労働問題75 解雇無効の賃金支払判決について「債務名義があるから源泉徴収せずに全額払え」と請求された場合の対応を会社側弁護士が解説
目次
債務名義の有無と源泉徴収義務の有無は全く別の問題です。「判決があるから全額払え」という主張に応じる必要はありません。源泉徴収して適法に支払うことができます。
バックペイは給与所得であり、会社は所得税法に基づく源泉徴収義務を負います。この義務は判決(債務名義)の有無に関わらず存続します。「債務名義があるから源泉徴収せずに全額払え」という主張は法的に誤りです。
■ 債務名義の有無≠源泉徴収義務の免除
判決(確定判決・和解調書等)があっても、バックペイが給与所得である性質は変わりません。所得税法上の源泉徴収義務は判決によって免除されるものではありません。
■ 源泉徴収して適法に支払うことができる
会社は源泉所得税を控除した金額を支払い、控除した源泉所得税を税務署に納付することが適法な対応です。「全額払え」という請求に応じる法的義務はありません。
■ 実務上の対応:税理士・弁護士と協力して源泉所得税を計算・納付する
解雇期間中の複数年度・月分の源泉所得税の計算は複雑なため、税理士・弁護士と協力して適切に対応することが必要です。
1. 「債務名義があるから全額払え」は法的に誤り
債務名義の有無と源泉徴収義務は別次元の問題
解雇が無効と判断され解雇期間中の賃金の支払を命じる判決が出た場合、労働者代理人弁護士から「債務名義(確定判決等)があるのだから、源泉徴収せずに全額払って欲しい」と要求されることがあります。しかし、この主張は法的に誤りです。
債務名義(確定判決・和解調書等)の有無と源泉徴収義務の有無は全く別の問題です。バックペイは給与所得に当たるため、会社は所得税法183条に基づく源泉徴収義務を負います。この義務は、判決(債務名義)の有無に関わらず、所得税法によって課されるものです。判決があるからといって源泉徴収義務が免除されるという法的根拠はありません。
源泉徴収して適法に支払うことができる
会社は、バックペイから源泉所得税を控除した金額を支払い、控除した源泉所得税を税務署に納付することが適法な対応です。「全額払え」という請求に応じて源泉徴収せずに支払った場合、会社は源泉所得税の納付義務を履行しないまま支払ったことになり、不納付加算税等のペナルティを受けるリスクがあります。
むしろ、「全額払え」という要求に応じることは、適法な源泉徴収義務の履行を怠ることになり、会社に不利益をもたらします。
⚠ 労働者代理人弁護士の主張に応じてはいけない
「弁護士から言われたから、源泉徴収せずに全額払わなければならないのかもしれない」→ 誤りです。
この主張は法的根拠がありません。債務名義の有無と源泉徴収義務の有無は全く別問題であり、「全額払え」という主張に法的根拠はありません。
「揉めるのが嫌だから、言われた通り全額払ってしまおう」→ 避けるべきです。
源泉徴収せずに全額払った場合、会社は源泉所得税の不納付加算税・延滞税を負担するリスクが生じます。適切に源泉徴収して支払うことが、会社側の利益を守ることになります。
2. バックペイの源泉所得税計算の実務
バックペイの源泉所得税計算の特殊性
バックペイの源泉所得税の計算は、通常の給与計算とは異なる点があります。解雇期間が複数年度にわたる場合は各年度ごとに計算が必要であり、また解雇期間中に他社から給与を受けていた場合(中間収入がある場合)は、他社からの給与との関係でも計算が複雑になります。
さらに、賞与が含まれる場合は賞与の源泉所得税計算も必要です。これらの計算は専門的な知識が必要であるため、必ず税理士に相談して正確な計算を行うことをお勧めします。
源泉徴収票の交付義務
会社はバックペイを支払った後、労働者に対して源泉徴収票を交付する義務があります(所得税法226条)。労働者はこの源泉徴収票を用いて確定申告を行うことになります。源泉徴収票の交付を怠ると、別途のペナルティが課されるリスがあります。
バックペイの源泉所得税計算・「全額払え」という要求への対応方針・判決後の適切な支払手続について、税理士・弁護士へのご相談をお勧めします。→ 経営労働相談はこちら
3. 判決後の適切な対応手順
判決(確定)後の実務対応手順
バックペイ支払を命じる判決が確定した後の適切な対応手順は次の通りです。
①弁護士・税理士への相談:判決内容の確認・源泉所得税の計算・支払金額の確定について専門家に相談する。
②源泉所得税の計算:税理士に依頼して、解雇期間中の各年度・月分の源泉所得税を正確に計算する。
③支払の実施:源泉所得税を控除した金額を労働者に支払う。「全額払え」という要求には応じない。
④税務署への納付:控除した源泉所得税を速やかに税務署に納付する。
⑤源泉徴収票の交付:労働者に源泉徴収票を交付する。
そもそも判決まで至らないことが最善策
このような複雑な問題(債務名義と源泉徴収義務の問題)は、判決まで至ってしまった結果として生じます。解雇の効力が争われている段階で弁護士に相談し、早期の和解・合意退職による解決を目指すことで、このような問題を回避することができます。判決前に適切な源泉処理を含む内容での和解が成立すれば、バックペイの源泉所得税の取扱いについて当事者間で合意しやすくなります。
⚠ 実務でよく見られるパターン(弁護士対応事例より)
・「労働者代理人弁護士から『債務名義があるから源泉徴収せずに全額払え』と請求された。弁護士に相談した結果、この主張は法的根拠がないことを確認し、適切に源泉徴収した上で支払った」
・「判決確定後に源泉所得税の計算を税理士に依頼した。複数年度にわたる計算は複雑であったが、適切に処理できた。源泉徴収票も交付し問題なく解決した」
「全額払え」という主張に根拠があるかどうかは弁護士に確認することが重要です。適法な源泉徴収義務の履行は、会社の利益を守ることになります。
4. まとめ
「債務名義があるから源泉徴収せずに全額払え」という請求に応じる必要はありません。債務名義(確定判決等)の有無と源泉徴収義務の有無は全く別の問題です。バックペイは給与所得であり、会社は所得税法に基づく源泉徴収義務を負います。この義務は判決の有無に関わらず存続します。会社は源泉所得税を控除した金額を支払い、控除した源泉所得税を税務署に納付することが適法な対応です。源泉所得税の計算は複雑であるため、税理士・弁護士と協力して対応することが必要です。そもそもこのような問題は判決前の早期和解・合意退職で回避できるため、解雇の効力が争われている段階での弁護士への相談が最善策です。
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弁護士法人四谷麹町法律事務所 代表弁護士 藤田 進太郎
東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。日本弁護士連合会会員労働法制委員会委員・事務局次長・最高裁行政局との労働審判制度に関する協議会協議員、第一東京弁護士会労働法制委員会委員・研修部会副部会長、経営法曹会議会員・第112回経団連労働法フォーラム報告担当者、労働審判員連絡協議会特別会員、日本労働法学会会員、東京麹町ロータリークラブ会員・2023-24年度幹事。
講演・著作 / 「会社経営者のための問題社員対応講座」(YouTube)
日本全国各地の会社経営者の皆様へ
弁護士法人四谷麹町法律事務所代表弁護士の藤田進太郎です。私は、労働問題のストレスから会社経営者の皆様を解放したいという強い思いを持っており、日本全国各地の会社経営者のために、問題社員、労働審判、残業代トラブルなどの労働問題の予防解決に当たっています。問題社員、労働審判、残業代トラブルでお悩みでしたら、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。事務所会議室での経営労働相談のほか、ZoomやTeamsでのオンライン経営労働相談を実施しています。
最終更新日 2026/04/05