1. 運送業で起こりがちな「もっと働かせてほしい」問題
運送業を営む会社では、「休まずにもっと働いて稼ぎたい」「仕事を増やしてくれないなら転職する」といった要望をトラック運転手から受けることがあります。人手不足の業界においては、働く意欲のある人材は貴重であり、会社経営者としては応えたいと感じる場面もあるでしょう。
しかし、この問題は単なる人材確保や売上拡大の話ではありません。長時間労働の容認は、法的責任と経営リスクに直結する問題です。
運送業は構造的に拘束時間が長くなりやすく、休日出勤や深夜運行も発生しやすい業態です。そのため、「本人が希望しているから」という理由で労働時間を拡大すると、恒常的な長時間労働に陥る危険があります。
会社経営者としてまず理解すべきなのは、労働時間の管理と健康確保は使用者の責任であるという点です。これは、労働契約法第5条が定める安全配慮義務の一内容として明確に位置付けられています。
したがって、「本人が望んでいるから問題ない」という整理は成立しません。むしろ、本人の強い希望があるからこそ、冷静に歯止めをかける姿勢が求められます。
働く意欲は尊重すべきですが、無制限に受け入れることはできません。この問題は、意欲の問題ではなく、法令遵守と健康確保の問題であるという視点を、会社経営者は持つ必要があります。
2. 本人が望んでも長時間労働を認められない理由
「自分が望んでいるのだから問題ないはずだ」と運転手が主張することがあります。しかし、本人の同意があっても、恒常的な長時間労働を認めることはできません。
第一に、労働時間規制は強行法規であり、当事者の合意で自由に変更できるものではありません。時間外労働や休日労働には法的な上限があり、これを超えて働かせることは違法となります。これは労働基準法の基本構造です。
第二に、会社経営者には健康配慮義務があります。労働契約法第5条は、労働者の生命・身体の安全を確保するよう配慮する義務を定めています。本人が望んでいるという事情は、この義務を免れさせるものではありません。
第三に、長時間労働は将来的な過労、メンタル不調、事故リスクの増大につながります。特に運送業では、交通事故が重大な結果を招く可能性があり、単なる労務問題にとどまりません。
さらに、残業代(割増賃金)請求の観点からも問題があります。仮に「もっと働きたい」という希望を受け入れて長時間労働を常態化させた場合、後に紛争となれば、「会社が違法に長時間労働をさせていた」と評価されるリスクがあります。
会社経営者として重要なのは、「本人の意思を尊重すること」と「法令遵守を徹底すること」は別問題であるという理解です。本人が希望していても、法的に許される範囲を超える労働は、断固として認めてはなりません。
意欲を否定するのではなく、法令の範囲内で最大限活かす。この線引きを明確にすることが、経営上の責任ある判断といえます。
3. 健康配慮義務(労契法5条)と会社経営者の責任
運転手が「休まずに働きたい」と希望したとしても、会社経営者にはそれを無制限に受け入れる自由はありません。その根拠となるのが、労働契約法第5条に定められた健康配慮義務です。
同条は、使用者に対し、労働者の生命・身体等の安全を確保するよう配慮する義務を課しています。これは単なる努力義務ではなく、法的義務です。
したがって、本人が「もっと働きたい」「休みはいらない」と言っていても、その結果として健康を害するおそれがある労働を容認すれば、会社経営者の責任が問われる可能性があります。
特に運送業では、長時間運転による疲労蓄積が重大事故につながる危険があります。万が一、過労状態で事故が発生した場合、「本人の希望だった」という説明は通用しません。健康管理を怠ったと評価されれば、損害賠償責任が問題となる可能性があります。
さらに、恒常的に長時間労働をさせていれば、労働時間規制違反として行政指導や是正勧告の対象となることもあります。これは、労働基準法との関係でも重要な論点です。
会社経営者としては、「本人が望んでいるから」という理由で長時間労働を容認するのではなく、
- 健康状態を把握する
- 過度な負担になっていないかを確認する
- 法定労働時間の枠内で調整する
という管理を徹底する必要があります。
意欲を評価することと、無制限に働かせることは別問題です。健康配慮義務を軽視すれば、後に重大な法的責任として跳ね返る可能性があります。会社経営者には、短期的な売上よりも、長期的な安全と法令遵守を優先する判断が求められます。
4. どこまでなら認められるのか―許容範囲の考え方
では、「もっと働きたい」という運転手の希望は、どこまでなら認められるのでしょうか。結論としては、法令の枠内で、かつ健康を害するおそれのない範囲に限られます。
まず大前提として、労働時間には上限があります。時間外労働をさせるためには適法な36協定が必要であり、その範囲内でなければなりません。これは労働基準法の基本構造です。
また、形式的に上限を守っていても、実質的に疲労が蓄積している場合には問題が生じます。会社経営者には、労働契約法第5条に基づく健康配慮義務があるため、数値だけでなく実態を確認する必要があります。
実務上は、
- 月間の時間外労働時間が過度に増加していないか
- 休日が適切に確保されているか
- 連続勤務日数が長期化していないか
を継続的にチェックすることが重要です。
「ある程度までなら多めに運転させてもよい」という場面はあり得ます。しかし、恒常的に長時間労働を希望し、その状態が常態化する場合には、断固として歯止めをかける必要があります。
運送業では、「稼げるときに稼ぎたい」という心理が働きやすい業界特性があります。しかし、会社経営者が線引きをしなければ、結果として違法状態や過労リスクを放置することになります。
重要なのは、「本人が望む上限」ではなく、「法令と健康を基準とした上限」で判断することです。会社経営者が明確な基準を持ち、それを一貫して適用する姿勢が不可欠です。
5. 週40時間規制と時間外割増賃金の基本
長時間労働を容認できない理由は、健康配慮義務だけではありません。労働時間規制そのものが、厳格に定められているからです。
労働基準法は、原則として1日8時間、週40時間を法定労働時間と定めています。これは「1日8時間を超えなければ問題ない」という意味ではありません。週単位でも40時間を超えれば、時間外労働となります。
したがって、例えば週6日勤務させた場合、各日が8時間以内であっても、合計で40時間を超えれば、その超過部分は時間外労働として扱われ、時間外割増賃金の支払が必要になります。
また、1日単位だけを見て管理していると、週単位での時間外を見落とす危険があります。運送業では繁忙期に勤務日数が増えやすく、週40時間を容易に超過します。
会社経営者としては、
の双方を管理する必要があります。
さらに、時間外割増賃金は法定の割増率で支払わなければなりません。「本人がもっと働きたいと言っているから通常賃金でよい」という整理は許されません。
長時間労働を受け入れるということは、単に働く時間が増えるだけでなく、割増賃金の支払義務が増大することも意味します。残業代(割増賃金)請求の観点からも、恒常的な長時間労働は経営リスクを高めます。
会社経営者は、「働きたい」という意欲の裏に、法的な時間規制とコスト増加の問題があることを正確に理解しておく必要があります。
6. 7日連続勤務と法定休日の扱い
「休日なしで働きたい」という要望を受け入れる場合、特に注意すべきなのが法定休日の問題です。
労働基準法は、原則として毎週少なくとも1回の休日を与えること、または4週間を通じて4日以上の休日を与えることを義務付けています。これを下回る勤務体制は違法となります。
仮に就業規則で明確な休日を定めていなかったとしても、7日間連続で勤務させた場合、7日目は法定休日として扱われます。この日に労働させた場合には、少なくとも35%以上の休日割増賃金の支払が必要になります。
したがって、「本人が望んでいるから」という理由で連続勤務を認めると、休日割増賃金の負担が増えるだけでなく、休日付与義務違反として行政上の問題にも発展しかねません。
また、連続勤務が常態化すれば、健康配慮義務(労働契約法第5条)との関係でも重大な問題が生じます。休養日を確保しない労働体制は、過労リスクを高めます。
会社経営者としては、「何日連続で働かせているか」を常に把握する仕組みを整える必要があります。日単位や週単位の管理だけでなく、連続勤務日数の管理も不可欠です。
「休みはいらない」という希望に応じることは、結果として法令違反や高額な休日割増賃金の支払、さらには健康問題を引き起こす可能性があります。
休日は本人の希望で削減できるものではありません。会社経営者が責任をもって確保すべき最低限の安全装置であることを、強く認識すべきです。
7. 長時間労働が招く残業代請求リスク
「もっと働きたい」という運転手の希望を受け入れ、恒常的に長時間労働をさせていると、将来的に残業代(割増賃金)請求という形で問題が顕在化する可能性があります。
その場では本人も納得して働いていたとしても、退職後やトラブル発生後に、「違法な長時間労働をさせられていた」と主張されることは珍しくありません。労働時間規制は強行法規であり、当事者の合意で無効化することはできません。
特に、
が常態化していれば、未払い割増賃金の金額は高額になりやすい傾向があります。
さらに、労働時間の管理が不十分であれば、実際以上に長時間労働が認定されるリスクもあります。裁判では、使用者に労働時間把握義務があることを前提に、記録が不十分な場合は労働者側の主張が重視されることがあります。
割増賃金の支払義務は、労働基準法に基づくものです。本人が「もっと働きたい」と言っていたという事情は、支払義務を免れさせる理由にはなりません。
会社経営者としては、「今は問題が起きていない」という状態に安心すべきではありません。長時間労働を容認することは、将来の高額請求の種をまく行為に等しい面があります。
意欲を評価することと、法的リスクを放置することは別問題です。残業代請求リスクという観点からも、恒常的な長時間労働には明確な歯止めを設ける必要があります。
8. 「辞める」と言われた場合の経営判断
「もっと働かせてくれなければ辞める」と言われた場合、会社経営者としては悩ましい判断を迫られます。人手不足の中で、意欲のある運転手を失うことは痛手に感じられるでしょう。
しかし、ここで長時間労働を容認することは、短期的な人材確保のために、長期的な法的リスクを抱え込む選択になりかねません。
労働時間規制は、労働基準法に基づく強行規定です。また、健康配慮義務は労働契約法第5条に明記されています。これらは、本人の希望や会社の事情によって緩和されるものではありません。
仮に、法令の枠を超える長時間労働を認めた結果、過労による健康被害や事故が発生した場合、会社経営者の責任は極めて重くなります。そのリスクは、1名の退職による損失とは比較にならない可能性があります。
会社経営者としては、
- 法令の範囲内で最大限働ける体制を整える
- その範囲を超える希望には明確に「できない」と伝える
という一貫した姿勢が重要です。
その結果として転職してしまう可能性は否定できません。しかし、違法状態を容認してまで引き留めることは、経営として合理的とはいえません。
守るべきは、一人の希望よりも、会社全体の法令遵守と安全体制です。会社経営者には、感情ではなく、リスク管理の観点から判断する姿勢が求められます。
9. 運転手の意欲を活かしつつリスクを抑える方法
「もっと働きたい」という意欲そのものは、会社経営者にとって否定すべきものではありません。問題は、その意欲をどのように法令の範囲内で活かすかです。
第一に、法定労働時間の枠内で、できる限り安定的に稼げる仕組みを整えることが重要です。例えば、繁忙期と閑散期の業務配分を見直す、効率的な配車計画を構築するなど、時間ではなく生産性で収入を確保する工夫が考えられます。
第二に、時間外労働が必要な場合でも、適法な36協定の範囲内で運用し、月間・年間の時間外労働時間を可視化することが不可欠です。これは労働基準法の枠内で対応するという前提です。
第三に、健康状態の確認を徹底することです。長時間労働が続く場合には、疲労の蓄積や睡眠不足の兆候がないかを確認し、必要に応じて業務量を調整する姿勢が求められます。これは労働契約法第5条の健康配慮義務とも直結します。
重要なのは、「時間を増やすこと」だけが収入増の方法ではないという発想転換です。違法な長時間労働に依存する収益構造は、将来必ず経営リスクとなります。
会社経営者としては、
- 法令の範囲内で最大限働ける環境を整える
- 健康を損なう可能性がある働き方には歯止めをかける
という二つを両立させる必要があります。
意欲を尊重しながらも、線引きは明確にする。この姿勢こそが、長期的に持続可能な経営につながります。
10. 今すぐ整備すべき労働時間管理とルール作り
「休日なしで働きたい」と言われたときに場当たり的に判断していては、経営リスクをコントロールすることはできません。会社経営者としては、明確なルールと管理体制を事前に整備しておく必要があります。
まず、労働時間の上限を社内で明確化してください。
- 1日・1週・1か月の時間外労働の上限
- 連続勤務日数の上限
- 必ず取得させる休日
を具体的に定め、例外を認めない運用を徹底することが重要です。
次に、時間外労働や休日労働の実績を可視化し、常態化していないかを定期的に確認する仕組みを構築してください。これは労働基準法の遵守確認という意味だけでなく、健康配慮義務(労働契約法第5条)を果たすためにも不可欠です。
また、「本人が望めば例外を認める」という運用は避けるべきです。個別対応が積み重なると、基準は容易に崩れます。全員に一律の基準を適用することが、結果として会社を守ります。
さらに重要なのは、会社経営者自身が「長時間働くことが美徳」という発想から距離を置くことです。自分ができるからといって、他の人も同じようにできるとは限りません。
短期的な売上や人材流出への不安よりも、法令遵守と安全確保を優先する姿勢が、最終的には会社の信用と持続性を守ります。
「辞めるかもしれない」という不安に左右されるのではなく、「違法状態を作らない」という原則を貫くこと。これが、運送業を営む会社経営者に求められる最も重要な判断です。
運送業の残業代請求リスクをさらに詳しく知る
運送業における残業代(割増賃金)請求リスクについて、さらに詳しく知りたい会社経営者の方は、下記ページもご参照ください。実際の請求事例を踏まえながら、運送業特有の労務管理の問題点や、高額請求を受けないために見直すべきポイントを具体的に解説しています。
「昔からこのやり方で問題なかった」という経営判断が、将来どのような法的リスクにつながるのかを整理する上でも、有益な内容です。運送業の会社経営者として残業代対策を本格的に検討される場合は、ぜひご確認ください。
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最終更新日2026/2/15