労働問題701 労働審判の申立手数料はどう決まる?経営者が知るべき算定基準と訴訟移行時のコスト

 

この記事の結論

手数料の額は「紛争の規模」と「経営リスク」のバロメーターです

労働審判の手数料は、従業員側が主張する「利益」に基づいて計算されます。この金額を正しく理解することは、会社が負担すべき潜在的な金銭リスクを早期に把握することに繋がります。

  • 「価額」が算定の基礎: 損害賠償なら請求額、解雇無効なら160万円とみなすルールがあります。
  • 賃金請求は「申立後3か月分」も合算: 未来の賃金も一部価額に含まれる特殊な算定が行われます。
  • 訴訟移行時は「差額」が発生: 労働審判はリーズナブルな設定ですが、訴訟になれば追加コストがかかります。

1. 労働審判手続における申立手数料の基礎知識

 労働審判手続を開始する際には、申立人(通常は従業員側)が裁判所に対して**申立手数料を納付する必要があります。**この手数料は収入印紙によって納められ、形式的には申立人の負担ですが、会社経営者にとっても極めて重要な意味を持ちます。

 なぜなら、この手数料は単なる事務的な費用ではなく、紛争の規模や企業にとっての潜在的な金銭リスクを示す指標だからです。労働審判における手数料は、「労働審判を求める事項の価額」に基づいて算定されます。

 この「価額」とは、申立人が手続を通じて得ようとする経済的利益の大きさを意味し、民事訴訟でいう「訴額」と同様の概念です。例えば、未払賃金や損害賠償を請求している場合にはその金額が、解雇無効のように金銭換算が難しい場合でも一定の基準に基づいて評価されます。

 会社経営者として重要なのは、この価額を単なる計算上の数字として捉えるのではなく、「相手がいくらの価値の紛争として主張しているのか」を示す経営上の指標として理解することです。この金額を正確に把握することで、想定される解決金の水準や、紛争が長期化した場合のリスクを早期に見極めることが可能となります。

 したがって、労働審判の申立書を受け取った際には、請求内容だけでなく、その背後にある価額と手数料の意味を読み解くことが、会社経営者にとっての初動対応として極めて重要となります。

2. 請求内容に応じた「価額」の算定方法

 労働審判における申立手数料は、「価額」によって決まりますが、この価額は一律ではなく、どのような請求内容かによって算定方法が異なる点に注意が必要です。会社経営者としては、請求の種類ごとにどのように金額が評価されるのかを理解することで、紛争の実質的な規模をより正確に把握することができます。

① 算定不能・困難な場合は「160万円」

 解雇無効(労働契約上の地位確認)を求める場合など、金銭的評価が困難な請求については、一律で「160万円」とみなされるというルールが採用されています。これは、価額を個別具体的に算定することが難しい場合に、手続を円滑に進めるための実務上の基準です。

 会社経営者として重要なのは、この160万円という数字はあくまで手数料計算上の便宜的な評価額にすぎないという点です。実際の紛争においては、解雇無効が認められれば、未払賃金(バックペイ)や将来の賃金負担など、はるかに大きな経済的影響が生じる可能性があります。

 したがって、「160万円だから軽い案件」と判断するのは適切ではなく、むしろ潜在的には高額なリスクを内包している請求類型であると理解する必要があります。特に解雇事案では、賃金の遡及支払いが加わることで、実質的な紛争規模が大きく膨らむ点に注意が必要です。

② 退職金や損害賠償などの一時金

 未払退職金やハラスメントに基づく慰謝料請求など、**一時金の支払いを求める請求については、請求額そのものがそのまま価額となります。**この点は比較的シンプルであり、会社経営者としても紛争の規模を直感的に把握しやすい類型です。

 もっとも、注意すべきは、提示されている金額がそのまま妥当であるとは限らない点です。特に慰謝料請求などは、申立人側が高めの金額を主張する傾向も見られるため、請求額イコール適正なリスクとは限りません。

 したがって、会社経営者としては、単に請求額の大小を見るのではなく、その金額が法的にどの程度認められる可能性があるのかを冷静に見極めることが重要です。請求額はあくまで「相手の主張」であり、最終的な解決金額とは乖離することも少なくありません。

 このように、一時金請求は一見分かりやすい反面、実態としてのリスク評価には法的な検討が不可欠な分野であるため、慎重な分析が求められます。

③ 賃金(バックペイ)の支払いを求める場合

 未払賃金や解雇無効を前提としたバックペイ請求については、将来分を含めた特殊な算定ルールが採用されている点に注意が必要です。

 具体的には、価額は単に現在までの未払額だけでなく、申立て時までに発生している未払賃金に加え、申立後3か月分の賃金相当額が合算されるという形で算定されます。これは、労働審判が原則3回以内、すなわち短期間で終結する制度であることを前提とした取扱いです。

 通常の民事訴訟では将来分として1年分を基準とすることが多いのに対し、労働審判では3か月分に限定されている点に特徴があります。しかし、会社経営者としては、この3か月という数字を軽視すべきではありません。実際の紛争では、解決までの期間や交渉経過によっては、さらに賃金負担が拡大する可能性があるためです。

 また、バックペイ請求は解雇無効と組み合わされることが多く、形式上の価額以上に実質的な金銭リスクが大きくなりやすい類型でもあります。

 したがって、会社経営者としては、この算定方法を単なる計算ルールとしてではなく、継続的に発生し得るコストの一部として捉え、早期解決の必要性を判断する材料とすることが重要です。

3. 複数の請求が併合された場合と申立ての拡張

複数の権利を主張する場合(併合申立て)

 労働審判では、「解雇無効」と「未払残業代請求」など、複数の請求が同時に申し立てられるケースが少なくありません。このような場合、価額はそれぞれの請求を単純に個別評価するのではなく、全体としての経済的利益を基準に調整しながら算定されます。

 もっとも、会社経営者として実務上重要なのは、計算の細かな技術よりも、複数の請求が組み合わさることで紛争規模が大きく膨らむ可能性があるという点です。特に、解雇無効に加えてバックペイや損害賠償が併合される場合、形式的な価額以上に実質的なリスクが増大する傾向があります。

 また、それぞれの請求は独立した法的根拠を持つため、一部が認められなくても他の請求が認められる可能性がある点にも注意が必要です。これは、会社側にとってリスク分散ではなく、むしろ複数の敗訴リスクが並行して存在することを意味します。

 したがって、会社経営者としては、個々の請求を個別に見るのではなく、全体としてどの程度の金銭リスクが存在するのかを総合的に把握する視点が不可欠です。複数請求が併合されている場合には、想定以上に大きな紛争に発展している可能性を前提に対応を検討する必要があります。

審理途中の「申立ての拡張」

 労働審判の進行中に、申立人が請求内容や金額を増やす、いわゆる**「申立ての拡張」**が行われることがあります。これは珍しいケースではなく、審理の中で新たな事実や証拠が明らかになることで、請求額が引き上げられる場面も少なくありません。

 この場合、申立人は**拡張後の価額に応じた差額の手数料(収入印紙)を追加で納付する必要があります。**手続上は形式的な対応に見えますが、会社経営者にとっては重要な意味を持ちます。

 すなわち、申立ての拡張は、単なる手続の変更ではなく、会社が直面する金銭リスクが増大したことを意味するからです。当初想定していた解決金のレンジや防衛戦略が、そのままでは通用しなくなる可能性があります。

 また、拡張が行われるタイミングによっては、すでに審理が進んでいる段階で新たな論点への対応を求められることになり、限られた期日の中で追加対応を迫られるリスクもあります。

 したがって、会社経営者としては、申立ての拡張がなされた場合には、その影響を軽視せず、請求内容の変化に応じて戦略を再構築する必要がある重要な局面であると認識することが重要です。

4. 訴訟に移行した場合の手数料の取扱い

 労働審判に対して異議申立てがなされると、事件は通常訴訟へ移行します。この場合、制度上は労働審判の申立て時に「訴えの提起」があったものとみなされる取扱いとなっています。

 ここで会社経営者が理解しておくべき重要なポイントは、労働審判の申立手数料は通常訴訟の手数料よりも低く設定されているという点です。実務上は、概ね訴訟手数料の半額程度とされており、迅速な解決を促す制度設計となっています。

 そのため、訴訟へ移行した場合には、申立人(従業員側)は、本来の訴訟手数料との差額を追加で納付する必要があります。これは手続上の負担増を意味し、紛争が長期化・本格化する局面に入ったことを示す一つの指標ともいえます。

 会社経営者としては、この点を単なる相手方の負担として捉えるのではなく、紛争が次の段階に進み、時間的・人的コストが双方に拡大する局面に入ったことを意味すると理解することが重要です。

 したがって、訴訟移行の可能性が見える段階では、解決の見通しやコストとのバランスを踏まえ、どの段階で解決を図るべきかを戦略的に判断することが、会社経営者にとって不可欠となります。

労働審判の申立手数料に関するよくある質問

Q1. 解雇無効を訴えられた場合、手数料の基礎となる金額(価額)はどうなりますか?

A1. 労働契約上の地位確認を求める場合、算定困難なケースとして一律「160万円」とみなされます。これにバックペイ(未払賃金)の請求が加わる場合は、別途合算等のルールが適用されます。

Q2. 労働審判から通常訴訟に移行した場合、追加の手数料はかかりますか?

A2. はい。労働審判の手数料は訴訟の半額程度に設定されているため、訴訟へ移行(異議申し立て)した場合は、通常の訴訟手数料との差額を納付する必要があります。

Q3. 相手が請求額を途中で増やした場合(拡張)、会社側に影響はありますか?

A3. 申立ての拡張があった場合、申立人は差額の手数料を納付します。経営側としては、請求規模が拡大したことを意味するため、改めて解決金の相場や防衛戦略を再考する必要があります。

 

労働審判の申立書が届き、対応にお困りの経営者様へ

相手方の請求内容の妥当性判断や、会社を守るための防衛戦略の構築は、初動が肝心です。

経営労働相談の予約はこちら

最終更新日 2026/03/19

 

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 /  「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

 弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。

労働問題FAQカテゴリ


弁護士法人四谷麹町法律事務所

〒102-0083 東京都千代田区麹町6丁目2番6
PMO麹町2階

Copyright ©問題社員、労働審判、残業代トラブルの対応、経営労働相談|弁護士法人四谷麹町法律事務所 All Rights Reserved.
Return to Top ▲Return to Top ▲