労働問題123 退職勧奨に応じた社員の退職はいつ成立する?「申込み」と「承諾」の法的タイミング
本記事の結論
● 退職勧奨は法的に「合意退職の申込みを促す行為(誘引)」と評価されるのが一般的です。
● 労働者が退職届を提出しただけでは合意は成立せず、会社がそれを「承諾」した時点で効力が生じます。
● 裁判所は、労働者による退職の撤回を認めるために、成立時期を慎重(遅め)に判断する傾向があります。
● トラブル防止のため、経営者は退職届を受領後、直ちに承諾の通知を行い、合意を確定させるべきです。
目次
1. 退職勧奨の法的性質:申込みの「誘引」とは
退職勧奨を経て労働者が退職に同意した場合、その契約終了がどの時点で確定するのかは実務上極めて重要です。なぜなら、確定する前であれば、労働者から「やはり退職を撤回したい」と主張されるリスクが残るためです。
裁判実務上、退職勧奨は「使用者が労働者に対し、合意退職の申込みを促す行為(申込みの誘引)」であると解されるのが通例です。この解釈に立つと、法的プロセスは以下の3段階になります。
- 会社:退職勧奨を行う(申込みの誘引)
- 労働者:退職届を提出する(合意退職の申込み)
- 会社:退職届を受理・承諾する(承諾)
この「3」のステップ、すなわち会社が承諾の意思表示をした瞬間に、初めて合意退職が法的に成立し、契約終了の効力が確定します。
2. 学説(荒木説)と裁判実務の解釈の違い
一方で、有力な学説(荒木説)では、退職勧奨を「辞職を勧める行為」あるいは「会社による申込みへの承諾を勧める行為」と定義する見解もあります。この見解によれば、労働者が退職届を提出した瞬間に、辞職の意思表示が完了するか、あるいは会社の申込みに対する承諾がなされたことになり、会社の返答を待たずに退職の効果が発生することになります。
理論的にはこの学説も非常に説得力がありますが、実際の裁判所は異なる傾向を示します。
労働者が「やっぱり辞めるのをやめたい(撤回)」と主張した場合、裁判所は労働者保護の観点から、できる限り退職の成立時期を遅らせようとする傾向があります。つまり、「会社が正式に承諾するまでは撤回可能」と判断されやすいのです。
3. 経営者が取るべき防衛策:速やかな「承諾通知」
訴訟の場では、前述の荒木説(提出時点で成立)に基づいた主張立証を行う余地は十分にあります。しかし、紛争を未然に防ぐ労務管理の段階では、より安全な「実務慣行」を徹底すべきです。
労働者が退職勧奨に応じて退職届を提出したならば、経営者は間髪入れずに「退職を承諾する旨の通知」を行ってください。具体的には、以下の対応が推奨されます。
- 承諾書の交付:会社として退職の申し出を正式に受理・承諾したことを示す書面を渡す。
- 受理印の即時押印:提出された退職届の控えに、その場で「○月○日受理」と記した受理印を押して本人に渡す。
これにより、法的な「合意」が完成したことを明確にし、後日の撤回を封じることが可能となります。
4. まとめ
退職勧奨が「申込みの誘引」であるという前提に立つ以上、労働者の退職届提出はゴールではなく、会社の「承諾」があって初めて成立する通過点に過ぎません。
「提出させたから安心だ」と放置している間に、労働者が外部の労働組合や弁護士に相談し、撤回通知を送ってくるケースは少なくありません。経営者としては、合意の意思を確認した直後の手続を迅速に完了させることが、円満な退職を実現するための最重要ポイントとなります。⚖️
退職の成立時期に関するよくある質問
Q1. 退職届を預かった後、本人から「やっぱり辞めない」と言われたら?
A. 会社側が「承諾」の意思表示(受理の通知等)をする前であれば、労働者は原則として退職の申込みを撤回できる可能性があります。裁判所は労働者保護の観点から、成立時期を遅らせて判断する傾向があるため、速やかな承諾通知が不可欠です。
Q2. 「辞職」と「合意退職」では効力の発生時期が違いますか?
A. はい。辞職は労働者からの一方的な意思表示であり、原則として会社に到達した時点で効力が生じますが、退職勧奨を経て行われる場合は、双方の合意を前提とする「合意退職」とみなされるのが実務上の通例です。そのため、会社の承諾があって初めて成立します。
Q3. 承諾の通知は口頭でも有効ですか?
A. 法的には口頭でも有効ですが、言った・言わないのトラブルを防ぐため、書面(承諾書)の交付やメール、あるいは退職届への受領印の提示など、客観的な証拠を残すことが極めて重要です。

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
最終更新日:2026/3/9
