に定められていることが必要です。これに対し、業務命令としての降格は、人事権の行使として行われるもので就業規則の根拠は必ずしも必要ではなく、使用者が業務命令や人事に関して有する裁量権を前提としつつも、降格される地位に応じてそれぞれ法規制を受けることになります。 

2 役職・職位の降格

 長期雇用システム下の労働契約においては、使用者が、労働者を特定の職務のために雇入れるのではなく、職務上の能力の発展に応じて様々な職務に配置することが予定されているため、労働者を組織の中で位置づけ、役割を定める使用者の人事権は、労働契約上当然に使用者の権限として予定されていると考えられます。したがって、役職・職位の降格を行うことは、就業規則上の根拠規定がなくても、使用者の裁量により可能であると考えます。ただし、人事権の行使が使用者の裁量の範囲を逸脱又は濫用が認められる場合には、降格が人事権の濫用として無効となる場合があると考えます。
 これに対し、このような人事権も、当該労働者の職種に関する労働契約の合意の大枠の範囲内で行使できるものであることから、職種限定契約である等、労働契約の内容として職種が一定レベルの範囲内に限定されている場合には、当該労働者について不適格性を理由に職種より低いレベルのものに引き下げる降格は、使用者の一方的措置としてはできないものと考えます。その上で、役職・職位の降格に伴って賃金が減額されることが労働契約上で予定されているものであれば、就業規則に定められた賃金体系及び基準に従っている限り、賃金減額が認められます。他方、職種・職位の降格に伴って賃金が減額されることが労働契約上で予定されていない場合には、賃金減額は無効となる可能性が高いといえます。
 なお、労働契約の枠内での降格であったとしても、権利濫用法理の規制は受けますから、相当な理由がなく賃金が相当程度下がる等労働者の不利益も大きい降格は、人事権の濫用となります。

3 職能資格制度上の資格・等級の引下げ

 通常の職能資格制度においては、資格・等級は、労働者が組織内で経験を積み重ね、技能を習得することによって蓄積し、保有するに至った職務遂行能力のレベルを表象するものですから、いったん認定された資格・等級が後に引き下げられるという事態は本来想定されてはいません。したがって、職能資格制度における資格・等級の引下げという降格を行うためには、労働契約の内容を労働者との合意により変更する場合以外は、就業規則等労働契約上の明確な根拠がなければならないとされています(アーク証券事件東京地裁平成8年12月11日判決)。この場合に就業規則で定めるべきことは、当該組織で職務遂行能力として位置づけられるものが各年度に発揮される能力で年々変動し、下落する可能性もあること、その結果、かかる職務遂行能力のレベルを表象する資格・等級を引き下げる場合に関する制度の内容です。その上で、就業規則等労働契約上の明確な根拠がある場合であっても、相当の理由がなければならず、著しく不合理な評価によって大きな不利益を与える降格は、人事権の濫用となることがあります。

 4 職務・役割等級制度上の給与等級やグレード引下げ

 職務・役割等級制度上における給与等級やグレードの引下げは、当該制度の枠組みの中で人事評価の手続と決定権に基づいて行われる限り、原則として使用者の裁量的判断に委ねられるものと考えられています(コナミデジタルエンタテイメント事件東京高裁平成23年12月27日判決)。
 しかし、当該等級について、それを正当化する程の勤務成績の不良が認められず、退職への誘導等、他の動機が認められるような場合には、人事評価権を濫用したものとして、降格は無効になり得ると考えます(マッキャンエリクソン事件東京地裁平成18年10月25日判決)。

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