労働問題898 就業規則の変更によって賃金を減額することができるのは、どのような場合ですか。

この記事の結論
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周知と合理性の2要件を満たせば効力を持つ

労契法10条により、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ変更が合理的なものであるときは、変更後の就業規則の内容が労働契約の内容となります。賃金の減額は不利益変更にあたるため、特に厳格な合理性審査を受けます。

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変更は賃金減額の実施に先立って行う必要がある

既に発生した賃金請求権を遡って消滅させる形での就業規則変更は効力を持ちません。変更後の就業規則を先に整備・周知し、効力発生日以降から新たな賃金水準を適用する順序が必要です。

 866の記事で解説した就業規則の不利益変更の一般原則を踏まえ、本稿では、特に賃金減額という重要な労働条件に関わる変更に焦点を当てて、その適法な実施方法を詳しく解説します。

 会社側専門の弁護士の立場から、就業規則の変更により賃金を減額できる場合を解説します。

01就業規則変更による労働条件変更の原則

 労働契約法第10条は、就業規則の変更による労働条件変更の要件について、次のとおり定めています。使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする、というものです。

 この規定から、就業規則の変更が労働者に対して効力を持つためには、①変更後の就業規則の「周知」と②変更内容の「合理性」という二つの要件を満たすことが必要となります。賃金の減額は労働者にとって不利益な変更にあたるため、とりわけ合理性の審査は厳格に行われます。なお、就業規則の変更とは別に、個々の労働者との「合意」によって賃金を引き下げることも可能です(労働契約法第8条)。実務上は、就業規則の変更と個別同意の双方を組み合わせることで、法的リスクを低減させる方法が有効です。

02合理性の判断基準(第四銀行事件)

 就業規則の変更の合理性は、労働契約法第10条の定める以下の事情を総合考慮して判断されます。第一に、労働者の受ける不利益の程度です。賃金減額の幅が大きいほど合理性の立証は困難になります。第二に、労働条件変更の必要性です。経営上の必要性、財務状況の悪化、同業他社との賃金水準の乖離などが必要性の根拠となります。第三に、変更後の就業規則の内容の相当性です。減額後の賃金水準が最低賃金を上回ること、業界水準から著しく乖離しないことなどが求められます。

 さらに、労働組合等との交渉の状況も重要な考慮要素です。過半数組合や過半数代表者との誠実な交渉を経たことは、合理性を補強する事情として評価されます。逆に、交渉なしに一方的に変更した場合は、合理性の認定が困難になります。裁判例においては、賃金は労働条件の根幹をなすものであり、就業規則による不利益変更の合理性については特に厳格に判断される、という立場が確立しています(第四銀行事件、最高裁平成9年2月28日判決ほか)。賃金減額を伴う就業規則変更を検討する場合は、事前に弁護士への相談をお勧めします。

03賃金減額の遡及効は認められない

 就業規則の変更によって賃金を減額する場合、変更の時期に関しても重要な要件があります。就業規則の変更は、賃金減額の実施に先立って行われていなければなりません。すでに発生した賃金請求権を遡って消滅させる形での就業規則変更は、法的に効力を持たないと解されています。

 裁判例においても、「既に発生した具体的権利としての退職金請求権を事後に締結された合意の波及適用により処分・変更することは許されない」という判断が示されており(香港上海銀行事件、東京高裁平成元年9月7日判決)、就業規則についても同様に遡及効は認められないとされています。したがって、賃金を減額しようとする場合は、変更後の就業規則を先に整備・周知した上で、その効力発生日以降から新たな賃金水準を適用するという順序が必要です。この手続を誤ると、減額前の賃金との差額について未払賃金請求を受けるリスクがあります。

04賃金減額を適法に行うための実務的手順

 就業規則の変更によって賃金を適法に減額するためには、次の手順を踏むことが重要です。まず、変更の必要性を明確にし、経営上の根拠を書面で整理します。次に、過半数組合または過半数代表者との協議・交渉を行い、その経過と結果を記録します。そして、変更後の就業規則案を作成し、労働基準監督署への届出と従業員への周知を行います。周知の方法としては、867の記事で解説したとおり、就業規則を事業場の見やすい場所に掲示する、電子データで閲覧可能にする、書面を交付するなどの方法があります。

 変更後の就業規則の効力発生日以降から、新たな賃金水準を適用します。さらに、個々の従業員から個別同意書を取得しておくことで、後日の紛争リスクを大幅に低減することができます。個別同意は書面で取得し、署名・押印のある同意書を保管しておくことが望ましいです。なお、変更後の賃金水準が労働者にとって著しく不利益な場合や、一部の従業員のみを対象とした変更など、特殊な事情がある場合は、就業規則の変更だけでなく、個別の労働契約変更手続を組み合わせる必要があります。

05よくある質問(FAQ)

Q. 就業規則を変更すれば、労働者の同意なく賃金を下げられますか。

周知と合理性の2要件を満たせば可能ですが、賃金減額は特に厳格な合理性審査を受けます。過半数組合等との交渉や個別同意の取得も組み合わせることをお勧めします。

Q. 過去に遡って賃金を減額することはできますか。

できません。既に発生した賃金請求権を事後の変更で処分・変更することは許されません。変更は減額実施に先立って行う必要があります。

Q. 賃金減額の合理性は、どのような要素で判断されますか。

労働者が受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉状況を総合考慮して判断されます(第四銀行事件、最高裁平成9年2月28日)。

経営上のポイント 就業規則の変更により賃金を減額する場合、労契法10条により、変更後の就業規則の周知と変更の合理性という2要件を満たす必要があります。賃金という重要な労働条件の不利益変更は、特に厳格な合理性審査を受けます(第四銀行事件、最高裁平成9年2月28日)。既に発生した賃金請求権を遡って消滅させる変更は効力を持たないため(香港上海銀行事件、東京高裁平成元年9月7日)、変更後の就業規則を先に整備・周知し、効力発生日以降から新賃金水準を適用する必要があります。会社側としては、経営上の必要性の整理、労使交渉の実施・記録、届出・周知の徹底、個別同意書の取得という手順を踏むことが重要です。賃金減額を伴う就業規則変更は、会社側・使用者側専門の弁護士にご相談ください。具体的な事情に応じて、実務で使える方針をアドバイスします。
監修者 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。就業規則変更による賃金見直しでお困りでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

最終更新日:2026年7月13日

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