労働問題351 基本給や他の手当等の通常の賃金とは金額を明確に分けた手当の形式で時間外・休日・深夜割増賃金を支払う場合の定額(固定)残業代は、どのような場合に有効となりますか。

この記事の要点

「時間外勤務手当」等の名目が明白な場合は通常認められるが、「営業手当」等の曖昧な名目の場合は残業代の趣旨である旨の賃金規程等の定めが必要

手当の名目が重要な第一関門です

賃金規程の定めがあっても、当該手当が「実質的にも」残業代の対価と認められなければ支払があったとは認められない——反対尋問で「精神的負担の補填趣旨も含む」と答えた一言が命取りになる

訴訟での反対尋問への対応が最大のリスクポイントです

手当の全額が残業代の趣旨と評価できれば、手当の「金額」を明示することで判別可能——時間数の明示は必須でないが、時間外・休日・深夜の3種類の割増率との関係を明確に定義しておく必要がある

金額の明示と3種類の割増賃金との関係の定義が要点です

不足額の追加支払・賃金支給時の明示は最高裁法廷意見上の必須要件ではないが、実際には賃金規程への定め・個別合意・給与明細書への金額記載が強く推奨される

350番と同様の考え方が手当形式にも適用されます

01賃金規程等の定め——手当の名目が明白か曖昧かで扱いが変わる

 手当の形式で定額(固定)残業代を支払う場合、まず手当の「名目」が重要です。

 「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等、時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で金額を明示して支給した場合は、通常は時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められます。

 他方、「営業手当」「管理職手当」「配送手当」「長距離手当」「特殊手当」等の一見、時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当とは分からない名目で支給した場合は、当該手当が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当である旨定めた賃金規程等の定めがない限り、通常は時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認められません。

手当の名目 賃金規程の定め 残業代の支払として認められるか
時間外勤務手当・休日勤務手当・深夜勤務手当 なくても可 通常認められる
営業手当・管理職手当・配送手当・長距離手当・特殊手当 必要 賃金規程の定めがなければ通常認められない(定めがあっても実質要件・判別可能性が必要)

02「実質的にも」残業代の対価であること——反対尋問で崩れる典型パターンを詳解

 「営業手当」等の曖昧な名目の手当について、当該手当が時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当である旨定めた賃金規程等の定めがある場合であっても、実質的にも時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であるとは認められないとして、時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められないリスがあります。

 例えば、「営業手当はその全額を時間外割増賃金の趣旨で支払う」旨の賃金規程の定めがある事案の訴訟において、反対尋問で以下のようなやり取りが展開されることがあります。

反対尋問で崩れる典型パターン——「営業手当」のケース

【パターン①:正面からの崩し方】
問:「営業手当はどういった趣旨の手当ですか?」
問題ある回答:「営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨の手当です。」
→ このような回答では、時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当とはいえないとして、時間外割増賃金の支払があったとは認められなくなるリスが生じます。

【パターン②:一歩踏み込んだ崩し方】
模範的な回答:「時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当です。」
追加の問:「営業手当の全額がそうなんですか?」「営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨も含むんじゃないですか?」
崩れた回答:「基本的には時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当なのですが、営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨も含んでいます。」
→ 複数の趣旨が混在すると「営業手当のうち何円が残業代で何円がそれ以外か」が判別できなくなり、時間外割増賃金の支払があったとは認められなくなるリスが高まります。

 営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨と時間外割増賃金の趣旨とが混在する場合、営業手当のうち何円が前者で何円が後者か分からないため、通常の賃金部分と時間外割増賃金部分とを判別することができないと判断されて、時間外割増賃金の支払があったと認められなくなるリスが高いと思われます。

 根本的な対策は、「営業手当は純粋に時間外割増賃金の趣旨のみ」として設計し、その旨を明確に賃金規程に定め、実際にそのような設計として運用し、関係者(特に使用者側の証人として尋問に立つ方)がそれを徹底的に理解していることです。

03判別可能性——手当の「金額」明示で足りるが3種類の割増率の関係も定義が必要

 通常の賃金とは金額を明確に分けた手当の形式で定額(固定)残業代を支払う場合、当該手当の全額が実質的にも時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であると評価できるのであれば、支給した時間外・休日・深夜割増賃金の額が労基法37条および同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうかを容易に計算・検証できるため、通常の賃金部分と残業代部分との判別が可能です。

 全額が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨を有する手当の「金額」さえ明示すれば、通常の賃金部分と残業代部分とを判別し得るのですから、当該手当が何時間分の時間外・休日・深夜労働の対価か(時間数)を明示することは必須の要件ではないと考えます。ただし、当該手当が残業代の対価であることを明らかにするために、何時間分の残業を見込んで設定された金額かという算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。

 また、労基法上の割増賃金には、時間外・休日・深夜割増賃金の3種類があり、それぞれ時間単価が異なります(時間外25%以上・法定休日35%以上・深夜25%以上)。当該手当がこれらのうちのどれをカバーするものか(例:時間外分のみか、深夜・休日分も含むのか、含む場合はそれぞれ別個の単価で計算するのか)を、賃金規程に明確に定義しておく必要があります。

04不足額追加支払の定め・合意(350番と同様の考え方)

 定額(固定)残業代で不足額があれば追加で支払う旨の賃金規程の定めや個別合意が必要かという問題については、350番5節で解説した基本給組み込み型の場合と同様の考え方が適用されます。

 不足額の追加支払は労基法上当然のことであり、最高裁の法廷意見がこのような要件を要求したことはないため、必須の要件ではないと考えます。しかし、実際には、定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨を賃金規程に定めて周知させておくとともに、個別合意を取得しておくべきと考えます(350番参照)。

05「賃金支給時」の明示(350番と同様の考え方)

 「賃金支給時」において支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と割増賃金の額が労働者に明示されていることは、定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えます(350番6節参照)。

 しかし実際には、通常の賃金部分と区別されて残業代の支払がなされていることを明らかにするために、給与明細書においても時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示すべきです。また、支給された定額(固定)残業代が時間外・休日・深夜労働に対する対価であることを明らかにするためにも、当該金額が何時間分の労働を見込んで設定されたものかという算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。

06まとめ——手当型定額残業代のチェックリスト

 手当の形式での定額(固定)残業代制度を有効に機能させるための実務上のチェックリストを整理します。

手当型定額残業代の有効性チェックリスト

□ 手当の名目が「時間外勤務手当」等の明白な名目か、または曖昧な名目の場合は賃金規程等に残業代の趣旨である旨が明確に定められているか
□ 当該手当が「実質的にも」純粋に残業代の趣旨のみであり、それ以外の趣旨(精神的負担の補填・被服費等)が混在していないか——訴訟での反対尋問に耐えられるか
□ 当該手当の「金額」が明示されているか
□ 時間外・休日・深夜の各割増賃金との関係が賃金規程に明確に定義されているか
□ 当該手当を超えた残業が発生した場合の不足額を追加支払する旨が賃金規程に定められ個別合意も取得されているか
□ 給与明細書に残業代部分の金額が記載されているか

 手当型定額残業代制度の設計・運用については使用者側弁護士・会社側弁護士に相談することをお勧めします。アドバイスします。

SUPERVISOR 弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

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定額(固定)残業代制度の設計・賃金制度の整備でお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。

Q&Aよくある質問

Q1. 「営業手当として時間外割増賃金を支払う」旨の賃金規程があれば問題ありませんか。

A. 賃金規程の定めは必要条件ですが十分条件ではありません。実質的にも当該手当が残業代の趣旨のみであることが必要であり、訴訟の反対尋問で「精神的負担の補填趣旨も含む」等の回答が引き出されると、残業代の支払があったと認められなくなるリスが高まります。賃金規程の整備・実際の運用・証人の証言を一貫させることが重要です。

Q2. 「営業手当」という名目でよいですか、それとも「固定時間外手当」等の名目にした方がよいですか。

A. できれば「固定時間外手当」「定額時間外割増賃金」等、残業代の趣旨であることが名目から明白な手当名にした方が実質要件での争いが生じにくくリスクが低くなります。「営業手当」等の曖昧な名目を使う場合は、賃金規程の整備・実質的に残業代のみの趣旨であることの徹底が必要で、訴訟リスクが相対的に高まります。

最終更新日:2026年5月10日

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