この記事の要点
  • 人事考課による賃金引き下げは就業規則の規定・制度の合理性・手続遵守・評価の公正さの4要件が必要
  • 降給の根拠となる具体的事実がなければ賃金引き下げは認められない
  • 本人が属する資格に期待される者と比べて顕在能力・業績が著しく劣っていることの立証が必要
  • 評価過程で本人への告知・言い分を聞く手続を経ることが合理性・公正さの要件
  • 4要件を欠く降給は無効とされ差額賃金の支払義務が生じるリスクがある

01人事考課による賃金引き下げの法的根拠

人事考課制度に基づく賃金引き下げ(降給)は、使用者が恣意的に行うことはできません。まず、人事考課制度が周知されている就業規則に定められており、その内容に従って行われなければなりません。

また、賃金引き下げの根拠となる具体的事実がなければならず、その具体的事実に基づいて、「本人の顕在能力と業績が、本人が属する資格に期待される者と比べて著しく劣っている」と判断できる必要があります。

⚠ 「何となく仕事ができない」では降給できない
「業績が悪い」「期待に応えられていない」という抽象的な理由だけでは降給は認められません。具体的な業績数値・能力不足の事実・評価基準との対比が必要です。

024要件の概要

裁判例では、以下の4つの要件をすべて満たしている場合に人事考課による賃金の引き下げが許容されるとされています。

要件 内容 不充足の場合のリスク
(1) 就業規則等への降給規定 規定がなければ降給自体が無効
(2) 降給の仕組みの合理性と公正な手続 制度設計が不合理・不公正なら全体が無効
(3) 降給の仕組みに沿った実施 規定に沿わない降給は当然に無効
(4) 個別評価過程の公正さ 当該降給措置のみが無効となる可能性

03①就業規則等への降給規定

人事考課による降給・賃金引き下げを有効に行うためには、まず就業規則または賃金規程に降給の規定が存在し、周知されていることが前提です。

就業規則・賃金規程に必要な規定内容

  • 人事考課制度の存在・評価基準の概要を明確に規定する
  • 人事考課の結果に基づき降格・降給が生じる場合の条件を具体的に定める
  • 降給の範囲・上限(最大で何ランク・何%まで引き下げるか)を規定する
  • 就業規則を全従業員が閲覧できる方法で周知する(掲示・社内イントラ等)
⚠ 抽象的な規定だけでは不十分
「業績・能力に応じて賃金が変動する場合がある」という抽象的な記載だけでは、具体的な降給の根拠として認められないリスクがあります。降給の基準・要件・手続・上限を具体的に定めることが必要です。

04②降給の仕組みの合理性と公正さ

降給の仕組み自体に合理性と公正さが必要です。具体的には、以下の2点が要求されます。

② -1 降給が決定される過程の合理性

  • 評価基準が客観的・具体的に定められており、恣意的な運用を防ぐ仕組みがあること
  • 評価者・決定権者が明確で、評価プロセスが透明であること
  • 複数段階の評価・確認(上位者による確認、人事部門のチェック等)が組み込まれていること
  • 特定の事由(能力不足・業績不振の程度)に対して降給幅が比例的に設定されていること

② -2 従業員への告知・言い分を聞く手続

  • 評価基準・評価プロセスが事前に本人に告知されていること
  • 評価結果を本人にフィードバックし、降給の根拠を説明する機会があること
  • 本人が不服・意見を申し述べる機会(異議申立制度・面談等)が設けられていること
  • 本人の言い分を聞いた上で最終的な降給決定が行われること

05③降給の仕組みに沿った実施

実際の降給措置が、就業規則等に定められた降給の仕組みに正確に沿って実施されていることが必要です。制度が整っていても、その制度に則っていない降給は無効とされます。

実施上のチェックポイント

  • 評価サイクル・評価者・決定手続が規定どおりに実施されているか
  • 降給の幅・タイミングが規定の範囲内に収まっているか
  • 本人への告知・説明・不服申立手続が規定どおりに実施されているか
  • 評価記録・面談記録等の書類が適切に作成・保管されているか

06④個別評価過程の公正さ

個々の従業員への降給措置において、評価の過程に特に不合理・不公正な事情がないことが必要です。制度全体の合理性があっても、個別の評価が恣意的・不公正であれば当該降給が無効とされます。

個別評価の問題が生じやすいケース

問題のあるケース 法的リスク
評価に客観的根拠がなく、上司の個人的感情・好き嫌いが反映されている 降給の無効・差額賃金請求・損害賠償リスク
降給対象者に評価内容を説明せず、一方的に降給を通知した 手続の公正さを欠くとして降給無効リスク
育児休業取得・組合活動・内部告発等に対する報復的な低評価 不当労働行為・権利侵害として降給無効+損害賠償
事前に評価基準・目標を明示せず、後付けで低評価を与えた 評価の合理性を欠くとして降給無効リスク

07降給が無効とされるリスクと実務対応

4要件のいずれかを欠く降給は、裁判所・労働審判で無効と判断されます。無効とされた場合、差額賃金(降給前後の賃金差額)の支払義務が生じ、過去2〜3年分(消滅時効)が一括請求されるリスクがあります。

降給無効のリスクと対応

リスク 内容・対応
差額賃金の一括請求 降給無効期間の差額(降給前後の賃金差×在籍月数)を一括で請求される。過去2〜3年分が対象
労働審判・民事訴訟 労働審判や訴訟に発展した場合、解決まで長期間・多大なコストが必要
損害賠償請求 不公正な評価による精神的苦痛を理由とした損害賠償(慰謝料)を請求されるケースもある
職場環境への悪影響 降給の経緯が他の従業員に知られることで、モチベーション低下・人材流出につながるリスク

08事前準備と弁護士への相談

人事考課による賃金引き下げを有効に実施するためには、事前の制度整備と個別案件ごとの手続遵守が不可欠です。以下の準備を行うことで、降給の有効性を高めることができます。

降給実施前の準備チェックリスト

  • 就業規則・賃金規程に降給の基準・要件・手続・上限が具体的に規定されているか確認する
  • 評価基準・目標を評価期間の開始前に本人に明示し、書面で確認を取る
  • 評価期間中に定期的なフィードバック面談を実施し、改善指導の記録を残す
  • 能力不足・業績不振の具体的事実を記録(日時・状況・評価根拠)し、書面化する
  • 評価終了後に評価結果の説明面談を行い、本人の意見・不服を聴取する記録を残す
  • 降給決定前に使用者側専門の労働問題弁護士に相談し、手続の適法性を確認する

人事考課による賃金引き下げの適法な実施方法、就業規則・賃金規程の整備、降給をめぐる紛争への対応については、使用者側専門の労働問題弁護士にご相談ください。当事務所は会社経営者の立場から、労働問題の予防・解決を支援しています。

SUPERVISOR

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

監修者

弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎

東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。

講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)

日本全国各地の会社経営者の皆様へ

弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、退職勧奨、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。人事考課制度の整備・適法な賃金引き下げの実施・就業規則の見直しでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。アドバイスします。

FAQよくある質問

Q.人事考課によって賃金を引き下げることはできますか?
一定の要件を満たせば可能です。①就業規則等に降給規定があること、②降給の仕組みに合理性・公正さがあること(過程の合理性・本人への告知と言い分を聞く手続)、③その仕組みに沿って降給措置が採られていること、④個々の評価過程に特に不合理・不公正な事情がないこと、の4要件を充たす必要があります。

Q.人事考課による賃金引き下げに必要な就業規則の規定とはどのようなものですか?
降給(降格・賃金引き下げ)の仕組みが就業規則等に明確に定められており、周知されていることが必要です。単に「人事考課により賃金が変動する場合がある」という抽象的な規定では足りず、降給の基準・要件・手続が具体的に規定されていることが求められます。

Q.人事考課による賃金引き下げの「合理性」とはどのような意味ですか?
降給が決定される過程(評価基準・評価方法・決定権者等)に合理性があること、その過程が従業員に告知されており本人の言い分を聞く等の公正な手続が存することを指します。評価基準が不明確・恣意的であったり、本人に反論の機会が与えられなかった場合は合理性を欠くとして降給が無効とされる可能性があります。

Q.人事考課が不公正だとして賃金引き下げが無効となるケースはどのような場合ですか?
①評価が客観的根拠のない恣意的なものである場合、②本人の言い分を全く聞かずに降給を決定した場合、③降給の規定・手続に沿っていない場合、④評価の内容が事実と著しく異なる場合等が挙げられます。降給措置が無効とされると、差額賃金の支払義務が生じます。

Q.人事考課で賃金を引き下げる前に会社が準備しておくべきことは何ですか?
①就業規則・賃金規程に降給の基準・手続を明確に規定し周知する、②評価基準・評価プロセスを文書化する、③評価の前に評価基準・目標を本人に明示する、④評価結果を本人に伝え、不服申立・意見陳述の機会を与える、⑤評価の根拠となる事実(業績不振・能力不足の具体的事実)を記録する、の5点が重要です。

最終更新日:2026年5月22日