労働問題383 賞与を支給しないことはできますか。

この記事の要点

個別労働契約・就業規則・労働協約のいずれにも一定額・割合の賞与支給義務が定められていない場合は、賞与を支給しなくても法的問題はない

まず義務規定の有無を確認することが出発点です

「毎年払ってきた慣行がある」という理由で賞与請求がなされることがあるが、労使慣行の成立が認められるケースは多くない。3要件すべてを満たす必要がある(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件・最高裁平成7年3月9日)

特に「使用者側の権限者が規範意識を有していた」という要件のハードルが高い傾向があります

一定額・割合の賞与支給義務が定められている場合は、不支給とするためには就業規則変更が必要。賃金に関する不利益変更として高度の合理性が問われる(375番参照)

「業績が悪いから不支給」という理由だけでは合理性が認められないリスクがあります

01まず義務規定の有無を確認する。3つの法的根拠

 賞与(ボーナス)を支給しないことができるかどうかは、個別労働契約・就業規則・労働協約のいずれかに賞与支給義務が定められているかどうかによります。まずこの3つの文書を確認することが対応の出発点です。

義務規定の有無 法的結論
個別労働契約・就業規則・労働協約のいずれにも義務規定なし 賞与を支給しなくても法的問題はない(労使慣行の問題は別途検討)
いずれかに一定額・一定割合の賞与支給義務が定められている 支給義務あり。不支給とするには就業規則変更等が必要(高度の合理性が問われる)

 「賞与は一律○万円支給する」「毎年夏・冬に基本給の○ヶ月分を支給する」といった確定支給の定めがあれば義務規定と評価され、「業績等を勘案して支給する場合がある」「賞与は会社業績による」といった定めは義務規定とは評価されない場合が多くなります。ただし、文言の解釈には争いが生じることもあるため、疑義がある場合は使用者側弁護士に確認することをお勧めします。

02義務規定がない場合。労使慣行による請求への対応

 義務規定がない場合でも、「一定額以上の賞与支給が労使慣行になっている」として賞与請求がなされることがあります。例えば、「毎年○ヶ月分の賞与を支払ってきた慣行がある」という主張です。

 しかし、労使慣行として法的効力が認められるケースは多くありません。民法92条の「慣習法」として法的効力のある労使慣行が成立するためには、次の節で解説する3つの要件をすべて満たす必要があります。会社経営者としては、「毎年払ってきたから必ず義務になる」という発想には根拠がなく、慣行による請求への過度な懸念は必要ないケースが多いといえます。

03労使慣行の成立要件。商大八戸ノ里ドライビングスクール事件

 労使慣行による賞与請求が認められるかどうかの基準は、商大八戸ノ里ドライビングスクール事件(最高裁平成7年3月9日第一小法廷判決・同事件大阪高裁平成5年6月25日判決)が示しています。

法的効力のある労使慣行が成立するための3要件(民法92条)

要件①(反復継続性):同種の行為または事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと
要件②(排除の不存在):労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないこと
要件③(規範意識):当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていること

 さらに要件③(規範意識)について、使用者側においては単に支払実績があるだけでは足りず、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者(または取扱いについて一定の裁量権を有する者)が規範意識を有していたことが必要とされています。これが実務上特に重要な要件です。

04「使用者側の規範意識」の要件が特に問題となる理由

 要件③のうち「使用者側の規範意識」は、賞与を支払ってきた事実があっても、それが「業績が良かったから払った」「経営判断として払った」という裁量の行使にすぎない場合は満たされないとされます。

 つまり、会社側が「毎回支払う義務があると認識して払ってきた」のではなく、「業績や経営判断に応じて払ってきた」という事実関係であれば、使用者側の規範意識は認められにくくなります。

会社経営者にとっての実務的な示唆
義務規定なしで賞与を支払ってきた場合、将来の不支給時に慣行請求を受けるリスクを最小化するためには、①支給のたびに「業績・裁量による」旨を明示した通知文書を発行する、②支給額が一定でなく業績等に応じて変動していることを文書化する、といった対応が有効です。「義務として払っているのではなく、会社の判断として払っている」という事実を積み上げることが重要です。

05義務規定がある場合。就業規則変更の高度の合理性

 就業規則や労働協約に一定額・割合の賞与支給義務が定められている場合は、その義務を免れるためには就業規則変更(または労働協約の変更)が必要です。一方的に賞与を支給しないことは、就業規則(賃金規程)違反となります。

 就業規則を変更して賞与不支給とする場合は、賃金に関する不利益変更として高度の合理性が問われます(大曲市農協事件・最高裁昭和63年2月16日、375番参照)。「業績が悪い」「資金繰りが苦しい」という事情はあり得ますが、それだけでは不利益変更の合理性が認められない可能性があります。経営上の必要性の程度・他のコスト削減措置の先行実施・代償措置の有無・説明と協議の状況等が総合考慮されます(373番参照)。

06まとめ

 賞与を支給しないことができるかは、個別労働契約・就業規則・労働協約に一定額・割合の支給義務が定められているかどうかによります。義務規定がない場合は、法的には支給しなくても問題ありませんが、労使慣行による請求がなされることがあります。労使慣行の成立には3要件(反復継続性・排除の不存在・規範意識)が必要であり、特に使用者側の権限者が規範意識を有していたという要件のハードルは高く、認められないケースが多くなっています(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件参照)。義務規定がある場合は就業規則変更が必要であり、高度の合理性が要求されます。具体的な対応については使用者側弁護士のサポートを受けることをお勧めします。アドバイスします。

SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

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Q&Aよくある質問

Q1. 「業績によって支給する」という就業規則の定めがある場合、業績が悪い年は賞与ゼロでも問題ありませんか。

A. 「業績によって支給する」という裁量型の定めであれば、業績が悪い年にゼロとすることは原則として許容されます。ただし、「ゼロ」という判断の根拠(業績評価の基準・実際の業績等)を説明できる状態にしておくこと、および判断のプロセスを恣意的でなく一貫したものとすることが重要です。

Q2. 労使慣行の成立を防ぐために何をしておくとよいですか。

A. 賞与を支給する際に「業績・経営判断による裁量として支給する(義務として支給するものではない)」という趣旨を記載した支給通知書を毎回交付しておくことが有効です。支給額が業績に応じて変動することを文書で示しておくことも重要です。これにより「使用者側の規範意識」の否定につながります。

Q3. 就業規則に「賞与は原則として年2回支給する」とある場合、不支給とすることはできますか。

A. 「原則として」という文言の解釈によりますが、支給義務を定めていると評価される可能性があります。不支給とするためには就業規則変更(賞与不支給の附則を設ける等)が必要となる可能性があり、その場合は高度の合理性が問われます(375番参照)。具体的な文言の解釈については使用者側弁護士にご相談ください。

最終更新日:2026年5月31日

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