1. 第1回期日は事実確認が中心となる場面
労働審判の第1回期日は、単なる形式的な出頭日ではありません。会社経営者にとっては、事実関係の核心を直接問われる場面であり、紛争の方向性がほぼ決まる重要局面です。
労働審判委員会は、申立書と答弁書を精読したうえで期日に臨みます。そして期日では、書面に記載された事実について具体的な確認を行います。解雇事案であれば、問題行為の具体的内容や指導時のやり取り、解雇通告時の言葉の内容などが質問されることがあります。残業代請求事件であれば、労働時間管理の実態や業務指示の具体的状況が問われます。
ここで重要なのは、「誰が説明するのか」という点です。書面上の整理は代理人弁護士が行いますが、事実そのものの説明は、原則として会社側の出頭者が行うことになります。現場に居合わせていない者の説明は、どうしても抽象的になりがちです。
労働審判は迅速手続であり、通常訴訟のように後日改めて詳細な証人尋問を行う機会は限られています。そのため、第1回期日における事実説明の具体性や自然さが、そのまま心証形成に影響することが少なくありません。
会社経営者として理解すべきなのは、第1回期日は「法的議論の場」というよりも、「事実のリアリティーが問われる場」であるということです。書面の論理だけでなく、実際の経緯をどれだけ具体的に説明できるかが、防御力を左右します。
したがって、第1回期日を軽視することはできません。ここが実質的な勝負どころであるという認識を持つことが、適切な出頭判断の前提となります。
2. 弁護士のみ出頭することは法的に可能か
まず前提として、労働審判の第1回期日に会社関係者が出頭せず、代理人弁護士のみが出頭することは、形式的には可能です。代理人が選任されていれば、期日に出頭して手続を進めること自体はできます。
しかし、ここで会社経営者が誤解してはならないのは、「可能であること」と「適切であること」は全く別だという点です。労働審判は迅速手続であり、期日において事実関係を直接確認し、その場で解決の方向性を探る制度です。代理人弁護士は法律の専門家ですが、現場の当事者ではありません。
例えば、解雇の場面でどのような言葉のやり取りがあったのか、問題行為が発生した当日の具体的状況はどうだったのか、といった点は、現場に居合わせていない弁護士が説明しても、どうしても伝聞的になります。「会社からそのように聞いています」という説明では、リアリティーが乏しくなります。
労働審判委員会は、事実の具体性や自然さを重視します。代理人の整理された法的説明だけでは、事実の重みが十分に伝わらないことがあります。事実の臨場感は、直接関与した会社関係者でなければ補えない部分があるのです。
会社経営者として重要なのは、手続上可能であるからといって、戦略上合理的とは限らないという視点です。形式的に進められるかどうかではなく、心証形成にどのような影響を与えるかを基準に判断すべきです。
弁護士のみ出頭することは法的には可能です。しかし、実務的・戦略的観点から見れば、慎重に考えるべき選択であるという認識を持つことが重要です。
3. 代理人説明だけでは説得力が弱まる理由
労働審判の第1回期日において、代理人弁護士のみが出頭し、事実関係の説明をすべて担う場合、どうしても説得力が弱まる場面が生じます。これは弁護士の能力の問題ではなく、立場の問題です。
弁護士は、会社から聴取した内容を整理し、法的に構成し直して説明します。しかし、その説明は本質的に二次情報です。解雇通告時の具体的なやり取り、問題行為の現場状況、日常的な勤務態度の変化など、細部に宿る事実の重みは、直接体験した者でなければ自然に語ることができません。
労働審判委員会は、必ずしも形式的な証明度だけで判断しているわけではありません。説明の具体性、一貫性、そして不自然さがないかといった点を総合的に見ています。代理人が「会社としてはそのように認識しています」と述べるのと、現場責任者が「私がその場でこう伝えました」と語るのとでは、印象は明らかに異なります。
特に、解雇の場面での言葉のやり取りや、注意指導の具体的状況などは、心証形成に直結する重要事実です。ここを代理人だけで説明することは、事実のリアリティーを自ら弱める行為になりかねません。
また、質疑応答の場面では、予想外の細かな質問が出ることがあります。その際、現場にいなかった代理人では即答できないこともあります。回答が曖昧になれば、それ自体がマイナス要素として受け取られる可能性があります。
会社経営者として理解すべきなのは、労働審判は「法的主張の優劣」だけでなく、「事実の説得力」が結果を左右する制度であるということです。代理人にすべてを任せることは、事実の重みを十分に伝える機会を自ら狭めることにつながります。
弁護士の役割は法的整理と戦略設計であり、事実の当事者に代わる存在ではありません。この役割分担を踏まえた出頭判断が、企業防衛上不可欠です。
4. 解雇事案で弁護士のみ出頭する危険性
解雇事案において、第1回期日を弁護士のみに任せ、会社関係者が出頭しないという対応は、特にリスクが高い選択です。解雇の有効性は、「結論」よりも解雇に至るプロセスの合理性が重視されるからです。
労働審判委員会は、問題行為の具体的内容、注意指導の回数と方法、改善の機会を与えたかどうか、最終判断に至る経緯などを詳細に確認します。これらはすべて、現場でのやり取りや判断の積み重ねに関わる事実です。
例えば、解雇通告時にどのような言葉で説明したのか、本人はどのように応答したのか、過去の指導の際にどのようなやり取りがあったのかといった点は、文書だけでは十分に伝わらない場合があります。弁護士が「会社としてはこのように対応しました」と説明しても、臨場感や具体性に欠ける印象を与えかねません。
特に、申立人本人が出頭して具体的に事実を語る場合、会社側が弁護士のみという構図になると、事実の重みのバランスが崩れることがあります。片方が直接体験を語り、もう一方が伝聞で応じるという状況は、心証上不利に働く可能性があります。
また、解雇は従業員の生活に重大な影響を与える処分です。その判断を行った会社側の責任ある立場の者が出頭していない場合、委員会に対して消極的な印象を与えることも否定できません。
会社経営者としては、解雇事案こそ「事実のリアリティー」が最も重要になる類型であると認識すべきです。弁護士のみで対応することは、防御力を自ら下げる選択になり得るという点を十分に理解する必要があります。
解雇事案では、少なくとも紛争の実情を把握している会社関係者が出頭し、具体的な事実を自ら説明できる体制を整えることが、戦略上極めて重要です。
5. 残業代請求事件でも同様に生じる問題
弁護士のみが第1回期日に出頭することの問題は、解雇事案に限りません。残業代請求事件においても、事実の具体性と運用実態の説明が不可欠であり、代理人だけでは十分に補いきれない場面があります。
残業代事件では、労働時間管理の方法、残業命令の有無、業務量の実情、固定残業代制度の運用状況などが中心的な争点になります。これらは制度の条文だけでなく、「実際にどう運用していたか」が問われます。
例えば、事前申請制を採用していたとしても、実際には申請なしの残業を黙認していなかったか、上司がどのように指示していたのかといった点は、現場を知る者でなければ具体的に説明できません。弁護士が制度内容を説明することはできますが、日々の運用の細部までは把握していないのが通常です。
また、労働審判委員会から「なぜその時間に業務が終わらなかったのか」「その業務は翌日に回せなかったのか」といった実務的な質問が出ることもあります。こうした問いに即座に具体的に答えられるかどうかは、心証に直結します。
申立人本人が「毎日深夜まで働いていた」と具体的に述べる一方で、会社側が弁護士のみで抽象的な制度説明にとどまれば、事実の厚みの差が生じます。制度の合理性だけでなく、運用の現実を語れるかどうかが鍵となります。
会社経営者としては、残業代事件もまた事実中心の紛争であると認識すべきです。法的構成を弁護士に委ねることは当然としても、事実説明まで完全に任せることは、防御上の弱点を生みかねません。
したがって、残業代請求事件においても、労働時間管理や業務実態を把握している会社関係者が出頭することが、実務上は強く望まれます。
6. 心証形成への具体的影響
労働審判の第1回期日に会社関係者が出頭せず、弁護士のみが対応する場合、その影響は単なる形式の問題にとどまりません。最も大きな影響は、労働審判委員会の心証形成に及びます。
労働審判では、申立書と答弁書を前提に暫定心証が形成されますが、期日における質疑応答によってその心証は補強され、あるいは修正されます。ここで、会社側の説明が抽象的であったり、伝聞にとどまったりすれば、「事実の裏付けが弱い」という印象が固定化される可能性があります。
特に、申立人本人が具体的かつ感情を伴って事実を語る一方で、会社側が弁護士のみという構図になると、説明の重みの差が際立ちます。労働審判は形式的な証拠能力だけでなく、説明の自然さや一貫性も重視します。現場の当事者がいないという事実自体が、消極的な姿勢と受け取られるおそれもあります。
また、調停案の提示にも影響が出ます。心証が会社側にやや不利に傾けば、提示される解決金額は高めになる傾向があります。本来であれば減額できた可能性のある案件でも、防御の厚みが不足していると評価されれば、交渉余地は縮小します。
会社経営者として理解すべきなのは、労働審判は「書面の優劣」だけでなく、「期日の印象」によっても方向性が左右される制度であるという点です。第1回期日の対応は、その後の審理全体の基調を決める役割を持ちます。
弁護士のみで対応することは、心証形成の主導権を自ら手放すリスクを伴うという認識が必要です。期日の構図そのものが、結果に影響することを軽視してはなりません。
7. 最低限出頭させるべき人数の目安
では、第1回期日に会社関係者は何名程度出頭させるべきなのでしょうか。結論から申し上げれば、紛争の実情を把握している者を1名から2名程度出頭させるのが現実的かつ適切な目安です。
多人数で出頭する必要はありません。むしろ、人数が多すぎると統制が取れず、発言がぶれるおそれがあります。重要なのは人数ではなく、争点に直結する事実を説明できるかどうかです。
解雇事案であれば、現場で問題行為や指導に関与した者、または最終判断に関与した者のいずれか、可能であれば双方のうち1~2名が出頭するのが望ましいといえます。残業代請求事件であれば、労働時間管理の実態を把握している者が中心になります。
会社経営者が必ず出頭しなければならないわけではありませんが、経営判断そのものが争点になっている場合には、出頭する意義は大きくなります。一方で、現場の具体的事実を把握していない場合には、単独出頭は避けるべきです。
重要なのは、「誰が最も具体的に説明できるか」という基準で人選することです。肩書きや形式的地位ではなく、争点との距離で判断します。
会社経営者としては、出頭人数を最小限に抑えつつ、事実説明の質を最大化する体制を整えることが合理的です。1名から2名という目安は、実務上のバランスを踏まえた現実的な水準といえます。
8. 会社経営者が出頭すべきケース
第1回期日に会社経営者が必ず出頭しなければならないわけではありません。しかし、経営判断そのものが争点となっている場合には、会社経営者の出頭が極めて重要になることがあります。
例えば、整理解雇や事業縮小に伴う人員整理など、経営上の必要性が中心的争点となる事案では、「なぜその判断を行ったのか」「他の選択肢は検討したのか」といった点が問われます。これらは最終決裁者でなければ十分に説明できません。経営判断の合理性を示すには、当事者である会社経営者自身の説明が最も説得力を持ちます。
また、高額請求や社会的影響の大きい案件では、解決水準の判断が経営戦略と直結します。その場で調停案に応じるかどうかを即断できる立場の者が出頭していること自体が、交渉上の安定要素になります。
一方で、現場の具体的事実が中心となる事案で、会社経営者が詳細を把握していない場合には、単独出頭は適切とはいえません。その場合は、現場責任者とともに出頭するなど、説明能力を補完する体制を整える必要があります。
会社経営者として重要なのは、「出るべきか否か」を感情や負担感で決めないことです。出頭は時間的・心理的負担を伴いますが、心証形成と交渉力への影響を基準に合理的に判断するべきです。
労働審判は短期決戦です。経営判断の合理性が問われる場面では、自ら出頭することが、結果を左右する決定的な要素になり得ます。
9. 出頭を避けたい心理が生む経営リスク
労働審判の第1回期日に会社関係者が出頭することについて、「できれば弁護士に任せたい」「当事者同士が顔を合わせるのは避けたい」と感じるのは自然な心理です。会社経営者としても、時間的負担や精神的負担を考えれば、その気持ちは理解できます。
しかし、出頭を避けたいという心理が、そのまま経営判断になることは危険です。
労働審判は、法的な理屈だけで決まる制度ではありません。事実の具体性、当事者の説明態度、解決に向けた姿勢といった要素が、心証形成に影響します。会社関係者が一切出頭せず、弁護士のみが対応する構図は、場合によっては「会社は当事者として向き合う姿勢が弱い」と受け取られる可能性もあります。
また、出頭を避けることで、期日における柔軟な対応力を失うリスクもあります。想定外の質問や調停案が提示された場合、その場での事実補足や経営判断ができなければ、解決の機会を逃すことになります。
会社経営者として重要なのは、「負担を減らすこと」と「リスクを減らすこと」は同じではないという点です。短期的な負担回避が、長期的な紛争拡大や高額解決につながるのであれば、それは合理的な経営判断とはいえません。
出頭するかどうかは、感情ではなく戦略で決めるべき問題です。 どの対応が最も損失を抑えられるかという観点で冷静に判断することが求められます。
労働審判は短期決戦であり、第1回期日の対応がその後の流れを大きく左右します。出頭回避という選択が、結果として企業防衛力を低下させることのないよう、慎重な検討が不可欠です。
10. まとめ|弁護士任せは戦略として合理的か
労働審判の第1回期日を弁護士のみに任せ、会社関係者が出頭しないことは、形式的には可能です。しかし、実務上それが合理的な戦略かと問われれば、多くの場合答えは否です。
第1回期日は、法的主張の応酬の場というよりも、事実の具体性と判断過程の合理性が問われる場です。解雇事案であれ残業代請求事件であれ、現場の事実を直接体験した者の説明がなければ、どうしても説得力は弱まります。
弁護士は法的構成と戦略設計の専門家ですが、当事者ではありません。事実の臨場感や具体的なやり取りのニュアンスは、会社関係者にしか語れない部分があります。ここを欠いたまま期日に臨むことは、心証形成の面で不利に働く可能性があります。
実務上は、紛争の実情を把握している会社関係者を1名から2名程度出頭させる体制が望ましいといえます。必要に応じて会社経営者自身が出頭し、調停判断をその場で行える体制を整えることが、交渉力を高めます。
出頭は負担を伴いますが、短期的な負担回避が長期的な損失拡大につながることもあります。会社経営者としては、感情や都合ではなく、最終的な解決水準への影響を基準に判断すべきです。
労働審判は短期決戦です。弁護士任せにすることが本当に合理的かどうかを冷静に見極め、事実を語れる体制を整えることが企業防衛の基本となります。
参考動画
労働審判対応について網羅的に知りたい方へ
本FAQでは、労働審判に関する個別の論点や実務上のポイントを解説していますが、
労働審判の全体像や会社側としての対応戦略を体系的に理解したい方は、下記ページもあわせてご覧ください。
▶ 労働審判の会社側対応を網羅的に解説した特設ページ
労働審判の対応
この同ページでは、
・労働審判の基本的な流れ
・第1回期日の重要性
・会社側が準備すべき事項
・和解戦略の考え方
・訴訟移行を見据えた対応方針
など、会社経営者の視点から、労働審判対応の全体像を体系的に整理しています。
「労働審判を申し立てられたが、まず何から手を付けるべきか分からない」
「全体像を押さえたうえで戦略的に対応したい」
という場合に特に有益な内容となっています。

更新日2026/2/15